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幕間的ないしょ話

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 二人と一匹が帰ってしまうと、途端に家は静かになってしまった。
チクタクと、古い壁掛けの時計が時を刻む音だけが響く。
飴色に古く変色して落ち着いた色合いの家具。

 その戸棚の前に置かれているスマホケースに気づいて、私は瞬きをする。
手に取ると、白いそれには狐の可愛らしいシルエットがちいさく刻印されている。
三重子さんのじゃないよね。
とすると、松里さんのだろうか。
今から追いかけたら、追いつけるかな。

 そう思って、私はスマホを手に玄関を出た。
下りのあぜ道を行くと、斜面の陰に茶色の柔らかい髪が見える。
良かった追いつけた、と思って安堵する。
声をかけようとしたのだけれど、ふいに松里さんのものではない声が聞こえて、私は足を止めた。

「勝手なことをしおって」

 やや怒気を孕んでいる低い声音に、私は立ち竦んでしまった。
別に自分が叱られたわけではないのに、少しどきどきしてしまう。
咄嗟に、棚田になった畔と田を分ける段差の陰に身を隠してしまった。
そこからは松里さんと一緒にいる人の姿は見えない。

「いいじゃねえか。無意識で、いきなり結界やぶって入ってきたんだろ?あれだけの霊力、ほっとくのはもったいないだろうが」

 聞こえてきた声は、たしかに松里さんのものだったと思う。
だけど、口調が全然ちがっていて私は戸惑った。
どうしちゃったの、オネエさん……。

「だからといって、勝手に話をまとめるなと言っている」

「なんで?お前さんだって、気に入ったから、わざわざついてきたんだろ」

 答えた低い声には、聞き覚えがあった。
これは……この声は……。

「それとも、俺がぱくっといっちゃって良かったのかよ」

「……黙れ、尾なし」

「ぶふっ……!」

 ついさっき私たちと話していた時とは、まるで違う口調だった松里さんの声が、噴き出した。
私は訳が分からなくて、隠れた姿勢のままでいる。

「思い出しちまったじゃねえか、尻尾のこと!……いやあ、あれは傑作だったな。尻尾をきれいに真っ二つって、何の職人だよ。神業すぎ。妄想しすぎ」

「……」

「普通はさ、ああいうの見たら、気味が悪い……とか言うもんだと思ってたよ。今まで」

「……そうだな」

 これって、私、立ち聞きしてる。
どうしよう。焦るけれども、今更出ていけない。
仕方なく、息をひそめて私は必死に気配を殺した。

 誰と話してるんだろう。
聞いたことのある声。
言葉の内容よりそちらが気になって、私は耳をそばだてる。

「実際、気味が悪いものだろう。人間にとっては」

 落ち着いた低音は、それだけ言うと黙ってしまった。
そのまま途切れた会話は続くことなく、静かになる。
やがて気配が離れていくのを感じて、私はやっと詰めていた息を吐きだした。

「……」

 なんの話をしていたのかは、断片的すぎてわからなかった。
ただ、あの声には聞き覚えがある。

「……神主さん?」

 小さく小さく呟いて、疑問符をつけた。
消えた神社にいた、あの人だ。

 だけど──。

「こんなところで、何してるの、里ちゃん」

「ひ……ッ!!」

 不意に声をかけられて、私は飛び上がった。
実際に、飛び上がったので上から覗き込むようにしていた松里さんに、ぶつかりそうになる。
うおっ、とかなんとか悲鳴を上げて避けた松里さんの身のこなしは素早い。
よかった、ぶつからなくて。

 一度、十分に距離を取ってから、私は少しきまり悪く松里さんを見た。

「あ、あの、私……スマホを届けに……」

 本来の用事として、持っていたスマホをそっと差し出す。
松里さんはきょとんと瞬きをしてから、ありがとうとにっこり笑った。
スマホを受け取ると、矯めつ眇めつする。

「なあんか足りないなと思ってたのよね。そっか、スマホ忘れてたのね。アタシのうっかりさん」

 そうおどけられて、私は愛想笑いをする。
松里さんはそれ以上は何も言わなかった。
ここにいる私を見つけたってことは、立ち聞きされてたことにも気づいてるはずなのに。
まったく咎められないことに、私はかえって何も言えなくなってしまう。

 ……今いた人、誰ですか?

 立ち聞きの代償は、そう訊くことができなくなってしまった、ということだった。
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