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おばあちゃんの家

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 そんなに遠くない、という言葉の通りに祖母の家に到着する。
見た目は古い日本家屋だ。
母屋と離れがあるけど、どちらもそんなに大きな建物ではない。

「はい、これが鍵」

 そう言って渡されたのは、キーリングにふたつついた鍵だった。

「電気もガスも水道も、通してもらってあるから。他にも何か必要になったら言ってね」

「ありがとうございます」

 鍵穴にキーを差し込んで回す。
二年ものあいだ使っていない筈だけど、鍵はするりと回った。
まるでつい昨日まで、使ってたみたい。
横開きの扉は、からりと軽い音を立てて開いた。
途端に肩に乗っていた汐が飛び降り、室内へと駆け出す。

「あ、待って、汐……!!」

 黒猫は締め切られた室内の闇に、溶けて見えなくなる。
私は慌ててカートを玄関にたてかけて、靴を脱いだ。
汐を追って土間から中へとあがる。

「雨戸開けて、空気の入れ替えしましょ。そっち側からお願い。開け方、わかるぅ?」

 後ろから入ってきた松里さんが、室内灯のスイッチを探り、つけてくれる。
パチパチと軽い音の後に、部屋が明るくなった。
汐の黒い後ろ足が、奥の部屋へと駆け込むのがちらりと見える。
私はその後を追いかけた。

「はい、大丈夫だと思います」

 家は、古い家に特有の匂いがした。
少しホコリ臭くて、畳の匂いや木の匂いや、色々なものが混じった匂いがする。
なぜだか、ひどく懐かしい感じがする匂い。
雨戸をあけていくと、それは少しずつうすらいで消えていく。
でも完全には消えない。

 吹き込んだ柔らかい風は、お日様の匂いがする。
それが混じる空気を吸い込むと、私は唐突に思い出した。
家の匂いと、外の空気と、陽の光が混じった匂い。
これ、おばあちゃんの匂いだ。

 雨戸を開いて障子を開け放つと、家の中にまで陽射しがとどく。
ホコリがきらきらと舞うのを見ながら、松里さんが言った。

「掃除はしてたんだけどな。後でちゃんとホコリはらわないとダメかしらネ」

「そんな、十分綺麗です。こんなにきちんと管理してもらってると思いませんでした」

 汐が、ふんふんとあちこちの匂いを嗅ぎながら戻ってくる。
まるで警備員だね。
見回り、おつかれさま。

「ま、掃除は後回しにするとして。ちょっと、さきに御茶でもいれましょうか。使い方教えるものもあるし」

 松里さんに手招きされて、私は台所に向かう。
古い板敷になったそこは、少しぎしぎしいうけれど気になるほどでもない。
ワンルームのマンション住まいだった私には、ものすごく広く感じた。

「土間にかまどとか残してあってちゃんと使えるみたいなんだけど。さすがに、カマドは動かしたことないわよね?」

「見るのも初めてです……」

「あはは、そうよね。……たつ子さん、綺麗に使ってたから。あんまり掃除の手間もないくらいだったんだけど」

 松里さんは、てきぱきとお湯を沸かす準備をしている。
しばらく水を流して、古い水を抜く。

「そういえば、荷物、ずいぶん少なかったけど。滞在は短いの?」

 問われて私は、いえ、と首を振った。

「私、住んでいたアパートが火事になって。荷物はほとんど焼けちゃったんです」

「あら、大変」

「それもあって、しばらくはこちらに御厄介になると思います」

「御厄介だなんて。たつ子さんの家なんだから、里ちゃんの家でしょ。でもお仕事とかどうしてるの?」

 こんな田舎からでは通いは無理だろうと思ったのだろう。
訊ねられて、私は少し答えに困った。
言わなくちゃ。
就職活動に失敗しちゃって、無職なんです。
軽く言ってしまえば、なんてことない筈。
なのに、喉の奥で引っかかったみたいに、言えなかった。
黙っていると、松里さんは急に話題を変える。

「あ、やだ。茶器の置いてある場所わかる?戸棚にあったかしら」

「あ、たぶん……」

 何か察してくれたのかもしれない。
少しホッとしながら答えると、松里さんは笑いながら手を振った。

「じゃあ、出しておいてネ。一応、洗わなくっちゃ。勝手が分かっててくれるの、助かるわ」

「でも、私、この家に来るの初めてなんですよ」

「そうなの?あ、それじゃあ離れも見たことないのかしら」

「離れ……?」

 訊き返すと、松里さんは意味ありげに含み笑いをした。
そして玄関の方を指さす。

「お湯を沸かしている間に、見てらっしゃいな。鍵はもうひとつの方だから」

「あ、はい……」
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