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時計の針は無情に進む
行かないで
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「持っていきな。俺の運だ」
ダイスの目は、最弱だった1と2。
なら、あそこですべての悪運を置いてきたと思う。
うつれ。のりうつれと念じる。
俺の運。
「──ありがとう」
爺さんは目を細めて礼を言う。
だが──。
「……どうしてですか」
不意に、聞こえた声に俺たちは、そちらを振り返った。
列車の開いたままのドアから飛び出してきたのは、ドチビだった。
「何のためにこれ以上、辛いばっかりかもしれないことを選ぼうとするの……!」
ドチビはゴールドマンの傍に駆け寄る。
姫さんは黙って、その様子を見ていた。
駆け寄ったものの、それ以上をどうすればいいか分からない様子でドチビは立ち竦む。
指先が、コールドマンのコートの袖をつかもうとして、やめる。
きゅ、と握りこまれた指先が、それでも、もう一度震えながら、そこへと伸び。
コートの袖をつかむ。
それから、縋りつくみたいに、きつくしっかりと握りしめた。
「……お嬢ちゃん」
たぶんこの旅で、姫さん以外の人間にドチビがこんな風に感情を見せたのは初めての事だ。
凍りついてたみたいに硬かったものが、ぎしりと音をたてて動いた。
そんな風に思えた。
「い……」
ぎこちなく……まるで初めて言葉を知った赤ん坊みたいに、ぎこちなく、ドチビが言葉を綴る。
「……行かないで」
静かな宵にすら溶けそうに、かすかな音。
それがおそらくは、今のドチビの全部を総動員して語られたものなのだとは、痛いほど伝わった。
「行かないで……」
繰り返して俯いた、ドチビの頭の上に、ゴールドマンが掌を置く。
それは子供の小さな頭をゆるく撫でた。
「お嬢ちゃんは、いい子だな」
俯いたままのドチビの頬から伝い落ちたものが、ぱたぱたと地面に丸く小さな染みを作った。
「……ちがう……私は……」
「いい子だよ。儂にとっては。──そう思うのに、それ以上の、何が必要かね」
漏れたのは、かすかな嗚咽。
ドチビには、わかったのだ。
どんな言葉も、ゴールドマンの決意を変えることはできないのだと。
◇
窓の外には、夜の空と黒くゆがんだ地平線が見える。
走る列車を追いかけてくるように動かない月だけが、空を飾るものだ。
ゴールドマンだけをホームに残し、シルバーバレットは静かに動き出した。
孤影はじきに見えなくなった。
爺さんの前に立ちはだかるだろういくつもの壁。
それを思うと、ひどく切ない気になる。
この悪党の俺でもが。
部屋に戻った姫さんは、窓近くのソファに座って外を見たまま、身じろぎもしなかった。
ドチビは、その姫さんの膝に縋って、いつの間にか眠っていた。
泣き疲れたんだろう。
そんな風に姫さんに甘えたことをするところを見たことがなかったんで、なんだかおかしな気持ちだ。別人のように思える。
俺は俺で、何か胸の中に風穴でも空いたような気分だった。
ダイスの目は、最弱だった1と2。
なら、あそこですべての悪運を置いてきたと思う。
うつれ。のりうつれと念じる。
俺の運。
「──ありがとう」
爺さんは目を細めて礼を言う。
だが──。
「……どうしてですか」
不意に、聞こえた声に俺たちは、そちらを振り返った。
列車の開いたままのドアから飛び出してきたのは、ドチビだった。
「何のためにこれ以上、辛いばっかりかもしれないことを選ぼうとするの……!」
ドチビはゴールドマンの傍に駆け寄る。
姫さんは黙って、その様子を見ていた。
駆け寄ったものの、それ以上をどうすればいいか分からない様子でドチビは立ち竦む。
指先が、コールドマンのコートの袖をつかもうとして、やめる。
きゅ、と握りこまれた指先が、それでも、もう一度震えながら、そこへと伸び。
コートの袖をつかむ。
それから、縋りつくみたいに、きつくしっかりと握りしめた。
「……お嬢ちゃん」
たぶんこの旅で、姫さん以外の人間にドチビがこんな風に感情を見せたのは初めての事だ。
凍りついてたみたいに硬かったものが、ぎしりと音をたてて動いた。
そんな風に思えた。
「い……」
ぎこちなく……まるで初めて言葉を知った赤ん坊みたいに、ぎこちなく、ドチビが言葉を綴る。
「……行かないで」
静かな宵にすら溶けそうに、かすかな音。
それがおそらくは、今のドチビの全部を総動員して語られたものなのだとは、痛いほど伝わった。
「行かないで……」
繰り返して俯いた、ドチビの頭の上に、ゴールドマンが掌を置く。
それは子供の小さな頭をゆるく撫でた。
「お嬢ちゃんは、いい子だな」
俯いたままのドチビの頬から伝い落ちたものが、ぱたぱたと地面に丸く小さな染みを作った。
「……ちがう……私は……」
「いい子だよ。儂にとっては。──そう思うのに、それ以上の、何が必要かね」
漏れたのは、かすかな嗚咽。
ドチビには、わかったのだ。
どんな言葉も、ゴールドマンの決意を変えることはできないのだと。
◇
窓の外には、夜の空と黒くゆがんだ地平線が見える。
走る列車を追いかけてくるように動かない月だけが、空を飾るものだ。
ゴールドマンだけをホームに残し、シルバーバレットは静かに動き出した。
孤影はじきに見えなくなった。
爺さんの前に立ちはだかるだろういくつもの壁。
それを思うと、ひどく切ない気になる。
この悪党の俺でもが。
部屋に戻った姫さんは、窓近くのソファに座って外を見たまま、身じろぎもしなかった。
ドチビは、その姫さんの膝に縋って、いつの間にか眠っていた。
泣き疲れたんだろう。
そんな風に姫さんに甘えたことをするところを見たことがなかったんで、なんだかおかしな気持ちだ。別人のように思える。
俺は俺で、何か胸の中に風穴でも空いたような気分だった。
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