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時計の針は無情に進む
チクタクと鼓動は刻む
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「──三十年前、ミスターの故郷の村は時計病にかかった村人が出たために、村ごと焼き払われようとしていました。
それを止めたのが、あの巨額の金塊の強盗事件です。
ミスターは奪った金塊の隠し場所を、三十年経ったら話すと約束されました。
それまでは村を焼き払うことは許さないと、国を脅して」
「……まさか、そのためにずっと、シルバーバレットに乗り続けてたのか」
三十年間も?たった一人で?村を守るために?
俺が言うと、爺さんは少し自嘲するように笑った。
「たとえ必ず死ぬ運命の病気だとしても。三十年……永らえる時間がある」
爺さんの言葉に、俺は無意識に頷いていた。
今すぐというわけではない、遠い死。
「そう思えば、焼き払われるなどということが、許せなかった……。
知らせを受けた時、儂は村を離れて放蕩を繰り返していたロクデナシでしかなかったが。
なんとかして、奪われる三十年を止めたかった」
「ゴールドマン……」
それで無謀な金塊強盗をやってのけたのか。
大悪党だの無法者の英雄だのと言われたゴールドマンの、これが真実。
「村の周囲は王立軍によって完全に封鎖されています。
戻られたとしても、村に入れるかはわかりませんよ。
それでもシルバーバレットを降りられるのですか?」
姫さんが静かに訊ねると、ゴールドマンはゆっくりと首を左右に振った。
「それはもう、関係ないんだよ、お嬢さん」
そう言うと爺さんは、月を見上げた。
どこまでも続く、暗闇のような荒野。
濃い藍色した空に、そこだけが小さなシミみたいに白い月がある。
「三十年の間、儂はずっと村の者に謝りたかった」
「謝る?なんで、あんたの方が謝るんだよ」
あんたが村を守ったんじゃないのか。
三十年もの間、一人でこの列車に乗り続けて。
「儂のしたことは、村の者が苦しむ時間を、ただ長引かせたのかもしれん。
そう考えると、恐ろしかったんだ」
「……」
んなもの、どうだかわかんねえだろ。
そう言いたかったが、実際どうなのかなんて俺に何か言えることじゃねえ。
俺は、黙り込んだ。
何も言えなかった。
「一人目の死者が出たということは……もう村人が死に絶えるまで、ほとんど時間はありません。
戻られても誰かに逢える可能性も低いかと。
……それでも?」
「ああ」
「もし村の中に入れたとして、ミスター御自身が罹患されてしまいます。
そうすれば村を出ることはかなわなくなる。
また、お一人で人の死に絶えた村で最後まで過ごさなくてはならなくなります。
それでも、よいのですか……?」
「ああ」
重ねられる姫さんの問いかけは、どれも重いし痛い。
だがゴールドマンは淀みなく頷いた。
「……覚悟を、決めてしまわれているのですね」
姫さんは、最後に静かにそう言った。
俯いた表情も、淡々とした言葉も、悲しそうに感じたのに、答えるゴールドマンの声はいっそ晴れやかだった。
「ああ、決めておる。もう、ずっとずっと前からな」
何かの宣言のように言った爺さんは、苦く、けれど笑っていた。
まるで何かの枷から解放されたみたいに。
「本当はな。
ただ妻に会いたい……娘に会いたい……。
それだけなんだよ。
可能性がほんの少しでもあるなら、賭けようと心に決めていた」
「……最後まで、ギャンブラーってことか。金塊王」
爺さんは俺の言葉に、呵々と笑う。
その声に迷いも何も混じっていない。
「三十年前、儂は賭けに勝って金塊を奪った。そういう性根なんだろうよ」
「おう」
俺は爺さんの肩に手を置いた。
移れと念じる子供じみたやり方。
それを止めたのが、あの巨額の金塊の強盗事件です。
ミスターは奪った金塊の隠し場所を、三十年経ったら話すと約束されました。
それまでは村を焼き払うことは許さないと、国を脅して」
「……まさか、そのためにずっと、シルバーバレットに乗り続けてたのか」
三十年間も?たった一人で?村を守るために?
俺が言うと、爺さんは少し自嘲するように笑った。
「たとえ必ず死ぬ運命の病気だとしても。三十年……永らえる時間がある」
爺さんの言葉に、俺は無意識に頷いていた。
今すぐというわけではない、遠い死。
「そう思えば、焼き払われるなどということが、許せなかった……。
知らせを受けた時、儂は村を離れて放蕩を繰り返していたロクデナシでしかなかったが。
なんとかして、奪われる三十年を止めたかった」
「ゴールドマン……」
それで無謀な金塊強盗をやってのけたのか。
大悪党だの無法者の英雄だのと言われたゴールドマンの、これが真実。
「村の周囲は王立軍によって完全に封鎖されています。
戻られたとしても、村に入れるかはわかりませんよ。
それでもシルバーバレットを降りられるのですか?」
姫さんが静かに訊ねると、ゴールドマンはゆっくりと首を左右に振った。
「それはもう、関係ないんだよ、お嬢さん」
そう言うと爺さんは、月を見上げた。
どこまでも続く、暗闇のような荒野。
濃い藍色した空に、そこだけが小さなシミみたいに白い月がある。
「三十年の間、儂はずっと村の者に謝りたかった」
「謝る?なんで、あんたの方が謝るんだよ」
あんたが村を守ったんじゃないのか。
三十年もの間、一人でこの列車に乗り続けて。
「儂のしたことは、村の者が苦しむ時間を、ただ長引かせたのかもしれん。
そう考えると、恐ろしかったんだ」
「……」
んなもの、どうだかわかんねえだろ。
そう言いたかったが、実際どうなのかなんて俺に何か言えることじゃねえ。
俺は、黙り込んだ。
何も言えなかった。
「一人目の死者が出たということは……もう村人が死に絶えるまで、ほとんど時間はありません。
戻られても誰かに逢える可能性も低いかと。
……それでも?」
「ああ」
「もし村の中に入れたとして、ミスター御自身が罹患されてしまいます。
そうすれば村を出ることはかなわなくなる。
また、お一人で人の死に絶えた村で最後まで過ごさなくてはならなくなります。
それでも、よいのですか……?」
「ああ」
重ねられる姫さんの問いかけは、どれも重いし痛い。
だがゴールドマンは淀みなく頷いた。
「……覚悟を、決めてしまわれているのですね」
姫さんは、最後に静かにそう言った。
俯いた表情も、淡々とした言葉も、悲しそうに感じたのに、答えるゴールドマンの声はいっそ晴れやかだった。
「ああ、決めておる。もう、ずっとずっと前からな」
何かの宣言のように言った爺さんは、苦く、けれど笑っていた。
まるで何かの枷から解放されたみたいに。
「本当はな。
ただ妻に会いたい……娘に会いたい……。
それだけなんだよ。
可能性がほんの少しでもあるなら、賭けようと心に決めていた」
「……最後まで、ギャンブラーってことか。金塊王」
爺さんは俺の言葉に、呵々と笑う。
その声に迷いも何も混じっていない。
「三十年前、儂は賭けに勝って金塊を奪った。そういう性根なんだろうよ」
「おう」
俺は爺さんの肩に手を置いた。
移れと念じる子供じみたやり方。
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