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歓楽街の一夜
夜明けが近い
しおりを挟む──もう、夜明けだ。
しばらく走ると、姫さんが小さく呻いて俺の背中で身じろぎをした。
「気が付いたか、姫さん」
訊くと、幾度か首を振ってから、はい、と短い答えが返る。
「……降りて、走れそうか?」
その問いかけにも、少しだけ間が開いて、はい、と強い答えがあった。
ドチビは周囲を警戒しながら、心配そうにちらちらと姫さんを見上げる。
俺は、立ち止まって姫さんを下ろす。
一度だけふらついたものの、姫さんはすぐ気丈に顔を上げた。
「……大事ありません。行きましょう」
「駅に向かう。発車時刻に間に合わせる」
「はい」
俺が手を引くと、姫さんは何とか走り出した。
さすがに駅までの長い距離を背負って走るのは無理があったんで、助かる。
爺さんは思った以上に体力があるみたいで、先行してくれる。
そして俺たちは駅へと続く大きな通りに出た。
そこは夜明け前に帰宅を急ぐ人の群れでごった返していた。
俺たちは人の流れに逆行する形で、駅へと向かう。
道の先、開けた視界に駅が見えた。
ここまで来れば、後は一気に駆け抜けるだけだ。
そう思ってほっと息を抜きかけた時だった。
「その娘──その娘、スリだ……!!捕まえてくれ!!」
突然、路地から飛び出してきた男が喚いた。
ぎょっとして振り向くと、人波をかき分けて幾人かの男が追ってくる。
姫さんを指さして、周囲に訴えた。
「スリだ……!!捕まえてくれ!!」
くそ、奴らあくまで姫さんの足止めをするつもりか。
叫び声に反応し、何事かと野次馬たちが、こちらを見ようと足を止めた。
おかげで前を塞がれることになって、なかなか進めない。
「どけ……!!スリなんかいねえよ、出鱈目だ!!」
払いのけようとしても、次から次に人の壁が現れる。
まさか、ここで発砲するわけにもいかない。
奴らにしてみれば、嘘でもなんでも足止めができればいいんだから、性質が悪い。
ともすれば、姫さんが人垣に呑まれそうになる。
つかんだ手を離さないようにするだけで、精一杯だ。
畜生、こいつらなんだってこう物見高いんだよ。
ドチビはドチビらしく、やはり人の塊に揉まれて見失いそうになる。
まずい、と思った。
このままじゃ間に合わない。
その時──。
「この小童ども……!!このゴールドマンの邪魔をするか……!!」
突然あがった怒鳴り声に、集まっていた群衆がざわりと揺れた。
「……ゴールドマン?」
「あのゴールドマンなの?」
「本物……!?」
「そういや今、シルバーバレットが停車してるって……」
わっ、と人波が割れる。
どこにいるかわからないゴールドマンの姿を求めて、人々が右往左往する。
俺たちからは奴らの意識はそれたが、今度は爺さんが標的だ。
俺は引き寄せた姫さんの身体を庇うことくらいしかできない。
「ダーク……!ミスターが……」
姫さんが、息も切れ切れに訴える。
なんとかついてきていたドチビが、その姫さんにすがりついた。
「危険です、姫様、お早く……」
「ドチビ、姫さんを連れて先行しろ!!」
俺が姫さんの身体を押しやると、一瞬、戸惑ったように固まったドチビは、すぐに頷いた。
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