大陸横断弾丸鉄道 ―銃と魔法の荒野。美貌の姫君と早撃ちのメイド、二挺拳銃のならず者。三人は銀の弾丸と呼ばれる列車に乗り七日間の旅に出る―

春くる与

文字の大きさ
上 下
46 / 88
歓楽街の一夜

夜の街へ

しおりを挟む
締め切った窓の外からは、小さく喧噪が届く。
部屋の中には何の変化もない。

 だが俺は、もそりと起き出すと、ホルスターと銃を身に着けて寝室を出た。
続き部屋となっている居間。
向かい側には姫さんたちの寝室がある。
けれど、俺はそちらではなく外の廊下に出るドアを開けた。
廊下から外が見える窓の側に佇んでいた姫さんが、驚いたように俺を見る。
それから、やんわりと表情をあらためて、少し笑う。

「……すみません。起こしてしまいましたか」

「まさか、外に出かけてみる気だったとか言わねえよな」

 訊ねると、姫さんは、まさかと苦笑する。

「そんな無謀な真似は致しません。
ただ少し……眠れなくて」

「こういう時、深窓の姫君ってのは無茶するもんと相場が決まってると思ってたぜ」

 言うと姫さんは首をかしげて、いつもみたいに笑う。

「それは、困らせてほしいということでしょうか」

 逆に訊ねられて、俺は肩をすくめた。
無茶しないでくれるのは、ありがたい。
我儘らしいことは何一つ言わないのも、助かる。
だが……。

「大人しくしててくれるなら、それにこしたことはないぜ。
……妨害のことが気にかかるのか?」

 俺は姫さんの側に歩み寄り、同じように窓の外を覗いた。
人の行き来は少なくはなく、こんな真夜中だというのに、いつまでも賑やかだ。
だがこの街では、これが普通なんだろう。

「それもあるのですが。
色々と……気にかかることはあります。
考え出すと、少し頭が冴えてしまって」

 姫さんが抱えているのは、ぼんやりとした不安なのかもしれない。
俺は彼女の、今は隠すもののない顔を見下ろした。
猥雑な明かりに照らし出されたそれは、瞳が揺れているようで頼りない。

「ちょっと、散歩にでも出てみるか?」

 言うと、驚いたみたいに瞬きする青色が面白い。
外に出ては駄目だと言われていた小さな子供が、思いがけずに許されて驚くような。

「……大人しくしていてくれと、今……」

「勝手に動き回られたら困るが、一緒に行くならいいだろ。
煩いのも、今なら寝てるだろうし」

 言って示すのは、ドチビがいるだろう寝室の方。
姫さんは少し考えてから、小さく笑った。

「……では。少しだけ、夜中の散歩に」

「少しくらい楽しめよ。真面目じゃつまんねえ」

 手を差し出すと、姫さんは慣れない様子で戸惑ってから、俺の手に自分のそれを重ねた。
装飾品なんて身につけない性質なのか、手袋をつけていない方の右手にあるのは古い指環くらいだ。

 ああ、そうか。
エスコートとかっていうんだったか、こういう場合の貴族は。
やり方が普通とは違って、戸惑ったのかね。
けど俺、そんなんのやり方、わかんねえし。
適当でいいかと、姫さんの手を握って階段を降りる。

 ホテルのフロントはこんな時間なのに、きちんとドアマンがいた。
出かけてくると言い置くと、何の不思議もなく、いってらっしゃいませと返された。
ほんと、時間の感覚が狂ってやがるな。

 ホテルを出て、アテはなかったから、そのまま大通りを目指す。
俺は姫さんに歩調を合わせて、のんびり歩いた。
行きかうのは、酔っ払いや娼婦らしい女や、雑多な人の群れ。
どいつもこいつも、無駄に陽気だった。
姫さんは物珍しそうに時々、足を止める。

「わたくし、城の外に出るのが初めてなのです」

 なんかまた、とんでもねえこと言い出しやがったよ、この姫さん。
どんだけ狭い場所で生きてんだよ。
そう言ってやると、姫さんは少し考えてから答えた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...