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銀の弾丸
ゴールドマンと御茶会
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「ですが相手から何かを得ようとするとき、信じる一瞬の賭は必要な気がするのです」
姫さんが足を止めたのは、聞いていたゴールドマンの部屋の前だ。
さすが、一本道なんで方向音痴でも間違いようがないな。
俺たちはドアの前に立ち、しばらく互いに動かなかった。
「……」
「……」
なんだ。なんで動かねえ。
「……ダーク。ノックを」
あ、俺がやんのか。なるほど。
「自分でやりゃいいじゃねえか。いちいち、めんどくせえな」
文句を言いながら、俺はドアをノックした。
姫さんは、俺のぞんざいな物言いにも気を悪くした様子はなかった。
なかったが、自分でしない理由についてはきっぱり言った。
「行儀作法とは、そういうものなのです」
「そんなもんに、何の意味があんだよ」
俺はついつい、めんどくさいことを言うとばかりに言い返す。
行儀なんてものに、どうしても価値がみいだせない。
「知らない、と侮られるのですよ」
姫さんはそう言って、ほんの少しだけ自嘲を含んで笑った。
なぜか姫さんは、こういうことを説明するのに、言葉を惜しんだりしない。
訊けば、ちゃんと答えてくれる。
そういうところは、今まで見たことのある貴族って連中とはちょっと違ってた。
「行儀作法というのは。
そのための、わたくしたちの武装なのです。
侮られないための」
俺は姫さんの言葉に、ちょっと目を瞠った。
そういう考え方だとは想像もしたことがなかったな。
なるほど、俺たちが自分は強いんだぞと威嚇するようなもんか。
あいているよ、と中から応えがあった。
俺がドアを開けると、やあ、とにこやかにゴールドマンが出迎える。
「お招きにあずかりまして」
姫さんがスカートの裾をつまんで、軽く会釈をした。
ゴールドマンは手を差し出して彼女をエスコートする。
慣れたもんだなあ。
もともとは、どこか田舎町のならず者だったって噂だが。
こんな列車にずっと乗ってりゃ、作法なんてものも身に着くって訳か。
たぶん、客室のレベルが違うんだろうな。
ゴールドマンの部屋は、姫さんのそれと比べるとずいぶん狭い。
装飾も、俺みたいな芸術なんてものがわからねえ者が見ても、一段落ちる感じだ。
「先ほどは、供のものが失礼をいたしました」
姫さんはエスコートされた先のソファに座ると、そう切り出した。
ゴールドマンは鷹揚に頷く。
「気にされることはない。実際、儂はろくでもない年寄りだからなあ」
穏やかに笑うあたり、本当に気にしてはいない様子だった。
大悪党の余裕ってやつなのかもしれない。
姫さんは少し複雑そうに笑む。
「あの子は……どういった関係でおられるのかね?
失礼だが、供周りのメイドと単純に言うには、年が若すぎるようだが」
穏やかなままに、そう訊ねられて姫さんは少し話すかどうかを迷ったようだった。
だが、ひとつ頷きを返してから
「楽しいお話にはなりませんが。
よろしいでしょうか」
そう前置きをするが、ゴールドマンはあっさりと頷く。
「俺は席を外した方がいいかい?」
気をきかせたつもりで訊ねるが、姫さんは首を横に振った。
「いいえ。ダーク、できればあなたには聞いていてほしいのです」
意外にも、そう言われて俺はその場に控えた。
姫さんは、ゴールドマンが手ずからお茶を淹れてくれるのを待って話し出す。
姫さんが足を止めたのは、聞いていたゴールドマンの部屋の前だ。
さすが、一本道なんで方向音痴でも間違いようがないな。
俺たちはドアの前に立ち、しばらく互いに動かなかった。
「……」
「……」
なんだ。なんで動かねえ。
「……ダーク。ノックを」
あ、俺がやんのか。なるほど。
「自分でやりゃいいじゃねえか。いちいち、めんどくせえな」
文句を言いながら、俺はドアをノックした。
姫さんは、俺のぞんざいな物言いにも気を悪くした様子はなかった。
なかったが、自分でしない理由についてはきっぱり言った。
「行儀作法とは、そういうものなのです」
「そんなもんに、何の意味があんだよ」
俺はついつい、めんどくさいことを言うとばかりに言い返す。
行儀なんてものに、どうしても価値がみいだせない。
「知らない、と侮られるのですよ」
姫さんはそう言って、ほんの少しだけ自嘲を含んで笑った。
なぜか姫さんは、こういうことを説明するのに、言葉を惜しんだりしない。
訊けば、ちゃんと答えてくれる。
そういうところは、今まで見たことのある貴族って連中とはちょっと違ってた。
「行儀作法というのは。
そのための、わたくしたちの武装なのです。
侮られないための」
俺は姫さんの言葉に、ちょっと目を瞠った。
そういう考え方だとは想像もしたことがなかったな。
なるほど、俺たちが自分は強いんだぞと威嚇するようなもんか。
あいているよ、と中から応えがあった。
俺がドアを開けると、やあ、とにこやかにゴールドマンが出迎える。
「お招きにあずかりまして」
姫さんがスカートの裾をつまんで、軽く会釈をした。
ゴールドマンは手を差し出して彼女をエスコートする。
慣れたもんだなあ。
もともとは、どこか田舎町のならず者だったって噂だが。
こんな列車にずっと乗ってりゃ、作法なんてものも身に着くって訳か。
たぶん、客室のレベルが違うんだろうな。
ゴールドマンの部屋は、姫さんのそれと比べるとずいぶん狭い。
装飾も、俺みたいな芸術なんてものがわからねえ者が見ても、一段落ちる感じだ。
「先ほどは、供のものが失礼をいたしました」
姫さんはエスコートされた先のソファに座ると、そう切り出した。
ゴールドマンは鷹揚に頷く。
「気にされることはない。実際、儂はろくでもない年寄りだからなあ」
穏やかに笑うあたり、本当に気にしてはいない様子だった。
大悪党の余裕ってやつなのかもしれない。
姫さんは少し複雑そうに笑む。
「あの子は……どういった関係でおられるのかね?
失礼だが、供周りのメイドと単純に言うには、年が若すぎるようだが」
穏やかなままに、そう訊ねられて姫さんは少し話すかどうかを迷ったようだった。
だが、ひとつ頷きを返してから
「楽しいお話にはなりませんが。
よろしいでしょうか」
そう前置きをするが、ゴールドマンはあっさりと頷く。
「俺は席を外した方がいいかい?」
気をきかせたつもりで訊ねるが、姫さんは首を横に振った。
「いいえ。ダーク、できればあなたには聞いていてほしいのです」
意外にも、そう言われて俺はその場に控えた。
姫さんは、ゴールドマンが手ずからお茶を淹れてくれるのを待って話し出す。
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