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はじまりの街
路地裏の出会い
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始まりと終わりの街。
その街はそう呼ばれていた。
――グレネデン・シティ。
大海間を行き来する船の集まる、巨大な港。
大陸を東西に貫通する弾丸鉄道。
それをはじめとして各所を結ぶ幾つもの鉄道の発着する、一大ターミナル駅。
旅はここからはじまり、ここで終わる。
荷も人も、必ずここを通過する。
欲望と絶望と、わずかな希望を携えて。
旅人はみな、この街から出発するのだ。
◇
――なんて日だ。
馴染みの賭場で、スッカラカンに負けた。
有り金を毟り取った後のカスになった俺はいらないとばかり、適当に追い出される。
まったく、なんて日だ。
乾ききって砂埃のたつ裏道を行く。
なんとなく口許に宿るのは、習い覚えたわけでもない下手くそな口笛。
ララバイは、どういうわけか乾ききったこの街に似合う。
俺は、むしゃくしゃして道の横に詰まれた空の酒樽を蹴り飛ばした。
そいつはガラガラと音を立てて、狭い道を転がっていく。
ふんと鼻を鳴らして、そのまま立ち去ろうとしていた俺は、しかし不意に呼び止められた。
「……もし。そこの、御方」
かけられた声に、振り返る。
大通りを一本はいった、路地裏。
馬車が何台も行き交う広々とした表通りとはちがい、道は狭くてゴミゴミとしている。
けれど畏れ多くも国王陛下の天領であるこの街で、本当に陛下とやらが支配しているのは、表通りまでだ。
裏通りは、俺達アウトローの天下。
お天道様は、こんな路地裏までは照らしちゃくれない。
けれど振り返った先に立っていたのは、そんな裏通りには不釣り合いな若い女だった。
一見して、身なりがいい。
身につけているのは地味なデザインのドレスだったが、よく見りゃかなり上等な仕立てのもんだ。
生地だって、ありゃあ絹なんじゃないか?
目の辺りを覆ったヘッドドレスの黒いレース。
その御蔭で、はっきりと顔は見えない。
それでも別嬪だとは知れる。
金色の僅かに金属光沢のような輝きをまとった髪は、複雑怪奇に編み込まれて結い上げられている。
ありゃいったい、どんな構造になってんだ。
どっかの貴族の娘ってところか。
形のいい唇が、小さく笑みの形になった。
「すみませんが道に迷ってしまいました。
どうか、案内をしていただけませんか」
丁寧な口調でいい、女は軽く会釈する。
俺は肩を竦めて見せた。
世間知らずなのか、なんなのか。
見るからに悪党の俺に、案内していただけませんかときた。
冗談じゃねえ。
「やだね。面倒ごとはゴメンこうむる」
即答で言ってやると、女は不思議そうに小首を傾げた。
やだねえ。
いかにもお上品な仕草が、逆に鼻につくぜ。
「面倒ごと……?」
訊き返されて、俺はせせら笑ってやった。
彼女の背後を指差してやる。
「随分とお連れが多いようで。
俺より先に、お連れさんたちが御用がありそうだぜ」
言うと、物陰からのそり人影が現れる。
いち、に、さん……五人か。
あきらかに、ならず者。
どうせ、金持ちそうなこの女の後をつけてきた追い剥ぎ連中だろう。
関わりあいになるのも、めんどくせえ。
「まあ……」
女はそう一言漏らして、絶句してしまったようだ。
怯えちまって、声も出ないか。
おおかた、でかいお屋敷で何不自由なく育ったんだろうな。
こういう場所での常識ってものを知らねえ。
危なそうな奴らを見かけたら、とっとと逃げろって常識をさ。
その街はそう呼ばれていた。
――グレネデン・シティ。
大海間を行き来する船の集まる、巨大な港。
大陸を東西に貫通する弾丸鉄道。
それをはじめとして各所を結ぶ幾つもの鉄道の発着する、一大ターミナル駅。
旅はここからはじまり、ここで終わる。
荷も人も、必ずここを通過する。
欲望と絶望と、わずかな希望を携えて。
旅人はみな、この街から出発するのだ。
◇
――なんて日だ。
馴染みの賭場で、スッカラカンに負けた。
有り金を毟り取った後のカスになった俺はいらないとばかり、適当に追い出される。
まったく、なんて日だ。
乾ききって砂埃のたつ裏道を行く。
なんとなく口許に宿るのは、習い覚えたわけでもない下手くそな口笛。
ララバイは、どういうわけか乾ききったこの街に似合う。
俺は、むしゃくしゃして道の横に詰まれた空の酒樽を蹴り飛ばした。
そいつはガラガラと音を立てて、狭い道を転がっていく。
ふんと鼻を鳴らして、そのまま立ち去ろうとしていた俺は、しかし不意に呼び止められた。
「……もし。そこの、御方」
かけられた声に、振り返る。
大通りを一本はいった、路地裏。
馬車が何台も行き交う広々とした表通りとはちがい、道は狭くてゴミゴミとしている。
けれど畏れ多くも国王陛下の天領であるこの街で、本当に陛下とやらが支配しているのは、表通りまでだ。
裏通りは、俺達アウトローの天下。
お天道様は、こんな路地裏までは照らしちゃくれない。
けれど振り返った先に立っていたのは、そんな裏通りには不釣り合いな若い女だった。
一見して、身なりがいい。
身につけているのは地味なデザインのドレスだったが、よく見りゃかなり上等な仕立てのもんだ。
生地だって、ありゃあ絹なんじゃないか?
目の辺りを覆ったヘッドドレスの黒いレース。
その御蔭で、はっきりと顔は見えない。
それでも別嬪だとは知れる。
金色の僅かに金属光沢のような輝きをまとった髪は、複雑怪奇に編み込まれて結い上げられている。
ありゃいったい、どんな構造になってんだ。
どっかの貴族の娘ってところか。
形のいい唇が、小さく笑みの形になった。
「すみませんが道に迷ってしまいました。
どうか、案内をしていただけませんか」
丁寧な口調でいい、女は軽く会釈する。
俺は肩を竦めて見せた。
世間知らずなのか、なんなのか。
見るからに悪党の俺に、案内していただけませんかときた。
冗談じゃねえ。
「やだね。面倒ごとはゴメンこうむる」
即答で言ってやると、女は不思議そうに小首を傾げた。
やだねえ。
いかにもお上品な仕草が、逆に鼻につくぜ。
「面倒ごと……?」
訊き返されて、俺はせせら笑ってやった。
彼女の背後を指差してやる。
「随分とお連れが多いようで。
俺より先に、お連れさんたちが御用がありそうだぜ」
言うと、物陰からのそり人影が現れる。
いち、に、さん……五人か。
あきらかに、ならず者。
どうせ、金持ちそうなこの女の後をつけてきた追い剥ぎ連中だろう。
関わりあいになるのも、めんどくせえ。
「まあ……」
女はそう一言漏らして、絶句してしまったようだ。
怯えちまって、声も出ないか。
おおかた、でかいお屋敷で何不自由なく育ったんだろうな。
こういう場所での常識ってものを知らねえ。
危なそうな奴らを見かけたら、とっとと逃げろって常識をさ。
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