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アサツキ ホシナ

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神社の丸鏡 無償小説No.1 お題『反転』

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神社の丸鏡(まるかがみ)
                                      無償小説No.1 お題『反転』
                                            アサツキホシナ

この神社に来るのはいつぶりだろうか。

数年ぶりに実家に夏の帰省をした俺、堂本康介どうもとこうすけは、猛暑の中、酷い汗をかきながら、子どもの頃によく遊んでいた神社に来ていた。

この神社は森の中にあり、曲がりくねりを繰り返した長い石階段を上った先にある。軽く見積もっても400段はあるだろう。

中学、高校時代は陸上部に所属し、長距離選手としてインターハイにも出場した経歴もある。しかし、進学で上京してそのまま就職。いらい、体力は著しく低下していた。

 地元に戻ってこなかった理由は、この神社のせいでもある。

 小学生時代、一緒に遊んだ女の子、古村翠こむらみどり。あの事件、あの光景が今も脳裏に焼き付いて離れない。いや、今まで忘れかけていたのに、この神社に来てより思い出してしまった。

「そう、痛ましい記憶だが、忘れてはならないのだ。そのために、俺はここに・・・。」

 長い階段を上った先にやっと神社の境内を視界にとらえることができた。鳥居をくぐり、拝殿の近くまで歩く。賽銭箱の前の階段に腰をかけ、全体の雰囲気を眺める。

 小学生の頃よりもすべてが小さく感じる。狛犬も立て看板も、手水舎ちょうずやも。ご神木――――――は、大人になっても変わらない、バカでかい大きさである。  ※手水舎・・・柄杓で手を清める場所

 「あいつとは、よくあのご神木を回って遊んだり、この境内の範囲でかくれんぼもしたな。今となっては、隠れられる場所なんてないな。」

 古村と遊んだ記憶を思い返し、少し感傷に浸る。そして、目が潤んでることに気が付く。


――――――――そう、もうあいつはこの世にいないんだ。

 涙を袖で拭い、水気をとる。同時に汗も拭かれ、少し視界が開けた。感情が高ぶったせいもあり暑い。お参りをしてとっとと帰ろう。

5円玉を財布から取り出し、賽銭箱に入れる。中に落ちた音は「チャリン」ではなく「コン」という乾いた音がした。あまり人は来てないんだろう。鈴を鳴らし、手を合わせる。この神社で祈ることなんて一つしかない。どうか古村翠に――――――。

「さて、帰るか。」やることを済ました俺は、帰るため、再び賽銭箱に背を向ける。また、あの長い階段か。まぁ上るよりは楽だろう。

そう思った矢先、後ろから音が聞こえた気がした。拝殿の中だ。

 いや―――今のは、音じゃない。声だ。小さい女の子の声。

その声を聴いた瞬間、俺の鼓動はもうすでに速くなっていた。100 mを全力で走った時
とは比にならない。今にも足がもたついて倒れそうなほど速い鼓動。まさか。

「こ、古村?」俺は震えた声で拝殿の中に呼びかける。返事はない。気のせいなのか。幻
聴でも聞いたのか。でもしかし、今の声は確実にあいつの。

 【こうちゃん?】

「つっっっっっっっ!!」数秒後の空白をおいて今度はしっかりと声が聞こえた。これは、古村の声だ、間違えない。しかし、あいつはもう小学生の頃にすでに!

 鼓動はさっきよりも速くなっている。暑さも相まって、卒倒しそうな意識をぎりぎりのところで保っている。

 拝殿の中、古村はそこにいるのか?鍵はかかっていない。入れる。どうする?

 正体不明のものに近づこうとするのは生命の本能に反している。絶対に、入るべきではない、近づくべきではない。俺の頭は正常な判断ができないくらいに鈍っていた。あいつは俺にとってそれくらい特別な存在だったんだ。

 しばらく考え、あの日の事件を思い起こす。そう、あいつがこの長い階段を叫びながら転がっていく光景を。そして、皮膚がズタズタになって首も手足も変な方向に反転している古村翠だったものの姿を。

―――――――――――― 十数年前 ―――――――――――――

俺と古村が小学5年生の頃。

 俺たちはよくこの神社に2人で集まって遊んでいた。低学年の頃、クラスで隣の席になってなんとなく仲良くなって、その関係が続いていた。それからずっと同じクラスで、2人の中に入ってこようとするクラスメイトもいなかった。

 2人でいつも一緒にいても、孤独同士がつながったような歪(いびつ)な関係だった。

「こうちゃん、今日は何をして遊ぶ?」

 俺と古村は神社の拝殿の階段に腰掛けて、並んで話していた。

「そうだね、無難にかくれんぼでもどうかな。」

 「たまには、かけっこでもいいんだよ?」

 「かけっこって俺より古村の方が速いのは、もう体育の時間で分かってるだろ。」

「でも、あれって学年が上がって、最初の方にやっただけだよね?あれから半年は経ってるから、コウちゃんの方が速いかもよ。」

 「なんで、速いって思うんだよ。」

 「・・・。」古村は少し沈黙をし、答えた。

「お母さんから聞いたんだけど、女の子って子どもの頃の成長が速いんだ。だから今はコウちゃんよりも背も高いし、かけっこもその分、速い。けど、成長していくうちに男の子の方が段々と身長も高くなるし、筋肉もついていくんだよ。」

 「だから・・・」少しうつむいて悲しそうな声で古村はそう言った。

 「そんなことねぇよ。」俺は返答した。

「お前はクラスで男子も抑えて、一番速いんだぞ。サッカーとか野球のクラブに入ってる奴より速い。お前がいなければ、俺がクラスで1番なのに。いや、同じクラスの速水はやみも女なのに速い。俺の少し下か、同じくらいのタイムだ。」

 慰めるつもりはなかった。真実を言っただけだ。こいつは、異常なほど足が速かった。そして俺も。

「そうだね、速水さんも名前の通り速いよね。たしか、あの子、女子サッカークラブに入ってた気がする。」

「そうだったのか。どうりで速いわけだ。」でも・・・と俺は続ける。

「俺たち2人、何のクラブもトレーニングもしてないのにクラスで1番と2番だからな。体育終わった後のクラスの奴らの視線が痛すぎる。」

 「そうだね。あの空気は1年で1回が限界だぁ。」古村の顔に笑顔が戻っていた。

「じゃあさ、かけっこを少し変えようか。」古村は立ち上がってそう言った。

 「変える?」

「そう、体育の授業は直線距離でしょ?だから、今やっても結果は変わらないかもしれない。だからさ、」古村は鳥居の方を指さした。そして、俺は瞬間的に察した。鳥居を指さしてないこともすぐ感づいた。

 「まさか。」口元が少し緩んで微笑みがこぼれる

 「そう、あの階段を下から全力で上る!そして、先に速く鳥居をくぐった方が勝ち!レースだよ!」

 「相変わらず、女子の発想とは思えないな。お前は。」そういいつつ、内心はすごく面白そうだと思った。あまり感情を表に出さない俺も、その時は笑っていたと思う。

 「決定だね!」俺の表情をくみ取った古村はそう言って、先に階段の方に向かい、駆け足で降りていった。

 「これからあの階段を上るのに体力使ってどうするんだよ。」と呟いたが、俺も彼女と同じくらいのスピードで階段を降りていった。

 階段を降り終わった俺たちは、さっそくスタートの準備をした。「よーいドン!」

それが彼女の明確な最後の言葉だった。



 事件は鳥居をくぐる直前で起きた。



 「コウ、、ちゃん、、、、、。」恐怖で掠れた声で階段を落ちていく古村に、俺は何もできなかった。俺が古村より先に階段を上っていたからだ。

階段を転がり落ちた古村を追いかけたが、間に合わなかった。一番下にいたのは、階段で転がり落ちる過程で色々なところにぶつけ打撲し、関節が反転して、皮膚がズタズタで、骨が剥きだし、頭蓋が割れ、脳みそが飛び散ってる古村翠だったものの姿であった。

―――――――――――――――――――――――――――

時間にして10分は考えていただろうか。いや、体感時間でそれぐらいなのか、分からない。

 この中に本当にあいつがいるなら、会わなければいけない。俺にはその義務がある。覚
悟を決め、拝殿の観音開きの扉に手をかける。そして、手前に引きながら俺は一気に両扉
を開けた。

 拝殿の中を見渡す。拝殿の中に入ったことのある人なんて神主とか限られた人だけだろう。神社巡り好きの人はもしかしたら、たまに体験で入れるのかもしれないが。とくにかく俺は初めてで、なんとも言えない空気感に気圧された。

 中は、外から見た通りの木造の部屋。窓も障子もない木箱の中みたいだ。床には横に敷いた畳みが4個、それが両方に2列、8畳の空間の先に3段だけ階段がある。

階段の両隣には、多分、学ばなければ読めないお経のような字が、白地に黒文字で書かれた掛け軸があった。大きさは俺より少し大きい180 cmくらいだろう。階段の上、中太のしめ縄がかかっており、そこに神社よく見る白い3つの長方形(「紙(し)垂(で)」だったろうか)がいくつか結ばれていた。
 そして、一番この空間内で際立つのは階段の先、観音様、仏様の掛け軸が10個以上、その手前にすこし大きめの丸鏡が置いてある。直径にして50 cmくらいはある。鏡単体だけ、鏡のふちに何の装飾もない、非常に綺麗な鏡だ。

拝殿内全体は神聖であり、どこか不気味な禁則地みたいな雰囲気。とにかく、長くいてはいけないようなそんな感じがした。

「どこだ、古村。いるのか?」俺は震えた声で中へと踏み入った。いるはずがない。そう思いたいのにあの一声だけで、その考えは打ち消されていた。「こうちゃん」そう呼ぶのは後にも先にもあいつだけしかいない。

俺は最初の恐怖心を維持したまま恐る恐る、拝殿の中に入っていった。隠れられる場所なんてどこにもない。分かり切った答えを俺は鵜呑みにできなかった。あの声一つで今日一日は、この狭い拝殿の中を探す、それほどまでに何かに憑りつかれていたように本気になっていた。

一通り、拝殿内の全てを見た。一応、掛け軸の裏をめくったり、階段の中は空洞で、その中にいるかとか。全て徒労に終わった。

 最後に、あの丸鏡を間近で見る。改めて綺麗だと思い、顔を近づける。無論、自分の顔が映る。そして、

 『違和感』を覚える。

 この鏡、何かが違う。でも何が違うかは分からない。でも、確実に何かが違う。少し距離を取って再度確認する。

「もう少しで分かりそう。」違和感に気付き始めた時、背筋が凍った―――――――。

違和感の正体はまだ分からない。しかし、それ以上に鏡に映ってはいけないものが映っていた。

鏡から距離を取ったのが悪かった。そのせいで、拝殿のちょうど真ん中に置かれた鏡は開きっぱなしの扉のせいで、境内をそして、鳥居を完全に映し出していた。

そして、その鳥居の下にいた。

 小さい女の子、あの時の姿形が変わらない「古村翠」がそこにいたのだ。

 俺は急いで鳥居の方に振り返った。鏡と同じ位置に古村翠がそこにいた。探していたはずなのに、見つけようとしていたはずなのに、俺は動けなかった。

 だって、奴は死んでいるんだ!

 初めて見る幽霊、心霊現象。こんな状況、相当頭がイかれていないと順応することは不可能だ。完全に金縛り状態の俺は古村翠の霊体を見続けるしかなかった。

 古村は俺のことにとっくに気付いていたようで、ずっとこちらを見ている。そして、右手の人差し指で俺を指さし、奴の口が動いた。

【こうちゃん、やっと見つけた・・・・・・。】

その声は鳥居の下にいる古村の口からじゃない。なぜなら、声は後ろから聞こえたのだから。つまり、鏡の中にいる古村が言ったのだ。

現実の鳥居の下にいる古村はその言葉を残し、煙のように消え、それと同時にまた後ろから声が聞こえた。

【ねぇ、また遊ぼうよ・・・・・・・。】その言葉と同時に視界の両脇から子どもの、いや、古村の両手が見えた。

「(まずい、鏡の中に引きづり込まれる!)」瞬間的にそう察した俺は、これ以上ないくらい大きな声で叫びながら、両の手を振りほどき、全力疾走で拝殿を出た。そのスピードを維持したまま、鳥居をくぐり、階段を降りていった。その間もずっと叫んでいた。

とにかくここから逃げなければ、その一心で俺は階段を降った。奴が転がり落ちて死んだ階段。足を滑らせて俺も死ぬかもしれなかったが、逃げるのに夢中でそこまでの考えは及ばなかった。とにかく必死に逃げた。

無事に階段を降り終わった後も、恐怖心は消えていなかった。しかし、体力の低下もあり、少し息を整える必要があった。

一息ついていると、隣から「どうかされましたかな?」という声が聞こえた。

「うわぁ!」っと驚きであっけない声をだしながら、尻もちをついてしまった。そこには上に赤の羽織、下は紫の装束をしたおじいさんが立っていた。言うまでもない、この神社の神主だ。年齢は90歳手前に見えた。

「おや、脅かせてしまってすみません。」と神主は言った。言いながら、俺の身体を下から上へ観察するように見渡していた。そして、俺の目を見てこう続けた。

「何か悪いものでも見ましたか?」

その問いかけに、何か探りを入れられていることを察した俺は、投げやりに「何も見てません!」と叫ぶように返し、急いで立ち上がって、実家まで止まらずに全力疾走で走った。

実家に戻ってきた俺は、滝のように流れる汗で、脱水症状手前の状態だった。猛暑の中の全力疾走、現役の陸上部の頃もやったことがない。肉体的にも精神的にも疲れ果てた俺は、玄関を開けて、靴も脱がずに手を両膝に置いた状態で数分間その態勢でいた。

すると、母が家の奥の方から顔を出し、こちらに近づいてきた。

「あれ?もう陸上はやめたんじゃなかったの?この暑さの中、走り込みなんてストイックなことするわねぇ。」

そんなわけないだろ。ジーンズにポロシャツだぞ、とても走り込みに適してる服装とは思えない。母は少し天然だった。

「こ、、、む、、、、、、。み、、、、、、。」

 「古村翠がいた。」俺は、そう伝えたくて息切れをしながら口を開いたが。息が整っていなかったせいで、全く言葉になっていなかった。小学校時代、唯一仲が良かった古村の存在は母もよく知っている。

 「み、、、、?どうしたの?」もちろん、上手く聞き取れなかった母はそう言って尋ねた。

 「いや、、、。何でもない。み、水を持ってきて。」話しても、どうせ信じてもらえない。「そんなわけないじゃない。」か、最悪「あら、良かったじゃない。」という返しが想像できた。

 「はい、水。」コップに一杯の水をもってきた母はそう言って俺に渡した。速さ的に水道水だろう。

 「シャワーでも浴びてきなさい。」そう言い残し、母はキッチンの方に消えていった。水を一気に飲み干し、俺もキッチンへと向かう。コップを夕飯の支度をしている母の隣に置き、そのまま風呂場へと向かった。

 汗だくの服を脱ぎ、風呂場に入った瞬間、鏡が目に入ってきた。完全に油断をしていた俺は心臓が止まる思いをしたが、すぐに冷静さを取り戻した。「これはあの鏡じゃない。大丈夫だ。」そう言い聞かせて、シャワーで汗を流す。その間、ずっと鏡が気になっていた。

「(結局あの手はなんだったんだ。幻覚でも見たのか。でも確かに、しかし・・・。)」シャワーを浴びながら、ずっとその考えが頭を巡って、今にも鏡から手が出てきそうだ。そんな感じをしながら、まともにボディソープの泡も流さずに風呂場をでた。

「もういいの?早いじゃない。」着替えを用意してくれた母が脱衣所にいた。ものの数分で風呂場から出てきた俺に母はそう言った。一刻でも鏡の前から離れたい思いが出たのだろう。俺は10分も経たずに風呂場を出ていた。

「でも、良かったわ。」そう、母は言った。

「良かった?なんで?」もう全ての言動に怯えた俺は心して母にそう聞いた。

「だって、夕方から雨が降るって天気予報で言っていたもの。そのまま夜にかけて降るようだらから良かったわ。あなた傘持って行っていかなかったもの。」

なんだ、そんなことかと安心し俺は「それは良かった。」とだけ返した。


恐怖は今日の夜、起こった――――――――――――――――。


 まだ疲れが残りながらも、夕飯を食べる。その間に予報通り雨が降ってきた。6時ちょうどくらいか。

腹も膨れてすぐにでも横になりたかった俺は「ごちそうさま」と言った後、すぐに2階の自室に入る。部屋は高校の頃とほとんど変わっていない。母が定期的に掃除に入っているだけのようだ。4畳半の部屋、名前の通り、俺の要望で床は畳にしてある。

そこに2段の押し入れが扉から見て右側にある普通の部屋だ。古村の家に何度か行ったことがあるが、あいつの部屋は6畳はあった。少し羨ましかった。

 基本的に勉強はロビーでしていたし、机はあるが、ほとんど座ることはなかった。教科書と筆記具置き場ぐらいにしかしていなかった。

 ただ一つ、上京前にはないものがあった。姿見だ。親が俺の部屋を物置部屋として、一時的に置いたのだろう。俺より一回り小さい。それが扉と対極にある窓を遮るカーテンの前に置かれてた。古村のせいですっかり鏡恐怖症になっている俺は部屋に入った瞬間、また心臓が止まりそうになったのは言うまでもない。これもふちに何の装飾もない純粋な一枚鏡だ。表面に埃が一切なく、綺麗に拭かれていてた。

 鏡を見てる間もずっと「(これはあの鏡じゃない、大丈夫だ。)」となんども自分に言い聞かせ続けた。そして、姿見を持ち上げ、180°反対側に向ける。今、鏡は角度的に見えないが、多分カーテンを映しているだろう。

「普通に怖い。」当たり前だ。鏡に引きずり込まれそうになる経験をした手前、こんなでかい鏡を近くに寝られるわけがないだろう。この大きさは、人をひきずり込むにはあまりにも、適しすぎてる鏡だ。本当はこの部屋から出したかったが、結構高そうな鏡だし、あまりずらしたくなかった。

布団を押し入れから出し、畳の上に広げる。足の力が一気に抜け、倒れるようにして寝そべった。まだ午後7時も回っていなかった時間だろう。しかし、夏の真っ只中であったが、日が落ちかけていて、雨も降っているおかけで、いい暗さと涼しさ、そして疲れもあって俺はウトウトと気持ちよく眠ってしまった。



【・・・・・、・・・・】



眠りについて数時間後、何かしらの音に気付いて目を覚ました。外はすっかり暗くなっていたが、月明りが部屋を照らしていた。今夜は満月のようだ。

「雨、やんだんだな。」そうつぶやき、仄明るい部屋で音の正体を探す。時計は午前2時を指していた。そして恐怖心が湧き上がる。「なぜ、部屋に月明りが入り込んでるんだ?」それに気づいたと同時に窓がある方に視線を移す。カーテンが開いていた。

おかしい、もし親が入ってきたとしたら夜にカーテンを開ける訳がない。じゃあ、なんでカーテンが開いている?頭の情報が完結しないまま、その答えをすぐ知ることになる。

【こう、、、ちゃん、、、、】

 姿見は後ろを向いている。そう、しっかり後ろを向いている。そして、その姿見の上。

子どもの、いや、古村の手が垂れ下がっていた。あの時の、階段で転がり落ちた、関節が反転して、皮膚がズタズタで、骨が剥きだしてるあの時の古村の手が垂れ下がっているのだ!

 【こうちゃん、タス、、ケテ、、、、、】

 俺は必死に逃げた。鏡に引き込まれた時とは違い、恐怖で声がでなかった。しかし、逃げなければいけない。生命の逃走本能が働いて、脚だけが動いていた。
 
 フラフラの状態で階段を降りた。しかし、寝起きだ。神社の時のように上手くいかず、足を途中でつまずき、背中を滑らせる形で滑り落ちてしまった。しかし、滑り落ちた段数は10段もない。痛かったが大した怪我ではない。

階段を降りたすぐ先にある玄関を開け、家を出た。家にいたら駄目な気がした。

(か、鏡だ。奴は、古村は鏡を通して、出入りができるんだ。)確証はないがそう思った。そうなると、洗面台、浴室の鏡。それだけでない、点いていないテレビ、ドアノブなどの金属といった反射するもの全てが危険だと判断した。そうなると家は危険だ。

 ひとまず、家を出た玄関の前で呼吸を整える。人はいきなり走るとすごく息が上がりやすい。

 「とりあえずは大丈夫だろう。」

しかし、油断していた。そう、忘れていた。



今日は雨が降ったこと。そして、部屋を照らせるほどの明るい満月であることを。



家の反対側、道路を挟んだ歩道。その地面から、黒い影が垂直にゆっくり伸びてくるのが見えた。幻覚なんかじゃない。人の後頭部だ。頭の正体は言うまでもない、古村だ。頭が見事にズタズタで後頭部から脳みそが見えていた。ゆっくりと頭が出てきて、肩が見えてきた所で気付く。

「(水溜まりだ。月明りが水溜まりを照らして鏡になっているんだ、、、!)」

【タス、、ケテ、、、】
俺はまた走り出した。声は少し戻ってきた。

「どうゆうことだよ!タスケテって何を助けるんだ!お前はもう死んでるだろ!」走りながら後ろにいるであろう古村に聞こえる声で叫んだ。声は震えていた。子どもがよくやる強がりのように上ずった声だ。

返答はない。そもそもあの朽ち果てよう。耳があるのかも分からない。それでも逃げた。逃げながら、理不尽な状況を発散したくなったのだ。だが、それすらもどうでもよくなる。

路地を走り抜けていく。水溜まりはそこら中にある。そして、視界に入る全ての水溜まりからズタズタで中途半端に肉のついた骨の手が生えてきてる。脚は震えながらも前に進むことに集中していた。走るというより、上半身が先に前に出てそのバランスを取るために足を出している。そうしないと脚が動かないのだ。

有耶無耶に走っているわけではない。奴が鏡を経由しているということは、この状況を解決するには心当たりがあった。

神社だ、あの拝殿の中の丸鏡を割ること。そうすれば、この手の群生は無くなるはずだ。確証は全くない。しかし、それ以上に最善の策もない。俺はあの神社をめがけて、ただひたすらに走った。神社は奴の陣地かもしれないが、このまま何もしないままでも死ぬかもしれない。

全力で走って、約30分。神社の階段の前に到着した。ここまで、水溜まりの無い場所はほとんどなかった。しかし、神社への階段は石階段ということもあり階段に水溜まりはなかった。急いで登ろうとしたが、さすがに体力の限界が来ていた。俺はフラフラの状態で一段ずつ、階段を上った。

上っていくに連れて、奴の声が大きくなる。【タスケテ、ハヤク、タスケテ、】と。周囲には水溜まりも鏡もない。その声が拝殿の鏡から聞こえているのは確かだ。恐怖心はあった。だが、まだ明るい時間に奴が姿を見せたということは夜が明けても、現状は変わらない可能性があった。

「(登り切った瞬間、全力で拝殿を突き破り、鏡に引き込まれる前にあの丸鏡を割る。)」そう決心した。そのために今は体力を温存する。

その時がきた。鳥居の前まで来た俺は呼吸を再度整える。全力をだすため、陸上部でさんざんやってきた練習の態勢を取り、全力で拝殿まで駆け抜け、扉を開けた!

その光景に俺は驚いた。そのまま卒倒していてもおかしくなかった。

拝殿の中に倒れていたのは、今日、この神社の階段を降りた時に会った神主だった。

別に今日会ったばかりの人に揺れ動くような感情はない。が、古村が俺を捕まえることができないから、その腹いせに神主を狙ったという考えが巡った。それに何故か腹を立ては俺は、目の前の丸鏡を割るため、今まで以上かつてない雄たけびをあげ、鏡にとびかかった。その時、


【こうちゃん、助けて!】


そのはっきりした声に俺は体を止めた。金縛りではない。今までの声とは違う、あの時の、小学生のままの古村の声が、鏡の中から聞こえたからだ。この声が久しぶりすぎて、過去を思いだしてしてしまった。体は完全に静止した。

静止したことで気付く。「うぅ、、、」といううなり声が聞こえた。声の主を探すと、神主から発せられていた。

すぐさま神主に近づき、様態を見る。心臓を抑えて、苦しそうにしている。この症状、陸上部で同じ状態になった奴を知っている。呪いとかではない、心臓発作だ。俺はすぐさま救急に連絡をした。真夜中にもかかわらず1秒と経たず電話がつながった。「人が倒れています。早く来てください!」俺は詳しい場所と症状を伝え、救急隊を待った。

待っている間、鏡から声が聞こえた。

【ありがとう、こうちゃん。】

すごい柔らかい声、それでいて泣きそうな声。古村の声だ。小学生の時と変わっていない。俺は鏡を覗いた。古村が映っていた。あの時と変わらない。階段から落ちる前の綺麗な容姿をした古村だ。

【ちょっと、離れて。】古村が言う通り、俺は少し鏡から離れた。すると、古村はゆっくりと鏡から這い出してきて、全体を見せた。小学生の頃と姿形が変わらない。古村翠そのものだ。

【こうちゃん、本当にありがとう。私じゃ、救急隊に連絡とれないからさ。まぁ、こうちゃんにやったように、消防署の鏡を経由すれば、できるんだけど怖がらせちゃうし。あと、こうちゃんなら、絶対この神社に来てくれるって信じてた。】

俺が鏡から出てきた古村に困惑している視線を感じつつも古村はそう言った。

「本当に古村なのか?」色々と聞きたいことはあったが、それが最初に聞きたかった。

【そうだよ。けど、雑談の前にさ、消防の人を待っている間も応急処置しないと、神主のおじぃちゃん死んじゃうよ。私は直接触れないから、こうちゃんは指示通り動いて。】

「あ、あぁ。」俺は古村の指示通りに動いた。指示の仕方も、医療の知識もとても小学生とは思えないものだった。

連絡をして、10分も経たずに救急隊は来た。あの階段もあるのにこの速さでこれるのかと、場に似合わず関心をしてしまった。神主は救急隊に運ばれていった。しかし、こんな時間に一人で神社にいる不審な人物を放置するわけにもいかなかったのか、一緒について来るように言われた。俺は古村を見た。

【大丈夫、行ってきて、下に警察もいるみたいだね。多分、事情聴取されるねこれ。ごめんね。】

ちょっと笑いながらそう言われた。消防隊の人には、姿も見えていないし声も聞こえていないようだった。やはり幽霊ではあるのか。

【色々、話したいこともあるから、解放されたら戻ってきてね。】

「・・・はい。」俺は古村に返事したが、消防隊の人の誘いにも返答するような声色と仕草で答えた。どちらにも違和感を与えなかったはずだ。多分。



警察から解放された頃には太陽が昇り始めていた。心臓発作を意図的に起こすことなんてできるわけがない。もちろん、お咎めなしで解放された。神主は一命を取りとめたらしい。持病があるかつ歳のため、いつ倒れてもおかしくない状態だったそうだ。

もしかしたら、俺が拝殿を開けっ放しにしたことで汚れとかが入り、掃除をしていたかもしれない。そう考えたら罪悪感が芽生えてきた。迷惑をかけた。そして、神主が倒れたことによって俺が迷惑をかけた人がまた一人。

「(けど、あんなやり方より、他に方法があっただろ。少なくとも、怖がらせる必要はなかったはずだ。最初からあの綺麗な姿で現れてくれたら、逃げることもなかった―――――――かもしれない。)」

すぐさま、神社へと向かう。一段落はしたが、俺は走りながら神社に向かった。聞きたいことが山のようにある。奴のせいで、昨日から走ってばかりだ。それに、恐怖とは違う胸のざわめきを感じていた。

割と早めに神社についた。警察署から近かったのもあるが、長い階段とはいえもう3回目である。流石に慣れてきた。まだ、運動神経は衰えてなかったんだな。と、有頂天になった。

鳥居をくぐった瞬間、「こうちゃんっ」と、横から少女の声が聞こえた。まぁ、正体は振り向くまでもなく古村なのだが、拝殿の中でしか会えないと思っていたから、驚き、体がびくっとした。

【あれ、驚かせた?】

「そりゃ、拝殿の中にいると思い込んでたからな。鏡を経由しないと外に出れないんだろ。」と言いながら、古村の方を振り向いた。そして、古村の姿を見て今度はしっかりと驚いた。

【そうだね、けど早めに会いたかったからさ。そこの手水舎、昨日の雨で水が溜まったんだ。で、朝日で反射して鏡の役割をした。だから、そこから出てきた。】

「そうか。」と、そんなことはどうでもいいという態度で返し、質問をした。

「お前、なんだか。体が透けてないか?」姿形は相変わらず変わってない。しかし、全体的に古村の体が透けていたのだ。

古村はまた、笑うように、しかし、心の底では悲しそうな声で言った。
【さすがに気付くかぁ。なんだかさ、念願を叶えちゃったみたいで、成仏しそーなんだ。】

「・・・。」俺はすぐに言葉がでなかった。察したからだ。念願の答えはもしかして・・・。そして意を決して口に出す。

「俺に会えたからか?」

恐る恐る聞いてみた。今度は古村が俺の言葉に驚いたようで、こう返された。

【正解!】

満面の笑みで返されたその言葉と表情は、懐かしいなんてものじゃない。俺の人生の全ての根幹、心の土台、心の支えを触接、揺れ動かされる感覚に陥った。

【昨日のさ、神社のお参りに来てくれた時ね。最初、誰だろう、って思ったんだ。】古村は話を続ける。

【で、こうちゃんが祈った時にさ、聞こえたんだよね。こうちゃんの声が。私、神様じゃないからさ、普段、祈りの声なんて聞こえないんだけど、『どうか古村に、もう一度合わせてください』ってさ。】

「あの祈り、聞こえてたのかよ。」

【うん、私もびっくりした。で、気付いたんだ。あ、この人こうちゃんだって。】

「そりゃあ、気付くよな。」

【私もう、嬉しくて嬉しくて。じゃあ、会うしかないじゃん!ってことで鏡から出ることにしたんだ。鏡から出たことは何度かあるからね。でも、あの時は鏡から出て行こうとしたら、なぜかいきなり鳥居の下にいたんだ。多分だけど、こうちゃんの祈りのせいで位置がずれたんだと思う。】

古村が楽しそうに話してる姿を見て、心が安らいでる自分がいた。

「そうなのか。あ、今わかった。あの時の違和感、今もこの鏡は「それ」を映してる。綺麗なんだ。鏡に映ってる世界の神社が。神社だけじゃない。畳も、鳥居も、お前が死んだときのあの時のままなんだ。」

【そうなんだよ。鏡の世界は私が死んだときで時間が止まってる。だから、鏡の中の世界は何年経っても世界が変わらないんだ。けど、面白いことに現実世界で変わったこと、例えば新しい建造物とか、壊された所は反映されるんだよね。でも、元々あったものは変わらない綺麗なままなんだ。】

「謎が一つ解けたが、一番聞きたいのは、なんで俺を驚かしたかだ。多分だが、最初、両手が見えた時、俺は鏡に引きずり込まれると思ったが、それはできないんんだな。」

【うん、そうだよ。人を鏡の世界に入れることはできなかった。神主のおじぃちゃんで試したからね。あれは私が勝手に出ようとしただけ。両手を伸ばしたのはこうちゃんに抱き着こうとしたからだね。そしたら、逃げるんだもん。ひどいよ。】

俺はため息をした後、続けた。
「で、驚かした理由は?その綺麗な姿で出てきてくれたら逃げなかった。」そう言ったあと自信がなくなり、「多分な。」と続けた。

【自信ないじゃん。あのね、あのズタズタの手と恐ろしいような声でこうちゃんの部屋に出たのはさ、私の効果範囲が薄いからだよ。】

「効果範囲?」

【そう、この神社から遠いほど、私は未完成な状態でしか姿を現せられないんだよ。こうちゃんの家、ここから結構遠いからさ、肉を少しつけるの精いっぱいだったんだ。頭なんて脳みそが見えちゃうし。村の端まで行ったら、骨が灰になった状態になっちゃうね。声も遠くなるほど低温になるし、聞き取りにくくなるみたいだね。それは初めて知った。】

「それで、あの恐ろしい手と頭かよ。てか、なんだそれ!?まるで遠いほど聞こえが悪くなる電波じゃないか!幽霊ってそういうシステムじみたものなのか!?」

【それは分かんないよぉ。だって、幽霊って私の他に知らないし。】困った顔で言われた。困りたいのはこっちだ。ついでに、頭も痛くなってきた。幽霊がいるってことは他にも同士がいると思っていたが違うのか。

そして、最後に一番疑念に思っていたこと質問をした。

 「もしかして、お前、姿は小学生だけど、俺と同じ時間を生きてるんじゃないか?」神主を助けた医療知識といい、小学生には似合わない落ち着き具合といい、そう判断した。

 【そうだよ!私は今、こうちゃんと精神年齢的には同い年だよ!夜の図書館の鏡に忍び込んでいろんな知識をよみふけったんだ。それしかやることがなかったからね。けど、話し相手はずっといなかったから、ちょっと、会話には、自身がない、かな。】

 「やっぱりか。」そう返したが、それがどれだけ辛いものかを察した。図書館の読み物で興味が持てるものなんてそんなに多くもないだろう。新しい本を申請することもできないだろうし。なにせ話相手がいないなんて。そう思ったら古村に同情の気持ちが湧いてきた。

 「その、なんていうか、辛かったな。」そうつぶやくように、古村に確実に聞こえるように言った。

 【・・・・・・・・。】古村は下を見て、言葉に詰まっていた。その表情は知っている。事件前の、俺にいつか自分が追い越されることがあることに不安を抱えてた、あの時と同じ表情だ。

 フォローする言葉を発しようとしたが、それよりも古村の方が、先に口を開いた。

 【うん、辛かった。】そう言いだした途端、古村は泣き出した。

 【辛かったんだよ。こうちゃん今、大学行って社会人でしょ。小5からだから、約12、3年かな?ずっと一人で、ずっと孤独で、足を滑らして死んだと思ったらさ、いきなり鏡の中に閉じ込められてさ、鏡から出ることはできるけど、誰にも見てもらえないし声も聞こえないし、死ぬこともできないし、本当に辛かったんだよ。】

古村はもうこれ以上ないくらいに泣いていた。そのまま、涙が枯れるんじゃないかと思うほどに。しかし俺は、何も言えなかった。言ってはいけない気がした。

瞬間、俺は、古村を抱きしめていた。顔が肩に乗った状態だから顔は見えなかったが、古村は驚いていたと思う。そして、古村は泣きながらこう言った。

【だめ、だよ。彼女いるんでしょ。鏡ごしに、中学校から見てた。速水さんと付き合ったんでしょ。高校までは見れたけど、こうちゃんが大学で東京に行ってからは見れなくなった。けど、今まで喧嘩もしてなかったし、目指してた大学も一緒だし、そして多分、今も順風満帆でしょ?】

ずっと泣いた声で古村は言った。俺は正直に答える。

「あぁ、速水、速水京香はやみきょうかは、俺が中学校陸上部に入ったと聞いてから、地域のサッカークラブを辞めて後から陸上部に入ってきたんだ。」

俺は古村が死んでからの速水との付き合いを全て話した。

「最初は何も感じなかったが、もともと似たようなタイムだったしな。ライバル意識は持っていた。けど、お前の言ったように成長するごとに女子と男子のタイムは開いていき、速水は俺には追いつけなくなっていったんだ。そして、なぜか中学卒業する時に告られた。俺と同じ高校に行くことも伝えられた。古村、お前のことは亡くしてからも、ずっと、はっきり言って好きだった。けど、忘れなければいけないとも思ってたんだ。事実、速水は俺の人生で一番大切な人になった。来年には籍も入れる。」

【・・・うん、、、、。】古村は泣いていた、でも何か言いたそうにしていたが、俺は続けた。

「なんで、もっと早く君の死を受け止められなかったんだろう。小6の頃はまともに学校行ってなくて、中学校は部活になんて入るつもりはなかったのに、君のことを忘れたくて夢中になれものが欲しくて陸上部に入った。俺の取り柄は足の速さしかないから。」

【うん・・・。でも、今は違うでしょ。速さ以外にも、きっと頭もよくなってるし、陸上をやめたとはいえ、ガタイもしっかりしてる。今、抱きしめられて、やっぱりなって思ったよ。きっと速水さんがいてくれたからだね。】

「・・・そう、だな。」何も言いたくなかったが、古村の姿がもうほとんど消えかかってることを見て、そうひねり出した。

【こうちゃん、私ね。知ってるんだ。】もう声も消えそうで、霞んだ声でそう言われた。

「言うな。俺の口から言わせてくれ。お前が知ってることを知っている。お前はそれほど馬鹿じゃない。なにせ、俺の初恋の相手なんだから。」

そう言って、俺は続けた。もう、このまま死んでもいいと思うほどに。そして誰か俺を殺してくれと思うほどに。

「あの時、」俺は言葉を続ける。

「あの時、階段を上るレースの時」声がもう震えて、俺の目からも、こらえきれないほどの涙が出ていた。

「古村、いや、みどり。」

「あの時、君を・・・・」
































「突き飛ばして悪かった。」

そして翠の顔を真摯に見つめる。

【うん、怒ってないよ。こうしてまた、こうちゃんに会えたんだからさ。】

翠は泣きながら笑った。

【速水さんを不幸にしたら、呪ってやるんだから。】

 「君に呪い殺されるのは、本望だ。でも、京香を一人にはしたくない。」

 【うん、知ってる。速水さんと幸せにね。】

 最後まで翠は泣いていた。けど、頑張って笑おうとしていた。その最後の言葉を残し、翠は光の粒になって、天国へ向かうように上空へと消えていった。






 俺はその日、何時間も何十時間も翠を抱きしめる姿勢を崩せなかった。
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