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18 最終話
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夜の7時。病院の受付開始と同時に、10人以上の患者が受付カウンターに並んだ。今日も病院は多くの人で賑わっている。その中には酔って騒ぎを起こす者もいれば、病院の対応に納得ができずに力づくで解決しようとする者もいる。
しかし、それら全ては事務員のイリヤによって速やかに処理されていく。彼女がこの病院で働きだしてからトラブルの数は驚くほど減少した。
今では、患者が以前よりも安心して訪れることができる病院になったことは勿論、夜勤スタッフも落ち着いて自らの業務に集中できるようになった。
この日も家泉は次々とやってくる仕事を処理していたが、日付が変わる頃には受付に来る患者の数も落ち着いてきた。玄関に人影が見えないことを確認した家泉は、カウンター奥のデスクに置いておいた缶コーヒーを手に取って口にする。すっかりぬるくなっていたが、少しでも水分を取りたい気分だった。
今日も夜間の受付スタッフは家泉、イリヤと月森の3人なのだが、イリヤは早めの休憩に入っているので今カウンターにいるのは家泉と月森の2人だけだ。
ちびちびとコーヒーを飲んでいると、隣にいた月森が小さな声で話しかけてきた。
「で、イリヤさんとは最近どうなんだよ。付き合い始めたんだろ?」
「うーん。基本的には何も変わってないかな」
6月の末くらいに家泉からイリヤと付き合っている、と聞かされた時の月森はやっぱり、と思って話を聞いていたが、いざ職場で2人を目にしても恋人らしい雰囲気があまりにも無いので、家泉の話は幻だったのかと悩んだほどであった。
「付き合う前の方がなんかちょっとドキドキした感じで、観ていて楽しかったのに、付き合い始めたら逆に落ち着いたな」
「そうかな」
「そうだよ!あのな、付き合い始めたばかりは、もっとこうワクワクしていて」
「今、おれはイリヤさんと付き合えてワクワクもしてるし、楽しいと思ってるけど?」
「いや、そうじゃなくて……うん。わかった。そういうのは人ぞれぞれだよな」
月森が溜息を吐いて1人で結論付けている間に、休憩を済ませたイリヤが帰って来た。
「戻りました。月森さん、休憩どうぞ」
「わかった……俺、仮眠取ってくる」
ぐったりとしながらカウンターを後にした月森の後ろ姿を見たイリヤが首を傾げる。
「月森さん、どうかしたんですか?」
「あれは気にしなくていいです」
「はあ」
腑に落ちない様子にイリヤではあったが、それ以上の追求はせずにおとなしくカウンターに立った。缶の中身を空にした家泉もカウンターに戻ると、受付の仕事を再開する。直後に何人かの患者がやってきたが、全員が静かに受付を済ませて待合室へと去っていく。
人が途切れたタイミングで家泉がイリヤをちらりと見た。
今のところ、2人は恋人関係ではあるがこれからどんな関係を築いていくのか、まだ話はしていない。
ジュリアーノは話し合いを勧めたが、もう少し純粋に好きな気持ちを深めたいという思いの方が両者には強かった。
だからと言って問題の棚上げをする気は無いので、来年の春になったら将来について話をしようとお互い決めている。
今はとにかくゆっくりと関係を前に進めていきたいというのが、家泉とイリヤの考えだった。
家泉の視線に気づいたのか、イリヤがカウンターの下からそっと手を伸ばし、彼のシャツを小さく引っ張って声をかけてくる。
「あのね」
「うん」
「今度のお休みの時に、行きたい場所があるの」
「どこ?」
「夜の遊園地」
「遊園地ってこの街にあったっけ?
「移動式の遊園地が来てるってネットニュースでやってるの見たわ。今月いっぱい港の方でやってるみたい」
「わかった。じゃあ、今度行こう」
「うん」
小声で交わされる会話はどこにでもいる普通の恋人同士そのものだった。
話をしている間にも、患者がやってきたので2人は気持ちを切り替えると、目の前の業務をこなしていく。
こうして吸血鬼と人間の社内恋愛は静かに進行していくのであった。
しかし、それら全ては事務員のイリヤによって速やかに処理されていく。彼女がこの病院で働きだしてからトラブルの数は驚くほど減少した。
今では、患者が以前よりも安心して訪れることができる病院になったことは勿論、夜勤スタッフも落ち着いて自らの業務に集中できるようになった。
この日も家泉は次々とやってくる仕事を処理していたが、日付が変わる頃には受付に来る患者の数も落ち着いてきた。玄関に人影が見えないことを確認した家泉は、カウンター奥のデスクに置いておいた缶コーヒーを手に取って口にする。すっかりぬるくなっていたが、少しでも水分を取りたい気分だった。
今日も夜間の受付スタッフは家泉、イリヤと月森の3人なのだが、イリヤは早めの休憩に入っているので今カウンターにいるのは家泉と月森の2人だけだ。
ちびちびとコーヒーを飲んでいると、隣にいた月森が小さな声で話しかけてきた。
「で、イリヤさんとは最近どうなんだよ。付き合い始めたんだろ?」
「うーん。基本的には何も変わってないかな」
6月の末くらいに家泉からイリヤと付き合っている、と聞かされた時の月森はやっぱり、と思って話を聞いていたが、いざ職場で2人を目にしても恋人らしい雰囲気があまりにも無いので、家泉の話は幻だったのかと悩んだほどであった。
「付き合う前の方がなんかちょっとドキドキした感じで、観ていて楽しかったのに、付き合い始めたら逆に落ち着いたな」
「そうかな」
「そうだよ!あのな、付き合い始めたばかりは、もっとこうワクワクしていて」
「今、おれはイリヤさんと付き合えてワクワクもしてるし、楽しいと思ってるけど?」
「いや、そうじゃなくて……うん。わかった。そういうのは人ぞれぞれだよな」
月森が溜息を吐いて1人で結論付けている間に、休憩を済ませたイリヤが帰って来た。
「戻りました。月森さん、休憩どうぞ」
「わかった……俺、仮眠取ってくる」
ぐったりとしながらカウンターを後にした月森の後ろ姿を見たイリヤが首を傾げる。
「月森さん、どうかしたんですか?」
「あれは気にしなくていいです」
「はあ」
腑に落ちない様子にイリヤではあったが、それ以上の追求はせずにおとなしくカウンターに立った。缶の中身を空にした家泉もカウンターに戻ると、受付の仕事を再開する。直後に何人かの患者がやってきたが、全員が静かに受付を済ませて待合室へと去っていく。
人が途切れたタイミングで家泉がイリヤをちらりと見た。
今のところ、2人は恋人関係ではあるがこれからどんな関係を築いていくのか、まだ話はしていない。
ジュリアーノは話し合いを勧めたが、もう少し純粋に好きな気持ちを深めたいという思いの方が両者には強かった。
だからと言って問題の棚上げをする気は無いので、来年の春になったら将来について話をしようとお互い決めている。
今はとにかくゆっくりと関係を前に進めていきたいというのが、家泉とイリヤの考えだった。
家泉の視線に気づいたのか、イリヤがカウンターの下からそっと手を伸ばし、彼のシャツを小さく引っ張って声をかけてくる。
「あのね」
「うん」
「今度のお休みの時に、行きたい場所があるの」
「どこ?」
「夜の遊園地」
「遊園地ってこの街にあったっけ?
「移動式の遊園地が来てるってネットニュースでやってるの見たわ。今月いっぱい港の方でやってるみたい」
「わかった。じゃあ、今度行こう」
「うん」
小声で交わされる会話はどこにでもいる普通の恋人同士そのものだった。
話をしている間にも、患者がやってきたので2人は気持ちを切り替えると、目の前の業務をこなしていく。
こうして吸血鬼と人間の社内恋愛は静かに進行していくのであった。
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