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11 こぼればなしーリシェのお仕事とその関係者についてー
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とある日の真夜中。
白衣姿のリシェはひとつのテーブルを挟んで、一人の男性と向かい合っていた。卓上には1台のタブレット端末と、1つの箱が置かれている。
箱の中には栄養ゼリーほどの大きさのパウチが5つ並べてあり、全てに番号が記載されていた。相手の男性はそれらを興味深そうに見つめる。
ここはリシェが働いている職場である。彼女は世界的にも有名な製薬会社の研究員で、吸血鬼用の人工血液を開発するチームの一員でもあった。
これからリシェが行おうとしているのは新商品をモニターに飲んでもらい、その感想をタブレットに入力する作業だ。そして、目の前にいる男性が商品の試飲を担当する吸血鬼である。
「今日はこれを全部飲むのかね?」
箱を覗いた男性がひとつのパウチを取り出して尋ねる。
少々古風な物言いをした彼の名前はジュリアーノと言う。美しい翠色の瞳をした吸血鬼は長い濡羽色の髪をリボンでひとつに束ね、仕立ての良いスーツを着ていて、まさしく上品という言葉がぴったりな見た目だった。
相手の問いかけにリシェは首を縦に振る。
「今回はこの5つだけです」
「意外と多いな」
「企画の段階では10種類もありましたが、売れ行き予想の観点から5つに絞りました」
説明を受けたジュリアーノはおとなしく試作品を口にする。味を確かめるように少しずつ飲んだ後で、一気に中身を飲み干して感想を述べた。
「これはかなり濃厚な味だな。しかも鉄分の濃度は今販売中の商品の中では最も高い。飢餓状態で飲めば、たちどころに回復するだろう。少々生臭い感じはするが許容範囲と言ったところだ。使い道は緊急用かね?」
「そのつもりで開発しました。どうでしょうか?」
「非常食として保管できるのであれば問題ないだろう」
ジュリアーノが話す内容を、リシェがものすごいスピードでタブレットに入力していく。そして画面から手を離すと、箱から出した次の商品を相手に差し出した。
「次はこれを飲んでください」
「わかった」
そうしてジュリアーノは、箱の中にある試作品の血液を次々と口にしていく。
このように商品の試飲をしているジュリアーノだが、本来の仕事はこの会社が製造した吸血鬼用の商品を販売する営業を担当している。しかし、彼は作られた血液の細かな味や成分の配合がわかる特殊な嗅覚と味覚の持ち主ということもあって、試作品が出来た際には製品のチェックも請け負っているのだ。
そのスキルは会社の売り上げにも貢献しており、ジュリアーノが美味いと言った人工血液はいずれもヒット商品になっている。
最後の試作品を飲み終えたジュリアーノが、感想を述べる。
「この薔薇のフレーバーは、もっと自然な花の香りに調整できれば売れると思う」
「ありがとうございます。いただいた感想はすべて他の研究員と共有します」
リシェはタブレットの電源を落とすと、空になった商品サンプルを箱に入れてテーブルの上を片付け始める。
淡々と後片付けをするリシェを黙って見ていたジュリアーノだったが、テーブルに頬杖をついて話し出した。
「仕事と関係無い話をしてもいいだろうか?」
「はい、なんでしょう?」
「イリヤは元気にしているかね?」
ジュリアーノの言葉を受けたリシェは片付けていた手を止め、向き直った。
「元気にしていますよ。ジュリアーノおじ様」
リシェがそう呼ぶとジュリアーノの顔が和らぐ。ジュリアーノの見た目は20代半ばの青年だが、本当はかなり長い年数を生きている吸血鬼でイリヤにとっては父親の弟、つまり叔父にあたる。リシェとは血のつながりは無いものの、幼いころに遊んでもらったことがあるのでリシェはおじ様と呼んでいるのだ。
リシェの返事を聞いてジュリアーノがほっとした顔を見せた。彼が身内だけに見せる表情に変わった。
「そうか。元気なら良かった。私はイリヤと違う時期にこちらへ来たからね。あの子と会うどころか連絡すら無いし、どうしているか心配していたのだよ」
「おじ様が心配していたとイリヤに言っておきますね」
「よろしく頼むよ」
満足そうに頷くジュリアーノに、リシェもイリヤの近況を伝えたいと思い、話を続けた。
「ああ、そうそう。イリヤのことですけど、いいことがありました。とうとう好きな人ができたみたいですよ。人間の男性で」
リシェの言葉が最後まで言い終わらないうちに、ジュリアーノの振り下ろした拳がテーブルを真っ二つにへし折った。その衝撃で床に箱とタブレット端末が散乱する。慌ててそれらを拾うリシェの頭上から低い声が聞こえた。
「好きな人……イリヤに……?もう少し詳しく聞かせてくれないか?」
さきほどまでの柔和さが跡形もなく消え去ったジュリアーノの表情を見て、リシェは話題の選択を誤ったことを悟ると同時に、どうやってこれ以上ジュリアーノの感情を乱すことなく話をしようかと脳みそをフル回転させる羽目になった。
<こぼればなし おわり>
白衣姿のリシェはひとつのテーブルを挟んで、一人の男性と向かい合っていた。卓上には1台のタブレット端末と、1つの箱が置かれている。
箱の中には栄養ゼリーほどの大きさのパウチが5つ並べてあり、全てに番号が記載されていた。相手の男性はそれらを興味深そうに見つめる。
ここはリシェが働いている職場である。彼女は世界的にも有名な製薬会社の研究員で、吸血鬼用の人工血液を開発するチームの一員でもあった。
これからリシェが行おうとしているのは新商品をモニターに飲んでもらい、その感想をタブレットに入力する作業だ。そして、目の前にいる男性が商品の試飲を担当する吸血鬼である。
「今日はこれを全部飲むのかね?」
箱を覗いた男性がひとつのパウチを取り出して尋ねる。
少々古風な物言いをした彼の名前はジュリアーノと言う。美しい翠色の瞳をした吸血鬼は長い濡羽色の髪をリボンでひとつに束ね、仕立ての良いスーツを着ていて、まさしく上品という言葉がぴったりな見た目だった。
相手の問いかけにリシェは首を縦に振る。
「今回はこの5つだけです」
「意外と多いな」
「企画の段階では10種類もありましたが、売れ行き予想の観点から5つに絞りました」
説明を受けたジュリアーノはおとなしく試作品を口にする。味を確かめるように少しずつ飲んだ後で、一気に中身を飲み干して感想を述べた。
「これはかなり濃厚な味だな。しかも鉄分の濃度は今販売中の商品の中では最も高い。飢餓状態で飲めば、たちどころに回復するだろう。少々生臭い感じはするが許容範囲と言ったところだ。使い道は緊急用かね?」
「そのつもりで開発しました。どうでしょうか?」
「非常食として保管できるのであれば問題ないだろう」
ジュリアーノが話す内容を、リシェがものすごいスピードでタブレットに入力していく。そして画面から手を離すと、箱から出した次の商品を相手に差し出した。
「次はこれを飲んでください」
「わかった」
そうしてジュリアーノは、箱の中にある試作品の血液を次々と口にしていく。
このように商品の試飲をしているジュリアーノだが、本来の仕事はこの会社が製造した吸血鬼用の商品を販売する営業を担当している。しかし、彼は作られた血液の細かな味や成分の配合がわかる特殊な嗅覚と味覚の持ち主ということもあって、試作品が出来た際には製品のチェックも請け負っているのだ。
そのスキルは会社の売り上げにも貢献しており、ジュリアーノが美味いと言った人工血液はいずれもヒット商品になっている。
最後の試作品を飲み終えたジュリアーノが、感想を述べる。
「この薔薇のフレーバーは、もっと自然な花の香りに調整できれば売れると思う」
「ありがとうございます。いただいた感想はすべて他の研究員と共有します」
リシェはタブレットの電源を落とすと、空になった商品サンプルを箱に入れてテーブルの上を片付け始める。
淡々と後片付けをするリシェを黙って見ていたジュリアーノだったが、テーブルに頬杖をついて話し出した。
「仕事と関係無い話をしてもいいだろうか?」
「はい、なんでしょう?」
「イリヤは元気にしているかね?」
ジュリアーノの言葉を受けたリシェは片付けていた手を止め、向き直った。
「元気にしていますよ。ジュリアーノおじ様」
リシェがそう呼ぶとジュリアーノの顔が和らぐ。ジュリアーノの見た目は20代半ばの青年だが、本当はかなり長い年数を生きている吸血鬼でイリヤにとっては父親の弟、つまり叔父にあたる。リシェとは血のつながりは無いものの、幼いころに遊んでもらったことがあるのでリシェはおじ様と呼んでいるのだ。
リシェの返事を聞いてジュリアーノがほっとした顔を見せた。彼が身内だけに見せる表情に変わった。
「そうか。元気なら良かった。私はイリヤと違う時期にこちらへ来たからね。あの子と会うどころか連絡すら無いし、どうしているか心配していたのだよ」
「おじ様が心配していたとイリヤに言っておきますね」
「よろしく頼むよ」
満足そうに頷くジュリアーノに、リシェもイリヤの近況を伝えたいと思い、話を続けた。
「ああ、そうそう。イリヤのことですけど、いいことがありました。とうとう好きな人ができたみたいですよ。人間の男性で」
リシェの言葉が最後まで言い終わらないうちに、ジュリアーノの振り下ろした拳がテーブルを真っ二つにへし折った。その衝撃で床に箱とタブレット端末が散乱する。慌ててそれらを拾うリシェの頭上から低い声が聞こえた。
「好きな人……イリヤに……?もう少し詳しく聞かせてくれないか?」
さきほどまでの柔和さが跡形もなく消え去ったジュリアーノの表情を見て、リシェは話題の選択を誤ったことを悟ると同時に、どうやってこれ以上ジュリアーノの感情を乱すことなく話をしようかと脳みそをフル回転させる羽目になった。
<こぼればなし おわり>
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