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第2章 アメリカ陸軍、テキサス捕虜収容所。

Dr.ジェーン・ゴールドウィン

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 人工彗星出現の116年前、西暦1946年(昭和21年)4月早朝。
 
 太平洋戦争、第2次世界大戦終結から半年以上が経過した……。
 アメリカ合衆国・テキサス州・アメリカ国防省陸軍部管理室・陸軍捕虜収容所。

 温かい春の光に溢れるテキサス。
 清々しいそよ風に揺れる新緑の草木。
 その奥に広がる、広大な草原の一角。
 
 草原で急場に作られた飛行場と、その奥に4棟の白く大きなビルが規則正しく並んでいた。
 更に奥に行くと、広々としたプレハブの建物が並んでいる。
 
 そうだ、ここは第2次世界大戦後の捕虜収容所なのだ。
 
 収容所側のビルの一室。
 部屋の至る所でタイプライターの打ち込む音がする。
 大きな部屋の中央の通路があり、通路に向かって左側には華やかな私服を着ている書記官の女性達が、部屋の奥から規則正しく2列に置かれた机で忙しくタイプライターを打っていた。
 
( ♪カチカチッ、チン。カカカカカッチン。 )
 
 色鮮やかな着こなしをしたレディー達が、集中してタイプを打ち込んでいる。
 通路の右側には要所要所に背の低い、つい立てが立てられている。
 タイプライターで打たれた文章をテレタイプに変換し国防省陸軍部管理室(新設のペンタゴン)に送る、情報局エリアだった。
 
 テレタイプの操作をする軍服を着たWAC(婦人陸軍部隊)のテレタイプの女性オペレーター。
 ショートヘアーで金髪のWAC女性士官が、立ったまま細かい穴の空いたテレタイプの紙テープを確認している。
 
( ガガガーッ、ガガガーッ、ガーッ、ガーッ。 )
 
 受信した、小さな穴の開いたデータテープが流れ続けた。
 
 通路の奥にガラス張りの軍部管理室、上級士官部屋があった。
 そのガラスの内側には縦のブラインドが開けられたまま下がっていた。
 その先に、年配の女性上級士官がメモを取りながら電話をしている。
 
 女性の背後に映る窓の景色。
 テキサスの爽やかな春の風が、新緑のむせぶ草原を撫でているがよく解った。
 その爽やかさを満たす青空。
 その青空の元、厳重に鉄線で囲まれた捕虜収容所。
 すでに世界規模の大戦も終わり、この収容所では主に日本軍の佐官クラスや回復した重傷者など、主に大日本帝国軍人やいわゆる、大戦時に枢軸国すうじくこくと言われた捕虜になった兵士達がいたのだ。
 
 枢軸国でも多くのアジア人捕虜が集められた。そして、ここテキサスの軍港から各国へと、捕虜を順次復員(帰国)させていたのだ。
 広々とした収容所のグランドでは体操をする者たち、その端で畑を耕す者たち。収容所の健康促進プログラムで捕虜達は汗を流していた。
 
 その賑やかな声のする中、収容所のゲートに向かいながら足早に歩く女性がいた。

( カツカツカツ。 )
 
 マスクに白衣をひるがえし、片手に書類を持ち、それも、年は20代後半だろうか長い金髪を結い上げながら歩いている。
 透き通る白い素肌の美人女軍医だった。
 MP(ミリタリー・ポリス)の門番が立つ収容所のゲートを抜け、隣に建っている2階建の白い鉄筋コンクリートの建物へ、早足で向かた。
 
 女軍医がガラス戸の入口に行くと、歩哨のMPの横に立った。
 MPに顔も向けずにマスクをさっと外しポケットにしまい、首からぶら下げたIDをぶっきらぼうに、MPの顔面に見せた。
 
 彼女に特に悪気はないがMPに対する、この悪態をとった様な態度は彼女が体験した過去の習慣だった。
 彼女に特に悪気はなかった。
 ナチスに占拠されたオーストリアの遺伝子研究所で、嫌いなナチス・ドイツ軍の歩哨に対する態度が染み付いたものだった。
 
 女軍医が差し出すIDカードと、顔を覗くMP。
 
「OK、ドクッ」
 
 MPがガラスのドアを開ける。
 
「この、すましたアマが。」
 
 と、MPが小声言った。
 
「……フンッ。」
 
 と、全くお構いなしに通る白衣の女性軍医。
 
 入口から少し進むと、彼女は一度立ち止まった。
 脇に書類を挟み直し、白衣の両ポケットに手を入れた。
 気の強そうな白衣の女軍医が、カツ、カツ、カツ!と、ヒールを鳴らしながら廊下を再び歩く。
 
 長い廊下の先から様々な音が聞こえてくる。
 
 廊下を進むとスイングドアに大きく描かれた国防省のマーク。
 両脇にはMPの歩哨が立っていた。
 女軍医は、その国防省のマークが大きく入った両開きのスイングドアを、肩で押し開き事務所の真ん中の通路を歩いて行く。
 左右のタイプライターオペレーターや、テレ・タイプオペレーターの仕事ぶりを見ながら部屋奥のガラス張りの士官室に向かって行った。
 
 士官室のドアの前に立つ女軍医。
 
 両手を白衣のポケットに入れたまま、グッと左に身体を傾けてガラス張りの室内を見た。
 ガラス越しに、女性士官がメモを取りながら電話受話器を肩に挟みながら話をしている。
 そんな上級士官が居る事を確認し、そして銅板で彫られた文字、
 
( Women's Army Corps カーネル(大佐) メアリー ・ボイス )
 
 と書いてある階級札の下にノックした。

( コンッ!コンコンッ! )

 部屋の中ではノックの音を聴いたボイス大佐が、電話をしながら、書き終わったメモを引き出しにしまいペン立てへ、ペンを刺した。
 
「イエッサー!准将閣下。間違いなく、その彼と思います。確定する為、もう一度、彼の戦場の経歴を洗い直します。」
 
 ボイス大佐は(チンッ!)と電話を切り椅子に深く座り直しため息をした。
 再び、ノックをする女軍医。

( コンッ!コンコンッ! )

 ボイス大佐は、ゆっくりドアを見ながら衿と裾を直した。
 机の上で、両手を組んでノックの主を呼び込んだ。
 
「カミン。」
 
 部屋の奥から中年の女性の声が聞こえると、女軍医は白衣の両腕をポケットから出した。
 無造作に、戸を開ける女軍医。
 
「失礼します。」
 
「どうぞ。ドクター。いかがしましたか?」
 
 笑顔で優しく手招きする大佐と裏腹に、白衣の女軍医はサッと部屋に入ると、そのまま止まらずにズケズケと机の前に進んだ。
 
「失礼致します、ボイス大佐。」
 
 敬礼をする若い女軍医。
 荒っぽい態度に少し、眉にシワを寄せる女性大佐。
 
「至急、お話ししたい事があります。大佐?お時間よろしい?」
 
 サッ!とレポートをボイス大佐の正面に差し出した。
 再び、怪訝な顔をして椅子に座ったまま受け取るボイス大佐。
 
 ボイス大佐は受け取ったレポートのまず1枚目に目を通し始める。
 レポートの下には本人の署名入りだった。
 正面に立つ軍医の顔と、首から吊るすIDを見て、続きを読み始める。
 
 大佐が読んでいる間、女軍医はガラス越しにタイプをしている女性書記官たちの仕事ぶりを見ていた。
 
 太平洋戦争が終わる頃、新聞ではWW2、すなわち第2次世界大戦と名付けられた戦争の戦況や、事実がどうか解らないゴシップや後日談の記事が紙面を飾った。
 連合国側の誰も彼もが戦勝国として浮かれた。
 特にアメリカ国民は浮かれていた。
 それも人が多い都市部では、半年たった今でも顕著だった。
 
 その浮かれた終戦直後の影響がまだ軍の職場にもあるのか、派手な女性事務官が多かった。
 当時、流行始めたパーマネントを綺麗にかけた金髪、春らしいプリント柄のワンピース、小さな真珠を通したネックレス。そして、赤い口紅。そんな口紅に合わせた赤いヒール、赤のマニュキアを塗られた指がリズミカルにタイプしている。
 
 それに比べ、この女軍医は戦時同様に忙しかった。いや、戦時以上に忙しかったのだ。
 フランスとベトナムとの第一次インドシナ戦争も始まり加勢し、負傷した米軍兵士が続々と本国に送られて来た。亜熱帯気候の戦場で、特に細菌感染を起した重体の兵士が多かったのだ。
 
 常に感染症を引き起こし、本国に送られた兵士と接している為なのか、女軍医は戦争の終わった実感もしなかった。彼女にとって、せっかく命からがらヨーロッパから帰国した米国こそが、まさに戦場だったのだ。
 
 連日、検査場と病院の行ったり来たりの往復で休む暇がなかった彼女。
 
 自分との境遇の違いを感じ、女軍医は可愛らしい眉をスッと上げて苦笑いして目を落とし、透き通るブルーの瞳でチラッと書類を読む大佐を見た。
 熱心にレポートを見る大佐が目の前に居た。
 
 今度は女軍医が、目を壁に飾る写真やポートレートに移した。
 国防省のお偉いさんと写る大佐の写真。
 軍服を着て、最近撮ったであろう記念のコルトガバメント銃が入った箱を開けながらトルーマン大統領と握手する写真。
 その横には笑顔でカメラを持った記者達と書類を手で抱えた若い頃の写真も飾ってあった。
 若い男性に囲まれた、おしゃれで都会的なセンスがあふれる写真に少し、嫉妬する女軍医だった。
 
 軍医が目を細めてポートレート見ていると、 ボイス大佐がぶっきらぼうに女軍医に聞いた。
 
「軍医、証拠は?」
 
 と両手にレポートを持ちながら、下から睨んだ。
 
「あっ、失礼しました。」
 
 ニッコリ、慌ててサッと診断書を渡した。
 受け取った診断書に目を通し始めるボイス大佐。
 
「これは昨日の患者の診断書です。患者の診察も、診断書の記入も私ではなく、上司のロス軍医が行い、診断書もお書きになりました。」
 
 ロス医科部長のサインに指を当てて確認するボイス大佐。
 そして、大佐は額に人差し指を当てながら、思い出す様に目をつむりった。
 
「あなた、ドクター。あ~、ドクター。あなたは、たしかニューヨークから派遣されたんだよね?」
 
「ハイ、ニューヨークの州立免疫センターから応援で5日前に着任いたしました。」
 
 ボイス大佐は、再び手渡された診断書に目を通し始める。
 
 女軍医は、その大佐の横の壁に張られ新聞記事を見つけた。女軍医は身を屈めて読み始めた。
 
 そんな女軍医の目線を上目づかいで確認するボイス大佐。
 ボイス大佐は読んだ振りをしながら女軍医に気付かれないように、そっと右手を動かし、右袖の引き出しの2段下を、音のしないようゆっくり引いた。
 引き出しの中にはWAC発足記念の銀メッキのコルトガバメントがいつでも取り出せるように置かれていた。
 
 壁に張られた記事を読み終わり、正面を向く女軍医。
 
「ボイス大佐。実は、患者の日本兵がその診断書に書かれた前日、彼が畑で作業中、仲間のクワが顔にあたり、5針。私が縫いました。」
 
 女軍医は目をつむり、額からこめかみに指をスッとなぞり、手をパッと拡げた。目を開けるとボイス大佐は腕を組んで、ジッと女軍医を見つめていた。
 微動だにしない厳しい顔の大佐を見て慌てる女軍医。
 
「あっ、あっ!嘘です。あ、いえ、嘘ではないです。正確な報告じゃないです。私は必要上、外科の免許を取っただけで。ほんと専門外です。彼の額を、子供が熊の縫いぐるみを治すように5針じゃないわもっとグシャグシャに、もうそれは酷すぎる縫い方。絶対忘れませんわ。彼は痛みを我慢してジッとしてくれていたのに。綺麗に縫おうを思って、余計に、彼に酷い事をして。私は不器用なので、とっても気にしてました。本当いうと何故、軍が私をここに配属したのか不思議なんです。私は、普通の女の子の様に器用じゃないので、それで臨床検査医……。」
 
 へたくそな手術に文句を言われるかと思い、咄嗟に言い訳をしてしまった女軍医だった。
 言い訳をする軍医をよそに、ボイス大佐は読み終わった診断書を机の上に置き、女軍医を見つめながら両手を開き、唇を尖らせ(ピュー!)と音の小さい口笛を吹いた。
 ボイス大佐はレポートをチラッと見ながら言った。
 
「有り得ない。絶対、あり得ない。彼の額からこめかみ、えっここよ、ここ!そして翌日には。」
 
 大袈裟に手を広げるボイス大佐。
 
「無傷、完治。解る?ナッシング。次の日には傷跡もあなたが縫ったデタラメな縫い跡も無いのよ。縫った糸はどこにいったの!まったく。」

つづく。
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