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第7章 ロフテッド軌道・急襲攻撃訓練。
第4話 愛のチカラ。
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真っ赤になりながら答えるジェシカ・スミス少佐。
「聞いてますわ。おかあさ……。ゴホンッ、んっ。椎葉博士、聞こえてます。きよ……、椎葉少尉を起しますわ。」
突然、全男性パイロットが、ザワつきはじめた。
コンソールの全モニターから冷やかしや、口笛を鳴らす者、オーッとか、マジッ!ウソだろ~っとか、俺のジェシーがぁ、噂はマジかよ~とか、一斉に声が聞こえてくる。
( うるさい~!皆黙って。シャラープッ! )
大きな声で叫ぶ女性パイロットの大隊長。
( あ……。 )
( お。 )
( ……SHIT. )
モニターの中の、パイロット全員の声が止まった。
急にニコニコしてオリエッタ博士や後ろの2人を見る、ドヤ顔の御舩。
そして、ジェシカ・スミス少佐が優しく日本語の小さな声で話し掛ける。
( きよちゃん、ねぇ~。起きてょ~。ジェシーよ。起きて、ねぇ。きよちゃん~。 )
「……。ん、んっ~。」
御舩の声に全く反応を示さなかった顔を右から左に動かすきよし。
(( ぉぉぉぉ~っ! ))
声を殺しながら驚くパイロット達。
鈴木副長が口を開く。
「おーっ。きよしもやるもんだな~!あのジェシカ・スミス少佐と。へ~っ!いつからっすか機長。」
「うるさいスー。シーッ。」
「あ。すんまへん……。」
オービターの操縦室でも息を呑んで話を聞いている杉山機長とその一味。
「ククククッ。バレてやんの。ククククッ。」
腹を抱えて、声を立てないで笑う小林未央。
「へ~。愛の力だわさ。凄い、凄いスミス少佐。姉さん女房の力っ!ジェシー凄い。」
目をキラキラさせて見つめるルオ。
小さな声でささやくように、続けて話すジェシカ。
「きよちゃん。わたしのきよしぃ。ちゅっちゅ。ね~起きて、きよちゃん。ちゅっちゅ。きよし~。んっむっ。ちゅっちゅ」
きよしが目をつむったまま寝ぼけて、口周りをさすりながら起きたのだった。
「わーっ、もう~っ。チュウしすぎ。チュウし過ぎて唇ふやけるしょ~。起きるぅ、起きるからぁ。もぅ。」
( ぉぉぉおおおお~っ! )
いよいよパイロット達が我慢出来なくなり、声を上げた。
「ヒェ~!あっ、あ。」
サンパチトレーラーの司令コンソールで、思わず声を出して、口を押える京子。
「がははっ!よーやく起きたか、きよし!オイッ!」
制帽を脱いで頭を掻く御舩。
岩井の肩を叩いて笑い始めた。
すぐさま、きよしの赤い色のモニターが通常になった。
現場指揮官のターナー少尉とNASAの医療部長のストーンが、口をへの字にして、飽きれながら装甲車を出て行った。
その2人の後ろ姿を見る御舩と岩井。
依然パイロット達は騒いでいた。人の苦労もわからず、トンチンカンなきよしだった。
「あっ、御舩少将と岩井宙空将まで。どうしましたか?みんなもどうしたの。」
キョトンとしているきよしだった。
(( アハハハッ~! ))
爆笑するパイロットたち。そんな中、一人ジェシカ・スミス少佐が真っ赤に照れながら固まっていた。
その爆笑する声をかき消すように杉山が全艦通信をした。
「全艦あと20秒でブレイク。全隊準備っ!鈴木。最終警報。」
「はい。全艦、最終警報。」
( キュイキュイン!キュイキュイン!キュイキュイン! )
笑いも束の間、各パイロットが真剣な顔に戻り、ビッグターンに備え始めた。
ジェシカ・スミス少佐はレフトの小さい画面を椎葉少尉に切り替えた。
きよしも同じようにジェシカの顔をモニターに表示したのだろう。正面を見てニッコリした。ジェシカは二本指で投げキッスをしてその指を画面に付けた。
「私のきよし。もう。うふふっ。」
12機の武装オービターはいよいよ、急ブレイクの体制に入った。杉山機長が更に号令を掛ける。
「カーマン・ラインまであと12秒!スー?ペイロードベイ(機内格納庫)内、HARMORチェック、スラスター、バランサーチェック。噴射テスト開始。」
「ペイロードベイ内(機内格納庫)HARMORオールグリーン。スラスター、噴射テスト開始。え~、全艦スラスター異常なし。」
「了解!」
にっこりとほほ笑えむ杉山機長と鈴木副機長。
全てのオービターの鼻先の全スラスターからガスの噴射を始め、糸の様に何本もの細い長い煙を出しながら高速で進むオービター群。
( シュー、シュピンシュピンシュピンッ!ゴゴー! )
( シュ!シュシュ!シュピンシュピンシュピンッ!ゴゴー! )
太陽の強く白い光の束の中へ、突入していく12機の訓練用オービター。
「カーマン・ライン・ブレイク!ご、よん、さん、にぃ、ふたっ。いまっ!」
「スラスター全開!」
( スラスター全開! )
(( バシュー!ゴォォォー!キュイーシュババババー! ))
オービターの鼻先から8本の強烈な噴射が始まった。12機の訓練用オービターが宇宙空間手前で一斉に急回頭したのだ。
8本の鋭いスラスターの炎が、機体の向きに合わせながら、太陽を目掛け強烈に噴射している。
(( シュババババー!))
(( シュババババー!))
格納庫に収められている小林小隊の機動モービル。
急ターンの移り変わるGに耐えるHARMORパイロットたち。
「グワーッ!ウッウッ……。グググ。」
きしむ各訓練用オービターの機体。
( ガガガ、ギギギィー、ガガガガッ。 )
小林、ルオもGに耐える。
目をつむり、Gに耐える横顔も美しいスミス少佐。
薄眼を開けてきよしの画面を見ると、微動だにしないきよしが映っている。
苦しいながらも微笑むジェシカ。
高高度を飛ぶ麗子・オースティンの医療チームを乗せた大型オービター「ビッグ・ドク」。
そのブレイク中のパイロットのバイタルをモニタリングしているドクターの麗子・オースティン。
36名のモニター中、きよしを除いて、全てのパイロットのバイタルに変化が出て、様々な色で危険を知らせていた。
小林、ルオ、きよしが並ぶモニター。
小林はモニター全体が薄い黄色。心臓に負担がかかり、特にリンパ腺に負担がかかっていた。
ルオは黒くなるモニター。
ブラックアウト気味で何とか耐えているルオ。脳血管の圧迫が観測された。
そして、きよし。全く変化なし。逆に気持ち良くなってウトウト始めそうな感じだ。このまま寝ると、画面が赤くなるかもしれない。
医療チャンネルに無線を切り替えて、京子、オリエッタと話し始める麗子。
「お姉ちゃん、ギリギリだけど、今回は上空ランデブーで患者搬送は無いようね。」
「麗、ご苦労さん。ようやくね!全員なんとか耐えられるようになったわね。13回目か。あ~大変だった。ねっ。地上のオリエッタも。お疲れ~。全員が、パイロット誰1人欠けることなく、地上まで無事に到達できる訓練は3回目かぁ。道のり遠かったぁ~。あ~疲れた。やれやれ。」
オリエッタが一口、緑茶のペットボトルを飲んだ。
「京子も、麗子もぅ、ほんとお疲れ~。なんか、やっとホッとしたわよ。でもさ、きよし君は覚醒してても全く何ともないなんて。シゲルさんの子だわ。ホント。」
感心してモニターの前で両肘をつけて、指を組んでアゴを乗せるオリエッタ。
「まぁ~ね~。はははっ。こんどは旦那も一緒に乗せて、親子2人を調べないとダ~メね。」
「なるほど。お姉ちゃん、その時はオービターに、一緒に乗れば。あはははっ。」
「んなアホなぁ。もう、死んでまうわ!あはっ。」
いやらしいオタマジャクシのような目で、京子と麗子が映るモニターを見るオリエッタ。
「クククッ。だけど、きよし君も中々やるじゃない~!ネーッ京子、麗子。」
「思わず、ひぇぇって言ってもたわ。あはははっ。今まで家の2階で、ジェシカと2人で毎晩、何してたんだか。」
と、言いながらも微妙な表情の京子だった。
成長した我が子、きよしのモニターを見つめる京子。
彼女も出来て、そのまま遠くへ行ってしまいそうな、なんとなく寂しい気持ちになる母だった……。
ドクターチームの主な仕事は、成層圏のブレイク後、気絶したパイロットを「ビッグ・ドク」とドッキングして、回収するのが主な仕事になっていた。とりあえず数ある訓練で、死者や重傷者や、後遺症を残した患者を出さずに訓練を無事カバーしていたのだった。
成層圏上層部で一斉にブレイク(宙がえり)をしたオービターは、今度は噴射を止めていたメイン・ブースターを全開にしてフル加速状態で地球の濃い大気の中に80度の角度で突入したのだ。
そして、高度20,000メートル上空あたりで、最初にアタッカーHARMORを放出するために、これから最大減速を開始するのだ。
「全オービター突入コース異常なし。時速2万8000。60秒後、全機アタッカーHARMORの放出準備を開始する。減速を実施する。エアブレーキオープン10秒前~!はち、なな、ろく、ご、よん、さん、ふた、いま、オープン!」
オービター正面から見ると、バナナの皮を四方から剝くように、エアブレーキの隔壁が開く。
12機全オービターの急減速が始まった。
同時に強烈な減速Gが掛かるオービター。
( ヒィーン、ゴゴゴー!ガガガガッ!)
急減速が始まったオービター内。
再び、急減速に伴うGを耐え続けるルオたち。
この頃になると、全モニターの異常はほとんど見られなくなっている。
少し余裕を持って、コーヒーやお茶を飲みながらモニターを監視する3人の叔母様たち。
「逆噴射用意。メインラム・ブースター、アイドリングまでダウン。」
( メインラム・ブースター、アイドリングまでダウン。 )
ビッグターンから、今まで全力で噴射していたメインラムブースターの炎が次第に細くなる。代わりに翼上下の補助エンジンのフィンが回り始めた。
補助エンジンの逆噴射で最大減速をかけるのだ。
まずは急降下のスピードをアタッカーHARMOR放出の安全速度までに落とすための補助エンジンによる逆噴射が始まるのだ。
仕組みは普通の旅客機のそれと同じだった。
「サブ・エンジン、リバーサーセットオン!」
( サブ・エンジン、リバーサーセットオン! )
翼の上下の補助ブースターにブースターリバーサー(逆噴射反射板)が降りた。
「サブモーター始動。」
サブモーターのフィンが激しく回転し始めた。
( サブモーター始動。リミットまで5秒~よん、さん、ふた、ひと、いま。 )
翼の上下の補助エンジンが噴射する。
更に減速するオービター。
減速をしたまま地球の高度2万メートルまで降下した武装オービター群。
「エアブレーキ・メイン・クローズ。」
( エアブレーキ・メイン・クローズ。 )
四方に開いていたエアブレーキの大きな外枠のパネルが船体に収まった。
依然内枠の小さなエアブレーキは残ったまま四方に開いている。
内枠のエアブレーキを残したまま目標減速高度20,000メートル、目標速度時速900キロまで緩やかに減速するのだ。
「速度合わせ900。(900~。)現在1780、1700、1680、1590、1520。逆噴射停止開始。(サブエンジン、アクセルオフ。)ブースターリバーサーセッロフ。」
(速度1300、サブエンジン、アクセルオフ。ブースターリバーサーセッロフ確認。逆噴射停止しました。速度999。)
「ペイロードベイ(機動モービルHARMOR格納庫)アタッカー、ダイブ準備開始。カウントダウン300合わせー。送れ。」
( こちらHARMORペイロードベイ、アタッカーのダイブまでカウントダウン291、ペイロードベイ内キャリー回転はじめ、回転はじめ。 )
オービター内の円筒のシリンダーにセットされた機動モービルが回転を始めた。
今回は訓練用の小型(約40メートル)オービターを使い、1機づつ降下させるが、本番の戦略急襲攻撃V-TOL(120メートル級)大型オービターだと最大3機、6小隊+バックアップ2機の20機のHARMORが搭載可能だった。
大型オービターだと18機が各小隊ごとに3機まとめて固定シリンダーごと外に出て降下することが出来るのだ。
アタッカーHARMORだけ3機丸ごと降下出来るのだった。
3小隊のコマンダーHARMOR3機、そして3小隊のスナイパーHARMOR3機まとめて降下できるのだ。
本日は燃料費節約のためとは言え、小型オービターでは1機づつHARMORを降下させるのだった。
アタッカーHARMORは先にランディング(着地)して、残りの2機の援護と初期陽動を仕掛けるため、アタッカーHARMORが先にダイブするのだ。
次に、コマンダーモービルが高度15,000メートルで敵部隊の索敵観測と戦術指揮立案を行いながらダイブする。
最後にスナイパーモービルが降下する。
スナイパーモービルは、高度20,000メートルで急上昇をかけているオービターからダイブ。
射撃開始の指定高度に達するまで、コマンダーモービルからの指令を受けて目標を登録準備するのだった。
今回の急襲突撃、射撃訓練場はハワイ州のハワイ島米軍射撃場。
通常、千歳からハワイの射撃場までの移動では戦闘機でも、給油を受けて、空中戦闘前提の移動では最短で4時間。大型輸送機では7時間かかるが、千歳から大気圏まで一気に上がる大陸間弾道ミサイルと同じロフテッド軌道の移動では30分もかからないのだ。
有事や事件が起きてから、世界中の戦場や現場に短時間で潜入する。その為の激しい訓練なのだ。
今回の米軍ハワイ練習場での訓練テーマは、敵モービルの無効化と誘拐された要人の確保だった。その敵作戦本部の急襲攻撃訓練なのだ。
……オービターが目標近くの地上20,000メートルでアタッカーHARMORのダイブ。次にコマンダーHARMORの隊長機を15,000メートルでダイブさせる。
高高度からの敵の配置及び分析。そして、アタッカー・HARMORが地上で設置したレーダー簡易基地に降下して更に標的の精度を高め戦術の確定。
最後に再び高高度は上昇したオービターからスナイパー・HARMORをダイブさせる。
スナイパーは初動ダイブ時に、レーダーやインフラ基盤の破壊をして、敵の目や補給を絶つ。
アタッカーは敵をおびき寄せて、または、敵を殲滅しながら敵部隊を集める。その間、隊長機は敵の監視とアタッカーとスナイパーの指揮を行う。スナイパーは再び使い捨ての新型ランドセル(大気圏内上昇用モーターロケット)を吹かし高度15000メートルまで上昇。そして2度目のダイブで狙撃を始める……。
その戦術を、きよしたちが考えたのだ。
砂漠など広域の戦闘地域、市街地などの狭域の戦闘地域に限らず敵へ先制パンチを与える事が出来る、マルチな戦法なのだ。
しかし、パイロットにはかなりのプレッシャーがかかる戦術でもあるのだ。
特に敵地でピョンピョン飛び上がり陽動するアタッカーの負担は機体、パイロット共に著しいものだった。
「聞いてますわ。おかあさ……。ゴホンッ、んっ。椎葉博士、聞こえてます。きよ……、椎葉少尉を起しますわ。」
突然、全男性パイロットが、ザワつきはじめた。
コンソールの全モニターから冷やかしや、口笛を鳴らす者、オーッとか、マジッ!ウソだろ~っとか、俺のジェシーがぁ、噂はマジかよ~とか、一斉に声が聞こえてくる。
( うるさい~!皆黙って。シャラープッ! )
大きな声で叫ぶ女性パイロットの大隊長。
( あ……。 )
( お。 )
( ……SHIT. )
モニターの中の、パイロット全員の声が止まった。
急にニコニコしてオリエッタ博士や後ろの2人を見る、ドヤ顔の御舩。
そして、ジェシカ・スミス少佐が優しく日本語の小さな声で話し掛ける。
( きよちゃん、ねぇ~。起きてょ~。ジェシーよ。起きて、ねぇ。きよちゃん~。 )
「……。ん、んっ~。」
御舩の声に全く反応を示さなかった顔を右から左に動かすきよし。
(( ぉぉぉぉ~っ! ))
声を殺しながら驚くパイロット達。
鈴木副長が口を開く。
「おーっ。きよしもやるもんだな~!あのジェシカ・スミス少佐と。へ~っ!いつからっすか機長。」
「うるさいスー。シーッ。」
「あ。すんまへん……。」
オービターの操縦室でも息を呑んで話を聞いている杉山機長とその一味。
「ククククッ。バレてやんの。ククククッ。」
腹を抱えて、声を立てないで笑う小林未央。
「へ~。愛の力だわさ。凄い、凄いスミス少佐。姉さん女房の力っ!ジェシー凄い。」
目をキラキラさせて見つめるルオ。
小さな声でささやくように、続けて話すジェシカ。
「きよちゃん。わたしのきよしぃ。ちゅっちゅ。ね~起きて、きよちゃん。ちゅっちゅ。きよし~。んっむっ。ちゅっちゅ」
きよしが目をつむったまま寝ぼけて、口周りをさすりながら起きたのだった。
「わーっ、もう~っ。チュウしすぎ。チュウし過ぎて唇ふやけるしょ~。起きるぅ、起きるからぁ。もぅ。」
( ぉぉぉおおおお~っ! )
いよいよパイロット達が我慢出来なくなり、声を上げた。
「ヒェ~!あっ、あ。」
サンパチトレーラーの司令コンソールで、思わず声を出して、口を押える京子。
「がははっ!よーやく起きたか、きよし!オイッ!」
制帽を脱いで頭を掻く御舩。
岩井の肩を叩いて笑い始めた。
すぐさま、きよしの赤い色のモニターが通常になった。
現場指揮官のターナー少尉とNASAの医療部長のストーンが、口をへの字にして、飽きれながら装甲車を出て行った。
その2人の後ろ姿を見る御舩と岩井。
依然パイロット達は騒いでいた。人の苦労もわからず、トンチンカンなきよしだった。
「あっ、御舩少将と岩井宙空将まで。どうしましたか?みんなもどうしたの。」
キョトンとしているきよしだった。
(( アハハハッ~! ))
爆笑するパイロットたち。そんな中、一人ジェシカ・スミス少佐が真っ赤に照れながら固まっていた。
その爆笑する声をかき消すように杉山が全艦通信をした。
「全艦あと20秒でブレイク。全隊準備っ!鈴木。最終警報。」
「はい。全艦、最終警報。」
( キュイキュイン!キュイキュイン!キュイキュイン! )
笑いも束の間、各パイロットが真剣な顔に戻り、ビッグターンに備え始めた。
ジェシカ・スミス少佐はレフトの小さい画面を椎葉少尉に切り替えた。
きよしも同じようにジェシカの顔をモニターに表示したのだろう。正面を見てニッコリした。ジェシカは二本指で投げキッスをしてその指を画面に付けた。
「私のきよし。もう。うふふっ。」
12機の武装オービターはいよいよ、急ブレイクの体制に入った。杉山機長が更に号令を掛ける。
「カーマン・ラインまであと12秒!スー?ペイロードベイ(機内格納庫)内、HARMORチェック、スラスター、バランサーチェック。噴射テスト開始。」
「ペイロードベイ内(機内格納庫)HARMORオールグリーン。スラスター、噴射テスト開始。え~、全艦スラスター異常なし。」
「了解!」
にっこりとほほ笑えむ杉山機長と鈴木副機長。
全てのオービターの鼻先の全スラスターからガスの噴射を始め、糸の様に何本もの細い長い煙を出しながら高速で進むオービター群。
( シュー、シュピンシュピンシュピンッ!ゴゴー! )
( シュ!シュシュ!シュピンシュピンシュピンッ!ゴゴー! )
太陽の強く白い光の束の中へ、突入していく12機の訓練用オービター。
「カーマン・ライン・ブレイク!ご、よん、さん、にぃ、ふたっ。いまっ!」
「スラスター全開!」
( スラスター全開! )
(( バシュー!ゴォォォー!キュイーシュババババー! ))
オービターの鼻先から8本の強烈な噴射が始まった。12機の訓練用オービターが宇宙空間手前で一斉に急回頭したのだ。
8本の鋭いスラスターの炎が、機体の向きに合わせながら、太陽を目掛け強烈に噴射している。
(( シュババババー!))
(( シュババババー!))
格納庫に収められている小林小隊の機動モービル。
急ターンの移り変わるGに耐えるHARMORパイロットたち。
「グワーッ!ウッウッ……。グググ。」
きしむ各訓練用オービターの機体。
( ガガガ、ギギギィー、ガガガガッ。 )
小林、ルオもGに耐える。
目をつむり、Gに耐える横顔も美しいスミス少佐。
薄眼を開けてきよしの画面を見ると、微動だにしないきよしが映っている。
苦しいながらも微笑むジェシカ。
高高度を飛ぶ麗子・オースティンの医療チームを乗せた大型オービター「ビッグ・ドク」。
そのブレイク中のパイロットのバイタルをモニタリングしているドクターの麗子・オースティン。
36名のモニター中、きよしを除いて、全てのパイロットのバイタルに変化が出て、様々な色で危険を知らせていた。
小林、ルオ、きよしが並ぶモニター。
小林はモニター全体が薄い黄色。心臓に負担がかかり、特にリンパ腺に負担がかかっていた。
ルオは黒くなるモニター。
ブラックアウト気味で何とか耐えているルオ。脳血管の圧迫が観測された。
そして、きよし。全く変化なし。逆に気持ち良くなってウトウト始めそうな感じだ。このまま寝ると、画面が赤くなるかもしれない。
医療チャンネルに無線を切り替えて、京子、オリエッタと話し始める麗子。
「お姉ちゃん、ギリギリだけど、今回は上空ランデブーで患者搬送は無いようね。」
「麗、ご苦労さん。ようやくね!全員なんとか耐えられるようになったわね。13回目か。あ~大変だった。ねっ。地上のオリエッタも。お疲れ~。全員が、パイロット誰1人欠けることなく、地上まで無事に到達できる訓練は3回目かぁ。道のり遠かったぁ~。あ~疲れた。やれやれ。」
オリエッタが一口、緑茶のペットボトルを飲んだ。
「京子も、麗子もぅ、ほんとお疲れ~。なんか、やっとホッとしたわよ。でもさ、きよし君は覚醒してても全く何ともないなんて。シゲルさんの子だわ。ホント。」
感心してモニターの前で両肘をつけて、指を組んでアゴを乗せるオリエッタ。
「まぁ~ね~。はははっ。こんどは旦那も一緒に乗せて、親子2人を調べないとダ~メね。」
「なるほど。お姉ちゃん、その時はオービターに、一緒に乗れば。あはははっ。」
「んなアホなぁ。もう、死んでまうわ!あはっ。」
いやらしいオタマジャクシのような目で、京子と麗子が映るモニターを見るオリエッタ。
「クククッ。だけど、きよし君も中々やるじゃない~!ネーッ京子、麗子。」
「思わず、ひぇぇって言ってもたわ。あはははっ。今まで家の2階で、ジェシカと2人で毎晩、何してたんだか。」
と、言いながらも微妙な表情の京子だった。
成長した我が子、きよしのモニターを見つめる京子。
彼女も出来て、そのまま遠くへ行ってしまいそうな、なんとなく寂しい気持ちになる母だった……。
ドクターチームの主な仕事は、成層圏のブレイク後、気絶したパイロットを「ビッグ・ドク」とドッキングして、回収するのが主な仕事になっていた。とりあえず数ある訓練で、死者や重傷者や、後遺症を残した患者を出さずに訓練を無事カバーしていたのだった。
成層圏上層部で一斉にブレイク(宙がえり)をしたオービターは、今度は噴射を止めていたメイン・ブースターを全開にしてフル加速状態で地球の濃い大気の中に80度の角度で突入したのだ。
そして、高度20,000メートル上空あたりで、最初にアタッカーHARMORを放出するために、これから最大減速を開始するのだ。
「全オービター突入コース異常なし。時速2万8000。60秒後、全機アタッカーHARMORの放出準備を開始する。減速を実施する。エアブレーキオープン10秒前~!はち、なな、ろく、ご、よん、さん、ふた、いま、オープン!」
オービター正面から見ると、バナナの皮を四方から剝くように、エアブレーキの隔壁が開く。
12機全オービターの急減速が始まった。
同時に強烈な減速Gが掛かるオービター。
( ヒィーン、ゴゴゴー!ガガガガッ!)
急減速が始まったオービター内。
再び、急減速に伴うGを耐え続けるルオたち。
この頃になると、全モニターの異常はほとんど見られなくなっている。
少し余裕を持って、コーヒーやお茶を飲みながらモニターを監視する3人の叔母様たち。
「逆噴射用意。メインラム・ブースター、アイドリングまでダウン。」
( メインラム・ブースター、アイドリングまでダウン。 )
ビッグターンから、今まで全力で噴射していたメインラムブースターの炎が次第に細くなる。代わりに翼上下の補助エンジンのフィンが回り始めた。
補助エンジンの逆噴射で最大減速をかけるのだ。
まずは急降下のスピードをアタッカーHARMOR放出の安全速度までに落とすための補助エンジンによる逆噴射が始まるのだ。
仕組みは普通の旅客機のそれと同じだった。
「サブ・エンジン、リバーサーセットオン!」
( サブ・エンジン、リバーサーセットオン! )
翼の上下の補助ブースターにブースターリバーサー(逆噴射反射板)が降りた。
「サブモーター始動。」
サブモーターのフィンが激しく回転し始めた。
( サブモーター始動。リミットまで5秒~よん、さん、ふた、ひと、いま。 )
翼の上下の補助エンジンが噴射する。
更に減速するオービター。
減速をしたまま地球の高度2万メートルまで降下した武装オービター群。
「エアブレーキ・メイン・クローズ。」
( エアブレーキ・メイン・クローズ。 )
四方に開いていたエアブレーキの大きな外枠のパネルが船体に収まった。
依然内枠の小さなエアブレーキは残ったまま四方に開いている。
内枠のエアブレーキを残したまま目標減速高度20,000メートル、目標速度時速900キロまで緩やかに減速するのだ。
「速度合わせ900。(900~。)現在1780、1700、1680、1590、1520。逆噴射停止開始。(サブエンジン、アクセルオフ。)ブースターリバーサーセッロフ。」
(速度1300、サブエンジン、アクセルオフ。ブースターリバーサーセッロフ確認。逆噴射停止しました。速度999。)
「ペイロードベイ(機動モービルHARMOR格納庫)アタッカー、ダイブ準備開始。カウントダウン300合わせー。送れ。」
( こちらHARMORペイロードベイ、アタッカーのダイブまでカウントダウン291、ペイロードベイ内キャリー回転はじめ、回転はじめ。 )
オービター内の円筒のシリンダーにセットされた機動モービルが回転を始めた。
今回は訓練用の小型(約40メートル)オービターを使い、1機づつ降下させるが、本番の戦略急襲攻撃V-TOL(120メートル級)大型オービターだと最大3機、6小隊+バックアップ2機の20機のHARMORが搭載可能だった。
大型オービターだと18機が各小隊ごとに3機まとめて固定シリンダーごと外に出て降下することが出来るのだ。
アタッカーHARMORだけ3機丸ごと降下出来るのだった。
3小隊のコマンダーHARMOR3機、そして3小隊のスナイパーHARMOR3機まとめて降下できるのだ。
本日は燃料費節約のためとは言え、小型オービターでは1機づつHARMORを降下させるのだった。
アタッカーHARMORは先にランディング(着地)して、残りの2機の援護と初期陽動を仕掛けるため、アタッカーHARMORが先にダイブするのだ。
次に、コマンダーモービルが高度15,000メートルで敵部隊の索敵観測と戦術指揮立案を行いながらダイブする。
最後にスナイパーモービルが降下する。
スナイパーモービルは、高度20,000メートルで急上昇をかけているオービターからダイブ。
射撃開始の指定高度に達するまで、コマンダーモービルからの指令を受けて目標を登録準備するのだった。
今回の急襲突撃、射撃訓練場はハワイ州のハワイ島米軍射撃場。
通常、千歳からハワイの射撃場までの移動では戦闘機でも、給油を受けて、空中戦闘前提の移動では最短で4時間。大型輸送機では7時間かかるが、千歳から大気圏まで一気に上がる大陸間弾道ミサイルと同じロフテッド軌道の移動では30分もかからないのだ。
有事や事件が起きてから、世界中の戦場や現場に短時間で潜入する。その為の激しい訓練なのだ。
今回の米軍ハワイ練習場での訓練テーマは、敵モービルの無効化と誘拐された要人の確保だった。その敵作戦本部の急襲攻撃訓練なのだ。
……オービターが目標近くの地上20,000メートルでアタッカーHARMORのダイブ。次にコマンダーHARMORの隊長機を15,000メートルでダイブさせる。
高高度からの敵の配置及び分析。そして、アタッカー・HARMORが地上で設置したレーダー簡易基地に降下して更に標的の精度を高め戦術の確定。
最後に再び高高度は上昇したオービターからスナイパー・HARMORをダイブさせる。
スナイパーは初動ダイブ時に、レーダーやインフラ基盤の破壊をして、敵の目や補給を絶つ。
アタッカーは敵をおびき寄せて、または、敵を殲滅しながら敵部隊を集める。その間、隊長機は敵の監視とアタッカーとスナイパーの指揮を行う。スナイパーは再び使い捨ての新型ランドセル(大気圏内上昇用モーターロケット)を吹かし高度15000メートルまで上昇。そして2度目のダイブで狙撃を始める……。
その戦術を、きよしたちが考えたのだ。
砂漠など広域の戦闘地域、市街地などの狭域の戦闘地域に限らず敵へ先制パンチを与える事が出来る、マルチな戦法なのだ。
しかし、パイロットにはかなりのプレッシャーがかかる戦術でもあるのだ。
特に敵地でピョンピョン飛び上がり陽動するアタッカーの負担は機体、パイロット共に著しいものだった。
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