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陽斗はいきなりその場で立ちあがると、私の手を握った。

「澪、もうこの人達と話すことは無い。帰ろう!」

陽斗が私の手を引いて部屋を出ようとした時だった。
父親は大きな声を出した。

「お前は全てを失ってもいいのだな。もしこのまま出て行くのなら、もう病院にもお前の席は無い物と思え。西園寺の顔に泥を塗るような息子はこの家から勘当だ。」

私は陽斗さんの手を引いて足を止めさせた。

「陽斗さん、全てを失うなんてダメです。席に戻りましょう。」

しかし、陽斗は首を横に振ったのだ。
そして私の手を掴んだまま部屋から歩き出してしまった。

玄関にたどり着くと黒いスーツで初老の使用人らしき人が陽斗を引き留めた。

「陽斗ぼっちゃま、どうかお考え直しください。旦那様は本気ですよ。西園寺を引き継ぐのはぼっちゃまです。どうか…」

すると陽斗はその男性に向かって微笑みをむけた。

「村瀬、悪いな。西園寺の家にはもううんざりなんだよ。僕は人形じゃない。意思のある人間なんだ。あんな奴らと一緒にしないでくれ!」

村瀬と呼ばれた男性が引き留めるが、陽斗は私の手を握ったまま玄関から出てしまったのだ。

「陽斗さん!本当にこれで良いのですか。」

陽斗はその場で立ち止まると、私の方を真っすぐ向き、両肩に手を置いた。

「澪、俺はこれから全てを失うかもしれない。西園寺の御曹司でもなく、ただの医者だ。それでも澪はついて来てくれるか?」

私は陽斗の目をしっかりと見ながら言葉を出した。

「私は西園寺家が好きな訳でもないし、御曹司だから好きな訳でもありません。西園寺陽斗という一人の男性に惹かれたんです。全てを失うなら、一緒に頑張りましょう。私だって働けるんですからね。」

私は努めて笑顔を見せて話をしたのだった。





ここは小さな島にある診療所。

「田中のじいちゃん、どうしたの?またお腹が痛いのかい?」

真っ黒に日焼けした、皺の深い老人が陽斗に話をする。

「先生、この前の薬を出してくれるかい。すぐに良くなっちまって婆さんも驚いてたよ。」

「この前の薬は痛み止めだから、どこが悪いかしっかり診ないとダメなんだよ。来週には新しい機械が届くから検査しようね。」

陽斗と私はこの島に来て2週間ほど経っていた。

この島にいた医師が高齢という事もあり新しい医師を探していたのだ。
陽斗はこの診療所の医師として働き始めている。

医療機器も古い物ばかりなので、陽斗は以前の知り合いから新しい機器も頼んでいた。
たった2週間ではあるが、すっかりこの島に馴染んでいる。

私はというと、ホテルのフロントに居たスキルを活かして、診療所の受付の仕事をして陽斗を手伝っている。

幼稚園児くらいの女の子が私に話し掛けて来た。
とてもおしゃまさんである。

「お姉さんの旦那さんは先生なの?いいなぁ、先生は超イケメンだってみんな言ってるよ。メイも大きくなったら先生と結婚したい。」

「メイちゃん、先生は私の旦那様だけど、きっとメイちゃんにも素敵な男性が現れるわよ。」

メイちゃんはキャイキャイと声をあげて嬉しそうだ。
そこへメイちゃんのお母さんがやって来た。

「メイ、お姉さんの邪魔をしちゃだめよ。…そうだ、お姉さんにこれをハイしてきてね。」

お母さんがメイちゃんに何かの袋を渡すと、メイちゃんは嬉しそうに私の所へ戻って来た。

「ハイ、これママがお姉さんにあげるって言ってたよ。」

メイちゃんがくれた袋をみると、いろいろな野菜が入っていた。
この辺りは皆自分の家で野菜を作っているのだ。

「わぁ、美味しそうなお野菜!ありがとうございます。」

私がお礼を伝えると、メイちゃんとお母さんは笑顔で手を振ってくれた。



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