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マンションの近くにあるスーパーに立ち寄り食材を買うことにした。
あまり料理は得意な方ではないが、母親から一人暮らしをする前に一通りの料理は覚え込まされたのだ。
今になって母親に感謝している。

玲也は醤油ベースの和風ドレッシングが好きだと言っていた。
恐らく和食が好きなのではないかと考え、和風の家庭料理を作ることにした。

メニューは定番の肉じゃが、ホウレンソウのごまあえ、焼き魚、お味噌汁。
簡単ではあるが、飽きない和食である。
炊飯器が置いてあったことを確認していたので、お米も忘れることなく購入した。

マンションに到着した私は急ぎ夕食の準備を始めた。

まずは、炊飯器にご飯をセットする。
炊飯器は殆んど使われた形跡もなく、恐らく外食が多いのだろう。
肉じゃがを煮込んでいる間に、ホウレンソウを茹でて、魚を塩焼きにする。
母直伝のごまあえは、ピリッとからしの辛味をつける。

しっかりと手順を計画していたことが功を奏したようで、すべてを作り終えるのに1時間もかからないくらいだったのだ。

「…よしっ、出来上がり!」



玲也がいつ帰って来るのか分からないが、せっかくなら一緒に食べたい。
そこで私は自分も食べずに玲也の帰りを待つことにした。

リビングにあるソファーに腰かけて、浸水した部屋から唯一持ち出せた本をどさっとテーブルに置いた。
大好きな作家、ふわふわうさぎ先生のラノベを読みながら玲也を待つことにした。

どのくらい時間が経ったのだろう、夢中になり読み続けていたが、だんだんと睡魔に襲われてくる。
とうとう私はソファーで寝始めてしまったのだ。


お腹は空いていたが、睡魔には勝てなかったのだ。




「…唯さん…唯さん…風邪ひきますよ…唯さん!」


夢の中で玲也が私に声を掛けてくれているようだ。
例え夢でも、待っていた玲也が帰って来たのは嬉しい。

目は明かないが口元は思わずニヤリとする。


「…唯さん…起きてください。」


やけにリアルに耳元で声がする。

…っえ、これは夢では無いの!!

本物の玲也が私を起こしていたのだ。


「あっ…私…あれ?…これは夢?」


玲也はクスッと笑いながら私の頭に手を置いた。


「唯さん、夢じゃなくて、ほら僕は本物ですよ…何か楽しい夢でも見ていたのですか?」


現実に引き戻された私は、急に鼓動が早くなり、恥ずかしさで顔が沸騰するように熱くなる。


「も…申し訳…ございません!!…私、寝てしまったようですね。」


玲也は私の顔を覗き込んだ。


「もしかして、夕食待っていてくれたのですか?…ごめんなさい。こんなに遅くなってしまって。」


玲也はテーブルに置いてあった料理を見ていたのだ。


「そんな…私が勝手に作って待っていただけなので…それにもう遅い時間ですから、片付けますね。」


私が慌てて立ち上がると、玲也は後ろから大きな声を出した。


「食べましょう。僕も接待ではたいして食べていないのです!!」




玲也の優しさかも知れないが、一緒に食事をしようと言ってくれた。
しかし、時間はもうとっくに日付は変わっている。

「玲也さん、無理しないでくださいね…本当に私が勝手に作っただけなので!」

すると、玲也は自分の口元に人差し指を当てて微笑んだのだ。
もう、話をするなと言っているようだ。

そして目の前の料理を見て口角を上げた。

「最高だね。久しぶりに日本の家庭料理だ。…すごく嬉しい。ありがとう。」

玲也は一番に肉じゃがのジャガイモを器用に箸でつまみ、嬉しそうに口へ運んだ。
そして、モグモグと二回ぐらいジャガイモを噛みしめて何も言わない。
これは、美味しくなかったのだろうか?

「お…お口に合いませんでしたか?」

すると玲也は大きく首を横に振ると真剣な顔をした。

「あまりにも美味しくて、感動で言葉が出ないほどだよ。唯ちゃんは料理上手だね。」

お世辞でも褒められると嬉しくなる。
玲也の言葉に安心して自分も肉じゃがを頬張った。
少し甘めのいつもの味だ。

「こんなに美味しい料理を食べれられるなんて、僕はラッキーだな。日本に帰って来て良かったよ。」

玲也の日本に帰ってきてよかったという言葉で思い出した。
唯の会社のCEOもフランスから来たばかりと皆が騒いでいた。

「玲也さんもフランスから日本に帰ってこられましたが、私の勤めている会社のCEOもフランスから帰って来たのですよ。…なんだかみんなイケメンCEOを見たくて大騒ぎでした。」

「そういえば、唯ちゃんはどんな会社にお勤めなの?」

「私は化粧品のブラックローズ社で働いているんです。私の憧れの会社でもあるんです。」

玲也はなぜか驚いた表情をする。

「そ…そうなんだ。その会社で部署はどこなの?」

「姉が好きだった化粧品が、大切な私の宝物なんです。そして…形見なんです。だから、いつかそんな素敵な化粧品を考える部署で働きたくて、企画部希望ですが、現実は営業課の営業事務です。」

「…ごめん。悲しい話を思い出させてしまったようだね。」

「大丈夫です。もう随分時間が経っていますから、…私の中で姉は一緒に生きている気がするんです。」




「ところで、玲也さんの会社はどんなお仕事なんですか?」

すると、なぜか少しの時間沈黙する。

そして、フッと小さく笑いながら話し出した。

「そのうち分かるよ…その時まで内緒にしておくよ。」

なぜ教えてくれないのだろう。

もしかしたら、人に言えないような仕事なのだろうか?
あまりつっこんで聞くのも良くないと思った唯は、作り笑いをした。

「ハハハッ…ごめんなさい。私がそこまで知る必要ないですよね。」

「近いうちに…きっとわかるよ。」

なぜか、玲也に自分の仕事のことはうやむやにされたが、知らないほうが良い事もあると、唯は質問したことに後悔していた。

しかし、なにか隠しているような玲也の表情や口ぶりが、妙に気になるのだった。
それに、私の会社の名前を聞いて、なぜあんなにも驚いたのだろうか?


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