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旦那様の視点1
しおりを挟む バルテン帝国の地下酒場──。
表向きは酒場だが、実際は暗殺ギルドの窓口でもある。カウンター端に目を向けるとアッシュは酒を飲んで喚いていた。焦げ茶色の髪を一つに結び貴族服に身を包んでいる。
帝国の領地かつ地下酒場で大国の貴族服というのは、かなり目立つ。探すのに苦労すると思っていたが案外抜けている。それとも新たな策でもあるのか。
「自分がフランカを幸せにする! 今もあの化物の妻でいる彼女を救えるのは自分しかいないのに! どうしてこうも上手くいかない!? ハッ、そうだ! 今まで裏工作をしてきたが、ここは正面からフランカを助けに──」
「その必要はない」
「!?」
アッシュが振り返った瞬間、私の姿に目を見開き狼狽したが、すぐさま眉をつり上げた。ああ、この男はあまり頭が良くないようだ。こんな男にフランカとの時間を三年も潰されたのかと思うと、殺意が増した。
「ドミニク・オーケシュトレーム! お前さえいなければ!!」
「それはこちらの台詞だ。君さえ出しゃばってこなければ、私とフランカの三年はもっと素晴らしいものになったはずだ」
「黙れ、化物! おい、暗殺ギルド! 追加で金貨五十枚を払う。この男を始末しろ」
様子を窺っていた黒装束の男たちは、間合いギリギリまで距離を詰める。二十人だろうか。殺気を放っているが、この程度か。
「我が国で神獣は吉兆とされているのには理由がある。神獣として覚醒する者は王家を必ず守護し、影から守る役目を担う。そしてそれはオーケシュトレーム公爵を筆頭とした一部貴族にしか代々伝わっていない」
「それがどうした? お前が化物に変わりはないだろうが」
「なぜ攻撃型に特化した姿なのか。それは有事の際、王家に刃向かう者を八つ裂きにするためでもある。今回の一件、私を追い詰めるだけではなく、第三王子を害したお前はこのまま生かしておく訳にはいかない」
「第三王子? ルーズベルト様がどうしたっていうんだ?」
「どうやらルーズベルト様を殺して成り代わるように指示を出したのは──君ではないようだ」
「はああああ?」
そう今回の一件はアッシュが絵を描いたにしては、用意周到すぎた。そしてこの回りくどくねちっこいやり方には覚えがある。
「バルテン帝国皇太子デュランデル、君の仕業か」
「久し振りだな、ドミニク」
「どうせ今回も王太子と賭をしていたのだろう」
「ご明察」
「え、は?」
刺客の中に一人だけ妙な者が混じっていると思ったら案の定、皇太子だった。外套を脱ぎ去ると貴族服に身を包んだ青年に早変わりした。漆黒の短髪に、金色の瞳、顔立ちも整っており皇族にふさわしい貫禄があった。
アッシュは信じられないと言った顔のまま固まっている。
「盤上で誰がどう動くか。お互いの駒を使っての遊戯は中々面白かったぞ」
「悪趣味だな。昔よりも悪辣さが増したのではないか?」
「留学中は優等生をできるだけ演じていただけさ」
デュランデル・エスポージト・ファンティーニラ・ヴァッレ。彼は我が国で留学したときに知り合った悪友の一人だ。私、デュランデル殿下、王太子アルフレート殿下とは妙に馬が合い、留学中は三人で行動することが多かった。
「第三王子は俺やアルフレートにとっても邪魔な存在だったので、すげ替えさせて貰った。麻薬の密売は帝国、大国でも違法だったからな。致し方ない処置だった」
「ルーズベルト様がそんなこと──はっ、まさかあの大量の小瓶は……」
「令嬢をたらし込むために大量に購入したようだ。その支払いの金は国庫からの横領だったから、ついでにそこの馬鹿を利用することにした」
「私の動きを封じるためでもあったのだろう」
デュランデル殿下は美しい顔を歪めて笑った。
「ああ。いつも澄ましたお前への贈物だ。その程度でアルフレートの刃が折れるなら折れてしまったほうが美しいだろう」
「相変わらずの鬼畜発言だな。このまま首と胴体を切断してしまおうか」
「クククッ、物騒なのはお前もだろうが」
僅かに口元が緩んだ刹那、デュランデル殿下と私は剣を抜き──苛烈な剣戟に持ち込んだ。周囲にいた黒ずくめを斬りつけながら、互いの刃がぶつかり合い火花を散らす。
今の斬撃の応酬で、黒ずくめは鮮血をまき散らし倒れ込む。それでもなお私とデュランデル殿下との剣戟は収まらず刃を交える。
「覚醒するだけあって膂力も速度も段違いだ」
「魔導具を駆使して、対処しきれている君のほうが恐ろしいぞ」
相変わらず面倒事や荒事が好きな男だ。この男もまた暇を持て余して灰色の生き方をしていた──私の同類。私とアルフレート殿下は自分の唯一を見つけられたことで、この世界で息の仕方を知った。取り残されたことで八つ当たり、あるいはそれが本物の愛なのか試したかったのだろう。アルフレート殿下の婚約時も荒れたのを思い出す。
「君も唯一と出会えば変わるだろう」
「ハッ、ならそれまでは盤上遊戯を楽しみにしておくとしよう」
そう言うなりデュランデル殿下は転移魔導具を使って消え去った。相変わらず言いたいことだけ言って帰る男だ。あちら側も闇ギルドを殺すだけの理由を探していたのだろう。体よく使われたのは釈然としないが、こちらはアッシュを始末できるので良いとしよう。
「あ、ああ……っ、こんなのは……夢だ……違う」
「あの世で、ルーズベルト殿下によろしく伝えておいてくれ」
最後まで狂ったままアッシュは息絶えた。三年、デュランデル殿下の介入があったとはいえ、翻弄してくれたものだ。帰ったら今回の件を知っていたアルフレートも一発ぐらい殴ってもいいだろうか。いいよな。
表向きは酒場だが、実際は暗殺ギルドの窓口でもある。カウンター端に目を向けるとアッシュは酒を飲んで喚いていた。焦げ茶色の髪を一つに結び貴族服に身を包んでいる。
帝国の領地かつ地下酒場で大国の貴族服というのは、かなり目立つ。探すのに苦労すると思っていたが案外抜けている。それとも新たな策でもあるのか。
「自分がフランカを幸せにする! 今もあの化物の妻でいる彼女を救えるのは自分しかいないのに! どうしてこうも上手くいかない!? ハッ、そうだ! 今まで裏工作をしてきたが、ここは正面からフランカを助けに──」
「その必要はない」
「!?」
アッシュが振り返った瞬間、私の姿に目を見開き狼狽したが、すぐさま眉をつり上げた。ああ、この男はあまり頭が良くないようだ。こんな男にフランカとの時間を三年も潰されたのかと思うと、殺意が増した。
「ドミニク・オーケシュトレーム! お前さえいなければ!!」
「それはこちらの台詞だ。君さえ出しゃばってこなければ、私とフランカの三年はもっと素晴らしいものになったはずだ」
「黙れ、化物! おい、暗殺ギルド! 追加で金貨五十枚を払う。この男を始末しろ」
様子を窺っていた黒装束の男たちは、間合いギリギリまで距離を詰める。二十人だろうか。殺気を放っているが、この程度か。
「我が国で神獣は吉兆とされているのには理由がある。神獣として覚醒する者は王家を必ず守護し、影から守る役目を担う。そしてそれはオーケシュトレーム公爵を筆頭とした一部貴族にしか代々伝わっていない」
「それがどうした? お前が化物に変わりはないだろうが」
「なぜ攻撃型に特化した姿なのか。それは有事の際、王家に刃向かう者を八つ裂きにするためでもある。今回の一件、私を追い詰めるだけではなく、第三王子を害したお前はこのまま生かしておく訳にはいかない」
「第三王子? ルーズベルト様がどうしたっていうんだ?」
「どうやらルーズベルト様を殺して成り代わるように指示を出したのは──君ではないようだ」
「はああああ?」
そう今回の一件はアッシュが絵を描いたにしては、用意周到すぎた。そしてこの回りくどくねちっこいやり方には覚えがある。
「バルテン帝国皇太子デュランデル、君の仕業か」
「久し振りだな、ドミニク」
「どうせ今回も王太子と賭をしていたのだろう」
「ご明察」
「え、は?」
刺客の中に一人だけ妙な者が混じっていると思ったら案の定、皇太子だった。外套を脱ぎ去ると貴族服に身を包んだ青年に早変わりした。漆黒の短髪に、金色の瞳、顔立ちも整っており皇族にふさわしい貫禄があった。
アッシュは信じられないと言った顔のまま固まっている。
「盤上で誰がどう動くか。お互いの駒を使っての遊戯は中々面白かったぞ」
「悪趣味だな。昔よりも悪辣さが増したのではないか?」
「留学中は優等生をできるだけ演じていただけさ」
デュランデル・エスポージト・ファンティーニラ・ヴァッレ。彼は我が国で留学したときに知り合った悪友の一人だ。私、デュランデル殿下、王太子アルフレート殿下とは妙に馬が合い、留学中は三人で行動することが多かった。
「第三王子は俺やアルフレートにとっても邪魔な存在だったので、すげ替えさせて貰った。麻薬の密売は帝国、大国でも違法だったからな。致し方ない処置だった」
「ルーズベルト様がそんなこと──はっ、まさかあの大量の小瓶は……」
「令嬢をたらし込むために大量に購入したようだ。その支払いの金は国庫からの横領だったから、ついでにそこの馬鹿を利用することにした」
「私の動きを封じるためでもあったのだろう」
デュランデル殿下は美しい顔を歪めて笑った。
「ああ。いつも澄ましたお前への贈物だ。その程度でアルフレートの刃が折れるなら折れてしまったほうが美しいだろう」
「相変わらずの鬼畜発言だな。このまま首と胴体を切断してしまおうか」
「クククッ、物騒なのはお前もだろうが」
僅かに口元が緩んだ刹那、デュランデル殿下と私は剣を抜き──苛烈な剣戟に持ち込んだ。周囲にいた黒ずくめを斬りつけながら、互いの刃がぶつかり合い火花を散らす。
今の斬撃の応酬で、黒ずくめは鮮血をまき散らし倒れ込む。それでもなお私とデュランデル殿下との剣戟は収まらず刃を交える。
「覚醒するだけあって膂力も速度も段違いだ」
「魔導具を駆使して、対処しきれている君のほうが恐ろしいぞ」
相変わらず面倒事や荒事が好きな男だ。この男もまた暇を持て余して灰色の生き方をしていた──私の同類。私とアルフレート殿下は自分の唯一を見つけられたことで、この世界で息の仕方を知った。取り残されたことで八つ当たり、あるいはそれが本物の愛なのか試したかったのだろう。アルフレート殿下の婚約時も荒れたのを思い出す。
「君も唯一と出会えば変わるだろう」
「ハッ、ならそれまでは盤上遊戯を楽しみにしておくとしよう」
そう言うなりデュランデル殿下は転移魔導具を使って消え去った。相変わらず言いたいことだけ言って帰る男だ。あちら側も闇ギルドを殺すだけの理由を探していたのだろう。体よく使われたのは釈然としないが、こちらはアッシュを始末できるので良いとしよう。
「あ、ああ……っ、こんなのは……夢だ……違う」
「あの世で、ルーズベルト殿下によろしく伝えておいてくれ」
最後まで狂ったままアッシュは息絶えた。三年、デュランデル殿下の介入があったとはいえ、翻弄してくれたものだ。帰ったら今回の件を知っていたアルフレートも一発ぐらい殴ってもいいだろうか。いいよな。
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