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離縁できるまで、あと二日ですわ旦那様。②

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 悲鳴と怒声から火事だという単語を拾い、修道院の方角に視線を向けた。黒々とした煙が立ち昇っているのを目にして固まる。混乱する現場の指揮を執っているのは院長だ。私も駆けつけなければ、と両親に避難するように告げて別れた。

「院長!」
「火元は修道院の何処ですか?」
「それが……情報が錯綜しておりまして、今子供の避難を優先しております」
「では火元の確認は殿方にお任せするとして、子供たちが全員無事か確認してきますわ。子供たちはどこに?」
「公爵夫人! ドミニク様から有事の際は、すぐさま馬車で屋敷まで戻るようにと命令を受けております」
「え」

 唐突に現れたのは騎士団の二人だ。しかも王城警備が常となる第一騎士団の制服である白の軍服に紺色のケープを着こなしている。
 旦那様がどうして?
 私を心配するにしても第一騎士団は、ちょっと大袈裟──でもないかもしれないわ。ここ数日の溺愛ぶりを知ったら、ありえないとは断言できない。

「院長……私は」
「公爵夫人に何かあってからではいけません。安全のためにも、一度屋敷にお戻りになるほうがよいでしょう」

 院長の言葉は正しい。公爵夫人の立場としても、騎士団に従うほうが良いはずなのに──何かが引っかかる。そんなモヤモヤを抱えながら馬車に乗り込んだ。
 それが罠だと気付いたのは屋敷ではなく、国境付近の舗装されていない森の中を通っている頃だった。


 ***


 ガタン、という揺れに、自分がうたた寝していたことに気付く。思ったよりも眠ってしまったのか窓の外は、どっぷりと暗くなっていて、何より王都の町並みから見知らぬ森の中を走っている。
 え? なんで!?
 屋敷に戻ったんじゃ?

 背中に嫌な汗が流れ落ちるものの、できるだけ冷静に状況を整理する。第一騎士団に声をかけられて、馬車で屋敷に戻るはずだった。でも途中で眠くなって、気付いたら森の中。
 導き出せる結論は、誘拐だ。

 公爵夫人という肩書きは、王侯貴族内ではそれなりに影響力がある。夫が王国財務総括大臣であれば取り入りたい、あるいは利用したいと思う連中もいるはずだわ。ここ数年で財務課の不正や横領などを綺麗にしたことで膿は出し尽くしたけれど、それを嫉んでいる貴族はいるだろう。

 そういった危険なことは今までなかったけれど、もしかしたら旦那様が未然に防いでいたのかもしれないし、運が良かっただけなのかもしれない。ううん、私と旦那様の不仲を知っている者からすれば、私は旦那様の弱点にはならないと、放置されていたのかもしれないわ。
 でも──今は違う。竜人にとって伴侶となる存在はとてつもなく大きい。その価値が出たタイミングでの拉致だとしたら、よほどの情報通で策士だわ。
 こうなると私にできることは自力で逃げ出して、近くの隣家に助けを求める。あるいは誘拐した犯人と対面して──ううん、顔を見たら確実に消されるわよね。

 それにしても何処に向かっているのかしら?
 窓の外を見ても月が隠れるほど鬱蒼とした森の中を走っている。舗装されていない道を通っているとすれば、あの孤児院から森のある方面は西と北だけ。でも北は一年の殆どが冬と短い春と秋だから、こんな風な鬱蒼とした木々は生えない。西だと仮定して西の領地には何がある?

 西のスリンシャ領は貿易都市で帝国との国境のある要所だわ。スリンシャ領は代々穏健派だし、貿易都市として損得勘定を重視する節があるけれど、しっかりした人物だった。領主や大貴族でないなら傘下、あるいは旦那様にとって恨みがある貴族……。んー、でもそういった貴族は財産没収や降格したから、第一騎士団を動かせるようなことはないのよね。それにそういった貴族たちは南や東に追いやられたとか……。

 怨恨……と言えるかわからないけれど、呪いに関わった行方不明のアッシュ様が主犯とか?
 私が死ぬことでダメージを与えられると考えた? 色々考えてみたが、動機が全く思い浮かばなかった。私も旦那様も接点がないのだ。推理力のない私には無理だと諦めて、馬車から飛び出して逃げる準備を整える。

 この世界での馬は元の世界よりも屈強で足が速い。特に王家や騎士団の馬車は特別な訓練を受けている。
 この馬車の速度も結構速いけど、森の中は更にスピードを落としているから、軽傷で済むはず! たぶん!
 今日は旦那様とお話し合いをすると決めているのだから、あまり遅いと旦那様が泣いてしまうわ。

 怖いけれど、もっと酷いことになる前に動かなきゃとドアノブを握って扉を開いた刹那──身を投げ出した。痛みを覚悟して頭を守る形で体を丸めて衝撃に備えた。が、いつまで経っても痛みは来ない。どころか何か温かなものに抱きしめられた。
 あれ?

「まったく、私の妻はどうしてこう豪胆なことをするのだか」
「──っ!」

 顔を上げると、真っ黒な蝙蝠の羽根を生やした旦那様が私を空中で受け止めていた。宵闇に映える神々しい姿に思わず見惚れてしまった。プラチナの長い髪に、捻れた黒い角。白目の部分は黒く、皮膚は鱗に似ていて、太ももほどの尻尾は私の腰回りに巻き付いている。

「旦那様!」
「やっと見つけられた。遅くなってすまない」
「いいえ。迎えに来てくださって嬉しいです」

 首に手を回して抱きつくと、旦那様の心臓の音が更に激しくなったのが聞こえてきた。汗ばんだシャツに、乱れた吐息は必死で探してくれたのだろう。嬉しさと安堵感……そして緊張が切れたせいか、そこで私の意識は途切れた。
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