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第2章

第13話 侍女長サーシャの視点1-1

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 オリビア様を最初に見たのは百三年前。
 フィデス王国の大会議室で、今後の魔物の対策について竜魔王ディートハルト様、前王様とわたくしの仕える主、王太后のイラーナ様は、増長する魔物の対策を打つべく話し合いをしていた。その末席に彼女もいたのです。
 人族の中でも魔力の高い有能な魔導士。確かに人族でいえば最高峰でしょう。けれど他種族と比べればわたくしよりも弱い。最初はその程度の認識でした。

 会議が終わり、イラーナ様と前王様は早々に祖国に戻ろうとしていたところで、王族に一席を設けてほしいと言われイラーナ様たちが承諾。
 なんでも魔導士が迷子の竜魔人を保護した旨を王家に報告した経緯で、その魔導士が謁見を望んでいるという。同胞の恩人という体裁のためディートハルト様は承諾しました。もっとも行方不明になられた次男のセドリック様に容姿が、ぴったりだったのもあるでしょう。
 王族の客間に移動してから、その魔導士が姿を見せた。改めて服装を見ると紺色の古いドレスに黒の外套を羽織っており、蜂蜜色の髪も簡単に結った程度で、あまりにも見窄らしい。彼女は淡々と保護した経緯と、竜魔人の特徴を伝えました。

「迷子? ……ああ、それは恐らく我が子ね」

 特徴を聞いてイラーナ様はサラッと答えた。次男のセドリック様が行方不明になって一年と数カ月が経った頃だ。竜魔人族であれば赤子でも他種族よりも頑丈で戦闘力もある。それゆえイラーナ様は「若いうちから世界がどれだけ広いのか見に行っているのよ」と暢気だった。本当は女の子がほしかったらしく、けれども子育てにおいて乳母と共に愛情をかけて育てているので、愛情がないというのとは異なる。放任主義というのが正のかもしれません。

 そんな暢気なイラーナ様に対して、脆弱な魔導士は酷く困惑していました。きっと帰りを待っていて、感謝されるとでも思っていたのでしょうね。人族ならば歓喜に震えて涙するかもしれませんが。ここで私は魔導士の魂胆を察しました。

(ああ。欲深い人間ですわ。そうやって恩を売って何を得ようというのかしら?)
「息子の恩人なら、私に何を求める? 何でも言ってごらんなさい」
「なんでも……」

 魔導士は息を飲み、意を決して口を開いた。

「では私の別邸にいる他種族の子たちも含めて、保護していただけないでしょうか」

 この時、初めて魔導士の双眸を、ちゃんと見ました。ええ、単なる路傍の石程度の認識だったのに、美しいほど真っ直ぐで宝石のように一変したのですから。それは驚いたものです。
 磨き上げられた美しいアメジスト色の瞳は、芯の強さを感じさせました。まさに原石の輝き。わたくしはもちろん、イラーナ様も目が離せなかったようです。

「保護? なぜ?」
「私はこれから国の要請で魔物討伐に赴かなければなりません。ですので、万が一この国に居場所がなくなるかもしれないので、保護をお願いしたのです」

 そう言って彼女は深々と頭を下げた。
 自分の利益に繋がる訳ではないのに、あまりにも必死な姿にわたくしですら気持ちが揺らぎました。なんというか眼前の魔導士の声や雰囲気がそうさせるのでしょう。
 本来なら脆弱な人族など歯牙にもかけないのですが、イラーナ様はその魔導士に興味を持ち始めていました。

「他には、ないのかしら?」
「ありません」
「その程度のことではつり合いが取れないわ。ほら、何でもいいから。言ってごらんなさい」

 イラーナ様は魔導士の本心を探ろうとしているのか、さらなる褒美を尋ねられました。人族ならば自分の利益を望む者が多い。身の丈も弁えない傲岸で愚かな卑怯で、臆病者。わたくしの知る人族もおおよそはそのような人種でした。
 しかし──。

「──それなら……フラン……いえご子息のセドリック様に再会したら、抱きしめて差し上げていただけないでしょうか。まだ幼く甘えたい盛りですし、家族との時間を作ってあげてほしいのです」

 唖然とした。この期に及んで彼女は自分ではなく、他人のことを慮ったのです。
 愚かで、あまりにも愚かなのに、彼女の言葉の端々から溢れ出る情の深さが感じられました。人族と異なり、エルフや竜魔人族は戦闘力に特化した分、基本的に感情の揺らぎが乏しい。伴侶や親しい者に対しては多少異なるが、それでも人族から見れば冷淡という印象を持つのでしょう。イラーナ様の表情はあまり動いていませんが、内心動揺しているようです。
 いえ耳を疑っている、の方が正しいのかもしれません。

「セドリックが甘える? ……日頃、そなたに、どのように甘えているの?」
「え。あ、毎日抱っこや傍に居たいのかどこに居ても後ろをついて来て、寝る時は一緒じゃないとぐずったりします。あと、食事は食べさせてほしいとか……。最近は人の姿にもなれまして──」
「人型!?」
「!」
「なっ」

 恥ずかしそうに語る魔導士でしたが、今の発言でイラーナ様と前王様、そしてディートハルト陛下は、。同時に眼前に居た彼女は、ただの人族の魔導士ではなく──新たにセドリック様が選んだ伴侶という認識に上書きされました。そこからはイラーナ様の対応も含めて軟化していきました。というか既に「未来の娘」という眼差しです。イラーナ様、柔軟過ぎません?

「まあまあ、それで! 私たちに堂々と意見をいうのですから、セドリックが選んだだけのことはあります。ねえ、アナタ」
「ああ……。しかも、こんなに早く番を見つけるとは。一族の中でも最速なのではないか?」
「ええ、そうね。ふふふ、そう。あの人見知りで警戒心の強い子が」
「え、あの……」
「ねえ、貴方もそう思わない? ディートハルト」

 今まで終始黙っていた現竜魔王陛下は小さく頷き、彼女へと視線を向けました。 ディートハルト様は竜魔人族にしては細身で、イラーナ様と同じ栗色の髪を受け継いだ現竜魔王陛下。柔和な笑みと前王様の威厳を兼ね備えた方は、親しみを込めてオリビア様に声をかけた。

「フィデス王国一の魔導士。貴女の名前は?」
「フィデス王国魔導士を務めるオリビア・ロイ・セイモア・クリフォードと申します」

 彼女は今まで見てきたどの王侯貴族よりも美しい礼法カーテシーで、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋はピンと伸ばしたままで一礼する。身なりはかなりマイナスでしたが、彼女の内から溢れ出す気品、佇まい、魂の美しさがわたくしはもちろん、イラーナ様たちも気づいたようです。にしてもおかしな話、入室時に同じように一礼をしていたのに、その時には誰も何も感じていなかったのですから。
 けれど少しの時間でも言葉を交わし、彼女と触れ合うとその良さがじわじわと広がっていくのが分かります。セドリック様がお認めになった生涯の番である以上、その判断はもっともでした。
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