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最終話 溺愛の日々から

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「え」

 煌国に戻ってしばらく経った頃。
 颯懍ソンリェンが現れたかと思えば、開口一番とんでもないことを言い出した。いやこのバカ皇帝は、いつもろくでもないことを言い出すのだ。

「聞くがいい! 第四王妃が死んだことを伏せることにした! 暗躍したが皇帝の寵愛を受けることで生き延びると噂を流し、今後出てくる謀反人をおびき寄せる餌にすることにした!」
「…………」
「はああああああああああああああああああ!?」

 朝食が終わってのんびりお茶をしていた空気をぶち壊す発言ではないか。
 しかも素晴らしい策だろうと言わんばかりのドヤ顔に腹が立ったので、ジャーマン・スープレックスをかけてもきっと許されると思う。そういえばドロップキックもまだしていなかった。

、何考えているんですか?」
「お、落ち着け、その顔やめろ」
鼬瓏ユウロンを怒らせるのは、や、やめよう)

 普段怒らない人が怒ると怖いというのは本当なのだと実感した。話を聞くと、いろいろと後手に回っているとか。

「しばし朝廷が荒れる。故に貴様らを匿いつつ情報を得るためだ。今、皇弟の存在を公にして花嫁を迎えて盛大な祝辞を開いた場合、確実に政治で利用しようとする輩が増えている。これも四凶の出現によって、余が隙を作ったことが原因だがな」
「今回の黒幕は誰だというのですか? まさか太尉たいいとか言い出しませんよね?」
(大尉ってたしか、軍関係の最高責任者だったような? この辺の官職名は元の世界の国に近しいのね。まあ四凶もいたことだから、いろいろ似通っているのかも……)

 話が長くなりそうだったので、私は颯懍ソンリェンの分の甘露茶を用意する。鼬瓏ユウロンはお代わりをご所望のようで空の陶器をすっと、差し出してくるのがちょっと可愛い。

鼬瓏ユウロンは甘え方が上手なのよね)
「いや丞相じょうしょうだな。九尾と白澤はくたくが後ろ盾についている」
「丞相!?」
「九尾に、白澤!?」

 私と鼬瓏ユウロンは同時に声を上げた。それぞれ引っかかったワードは違うが、颯懍ソンリェンの危機感が伝わってきた。

「ああ、内政による熾烈な政戦が起こるだろう。余は負けるつもりはないが、貴様らの婚姻関係を公にするのは、この一件が終わってからとする。しばし余の妻として後宮に留まって貰う」
「しかし……颯懍ソンリェン兄上……」
「四凶の次は、九尾に白澤。それなら確かに後宮から出ないほうが安全かも。基本異性禁止区域だし、幸いにも第一王妃から第三王妃までそれぞれ身を守る術もある方々ですし」
「沙羅紗! しかし……漸く平穏な日々を送れるようになったというのに、また巻き込まれるのは不本意なのではないか? 私は……それで、沙羅紗が悲しい思いをするのは嫌だし、政治に利用されることにウンザリして離縁するのは――絶対に嫌だ」
「とんでもない空前絶後の飛躍をしたな」
「したね。まだ結婚していないのに離縁って……」

 思った以上に鼬瓏ユウロンは考えが極端だったようだ。そんな彼に私は微笑んだ。

「離縁はしない。……確かに政治の道具にされるのは好きじゃないけど、身内が困っているのならそれ相当の報酬を貰うことで引き受けるわ。お互いに仕事として引き受ければ変な気を回す必要もないし! それに妖怪アヤカシ関係なら、私が出たほうが何かと優位に立てるわ」
「ふっ、それでこそ余の第四王妃だ」
「便宜上の第四王妃なだけで、私は鼬瓏ユウロンの妻だからね!」

 颯懍ソンリェンはなんだか嬉しそうに顔を綻ばせた。なぜ颯懍《ソンリェン》が嬉しそうなのだろう。もしや隠れブラコン?

「……離縁はしない。うん、言質を取りましたよ。九尾と白澤は異性にモテますからね」
「(あ、やたら離縁を強調すると思ったら、それを心配していたの)心配しなくても、私が心を揺らすのは鼬瓏ユウロンだけだから」
「沙羅紗……!」
鼬瓏ユウロン

 ひしっと抱き合っていると、颯懍ソンリェンが渋い顔をしていた。
 お茶は甘いはずなのだが、解せぬ。

「話を進めていいか」
「はいはい」
「一難去ってまた一難、ですね。ですがこの問題が終わったら、祝言をあげますからね」
「わかっている。国を挙げて祝ってやる。ひとまず――」

 話進めていると蒼月が影から姿を見せ、話を詰めていく。

「第一、第二、第三王妃まで呼びますか?」
「いや、此度の丞相は第一王妃、美帆メイファンの父親なのだ」
「え」

 思った以上に複雑なことになりそうだ。
 その時の私の認識はその程度で、丞相がどんな怪物なのか、この世界のことを何も分かっていなかった。

 ただ後にも先にも、私が呼び出された側だったのが、バカ皇帝や鼬瓏ユウロンの元でよかったと思った。
 それこそ第四王妃の新しい器として呼び出されたとしても、その出会いは幸いであったと。どんな手を使ってでも、私は私の宝物を守る。


 ***


 颯懍ソンリェンが部屋を出ていった後、私と鼬瓏ユウロンはどちらともなく長居するに座った。これからまた忙しく、危険な仕事が出てくるだろう。
 第四王妃代理兼調伏師の復活である。
 鼬瓏ユウロンは心配そうに私を見つめ、頬に手を当てた。

「沙羅紗……」
「大丈夫よ。私の居場所はもう、ここだと選んだのだから、どこまでも付き合うわ」
「ありがとう。……離縁したくなったとしても、させてあげられないし、離してあげられないけれど、改善点は何とかするから、嫌気をさす前に、ちゃんと相談してほしい」
「うん、そのネガティブ発想を直そうか。何を心配しているかわからないけど、私は鼬瓏ユウロンじゃないといやよ」
「沙羅紗」

 鼬瓏ユウロンの愛を受け入れたときから、それは決めていたことだ。
 コツンと、額を重ねて唇を重ねるたびに、私が鼬瓏ユウロンの役に立てる力を持って生まれたことに感謝する。

鼬瓏ユウロン。それで今回の報酬なのだけれど――」

 全部終わったら、この世界を知るために新婚旅行をしよう、と告げたら彼はどんな顔をするだろうか。
 ちょっとだけワクワクしている自分に驚きつつ、唇を開いた。
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