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第20話 昼夜の皇帝の秘密・後編
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「……本当に、私の妻になってくださるのですか?」
「あー、うん。……恋人をすっ飛ばして結婚というのは、ちょっと気が早い気もするけれど、鼬瓏ならいいかな、って」
「いつもは、あんなにすげなくしていたのに?」
「う……それは」
鼬瓏は今にも泣きそうな顔をしていた。そんなに思ってくれていたのなら、もっと時間をとって話を聞いてあげれば良かったと少しだけ反省する。
「鼬瓏の秘密がわかったこと、それに」
「それに?」
「向こうでの心残りがなくなって身軽になったから、自分の今後を考えられる余裕ができたのもあるかな。『幸せになれ』って背中を押してもらったしね」
結局、私が何かしなくても、あの一族は自分で自分の首を絞めて滅びるだろう。ささやかな復讐も私が調伏師として活躍すればするほど、成功していたようだし溜飲は大分下がった。
それにあちらの世界で復讐を終えた先、何かしたいことや、目標なんてものもないのだと気付いたからこそ、鼬瓏の提案をすんなりと受け入れた。もっともこの三カ月があったからこその判断だ。
「私はこの世界で生きるよ」
「それは――よかった」
鼬瓏は心から嬉しそうな顔をしていた。
「沙羅紗、改めて私の妻になってくださいませんか?」
「喜んで」
嬉しくて口端がつり上がる。
自然と彼の名が唇からこぼれ落ちた。
「鼬瓏。鼬瓏」
「なんですか? 愛しい人?」
「私も。貴方が好き、好いている……愛しているわ」
鼬瓏の美しい瞳が大きく揺らいだ。泣きそうなほど顔をくちゃくちゃして、私を抱き寄せる。半透明な体だけれど、彼に触れることができた。
「ああ、やっと――貴女からその言葉が聞けた。もっと、聞かせてください。何度でも、私に。私も何度も貴女に愛を囁きますから」
「うん。愛しているわ」
触れる口づけは、どちらともなく触れ合って――深いものへと変わっていく。
キスがこんなにくすぐったくて、自分からもしたくなるものだと初めて知った。キスをするのも、されるのもくすぐったい。
(こんな風に誰かを愛する日が来るなんて、思わなかったわ)
***
再び目を覚ましたのは東屋ではなく、寝室だった。
第四皇妃の寝室だった場所だが、私が着てからは大分内装の雰囲気など変えて貰ったものだ。元々第四皇妃は暗い部屋が好みだったようで、今の緋色とは全く違う。
「ん?」
ふと身動きが取れないことに気付き、よくよく周りを見ると鼬瓏が私をしっかりホールドして眠っているではないか。しかも上半身裸で。あ、鎖骨がやっぱりステキだわ。
(──って、そうじゃない!)
思わぬ展開に固まる私は、自分の体に視線を向ける。
胸とか鎖骨当たりに赤い痕が見えた瞬間、思考が凍り付いた。
(え、え、ええええええええ!?)
全く記憶にない。いや、夫婦になる誓い的な言葉を立てたようなことはあったが、その後はブツリと記憶が途切れているのだ。
(だ、大事な一生に一度の記憶がないなんてぇええええええええええ! え、これ、離婚案件じゃない? プロポーズからの甘々な雰囲気とか、将来のことを話したとかの大事なことをまるっと覚えていないと鼬瓏にバレたら『その程度の愛でしたか』とかって冷めない? それとも引く?)
ポンコツな思考回を駆使して考えついたのは、今から階段から落ちたことにして昨日の初夜(?)的な記憶はないことにする、だ。
「いや、どうしてそっちに振り切ったんだ? 大人しく幸せに浸る場面だろうが」
寝台から出ようとした私に、黒いオコジョ姿を見せて忠告してきた。
すぐに影に引っ込んでしまったが。
「ん? 悲観過ぎは良くないってこと?」
「何に悲観したのですか?」
「それが、自分の魂が肉体に戻った後の記憶が全くなくて……」
つい声をかけられたので本音を語ったのだが、相手は眠っていたはずの鼬瓏だ。寝起きで少しだけ声が掠れていて、長い髪が少しくしゃっとなっているのがなんだか可愛い。
「ああ、覚えていないのも当然でしょうね。貴女は魂と肉体が少しの間とはいえ、離れてしまっていたのですから、肉体の負荷を最小限にするために眠っていたのですよ。だからずっと寝ていた沙羅紗を私が愛でていただけ」
「……こ、この胸元の赤い痕は?」
「沙羅紗が可愛くてつい。でも、顔を真っ赤にした今がもっと可愛いですよ」
「ひゃ!?」
墓穴を掘ったのは言うまでもなく、鼬瓏のご機嫌スイッチがよく分からないまま――とりあえず、とっても愛された。
思えば起きた時から鼬瓏の呪いが解かれていたらしいのだが、私がその真実に気付いたのはもう少し後になってからだ。
理由はそこまで頭が回っていなかったからである。恋愛初心者にはハードモードすぎる!
「あー、うん。……恋人をすっ飛ばして結婚というのは、ちょっと気が早い気もするけれど、鼬瓏ならいいかな、って」
「いつもは、あんなにすげなくしていたのに?」
「う……それは」
鼬瓏は今にも泣きそうな顔をしていた。そんなに思ってくれていたのなら、もっと時間をとって話を聞いてあげれば良かったと少しだけ反省する。
「鼬瓏の秘密がわかったこと、それに」
「それに?」
「向こうでの心残りがなくなって身軽になったから、自分の今後を考えられる余裕ができたのもあるかな。『幸せになれ』って背中を押してもらったしね」
結局、私が何かしなくても、あの一族は自分で自分の首を絞めて滅びるだろう。ささやかな復讐も私が調伏師として活躍すればするほど、成功していたようだし溜飲は大分下がった。
それにあちらの世界で復讐を終えた先、何かしたいことや、目標なんてものもないのだと気付いたからこそ、鼬瓏の提案をすんなりと受け入れた。もっともこの三カ月があったからこその判断だ。
「私はこの世界で生きるよ」
「それは――よかった」
鼬瓏は心から嬉しそうな顔をしていた。
「沙羅紗、改めて私の妻になってくださいませんか?」
「喜んで」
嬉しくて口端がつり上がる。
自然と彼の名が唇からこぼれ落ちた。
「鼬瓏。鼬瓏」
「なんですか? 愛しい人?」
「私も。貴方が好き、好いている……愛しているわ」
鼬瓏の美しい瞳が大きく揺らいだ。泣きそうなほど顔をくちゃくちゃして、私を抱き寄せる。半透明な体だけれど、彼に触れることができた。
「ああ、やっと――貴女からその言葉が聞けた。もっと、聞かせてください。何度でも、私に。私も何度も貴女に愛を囁きますから」
「うん。愛しているわ」
触れる口づけは、どちらともなく触れ合って――深いものへと変わっていく。
キスがこんなにくすぐったくて、自分からもしたくなるものだと初めて知った。キスをするのも、されるのもくすぐったい。
(こんな風に誰かを愛する日が来るなんて、思わなかったわ)
***
再び目を覚ましたのは東屋ではなく、寝室だった。
第四皇妃の寝室だった場所だが、私が着てからは大分内装の雰囲気など変えて貰ったものだ。元々第四皇妃は暗い部屋が好みだったようで、今の緋色とは全く違う。
「ん?」
ふと身動きが取れないことに気付き、よくよく周りを見ると鼬瓏が私をしっかりホールドして眠っているではないか。しかも上半身裸で。あ、鎖骨がやっぱりステキだわ。
(──って、そうじゃない!)
思わぬ展開に固まる私は、自分の体に視線を向ける。
胸とか鎖骨当たりに赤い痕が見えた瞬間、思考が凍り付いた。
(え、え、ええええええええ!?)
全く記憶にない。いや、夫婦になる誓い的な言葉を立てたようなことはあったが、その後はブツリと記憶が途切れているのだ。
(だ、大事な一生に一度の記憶がないなんてぇええええええええええ! え、これ、離婚案件じゃない? プロポーズからの甘々な雰囲気とか、将来のことを話したとかの大事なことをまるっと覚えていないと鼬瓏にバレたら『その程度の愛でしたか』とかって冷めない? それとも引く?)
ポンコツな思考回を駆使して考えついたのは、今から階段から落ちたことにして昨日の初夜(?)的な記憶はないことにする、だ。
「いや、どうしてそっちに振り切ったんだ? 大人しく幸せに浸る場面だろうが」
寝台から出ようとした私に、黒いオコジョ姿を見せて忠告してきた。
すぐに影に引っ込んでしまったが。
「ん? 悲観過ぎは良くないってこと?」
「何に悲観したのですか?」
「それが、自分の魂が肉体に戻った後の記憶が全くなくて……」
つい声をかけられたので本音を語ったのだが、相手は眠っていたはずの鼬瓏だ。寝起きで少しだけ声が掠れていて、長い髪が少しくしゃっとなっているのがなんだか可愛い。
「ああ、覚えていないのも当然でしょうね。貴女は魂と肉体が少しの間とはいえ、離れてしまっていたのですから、肉体の負荷を最小限にするために眠っていたのですよ。だからずっと寝ていた沙羅紗を私が愛でていただけ」
「……こ、この胸元の赤い痕は?」
「沙羅紗が可愛くてつい。でも、顔を真っ赤にした今がもっと可愛いですよ」
「ひゃ!?」
墓穴を掘ったのは言うまでもなく、鼬瓏のご機嫌スイッチがよく分からないまま――とりあえず、とっても愛された。
思えば起きた時から鼬瓏の呪いが解かれていたらしいのだが、私がその真実に気付いたのはもう少し後になってからだ。
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