JK調伏師は皇弟妃を望むも、第四皇妃役を演じるしかないらしい

あさぎかな@電子書籍二作目発売中

文字の大きさ
上 下
19 / 22

第19話 昼夜の皇帝の秘密・前編

しおりを挟む
 そんなことを話している間に柊の道は消え、煌国、夜の東屋に戻ってきていた。
 枯れたはずの赤紫色の藤の花が、さわさわと揺れる。周囲を照らすのは、夜月の無害な精霊アヤカシだと鼬瓏ユウロンが話していたのを思い出す。

 ふと東屋には、皇帝が二人佇んで待っていた。
 どちらも同じ顔で、同じ瞳をしている。唯一の違いは紺か黒の服ぐらいだろうか。私、魂だけなのだけれど、それでもこの二人には見えているらしい。そこは少しだけホッとした。

「よくぞこの国に舞い戻った」
「沙羅紗殿……、無事でなにより」

 出迎えてくれるなんて思っていたなかった。思えば、私が帰る場所で誰かが私を待ってくれている人誰もいなかった。蒼月はいつも私と一緒にいるので「お帰り」も「行ってきます」もない。

「……ただいま戻りました」
「ああ」

 鼬瓏《ユウロン》は私に手を伸ばして、手を掴もうとするが魂だけの私の指先は、触れることはできずにすり抜けていく。

「──っ」
「ったく、分かっていたことだぞ」
「?」

 よく分からないが、とりあえず疑問を口にすることにした。

「ところで皇帝の服装を何故二人が?」
「余と鼬瓏ユウロンは双子の兄弟だ。余は昼の皇帝として民を導き、弟の鼬瓏ユウロンは夜の皇帝としてアヤカシたちを統括している。皇帝は本来一人だが双子が生まれた場合、陰と陽、昼と夜の側面を持って生まれたとして、昼と夜の皇帝としてそれぞれ即位する」

 情報量が多すぎる。いや、でもそっくりだから兄弟だとは思っていたけれどまさか双子。そこは少し驚いた。

「(夜を統べるアヤカシの統括?)……それで鼬瓏ユウロンが夜に見回りをしていたと?」
「本来はその必要もなかったのだが、鼬瓏ユウロンが余の代わりに呪いを受けたため、アヤカシの統括が揺らいだ」
「そのバランスが崩れた結果、四凶召喚を許してしまったということ?」
「そういうことだ。しかし呪いに関しては解析と解呪に、いささか時間がかかったのも想定外だった」
「というと?」

 颯懍ソンリェンは底意地の悪そうな笑みを鼬瓏ユウロンに向けた。

「先ほど言ったように本来は、余が呪いを受けて女人になるはずだったらしい。そしてこの呪いを完全に解く方法は好いた相手との口づけ。つまりは余の寵愛を欲したところから起因する」
(元凶はアンタじゃないか……。ここでまさかの痴情のもつれとは……。つまり第四皇妃は皇帝の寵愛を得るために、呪いを仕掛けたが上手くいかなかったから四凶を使って、その上、皇帝の食指が動きそうな異邦人の術士である私の器を狙った……)

 なんて面倒な女に引っかかったんだろう。皇帝、颯懍ソンリェンがちょっとだけ不憫に思えた。

颯懍ソンリェンの弟である私の正体そのものは非公認でしたから、公にしていないことを沙羅紗殿に語ることができませんでした。誓約もありますし、もし告げれば……」
「本当に皇族の一員になるしかないからな」
「ああ、言えないのはそういう……」
「貴女は元の世界に戻りたいと言っていたのもあったので……私が本当のことをいえば貴女を逃すことはできない」
「!」

 これは鼬瓏ユウロンなりの配慮だったのだろう。そんな心遣いが少し嬉しい。

「いや、それがなくとも、遅かれ早かれ沙羅紗に手を出していただろう。なにを美談にしようとしている」
「兄上……」
「(ぶっちゃけちゃったよ、この人)……じゃあ、今回の黒幕は第四皇妃の単独?」
「余を昼の間女にすることで困らせ、自分で解決して更なる寵愛を得ようと考えた。──とここまでは第四皇妃が考えた絵図だったのだろう。もっとも、第四皇妃が暴走したのは、あの娘の余命僅かだったからだ。そのことを薬師から聞いた太傅たいふが唆した」
「じゃあ……」

 異世界召喚を行い、その人間の器を手に入れることで第四皇妃は皇帝の寵愛を、太傅たいふは皇帝の弱みを握り傀儡としたかったのだとか。この世界の後宮はドロドロしていないと思っていたが、そうでもないようだ。昼ドラには負けるけれど、ドロドロはあったのね。

「四凶の封印場所を教えたのも太傅たいふだったようで、騒ぎを大きくして異世界人を召喚、その器を乗っ取れば今度こそ颯懍ソンリェン兄上の寵愛を受けられると信じていたようです」
(余命が僅かだったから、第四皇妃には新しい器が必要だった。それも皇帝が欲するような……特別な存在となれば異世界人の召喚は都合が良かった、と。そして私の世界で調伏師たちに話を持ちかけた。いろいろ合点がいったわ)

 中途半端に四凶の封印を解いたのは、異世界人の器を得たら自身で封印を施して、功を得ようと自作自演に持ち込むつもりだったのね。でも私には蒼月という器乗っ取り防止のプロがいる。
 私と蒼月は契約によって繋がっているので、乗っ取るのは不可能に近かい。物理的に離れればと、狙ってやったけれど失敗に終わっているし。

「我がいる以上、我を倒さない限り器の乗っ取りなどできないからな」 
(まあ、蒼月と拮抗するなら、それこそ神様クラスじゃないと瞬殺だものね)
「すでに太傅たいふは捕らえている。此度の顛末は以上だ。さて、残る儀式を済ませてしまおう」
「?」

 二人は東屋の奥に目線を向けた。
 東屋の奧には寝台が見え――私の身体が横たわっている。改めて自分の体を見ると魂だけの存在なのだな、と実感する。

「――って、なんで私の服装が白装束になって、周囲に白い花を敷き詰めているの!? まだ死んでないのだけれど!」
「当たり前だ! 貴様の器に悪霊が取り憑かないようにするための処置だ。見て分からんか!?」
「見て分からないから言ったのよ! これから火葬するような感じだし! でもそれは、どうもありがとうございます!」
「まったく……」

 颯懍ソンリェンは相変わらず煩いのだが、鼬瓏ユウロンは妙に静かだ。

「沙羅紗、貴様が肉体に戻る為の儀式内容だが」
「反魂法とは違うと思うけれど、こちらの世界では特別なお作法でも?」

 実は戻れない、といわれなくて内心安心ホッとしたのは内緒だ。でも言い淀むところを察するに、何かすべきことがあるのだろうか。

「ああ。貴様が元からこの世界の人間であれば問題なかったのだが、異邦人だからな。この土地との加護が薄い。肉体と魂の結びをこの地に縛り付けるため――余か、鼬瓏ユウロンのどちらかと正式な婚姻を結ぶ必要がある。喜べ。特別に貴様に選ばせてやろう!」
「(あ。颯懍ソンリェンの身内になるから、皇帝が二人いるという秘密を私に明かしたのね)そう。なら鼬瓏ユウロンを選ぶわ」
「っ!」
「即答か。余の妻になれば、存分に可愛がってやるぞ?」
「丁重にお断りします」

 颯懍ソンリェンが食い下がるのは、嫌がらせのようなものだろう。この人、分かっていてやっている。本当にこの皇帝は性格が悪い。いや捻くれているというか、素直ではない。

「私が好きなのは鼬瓏ユウロンだもの。それで私は普通に肉体に戻ればいい感じ?」
「……貴様は、本当に躊躇いとかないのだな」
「?」

 蒼月にも時々同じようなことを言われるが、なにか変なことを言っただろうか。失礼ではないはず。そんなことを思っていると、颯懍ソンリェンは眠っている私の髪を一房掴むと口づけを落とした。

「なっ!?」
「義妹になるのだ。余からの祝福を大いに喜ぶがよい」
「肉体に戻ったら、ドロップキックをしに行きますわ」

 意識のない人間に何してくれているんだ。憤慨しかけたが、颯懍ソンリェンは子どものように無邪気に笑った。

「ふっ、余にそのような不遜なことを言うのは、後にも先にも貴様ぐらいだろうな。……暫くは政務で余は忙しくなるが、貴様らはゆるりとして暮らしておけ」
(今さらだけれど、太傅たいふって、確か皇帝を助け導く国府に参加する結構身分の高い人じゃ? そうか。ここは後宮だったから、宮廷内の噂や政治関係の話は耳に入らなかった)

 颯懍ソンリェンは言いたいことを一方的に話して、東屋を出て行った。残ったのは私と鼬瓏ユウロンだけ。思えば蒼月はこの場所に出た瞬間、影の中にいなくなっていた。
 私の肉体と魂を繋ぐためにも、影の中にいるのだろう。

「沙羅紗殿」
鼬瓏ユウロン
「こちらに、今……貴女の魂と肉体を結びつけますので」
「うん」

 手を引いてもらい、私は自分の肉体に自分の半透明になっている手を重ねた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

処理中です...