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第18話 因果は巡る
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「彼等がお前を見ている目は怯えではなかったが、敬意もない。殺意と怒りと憎悪で、自分たちの立ち位置を守ることを選んだ愚か者だ」
「……私の一族の者は長い年月をかけて歪み、壊れていったのかもしれない。当たり前なことほど人間は日々の生活で忘れてしまう。埋没させてはいけない伝統や教えを簡単に忘れてしまう。だからこそ、この竹林を穢す者たちに何が起こるのか――受け継がれなかった」
「然り」
私の両親を嵌めた時に、神域を犯したものがどうなるのか。それを親の代で知っていたというのに、子に受け継がせないというのだから愚かでしかない。
「呼び方はさまざまだが、古今東西どこであってもアヤカシとの約束を破ったらどうなるか、誰よりも知ってなければならぬと言うのにな。クククッ、因果は巡るものだ」
この竹林は神域であり、祓いの儀式や特別な時でなければ禁足地なのだ。
私が戻りたい理由の一つに、この竹林に移り住んだ木霊が無事か気になっていたのもある。
居場所を守りたかった。
もちろん弘幸たちを助けたい気持ちもあったのは本当だ。どんな形であれ任務の途中で、死なれるのがきつい。
(だけど――この後、彼らに何が起こるのか分かっていても、もう助けるつもりはない)
それが彼らの選んだ選択なのだ。第四王妃の生き霊と結託して、この場を穢したこと、神域で儀式でもない食事を行ったこと。
一緒に戦っている時に死なれるのは、後味が悪いから助けようという気持ちがあったが、今の彼らは調伏師であることもやめたのだろう。ただ自分の愉悦のために、侵してはならない場所で禁を犯した。それを土地神が許すことはない。
ドン。
ドンドンドン、太鼓の音がどこからともなく響き渡る。
『■■■──■■■■■──■■──』
(ああ……もう彼らは、声が聞こえないのだろう。見えても……いない)
彼らには土地神が見えなくなったのは、見ようとしないことを選んだからだ。腕や足に黒い蔓が巻き付けられ、痣となっていくことにも気付かない。
その痣が、この土地を穢した罰。……そして今回、引き金となった私もまた土地神は許さないだろう。アヤカシは基本的に大雑把なのだ。私たちが蟻の区別が付かないように、彼らも人の区別が殆どついていない。その場に居合わせただけで巻き込む理由に値する。理不尽だがそんなものだ。
ずるずると漆黒の蔓が私へと這い寄る。しかしそれは呪いとは違い、柊に似た枝葉は私を優しく包み込む。これは呪いよりも加護に近い。
「……え? どうして」
柊は扉を紡ぎ、その向こうに向かうように促す。
不意に人影が見えた気がしたが、手を振っているようにも見えた。
「アレの助力がなくとも、我がいればあちらに戻れるというのに心配性だ」
「(蒼月には言われたくないと思う)……えっと、蒼月、土地神はなんて?」
私の手を引いて柊の扉をくぐる蒼月は――少しだけ不機嫌そうな顔をしていた。
「『向こうで幸せにならないと許さない』とさ。本当に植物系の神は執念深くて、一度好いた相手には何処までも甘い」
「え……え? わ、私は今回、引き金となったのに許されないでしょう」
「いや、だとしたらお前は巻き込まれただけだろう。だいたい、この神域の穢れを必死で祓っていたのを土地神が見ていなかったとでも思っているのか? 因果は巡る。それは必ずしも悪いモノだけではないだろう」
「あ……」
私は振り返り返るが、もう柊の枝と葉に包まれて見えない。たいしたことを何もしていないのに、神様は私に甘い。
人の輪に入ることはできなかったけれど、それでも私がこの仕事を続けて来られたのは―――彼らが好きだったから。魅入られていたと言ってもいいのかもしれないが、今なら彼らが好きだったのだとわかる。
(そうか。……私は、自分が思っていたよりもずっと、神様たちが好きだったんだ。そしてアヤカシたちも私が思っている以上に……気に入っていた)
「アヤカシたらしだからな」
知らなかった。いや気付かなかっただけで、愛されていなかった訳じゃなかったのだ。
本当に今さらだが。
蒼月と手を繋いで歩く。こんな風に歩いたのはいつぶりだろうか。
昔、子供だった頃だったか。
「何処に行こうとも我はお前の傍にいる。……だが、それで……そうだな、いつか、お前が蒼月丸を不要だと言って、折ったとしても……許してやる」
「いやよ。何言っているの」
「はあ、俺が殊勝なことを言っているというのに、汲み取らない奴だな」
「少なくとも私が死ぬまでは傍にいるのだから、寂しくはないでしょう。そんでもって、私が死ぬときはちゃんと一緒に連れて逝くから、それならどっちも一人ぼっちにはならないわ」
それは蒼月を受け入れたときに、決めていたことだ。
暴走した荒神から私を守ろうとした本当の両親。生き残った私に、生きる術を教えてくれたのは蒼月だった。
一人と一柱が出会って、ひとりぼっちじゃなくなった。
だから終わるなら、一緒だ。ひとりぼっちは、寂しいもの。
「はああ……ったく、本当にお前は」
「何故、溜息?」
「自分の胸に聞いてみろ」
「?」
ふと鼬瓏、いや第四王妃だったモノがどうなったのか気になった。
「──って、ちょっとまって、私魂だけこっちに戻って来ちゃっている!?」
「そういう術式だからな。まあ、リアルな夢程度な認識で大丈夫だぞ」
「軽っ! まあ幽体離脱とか夢を通して呼び出されるなんてあったから、いまさらか」
「そういうことだ」
「ということは第四王妃は、あの後どうなったの? 器乗っ取られたりしてないよね!?」
「はぁ。お前は、もう少し周りに愛されている自覚を持て」
「?」
意味が分からず小首を傾げた。
「お前が卒倒した瞬間、器に乗り移る前に第四王妃を隔離。それから拷――あー、まあ、ちょっと口にするのも憚れるような末路を辿って消滅したぞ」
「え、昇天とか浄化とかじゃなく?」
「ああ。特に鼬瓏という男。あれだけは敵に回すな。あの皇帝よりもある意味手強い。第四王妃が出てくることも想定して我が主人殿の傍で準備していたのだろう。まったくとんでもないものに引っかかったものだ」
(蒼月がそう評価するなんて意外かも)
「……私の一族の者は長い年月をかけて歪み、壊れていったのかもしれない。当たり前なことほど人間は日々の生活で忘れてしまう。埋没させてはいけない伝統や教えを簡単に忘れてしまう。だからこそ、この竹林を穢す者たちに何が起こるのか――受け継がれなかった」
「然り」
私の両親を嵌めた時に、神域を犯したものがどうなるのか。それを親の代で知っていたというのに、子に受け継がせないというのだから愚かでしかない。
「呼び方はさまざまだが、古今東西どこであってもアヤカシとの約束を破ったらどうなるか、誰よりも知ってなければならぬと言うのにな。クククッ、因果は巡るものだ」
この竹林は神域であり、祓いの儀式や特別な時でなければ禁足地なのだ。
私が戻りたい理由の一つに、この竹林に移り住んだ木霊が無事か気になっていたのもある。
居場所を守りたかった。
もちろん弘幸たちを助けたい気持ちもあったのは本当だ。どんな形であれ任務の途中で、死なれるのがきつい。
(だけど――この後、彼らに何が起こるのか分かっていても、もう助けるつもりはない)
それが彼らの選んだ選択なのだ。第四王妃の生き霊と結託して、この場を穢したこと、神域で儀式でもない食事を行ったこと。
一緒に戦っている時に死なれるのは、後味が悪いから助けようという気持ちがあったが、今の彼らは調伏師であることもやめたのだろう。ただ自分の愉悦のために、侵してはならない場所で禁を犯した。それを土地神が許すことはない。
ドン。
ドンドンドン、太鼓の音がどこからともなく響き渡る。
『■■■──■■■■■──■■──』
(ああ……もう彼らは、声が聞こえないのだろう。見えても……いない)
彼らには土地神が見えなくなったのは、見ようとしないことを選んだからだ。腕や足に黒い蔓が巻き付けられ、痣となっていくことにも気付かない。
その痣が、この土地を穢した罰。……そして今回、引き金となった私もまた土地神は許さないだろう。アヤカシは基本的に大雑把なのだ。私たちが蟻の区別が付かないように、彼らも人の区別が殆どついていない。その場に居合わせただけで巻き込む理由に値する。理不尽だがそんなものだ。
ずるずると漆黒の蔓が私へと這い寄る。しかしそれは呪いとは違い、柊に似た枝葉は私を優しく包み込む。これは呪いよりも加護に近い。
「……え? どうして」
柊は扉を紡ぎ、その向こうに向かうように促す。
不意に人影が見えた気がしたが、手を振っているようにも見えた。
「アレの助力がなくとも、我がいればあちらに戻れるというのに心配性だ」
「(蒼月には言われたくないと思う)……えっと、蒼月、土地神はなんて?」
私の手を引いて柊の扉をくぐる蒼月は――少しだけ不機嫌そうな顔をしていた。
「『向こうで幸せにならないと許さない』とさ。本当に植物系の神は執念深くて、一度好いた相手には何処までも甘い」
「え……え? わ、私は今回、引き金となったのに許されないでしょう」
「いや、だとしたらお前は巻き込まれただけだろう。だいたい、この神域の穢れを必死で祓っていたのを土地神が見ていなかったとでも思っているのか? 因果は巡る。それは必ずしも悪いモノだけではないだろう」
「あ……」
私は振り返り返るが、もう柊の枝と葉に包まれて見えない。たいしたことを何もしていないのに、神様は私に甘い。
人の輪に入ることはできなかったけれど、それでも私がこの仕事を続けて来られたのは―――彼らが好きだったから。魅入られていたと言ってもいいのかもしれないが、今なら彼らが好きだったのだとわかる。
(そうか。……私は、自分が思っていたよりもずっと、神様たちが好きだったんだ。そしてアヤカシたちも私が思っている以上に……気に入っていた)
「アヤカシたらしだからな」
知らなかった。いや気付かなかっただけで、愛されていなかった訳じゃなかったのだ。
本当に今さらだが。
蒼月と手を繋いで歩く。こんな風に歩いたのはいつぶりだろうか。
昔、子供だった頃だったか。
「何処に行こうとも我はお前の傍にいる。……だが、それで……そうだな、いつか、お前が蒼月丸を不要だと言って、折ったとしても……許してやる」
「いやよ。何言っているの」
「はあ、俺が殊勝なことを言っているというのに、汲み取らない奴だな」
「少なくとも私が死ぬまでは傍にいるのだから、寂しくはないでしょう。そんでもって、私が死ぬときはちゃんと一緒に連れて逝くから、それならどっちも一人ぼっちにはならないわ」
それは蒼月を受け入れたときに、決めていたことだ。
暴走した荒神から私を守ろうとした本当の両親。生き残った私に、生きる術を教えてくれたのは蒼月だった。
一人と一柱が出会って、ひとりぼっちじゃなくなった。
だから終わるなら、一緒だ。ひとりぼっちは、寂しいもの。
「はああ……ったく、本当にお前は」
「何故、溜息?」
「自分の胸に聞いてみろ」
「?」
ふと鼬瓏、いや第四王妃だったモノがどうなったのか気になった。
「──って、ちょっとまって、私魂だけこっちに戻って来ちゃっている!?」
「そういう術式だからな。まあ、リアルな夢程度な認識で大丈夫だぞ」
「軽っ! まあ幽体離脱とか夢を通して呼び出されるなんてあったから、いまさらか」
「そういうことだ」
「ということは第四王妃は、あの後どうなったの? 器乗っ取られたりしてないよね!?」
「はぁ。お前は、もう少し周りに愛されている自覚を持て」
「?」
意味が分からず小首を傾げた。
「お前が卒倒した瞬間、器に乗り移る前に第四王妃を隔離。それから拷――あー、まあ、ちょっと口にするのも憚れるような末路を辿って消滅したぞ」
「え、昇天とか浄化とかじゃなく?」
「ああ。特に鼬瓏という男。あれだけは敵に回すな。あの皇帝よりもある意味手強い。第四王妃が出てくることも想定して我が主人殿の傍で準備していたのだろう。まったくとんでもないものに引っかかったものだ」
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