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第11話 日常
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皇龍国に召喚されて早三カ月。
さっさと討伐して戻る予定だったのに、想定外のことばかりが起こっていた。何より問題なのは──。
「沙羅紗、寂しかったであろう!」
「また来たわね、暇人!」
「何を言う! 余が訪れたことをもっと喜ばぬか!」
両手を広げてくるように促すが華麗にスルーして、侍女にお茶の準備をするように指示を出す。皇帝こと颯懍は今日も派手な衣装に身を包み、昼間から藤の宮に訪れた。
同行している鼬瓏は昼間はやはり女官の服装で、周囲には女性に見えている。そういう類いの呪いだから、認識阻害もかかっているのだろう。
いや漢服でゆったり目だから、女装服でも似合う。眼福だ。
「時に沙羅紗よ。悪しき神の姿が確認できない原因が何かわかるか? 器を乗っ取られたなど」
「可能性は──なくなないけれど、そもそも悪しき神の目的がよくわからないのよね」
「あれらは全てを壊すこと以外に興味があるとは思えないが?」
「だとしたら眷族に任せるだけなんて、まどろっこしいことをするとは思えないわ。それよりも勢いに任せて暴れ回ったほうが悪しき神らしいでしょう」
「ふむ」
皇帝こと颯懍は、暢気にお茶を啜った。この男は最初からこんな感じだったが、寛ぎすぎないか。
この世界に来てから三カ月。豪華絢爛な藤の宮で、私は第四王妃として悠々自適とはいかないが、今までよりもまともな暮らしをしている──とは思う。
(まさか三カ月も足止めをくらうなんて予想外だったわ。眷族の数も減らしてそろそろ動き出す……はずなのに、悪しき神というにはあまりにも消極的なような? そもそも悪しき神の目的はなに?)
最初のほうはアヤカシの被害経過報告をしていたのだが、一刻と持たずに主上が私に絡み出した。
「沙羅紗よ。いい加減諦めて、余に愛されるが良い」
「全力でお断りします。それよりも」
「はははっ、照れるとは愛い奴だな」
「アンタはすでに三人も奥さんがいるんだから、そっちを大事にしなさいよ!」
「何を言う。女がいたら口説く、愛でる、慈しむのは当然だろう。女がいなければ種の存続は不可能なのだ。全ての女たちに敬意を込めて接するのは当然だろう」
素早く私の後ろに回り込み、胸を揉もうとする。
「ぎゃあああああああああ! どこ触ってんのよ!?」
「はははっ! 照れるな。愛い奴め」
「照れてんじゃない! ……ってか、話全然聞いてないし! ちょっ、鼬瓏! この馬鹿皇帝を引き剥がして!」
「主上、何羨ま──じゃない! 胸から手を離してください!」
「ふむ、まったく胸がないと思っていたら、布を巻いて誤魔化していたとは」
「──っ!?」
平手打ちをしようとしたが、颯懍は私の腕首を掴んで止めてぐっと抱き寄せる。ギュッと抱きしめられ、昨晩の鼬瓏とのことを思い出してしまい、反撃に出遅れてしまった。
「!?」
「サラシを取れば、なかなかの抱き心地ではないか」
囁く声音は低いけれど、鼬瓏ではない。
鼬瓏のほうがもっと──。
そう比較している自分がいて、恥ずかしさを誤魔化して裏拳を颯懍に叩き込む。しかし私の手首を掴んだままだ。意外に根性がある。
「ぐっ、……相変わらず血気盛んな娘よ。胸の一つ揉まれても、減りはしないであろうが。大人しく俺に愛でられろ」
「全力でお断りします!」
「余に、そんなことを言ったのは貴様ぐらいだ」
「さらにご機嫌になった! セクハラ、女ったらし、自意識過剰馬鹿!」
「余は仮にも、貴様の夫なのなぞ。このぐらい」
「死んだ第四王妃の一時的な代わりでしょうが!」
「我が妻は本当につれない。一時的なものも本物にして何か問題あるのか?」
「次は脳震盪を起こす一撃にして差し上げましょうか?」
冷めた目で颯懍を睨むが、彼は愉快そうに一蹴するばかりだ。腹立たしい。ちゃっかり私を抱き上げようとしてくる。何が楽しいのだろうか。
そんなことを考えていると、鼬瓏はバカ皇帝から引き剥がして、抱き上げてくれた。
ふわりと鼬瓏の匂いに、なんというか彼の匂いとか温もりは──すごく落ち着く。
「!」
事故とはいえこんな風に抱き上げられたのは、ラッキーだった気がする。このままどさくさに紛れてギュッと抱きつくはありだろうか。
「颯懍あ――様、沙羅紗殿を煽らないでください!! 大体彼女は──」
「ふん、こういうのは早いもの勝ちだろう」
「……私もなんだか主上を殴りたくなってきたんですが」
「おい、その顔はやめろ。ガチ切れではないか」
「?」
呪われたまま女装の姿に見える鼬瓏の顔を覗いたが、とても凜々しい顔をしている。このバカ皇帝と顔立ちは似ているが、よく見ると全然違う。
私は鼬瓏の呪いが見えるのだが、どうにも彼はそれを隠したがる。そして夜だけは、皇帝と瓜二つの姿で私の前に現れるのだ。困惑するのは当然だと思う。
(……と言うか、鼬瓏は私が皇帝を好きだとでも思っているのだろうか。まさかね。……でも呪いについて聞いてもはぐらかすか逃げるのよね。それとも条件付きの呪いとか? 蒼月に呪いの精査を頼んでいるけれど、あと数日はかかるかな)
同じ呪いそのものである蒼月なら、呪いの正体も分かるだろう。いざとなれば私が帰る日にでも呪いを解いておけば、置き土産ぐらいにはなるだろうか。
「沙羅紗殿。主上が申し訳ありません」
「(隠したままで貫くなら……)いいですよ。どうせ私が異邦人だから珍しいのでしょう」
「それは……どうなのでしょうね」
そう囁き、私を抱き上げたまま腕の中だ。正直、幸せだ。ちょっとだけこの時間を堪能させてもらおう。
「ふん、なんだ。相思相愛とは面白くもない。やはりここは、余が……」
「主上、何か言いましたか?」
「別に。それよりも、貴様の持つ剣は特殊なのだな」
(…………このまま寝られる)
昼間にこんな嬉しいハプニングが起こるとは思っていなかったので現実逃避をしていたが、現実はそう甘くない。
さっさと討伐して戻る予定だったのに、想定外のことばかりが起こっていた。何より問題なのは──。
「沙羅紗、寂しかったであろう!」
「また来たわね、暇人!」
「何を言う! 余が訪れたことをもっと喜ばぬか!」
両手を広げてくるように促すが華麗にスルーして、侍女にお茶の準備をするように指示を出す。皇帝こと颯懍は今日も派手な衣装に身を包み、昼間から藤の宮に訪れた。
同行している鼬瓏は昼間はやはり女官の服装で、周囲には女性に見えている。そういう類いの呪いだから、認識阻害もかかっているのだろう。
いや漢服でゆったり目だから、女装服でも似合う。眼福だ。
「時に沙羅紗よ。悪しき神の姿が確認できない原因が何かわかるか? 器を乗っ取られたなど」
「可能性は──なくなないけれど、そもそも悪しき神の目的がよくわからないのよね」
「あれらは全てを壊すこと以外に興味があるとは思えないが?」
「だとしたら眷族に任せるだけなんて、まどろっこしいことをするとは思えないわ。それよりも勢いに任せて暴れ回ったほうが悪しき神らしいでしょう」
「ふむ」
皇帝こと颯懍は、暢気にお茶を啜った。この男は最初からこんな感じだったが、寛ぎすぎないか。
この世界に来てから三カ月。豪華絢爛な藤の宮で、私は第四王妃として悠々自適とはいかないが、今までよりもまともな暮らしをしている──とは思う。
(まさか三カ月も足止めをくらうなんて予想外だったわ。眷族の数も減らしてそろそろ動き出す……はずなのに、悪しき神というにはあまりにも消極的なような? そもそも悪しき神の目的はなに?)
最初のほうはアヤカシの被害経過報告をしていたのだが、一刻と持たずに主上が私に絡み出した。
「沙羅紗よ。いい加減諦めて、余に愛されるが良い」
「全力でお断りします。それよりも」
「はははっ、照れるとは愛い奴だな」
「アンタはすでに三人も奥さんがいるんだから、そっちを大事にしなさいよ!」
「何を言う。女がいたら口説く、愛でる、慈しむのは当然だろう。女がいなければ種の存続は不可能なのだ。全ての女たちに敬意を込めて接するのは当然だろう」
素早く私の後ろに回り込み、胸を揉もうとする。
「ぎゃあああああああああ! どこ触ってんのよ!?」
「はははっ! 照れるな。愛い奴め」
「照れてんじゃない! ……ってか、話全然聞いてないし! ちょっ、鼬瓏! この馬鹿皇帝を引き剥がして!」
「主上、何羨ま──じゃない! 胸から手を離してください!」
「ふむ、まったく胸がないと思っていたら、布を巻いて誤魔化していたとは」
「──っ!?」
平手打ちをしようとしたが、颯懍は私の腕首を掴んで止めてぐっと抱き寄せる。ギュッと抱きしめられ、昨晩の鼬瓏とのことを思い出してしまい、反撃に出遅れてしまった。
「!?」
「サラシを取れば、なかなかの抱き心地ではないか」
囁く声音は低いけれど、鼬瓏ではない。
鼬瓏のほうがもっと──。
そう比較している自分がいて、恥ずかしさを誤魔化して裏拳を颯懍に叩き込む。しかし私の手首を掴んだままだ。意外に根性がある。
「ぐっ、……相変わらず血気盛んな娘よ。胸の一つ揉まれても、減りはしないであろうが。大人しく俺に愛でられろ」
「全力でお断りします!」
「余に、そんなことを言ったのは貴様ぐらいだ」
「さらにご機嫌になった! セクハラ、女ったらし、自意識過剰馬鹿!」
「余は仮にも、貴様の夫なのなぞ。このぐらい」
「死んだ第四王妃の一時的な代わりでしょうが!」
「我が妻は本当につれない。一時的なものも本物にして何か問題あるのか?」
「次は脳震盪を起こす一撃にして差し上げましょうか?」
冷めた目で颯懍を睨むが、彼は愉快そうに一蹴するばかりだ。腹立たしい。ちゃっかり私を抱き上げようとしてくる。何が楽しいのだろうか。
そんなことを考えていると、鼬瓏はバカ皇帝から引き剥がして、抱き上げてくれた。
ふわりと鼬瓏の匂いに、なんというか彼の匂いとか温もりは──すごく落ち着く。
「!」
事故とはいえこんな風に抱き上げられたのは、ラッキーだった気がする。このままどさくさに紛れてギュッと抱きつくはありだろうか。
「颯懍あ――様、沙羅紗殿を煽らないでください!! 大体彼女は──」
「ふん、こういうのは早いもの勝ちだろう」
「……私もなんだか主上を殴りたくなってきたんですが」
「おい、その顔はやめろ。ガチ切れではないか」
「?」
呪われたまま女装の姿に見える鼬瓏の顔を覗いたが、とても凜々しい顔をしている。このバカ皇帝と顔立ちは似ているが、よく見ると全然違う。
私は鼬瓏の呪いが見えるのだが、どうにも彼はそれを隠したがる。そして夜だけは、皇帝と瓜二つの姿で私の前に現れるのだ。困惑するのは当然だと思う。
(……と言うか、鼬瓏は私が皇帝を好きだとでも思っているのだろうか。まさかね。……でも呪いについて聞いてもはぐらかすか逃げるのよね。それとも条件付きの呪いとか? 蒼月に呪いの精査を頼んでいるけれど、あと数日はかかるかな)
同じ呪いそのものである蒼月なら、呪いの正体も分かるだろう。いざとなれば私が帰る日にでも呪いを解いておけば、置き土産ぐらいにはなるだろうか。
「沙羅紗殿。主上が申し訳ありません」
「(隠したままで貫くなら……)いいですよ。どうせ私が異邦人だから珍しいのでしょう」
「それは……どうなのでしょうね」
そう囁き、私を抱き上げたまま腕の中だ。正直、幸せだ。ちょっとだけこの時間を堪能させてもらおう。
「ふん、なんだ。相思相愛とは面白くもない。やはりここは、余が……」
「主上、何か言いましたか?」
「別に。それよりも、貴様の持つ剣は特殊なのだな」
(…………このまま寝られる)
昼間にこんな嬉しいハプニングが起こるとは思っていなかったので現実逃避をしていたが、現実はそう甘くない。
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