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第2話 調伏師、沙羅紗の日常

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 未知なもの。怪異現象。
 神様、神の眷族、妖怪、精霊など様々な呼び名を経て、私の世界では総じてアヤカシと呼んでいた。

 ***

 私こと久我沙羅紗こがさらさの家は少し、いやだいぶ特殊だった。かの有名な蘆屋道満と安倍清明の血を引く一族に入るらしく、その中で久我家の分家筋では代々アヤカシの討伐及び調伏を生業としていた。
 アヤカシの闇は平安時代から何も変わっておらず、現在であってもアヤカシ討伐と調伏の仕事は後を絶たない。

 物が豊かになったからといって、心が豊かになるとは限らない。むしろ物が満ちあふれている分、心を蔑ろにしてアヤカシの餌食になる事件が後を絶たない。
 そんな面倒事を請け負うのが、調伏師の仕事である。
 生まれた時から私のレールは決められていた。

 そんな窮屈すぎる生き方に拒絶反応を見せる者も多かったが、幸いなことに私は非討伐対象の神様アヤカシその眷族アヤカシに気に入られ、私も彼らのことが好きだった。
 神様アヤカシやその眷族、妖精から精霊まで、人に害をなす討伐対象アヤカシ以外を愛した。

(歪な姿をしていたとしても、アヤカシよりも──私は人間のほうが怖い)

 人に害をなす討伐対象アヤカシを生み出すのは、いつだって人の心の闇だ。その醜悪さを見る度に、私は人間が嫌いになる。

 そんな訳で輝かしいアオハル時代は、部活やら恋愛やら学校帰りの買い食いクレープとかとは無縁の生活をしていていた。
 同世代の、極々普通の学校生活に憧れてはいたけれど、私は私の仕事に誇りを持っていたし、時折、神様アヤカシが邪気まみれになって壊れてしまうのを見ると、何とかできるのならしたいと体が動いた。

(不器用で、愚直なまでに純粋な神様アヤカシが私は好きだ)

 私が調伏師を続けるのは人ではなく、非討伐対象アヤカシのためだ。

『本当に難儀な主人様だな』
「知っている」
『だからこそ、我が仕えるにあたう』

 私の影にいる式神、蒼月そうげつは、愉快そうに笑った。
 戦闘時でなければ、灰色の長い髪の偉丈夫として姿を見せる。中々に凜々しく、長身。さらに引き締まった腹筋と鎖骨なんとも素晴らしい。常に着物姿なので、チラリと鎖骨が見えるのがいいのだ。

 そんな偉丈夫はいつものように、私を抱きしめてから額に口付けをする。これは加護だと、蒼月と契約をした時からの挨拶にようなものだ。

(一族には式神って言っているけれど、実際は神様に入る部類なのよね。鬼神……うん、本家も気付かれていないし、このまま黙っていよう。蒼月は私にとって、家族みたいなものだし)
『まったく制服のリボンが曲がっているではないか。よし。おっと髪も少し跳ねている……スカートは少し短すぎないか』
(こういう世話好きも、年に離れた兄的な)
『体重が減っているな。肌艶も少し悪い。食事はしっかりとっているが、寝不足が原因だな』
(兄的な……)
『しばらく読書は禁止だ。アニメ漫画も同じく』
「兄……オカンみたい」
『誰がオカンだ』

 酸漿色の瞳はジロリと睨む。そんな姿でさえ蒼月は美しい。普段は全身鎧に面を付けているので、素顔は貴重なのだ。

「世話焼き具合が板についているというか。ああでも、鎖骨も筋肉のつき方も素敵なのは、わかっているわ!」
『……筋肉は分かるが、何故に鎖骨。そしてそれは褒め言葉ではないからな』
「私に中ではグッとくるポイントなのに……!」
『お前の好感度ポイントがわからん……。どうしてこう育ってしまったのか』
(心情としては、親や兄って感じだわ)

 いつものように蒼月と取り留めのない話をしつつ、身支度を調える。そうやって話さないと、私に居る家は息苦しくて、おかしくなってしまいそうだった。
 蒼月がお喋りなのも、この屋敷に空気を察しているからだろう。
 名字という縛りで家族の枠にいるが、本当の両親は既にいない。最初から関係はひび割れて壊れているのだから。

 討伐対象アヤカシだけを切り裂く祢々切丸ねねきりまると同じ特性を持った蒼月丸そうげつまるを腰に携帯しながら調伏場所へと向かった。
 本来なら巫女服を着るべきなのだろうが、制服でも問題ないだろう。何せ制服は冠婚葬祭でも適応する優れものなのだ。調伏という特殊な儀式でもまあ問題ない。たぶん。

 いつものように従兄妹たちとチームを組んで、討伐対象のアヤカシの殱滅及び調伏を終わらせる──はずだった。

 六月の《夏越の祓え》の時期は、アヤカシが溢れて熟練の調伏師たちも手を焼く。宵闇の竹林では奇怪な声と邪気が膨れ上がって、土地を腐食しつつあった。邪気ヨクナイモノは周囲を悪変させる瘴気を呼び込み、それに討伐対象アヤカシが群がる。最悪な状況だった。

(振り分けの配置が酷すぎる! このままじゃ全滅しかねない……)
「どうしよう、沙羅紗姉ぇ。祓っても、祓っても邪気が湧き出てくるよう!」
「結界が砕ける。弘幸ひろゆき、まだ核は祓えないのかよぅ!?」
「やっている! でも、なんだか可笑しいんだ!」

 その結界が砕かれた瞬間、濃い邪気と瘴気が噴き出した。
 一時撤退すべきだと、そう思った直後──雷光の煌めきで視界が真っ白になったかと思えば、見知らぬ場所に転移していた。

「…………は?」


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