上 下
10 / 15

第10話 深刻なツッコミ不足

しおりを挟む
「私が欲しいと思った時点で貴女は私のモノなのだから、諦めてほしいな」
「なんですかその理論!? 某アニメのガキ大将以上の横暴ですよ!!」

 エーベルハルト聖下は楽しそうに笑うばかりで、人の形をしているけれど人間らしい価値観やモラルはないらしい。つまり交渉において、駆け引きは無意味!
 今は単に『会話をする』という行為を楽しんでいるだけなのだわ。人が楽しそうに話をしているのが良いと思って、言葉を紡ぐ人モドキの戯れ。会話の内容に重要性はないし、底抜けに楽しそうに話しながら、その実どこか無理をしているのが何となく伝わってくる。

 まるで隠しているのを見つけて欲しくて、泣いている小さな子供のよう。ルーファに少しだけ似ている。
 昔、そうやって隠れて泣いて、それでも誰かに見つけて欲しくて、寂しさと期待で縮こまっていた幼馴染と重なった。外見が悪魔らしくないと弄られてたくさん傷つきながらも、悪魔らしくあろうと無理をしていたことを思い出す。

「エーベルハルト聖下の本当の気持ちは、口にしないのですか?」
「──っ!?」
「人間の言葉や会話することだけではなく、倫理観や価値観を学ぶ気は、にゃ!?」

 足場がぬるっとして慌てて下がろうとしたら、思い切り尻餅をついてしまった。

「痛っ……くない?」
「セレナーデ嬢が私の腕の中に! これは一緒になってくれるということだよね。嬉しい」
「い、いやー!!! 頬染して儚げに言ってもダメですからね! あと勝手に解釈して自己完結しないで!!」
「懐かないところも、なんだか猫っぽくていい」
「にゃああああ! どさくさに紛れてスライム化しないでください! 変態! ルーファ! 助けて!!」
「セレナ! お風呂に一人で入るのは大変だろうから、ちゃんと目隠しをしてきたよ!!」
「ルー……え」
「ああ、もう来てしまったか」

 ルーファはいきなり浴槽に飛び込んできたのだが、その姿に固まってしまった。バスローブを着て、目隠し。どう考えても一緒に入る気満々の格好に慄いた。
 どこもかしこも変態しかいないのか! ツッコミ、ツッコミ役がなんで誰もいないの!?

「法王!? 先ほどブレスで焼き切ったはず!」
「待って。なにその情報!? そして目隠ししているのに、さては見えているわね!?」
「セレナ!? そんなことよりもどうして、クソスライムに抱きつい──……僕だって抱きつかれたこと片手で数える程度なのに……羨ましい」
「勝手に凹まないで。そしてこれは足を滑らせただけで、望んで腕の中にいるわけじゃないのだから!」
「セレナーデ嬢は私を選んでくれた。このまま一緒になることだって約束してくれたんだ」
「事実無根!」
「ふざけるな。セレナは僕のだ。僕だけの」
「いいや私の物だ」

 私の話を無視して肩や半分ほどスライムになりかけている法王変態と、目隠し+バスローブの魔王変態。どこからどう見ても変態です。ありがとうございました。

 ──とまあ、そんな暢気なことが思えているのは、変態さんが現れたことで急に冷静になったからと、諦めの境地に近い。自分でも思うけれど、結構危ない状況なのに脱力してしまっているのは二人の姿にも関係している。二人ともパーティー会場のような装いだったならまだ緊迫感があったのだけれど、色々台無しなのだ。

『中々に面白い展開になっているようだのう』
「ん? ──ひゃ!?」

 頭の中に直接声が聞こえたと思った瞬間、私は別の空間に転移していた。一瞬で場面が切り替わり、私はモダンな雰囲気のある部屋のベッドの上に座り込む。幸いにも水着の上にバスローブを羽織っているので、令嬢としては卒倒しそうな恰好だけれど裸よりは防御力も高い。たぶん。

『ふむ。たしかに我の眷族のような髪と瞳だが、天使族とは……面白い魂の形だな』

 ベッドの上には漆黒の艶やかな小竜が、ちょこんと座り込んでいた。蜥蜴に似ているが、蝙蝠の翼に鋭い爪、緋色の瞳、小さくて愛らしい姿なのに放っている気配オーラは威厳を放っていた。

「もしかして……破滅カタストロフ黒竜神ニゲルドラコ様?」
『いかにも。我が破滅カタストロフ黒竜神ニゲルドラコ、シュトロンだ、この姿であっても我の偉大さが分かるとは見所があるな』
「ありがとうございます。鱗も艶々ですし、ガーネットのような美しい瞳は絵本で見た姿が同じでしたので!」

 幻想動物や神獣はとっても可愛らしいフォルムが多くて、よく王宮図書館で眺めていた。それがまさか実物に会えるなんて……。モフモフじゃないけど、可愛いから良し。

『それであろう。我はこの姿でも下々の者たちを魅了する。……我が人の姿になればみな我の美貌に惚れてしまうので、この姿をとっておる』
「(うん。この方は自分大好きナルシストさん、なのですね。悪い方ではないのが幸いです)……ところで私をここに呼んだのは、シュトロン様のお力なのですか?」
『うむ。相棒ルシュファが煩く言うので力を使った。アレとは運命共同体ゆえ頼み事は無下にできぬ』
「なるほど(そういえば破滅カタストロフ黒竜神ニゲルドラコであるシュトロン様を討伐する命令が下って、戦いの最中に二人まとめて葬ろうとしたって言っていたっけ……)」
『お主も我と同じように世界の盤面を変える存在か。それは難儀なことよ。我は様々な種族に利用され、願われ、乞われ、畏怖され、元凶とされ、崇められてきた。我が動くことによって世に渾沌を齎す。それが嫌でこの要塞場所に引きこもった。もっとも、この地は迷宮ダンジョンとしての素養があったので、我が迷宮ダンジョン主人ラスボスに収まった瞬間、この地は天然の要塞かつ難攻不落の場所となった』
「!?」

 朗々と語るシュトロン様の言葉に耳を疑った。それってつまり冒険的な迷宮ダンジョン! しかもラスボスって、ゲームみたいだわ! すごい。この世界は魔法や様々な種族があるし、幻想動物もいるとは思っていたけれど、まさかの迷宮ダンジョンがあるなんて!

「ではシュトロン様が存在している間、この迷宮ダンジョンは不滅なのですね」
『うむ、そうだ。ルシュファが鬼の形相で突貫してきたときは、流石の我も焦ったものだ。毒も罠も関係なし、猪突猛進で本当に……怖かった……。久し振りに骨のある者だと思っていたが、予想以上だったし……。怖かった……死ぬかと思ったぞ。アレは稀に見ぬヤバさだ』
「そ、そうなのですね(破滅カタストロフを怯えるって……ルーファ、恐ろしい子)」
『特にお主への……その、山よりも谷よりも深すぎて重い……執着には同情する。我でよければ話し相手になるので、アレを……その、アレを見捨てないでやってほしい』

 へにょりとしているシュトロン様がとっても愛くるしい。ホクホクしていたが、そんなシュトロン様が怯えるほどのルシュファの執着って一体。
 なんだか知りたいような、知りたくないような……。ふと、シュトロン様はしきりに奧の部屋に視線を向けている。もしかしてルーファの部屋はあちらなのだろうか。それにしても破滅カタストロフ黒竜神ニゲルドラコであるシュトロン様が引くほどの執着って……。
 八年の間にどれだけ拗らせたのだろう。
 思えば私はルーファが八年間何をしていたのか知らないわ。あの扉を開ければ、何か分かるのかしら?

「わかりましたわ。とりあえず、ルーファの部屋に行ってみます」
『うむ。……って、待て、待て! その扉は』

 シュトロン様がなぜか慌てだしたが、黒く重厚な扉のドアノブを掴んだ瞬間──視界がブラックアウトした。

「セレナ、遅くなってごめん」
「へ」

 ルーファは片手で私の視界を遮り、後からぎゅっと抱きしめられたせいで「ひゃう」と変な声が出てしまった。

「そっちは僕の部屋じゃないよ。……僕の部屋に来てくれるのなら連れて行ってあげる」
「ルーファ!?」

 振り返るとバスローブから着替えて騎士服のルーファがいた。怪我などはしていないのでちょっとだけ安心した。ルーファは私を正面から抱きしめ直す。酷く焦っていたようで、顔色も悪い。

「セレナ。……ああ、セレナだ」
「(転移してまだそんなに時間が経っていないけれど……)エーベルハルト聖下は?」
「あー、うん。結構大変だったけれど、あの浴室を半壊させて何とか小瓶に封じることができたよ」
「それはよかっ──え」
「セレナ、すぐに駆けつけられなくてごめん。でも僕も結構頑張ったのだから、ご褒美を貰ってもいいよね?」
「え、え、えええええ!?」

 ルーファは私を軽々と抱き上げてしまう。
 助けを求めようとシュトロン様のいるベッドに視線を向けたが、丸まって眠っていた。「ぐ、ぐう」と百パーセントの狸寝入りですよね!? 丸まっていて可愛い! ──じゃない!
 私の味方はおらず、ルーファの部屋に連行されるのだった。
 私ののんびりお風呂タイムは!?

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【短編】約束通り僕とずっと一緒にいてね、その言葉に嘘はなかった

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「クリフォード様とお会いするのも、まして婚約は絶対に嫌です。……私は、お兄様とずっと一緒に居ることにしたのです!」 生存率&ハッピーエンドの確率がかなり低い乙女ゲーム【終焉の獣王と泡沫の聖女】のヒロインに転生してしまったシュリル。  中でも攻略最難関キャラである隣国の第三王子クリフォードとの婚約は是が非でも回避したいと願い、幼い頃から兄大好きのブラコンの道を選ぶのだが──。  チュートリアル開始前の学院入学前に、シュリルはクリフォードと婚約していると説明されシナリオの強制力(?)が二人を引き合わせる。 2024年11月16日 旧タイトル【短編】チュートリアル前に詰むので、立派なブラコンになって死亡フラグ回避!……のはずが、兄が婚約者とかイミフすぎません!?

ダメンズな彼から離れようとしたら、なんか執着されたお話

下菊みこと
恋愛
ソフトヤンデレに捕まるお話。 あるいはダメンズが努力の末スパダリになるお話。 小説家になろう様でも投稿しています。 御都合主義のハッピーエンドのSSです。

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

処理中です...