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第6話 違う、そうじゃない
しおりを挟む「ここ数年で帝国の皇族が小国を併呑していったのを見る限り、常套句になりつつあるとわかっていいるので? やるなら数十年に一度か、目撃者を全員殺すか箝口令を敷かなければ手口がダダ漏れでは? 愚策でないかと(意訳:だから蛮族って言われるんだよ、戦闘民族が)」
意訳で超絶煽っているように聞こえるのだけれど!?
「クククッ、言ってくれる。単に碌でもない王族や権力者が増えたってだけだろう」
「それは──まあ、それは否定しない」
「否定しないのね。……私も婚約破棄された側だけれど……」
「だろう? ……クククッ。なあ、セレナーデ。その男は、本当にお前の幼馴染なのか?」
「え……?」
思わぬ発言に耳を疑った。ルーファが? どういう意味?
皇帝は不憫そうに私を見返しつつ、言葉を続けた。
「ああ、鳥籠の中にいたお前は知らなかったのだろうが、そこにいるルシュファ・サルヴェールは二年前の破滅黒竜神討伐で死亡したはずだ。違うか?」
「──っ!?」
慌てて振り返った。ルーファは全身甲冑を着ているので、傷を負っているかはわからない。顔は大人になってだいぶ凛々しくなったけれど、面影は残っているし、私の愛称や思考回路がちょっとぶっ飛んでいるところは昔のまま。
「ルーファ」
「君がいたから、僕は耐えられたんだ。それにちゃんと生きている」
ルーファに促され、私は彼の胸元に手を当てた。甲冑越しだったけれどトクン、トクンと心臓の鼓動はしっかりと感じられたし、抱きしめられた温もりだって……。
それに死した肉体のような腐臭も腐乱もない。
「うん。ルーファはルーファだわ」
「信じてくれてありがとう。……破滅黒竜神との戦いの最中、僕ごと極大高等魔法で殺しにかかったのは、王国と帝国、法王国の術者だったのだから、死んでいないと困るんだろう」
「どうしてルーファごと!?」
「セレナの加護を独占したかったからだろうね。君の恩恵と加護は特別だから……。ねぇ、セレナ。僕はね、君が王宮に行った日からずっと手紙や贈り物をしたんだよ。返事はなかったけれど」
「え!? そんな……じゃあ、私が送ったカードや押し花はルーファに届かなかったの?」
「……ああ、やっぱり君も贈り物をしてくれていたんだね。一度も届かなかった……だから君に会うために騎士になると決めたんだ。君に近づくにつれて、隣に立つためには彼らと渡り合うだけの力が必要だと知った」
「だから……魔王化したの?」
「結果的にそうなるかな。僕と破滅黒竜神が生き残るには、それしかなかったから……」
「──っ」
昔からそうだ。
ルーファは泣き虫で、独りぼっちが嫌なくせに、自分で一度決めたことは絶対に曲げない。私のことも諦めずにずっと追いかけて、将軍に上り詰めて……魔王化までした。はっきり言ってメチャクチャだ。でもそれがルーファだって知っている。
純粋に貪欲に欲しいものを得ようと、手を伸ばす。私の知っている幼馴染で、私が好きだと思った人だわ。
「僕が欲しいのはセレナだけ。セレナが利用されず、生きられるように環境を整えること。やっと全部の準備が終わったんだ。……セレナ、僕と一緒に来てくれるよね?」
「ルーファ」
「セレナーデ嬢! 騙されるな! 魔王化した段階でルシュファの人格、魂は消失している。そこに佇んでいる男は君の幼馴染でもない。皮だけ奪った魔王だ! 魔王はお前の加護と祝福が欲しいだけ、道具としてしか見ていない! 俺の手を取れ、絶対にお前を守ってやる」
ダウィはもっともらしい言葉で手を差し出す。確かに誰も味方がいない状態で、彼が手を差し伸べられたら手を取ってしまうかもしれない。
窮地に救いの手を差し伸べようと、駆けつけてくれたことは嬉しい。でも、私を抱きしめているルーファの手が怖がって震えていることに気づいた。気丈に振る舞っていても、泣きじゃくる幼い頃の彼とダブった。
強く逞しくなった幼馴染が別人のように思えたけれど、昔と変わらずに私の傍に引っ付いて震えている。チラリと顔を覗き込むと、眉は吊り上がってすごく怖い顔をしているけれど、その瞳は不安でいっぱいだというのが痛いほど伝わってきた。
「……ダヴィ、私は」
「セレナ……っ」
ルシュファは私を抱き上げて、ぎゅうぎゅうに抱きしめる。甲冑がまだちょっと痛いけれど、この際しょうがない。顔だけはダヴィに向けた。
「ダウィ、ありがとう。でも私はルーファを信じているわ」
「セレナ……っ!」
「ったく。お人好しのお前らしいな。無理強いはしない──が、その男も、法王と同じくらいに面倒だと忠告しておく。俺が必要になったら名前を呼べ。そうしたら、いつでも傍に駆けつけてやる」
それは何処かのヒーローだけが言っていい台詞なのだけれど、彼が言うと不思議と実現しそうで怖いわ。
漆黒の稲妻が強まり、転移魔法が発動する。
「魔王、君こそ我らの金糸雀色を、何処に閉じ込めるつもりなのかな?」
「!?」
涼やかな声は大きい声ではないのに、その場に居る全員に伝わった。念思というものだろうか、頭の中に直接言葉が流れ込んでくる。
「法王国、王国、帝国の権力者から成り立ての魔王風情に守れるとでも? それこそ金糸雀色の羽根を、心を、肉体を傷つける。私に身を委ねれば安寧を約束しよう」
「ひとしきり愛でた後、殺すような変態にヘレナを渡せるか。自称ヒーロー気取りのうぬぼれにも、馬鹿王太子にだってセレナは渡さない──。そのための八年だった」
ルシュファは私を軽々と抱き上げた後で、魔法陣を展開。
同時に漆黒の蝙蝠の羽根、牛に似た角を生やす。黒い甲冑に、その姿はよく似合っていた。天使のような顔に黒の甲冑と蝙蝠の羽根のアンバランスな感じがまたなんか背徳的でいい。うん、途端に魔王っぽいわ。
「古い約束に従い、天使族セレナーデ・マリエルは悪魔族ルシュファ・サルヴールのものだ。先ほども宣言したが、彼女に婚約を申し込もうとする者がいるなら、魔王を殺す気で挑んでくれ」
私たちが転移する瞬間、漆黒の稲妻が会場に走る。本日最大の衝撃に「なんで魔王っぽく煽るのよ!」という気持ちを込めて睨んだ。伝わったのか、ルーファはハッとした顔をする。良かった、伝わったのね!
「セレナ」
ちゅっ、と唇にキスをしてきたが、違うそうじゃない!
ルシュファ……貴方、本気で魔王になる気──?
それって死亡フラグじゃないの!? 何考えているのよ、ルーファ!
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