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本編

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 1.

「お初にお目に掛かります、私は魔法都市の薬師フェリーネ・ファン・アハトと申します」
「……おとぎ話の薬師が、私になんの用だ?」
「ベネディック・バルテルス公爵様、唐突ですが貴方様を含めた領地の方々の奇病を癒したいと考えております。つきましては、二年だけ婚姻関係を結んで頂けないでしょうか?」
「は?」

 口にした瞬間、ベネディック様の表情が険しくなるのを見て、酷く後悔した。そうでしたわ。この方は──外見があの方とそっくりだったとしても転生した、私の知らない人でした。
 金髪の長い髪を三つ編みでまとめて、美しいエメラルドの瞳は刃のように鋭い。細身だけれどガッシリとした姿は、今世のほうが体格は良いのだろう。
 左頬から左肩、腕、指先に掛けて樹木になりつつある姿が痛ましい。ベネディック様を含めた領民が《世界樹ノ忿懣》と呼ばれた奇病にかかっている。
 小指などは既に若葉が芽生えつつあるわ。「大丈夫、ギリギリ間に合う」と思ったら口元が緩んだ。でも彼としては不快だったのか、眉を吊り上げた。

「何が可笑しい。……二年とは、私の死期でも計算したものか?」
「ああ、すみません。進行状況が思ったよりも悪化してなかったので、これなら完治できると思って安心しました!」
「完治?」

 ベネディック様の地雷だったのか、更に怒りを煽ってしまった。想像していたよりもずっと短気でいらっしゃるよう。ふふっ、それはそれで新鮮だわ。

「はい。魔法都市が常に空中移動しているのは、世界中で発現した奇病を癒すためなのです」
「お伽話だろう」
「(そう言われてしまうほど、地上ではそれだけの年月が経ってしまったのね)……本来、《世界樹ノ忿懣》は、神々の祝福を持つ一族が扱っていたのですが、おそらく歴史の中で正しい扱い方が伝わっておらず、奇病として発症してしまったのです」
「それと私の婚姻と、なんの因果関係があるのだ?」
「世間体と領の権限が使えることですわ。公爵夫人であれば、領民を治療するにも説得しやすいでしょう? それに結果的に領主様の支持率も上がります」

 訝しげに私を値踏みする。うん、慎重なところは変わっていませんわ。
 でも半分は本当。公爵家お抱えのただの薬師と、公爵夫人であり薬師では、対応の差が全く違う。

 前はそれで酷い目にあったもの。保険は掛けておきたいし……それに書類上でも、この方と家族の枠に入りたい。あの方は家族みたいな関係だったけれど、実際の家族ではなかった。だからこその契約結婚、政略結婚よね。お互いのメリットのため偽装夫婦になるのだから。

「婚姻は二年。慰謝料も財産分与もなし。その代わり《世界樹ノ忿懣》で回収した種は、私が保管させて頂きますね」
「財産分与もなし?」
「はい。それに国王陛下からも推薦状を持ってきているので、身元はしっかりしていますわ」
「──っ」

 意外な申し出だったのか、目を見開いて驚く。そんなに信用がないなんて悲しいわ。私はベネディック様の前世を知っているけれど、この方は私を知らないもの、しょうがないわよね。

 この世界では転移転生はよくあること。魂は流転し、生まれ変わる。前世の記憶を持って生まれる者もいれば、忘れて新たな人生を歩む者もいる。ベネディック様は後者。それはちょっとだけ寂しいけれど、でも久し振りにあの方と瓜二つの姿を見られたのだもの、役得だわ。何よりこの方のお役に立てる。

「…………何が目的だ?」
「(私の目的はすでに叶っているようなものだけれど……)二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
「弟君だけではありません、この領地に掛かっている方全員を完治させますわ」
「それは結構なことだ」

 それがベネディック・バルテルス様と交わした契約結婚の内容だった。
 結婚式は行わず、教会で書類を書いて神官に提出する。ドレスも、指輪はさすがにないとあれなので、シンプルだけれど、公爵家的に品がなさすぎない物を選んだ。
 公爵夫人、自分でも相応しくない名称だと苦笑する。それでも、あのお方の役に立てる日が来たことが嬉しい。私が生かされた意味、またあの方の姿が見られただけで充分だわ。

 でもそう思っていたのは私だけのようで、周囲は「公爵家の財産を狙った得体の知れない女」と映ったのだろう。ご両親も親戚一同も奇病あるいは、事故死してしまったため、公爵家を乗っ取るには都合のいい条件が揃っていたからだ。私にその気はないのだけど。

 2.

 魔法都市、それは七人の魔導師たちが作り上げた空中移動要塞のことだ。そこにはこの世界の様々な奇病の種が眠っているし、対処方法などの記録保管場所アーカイブもある。
 私は、その魔法都市の最後の薬師。魔導師たちのような特別な力はない。私の《役割》は、誤った形で発現してしまった奇病を完治させること。

 この時代、魔法都市はおとぎ話というのだから、不思議な感覚だ。もっとも奇病が発生した時にしか地上に降りないので、数十年、下手すれば数百年ぶりだったりする。
 奇病の発生時に訪れることができれば良いのだけど、常に移動している魔法都市の飛行ルートを急には変えられないし、見知らぬ地に転移魔法を使うことも難しい。そもそも私は魔法操作ができないので、現地到着に時間がかかってしまう。

 教会を借りて領地の人たちに《世界樹ノ忿懣》の説明をしたのだが治療を断る人ばかりだった。不治の病だと決めつけて、私を詐欺師扱いして……。治療費を貰わないと言えば、実験台にされたくないという。
 ただ一人、アルフ様は症状が重く、車椅子生活だったからこそ「治るなら」と治療を受け入れてくれた。

 ベネディック様が不承不承ならも婚姻を認めたのは、弟を救いたかったのが大きい。現在、アルフ様の両足と左腕が樹木化して、青葉が生い茂っている。
 樹木化した部分を取り除くため、特別なハーブ調合の塗り薬と薬を処方して、毎日試して貰った。

「お義姉様。僕の足と腕は治る?」
「もちろんですわ。でも両足はずっと歩いていなかったでしょう。だから完治してもリハビリが必要になるのは、覚えておいてくださいね」

 十歳のアルフ様は「歩けるんだね!」と目を輝かせた。傍で治療を監視しているベネディック様は、胡乱な目をしていたけれど気にしない。結果は後からやってくる。
 それを教えて下ったのは、あの方なのだから。

 ***

 公爵家の廊下はいつもピカピカで、華美すぎないカーテンや絨毯は、とても上品な印象を与える。

「フェリーネ」
「!」

 診療が終わって部屋に戻る途中、珍しくベネディック様に呼び止められた。これから遅い夕食だったので、お腹が鳴りませんように、と思いつつ振り返る。

「はい?」

 ベネディック様は顔の半分を包帯で覆っているが、私を見る目は相変わらず鋭い。

「あまり弟に期待させるような言葉をかけないでほしい」
「何故ですの?」
「もし治らなかった時、酷く落ち込むだろう。そんなことも、わからないのか?」

 人の心が分からないのかと言うベネディック様に、私は口元を綻ばせた。

「ですが完治すると分かっているのに、どうして後ろ向きな言葉を掛けなければならないのですか? 病は気からとも言うように治そうとしている人を鼓舞して、一緒に闘病を支えるのは薬師として何が問題なのでしょう?」
「だが、あの子はまだ十歳だ」
「関係ありませんわ。私の患者様である以上、私は薬師として誠心誠意奇病と向き合って、治ると分かっている以上、事実を伝えております。生きる希望を本人に持たせることが、今回は一番の特効薬でもありますわ」

 他でもないあの方が、死にかけていた私を救おうとしてくれた。まさかあの方が言った言葉を、私が言うことになるなんて。なんて奇妙な縁なのかしら。
 意味がなかった私に、あの方はたくさんの意味をくれた。そして今も──。

「私のことを信用しなくても、疑ったままでも構いません。でも薬は毎日しっかりと飲んで、塗り薬を朝昼晩と塗ってください」
「ふん。……いいか、二年の間に毒を盛って私を殺そうとしても無駄だからな」
「そんなことはしませんわ。心配なら誓約書を書きますけれど」

 どの口が、と忌々しそうな顔で「では手配しよう」と吐き捨てて去って行った。あの方はいつだって穏やかで、余裕のある方だったわ。
 きっと病で心も体も蝕まれて、余裕がないのでしょうね。……それに何度か毒殺あるいは、恋人や婚約者に裏切られたとか。国王陛下セリオも言っていたような……。
 心配しなくても私は……あの方に返しきれなかった恩を返しに、来ただけですから。それ以上を望むことなどありませんもの。
 それにどう足掻いても二年間だけしか、ここに居られないのだから。

 廊下の窓を見ると、淡い若葉色の長い髪、金の瞳、白い肌の自分の姿が映し出されるのを見て、ホッとした。まだ、大丈夫。

 3.

 三ヵ月。アルフ様が車椅子から立ち上がるまで回復したことで、周囲の視線が変わった。ベネディック様は私を見ると、何か言いあぐねているような顔をしている。
 公爵家に嫁いできてから、食事や寝室は別。一緒に居る時間など皆無に等しい。

 アルフ様とは診察とリハビリで毎日のように顔を合わせる。アルフ様の回復を知って、他の人たちも「診察を受けたい」と教会経由で打診が入るようになった。
 実績は日々を懸命にこなしたからこそ、後から付いてくる。これもあの方の教えだった。やっぱり、あの方はすごい。
 改めて《世界樹ノ忿懣》の治療説明会を行うことになった。実際に説明会を設けられたのは、それから、二ヵ月後──。

 というのも流行病のせいで、忙しかったのだ。薬を用意するため、山に入って薬草を採ってきて、煎じて──。
 毎日、朝から晩まで診察を頼む人たちが多く、公爵家に行列ができるほどだった。奇病が発症してから薬師たちは、詐欺師扱いされたため、この領地にほとんど残っていなかったというのもある。

 ベネディック様は顰めっ面をしながらも、離れの屋敷を開放してくれた。私は即座に手洗いうがい、布で口元を覆うように使用人たちに指示を出す。

「口と鼻を覆う?」
「どうして、よそ者なんかの指示を──」
「私は薬師です。流行病の感染を甘く見ないで、無駄口叩かずにさっさと準備してください!」
「彼女の指示に従うように」
「こ、公爵様、はい!」
「承知しました!」

 使用人たちは、私を公爵夫人として扱わなかったけれど、ベネディック様の一声で動いてくれので良かったわ。
 あっという間に、離れの屋敷は野戦病院みたいになった。

「ベネディック様。待合場所を提供して頂き、ありがとうございます!」
「……別に君のためじゃない。領民が寒さの中、外にいることが非効率かつ、余計に体を壊すと思っただけだ」

 ベネディック様に感謝を伝えたけれど、相変わらずの塩対応。でも根っから悪い人じゃないってわかる。
 毛布やタオルを提供して、温かなスープの炊き出し指示、換気もしっかりして……。間接的に手伝ってくれていた。
 対処が早かったのか、思った以上に亡くなる人を減らすことは出来た。それでも間に合わない人もいたわけで……。

 見送るのは慣れているのに、な。
 火葬場の炎を遠目で見ながら、ずっと前に見送った人たちのことを思い出す。
 透き通った青空と、水晶のある鉱山に豊かな紺碧の森と、金色に輝く麦畑。
 白い服を愛用する人たちだった。
 魔法と薬に精通した小さな国……だったと思う。雪が降り注ぐ中、あの方──大魔導師エルベルト様に拾われた。
 七人とも薬師であり魔導師で、自由で明るくて毎日がお祭り騒ぎだった。自分たちの研究を語り明かす。命ある限り、寄り添い最善を尽くす──それが薬師の矜持だと教わった。

 しっかり者で、可愛い物に目がないヘルガ。
 歌うのが好きで演奏もできるコーガ。
 星の伝承と術式、数式マニアのユンリティ。
 祭り大好き、有言実行の天才魔導師セリオ。
 恋バナ好きで、本の虫のマーリン。
 口が悪いけど、情に厚くて涙脆いダフネ。

 瞼を閉じても、あの黄金の時代の記憶は色褪せない。なんでもなかった私を、薬師にしてくれたエルベルト様。私の恩人で、初恋の人。親子ほど年が離れていたけれど、ずっとエルベルト様の後を追いかけてきた。魔法はからっきしだけど。

 ぱき、と、赤々と燃え上がる炎の揺らめきを眺めながら、黙祷した。
 まだ、大丈夫。ここで薬師としてやることが残っているもの。最後の奇病だもの、ちゃんと見届けるわ。
 それが終わったら、私は──。

 ***

 その日、教会には大勢の領民が集まった。きっと流行病の時に、しっかり対応したのが良かったのだと思う。

 ベネディック様の姿も見かけた。たぶん領主として私の監視と、アルフ様の付き添いね。
 ベネディック様の顔は完治しつつある。念のため包帯をしているけれど、やっぱり綺麗な顔だわ。

「それでは夫人」
「はい。……本日はお集まりいただき、ありがとうございます」

 大勢の人の前で話すのは、いつも緊張してしまう。それでも私の知る事実をしっかりと伝えようと歴史を紐解く。

「集落が崩壊する際に、聖樹を守るためご先祖エルフ族たちは《世界樹ノ種》を自らの体内に封印して、新天地を目指したのです。しかし代替わりをしていくに連れて、体内に封印していた種の解除方法を忘れてしまったため、世界樹ノ種は体内で生長し、この奇病が発現しました」
「一度発病したら死ぬと聞いていましたが、違うのですか?」
「はい。体内に封印していた種を取り出すためには、いくつものハーブで作った薬を飲む必要があります。本来は一人前になった儀式の際にスープあるいは、お酒を飲む風習があったのですが、それが形骸化して『花酒祭』だけが残ったのでしょう」
「あの祭が?」
「そう言えばうちの婆様が、途絶えてはいけないとか苦い酒を造っていたような?」
「もしかしてアレか?」
「奥歯と同じくらいの白銀の欠片が皮膚あるいは口から出てきたら、それは《世界樹ノ忿懣》です。治療費の代わりに、その種を回収させて頂きます。もし不当に所持をしていたら治療費全額と種一つ分の金額を請求しますので、注意してくださいね」

 薬の処方と容量は個人差があるので、一人ずつ症状にあったものを出す説明し、診察していく。
 全員終わった頃には、どっぷりと日が暮れて夜になりつつあった。

「ふう……」
「終わったか?」
「ひゃい!?」

 振り返ると、ベネディック様が立っていた。てっきり帰って行ったと思っていたら、待っていてくださった?
 ベネディック様は自分の後首に手を当てつつ、気まずそうに言葉を続ける。

「……患者の中で、深刻な者はいるか?」
「(あ、領民のことを心配して残っていたのね!)いえ。皆様には毎日来訪して、薬を目の前で飲んで貰うように話しています」
「そうか」
「はい」

 会話が終わっても、ベネディック様はその場に立ったままだ。まだ何か気になることがあるのかしら?

「……以前、君を罵倒したことを謝罪したい」
「え」

 深々と頭を下げるベネディック様に、困惑して固まってしまう。今までの高圧的な態度は消え、真摯に謝罪するその姿勢に好感が持てた。
 やっぱりあの方の魂は、転生しても根っこは変わらないのね。

「頭を上げてください。ベネディック様も、奇病のせいで追い詰められていたのですから。人間余裕がないと、視野が狭くなりますし」
「君は天使か女神か?」
「ふふっ、違います。でも他の誰でもないベネディック様に言われると嬉しいです」
「……改めて謝罪を。フェリーネ、すまなかった。救いの手を差し伸べようとした者に対して、許すべき行為ではなかった」

 真面目なところも変わらない。最初は嫌われていて──ううん、警戒されていたけれど、信じて貰えたのなら、やっぱり今世でも仲良くなりたい。
 前世と家族同然のようでありたいと──だから、無理を言って夫婦を提案したのだ。一度で良いので、形だけでも家族を持ってみたかった。私の我儘。それだけで充分だったのに、どんどん欲張りになってしまう。

「良いのです。でも契約満了まで仲良くできたら嬉しいです」
「──っ、そう……だな」
「はい。これから改めてよろしくお願いします」
「ああ」

 ベネディック様は何処か複雑な顔をしていた。何だか新鮮だわ。
 この日から少しずつ、ベネディック様が寄り添ってくれるようになった。これは大きな進歩だと思う。

 季節は巡る。この国は湿度が高くないので、湿気と無縁のようだった。長い春と秋、冬が二、三カ月と短い。
 冬は暖炉から離れたくなくて、できるだけ部屋を暖かくしていたら、ベネディック様が室内用の毛布カーディガンを贈ってくれた。

「こんな手触りも良いものを頂いてよいのですか?」
「ああ。……それで、これも用意したのだが……受け取って貰えるだろうか」

 青い薔薇の花束だった。この領地では特産品になっている特別な花。

「こんな高価な物を?」
「ああ」
「薔薇には鎮静効果がありますの。血中のストレス値を下げるだけではなく、傷口の消毒や腔内の処置にウーズアトルというものを使うのです。それ以外には殺菌効果、空気清浄、リラックス効果なども期待できて──」
「フェリーネ?」
「すみません、喋りすぎました。これは頂いたものなので、大事に飾っておきますわ。あ、一部はドライフラワーにしても?」

 私の矢継ぎ早の言葉にベネディック様は最初ポカンとしていたが、くくっ、と喉を鳴らして笑った。この方は、こんな風に笑うのね。
 これはベネディック様らしくて、新鮮だわ。

「もちろん、フェリーネの好きにして貰って構わない。気に入って貰えたようで何よりだ」
「そ、そんなに笑わなくても……」
「すまない」

 ほんの少しだけベネディック様の雰囲気が柔らかくなったのは、包帯が取れたからかしら?
 食事も今では、毎日一緒に食べるようになって、薬草を採りに森に行く時も、着いて来るようになった。

「今まで一人で?」
「はい」

 そう応えたら顔を真っ青にしていた。なんでも森には恐ろしい獣や、時折魔物が出るという。凄く心配された。本当は獣避けの匂い袋や迎撃の魔導具などあるのだけれど、黙っておこう。
 使用人たちの態度も変わった。今までは薬師として客人扱いだったが、今は公爵夫人として接してくれる。ちょっと気恥ずかしいけれど、仲良くしてくれるのは嬉しい。

 薬草を持って屋敷に戻ると、ベネディック様は「中庭に好きな薬草を植えるようにしよう」と提案して下さった。たしかに私が居なくなった後、領民が公爵家を頼るかもしれないし、いいアイデアだわ。

「お義姉様!」

 あれからアルフ様はリハビリを頑張って、今では杖必須だけれど、歩けるようになった。表情も明るく、体つきも少しふっくらしてきたわ。
 最近は私に飛びつくように抱きついてくる。私も嬉しくなって、ギュッと抱きしめ返す。

「まあ、アルフ様はもうこんなに歩けるのですね」
「お義姉様のおかげです」

 お昼過ぎになるとアルフ様やベネディック様と一緒に、お茶をする時間も増えた。王都から取り寄せた焼き菓子もあって、どれもほっぺたが落ちそうな程美味しい。

「この林檎とシナモンのパウンドケーキが凄く美味しいです」
「うん、僕もそう思う」
「ああ、悪くない」

 のんびりとした時間。窓の外は雪がしんしんと降り注ぐ。一年はあっという間に過ぎて行って、その間に空の小瓶に《世界樹ノ忿懣》の種が貯まっていく。
 いつの間にか三人で食事をとるのが当たり前で、ベネディック様と視察で領地を回ることや、領民の人の病気を診ることも日常化していった。険悪だったのが嘘のよう。ここでは奇病が完治しても、皆が優しくしてくれる。

 ベネディック様も優しくて、おしどり夫婦だなんて言われるようになって、嬉しいやら恥ずかしいやら。でも契約結婚だって言えないし、期間中は良い夫婦でいられるのなら嬉しいわ。

「フェリーネ、もう一度結婚式をやり直さないか?」
「え? 急にどうしたのです?」
「その……なんとなく……だ」

 ある日のお茶に時間に、ベネディック様は唐突に言い出した。今日はアルフ様がいないので、二人きりの時間だった。
 申し訳なさそうに話すベネディック様に、口元が綻んだ。

 最初に比べて、仲良くなれたわよね? 
 とはいえ奇病のせいで領地も裕福とはいえない状態だもの、贅沢なんてできないわ。

「ふふ、お気持ちだけで嬉しいです。ああ、でもそれだと貴族社会的に問題があるのですか?」
「いや……そうではないが……」
「?」

 結局その後は急な来客が入ってしまい、話は有耶無耶になってしまった。

 ***

 《世界樹ノ忿懣》の診察も落ち着いてきて手持ち無沙汰になった私に、ベネディック様は「領地経営の手伝いをしてほしい」と声を掛けて下さった。

「フェリーネ。上から三段目、右から五番目の本をとってくれないか?」
「はい。……ん、んん! ふぬぅううう」

 私では拳一つ分ほど届かない。背伸びをして僅かに本を引っ張ることができたのだが、両隣の本も勢いよく目の前に飛び込んできた。

「!?」

 本がバラバラと床に落ちる中、痛みがないことに違和感を覚える。

「あれ?」
「君は思っていた以上に横着なのだな」
「ベネディック様!? す、すみません!」

 私を抱きしめて咄嗟に庇ったようだった。ギュッと抱きしめられた腕はガッシリとしていて、男の人だと意識してしまう。
 はわわわ。胸板が……! なんだか良い匂いがする。ベネディック様は私を抱きしめたままだ。

「あ、あの……ベネディック様?」
「……」

 顔を上げるとエメラルドの美しい瞳と目が合った。最初の時のような鋭くて刃のような眼差しじゃなくて、熱を孕んだような瞳に吸い込まれそうになる。ベネディック様?

「フェリーネ」
「!?」

 甘く囁く声が痺れそうになる。ぐっと近づく顔に抵抗できず身を任せた。初めてのキスは衝撃が大きすぎて、卒倒してしまった。
 起きたらベネディック様は顔を真っ青にしていて、ずっと手を握ってくれていたことが嬉しかった。そうやって少しずつ時間を掛けて、ベネディック様との距離を縮めていった。

 寝室を一つにしたいと言われた時は、思わず聞き返してしまったけれど、よく考えていたら夫婦なのに別けているのが可笑しいわよね。
 形だけの契約結婚が変わったのは、いつから?
 毎日が幸福だった。
 アルフ様が騎士学校に入ることになって、領地から王都に行った時は少し寂しかったけれど、ベネディック様の仕事を支えて毎日を過ごしていた。

 タイムリミットは決まっている。
 そのことを話したかったけれどタイミングが悪く、次の青薔薇の咲く頃に、国王陛下が公爵家に遊行すると言い出したのだ。

 国王陛下は前世の記憶持ちで、元薬師であり天才魔導師だった。国王陛下──セリオが魔法都市を訪れて《世界樹ノ忿懣》の話をしてくれた。
 タイムリミットが近づいてきたから、会いに来る気なのね。

 でもその発言が公爵家、その領地を大きく変えてしまった。その日から国王を迎えるための準備やらパーティーの手配や準備に追われて、ベネディック様との時間が減っていく。
 それだけではなく私が社交界に出るためには、貴族としての最低限の礼儀作法が必要だとか。診察が殆ど終わったから、今後のための薬草の調合や、庭で野草を育てようと思っていたのに、予想外だった。

 季節があっという間に駆け抜けていく。事情をベネディック様に話せないまま、時は流れて──二年の契約期限まであと数ヵ月。
 その頃だったか、私の礼儀作法の教育係として伯爵夫人の代わりに侯爵令嬢スサンナ様が訪れるようになった。

 金髪の縦ロールに、鳶色の瞳、お人形さんのような整った顔立ちに白い肌。ドレスは王都の流行ものなのだろう、ウエストが細くてスカート部分がふわっとして、レースや刺繍の一つ一つが拘っているのが分かる。耳飾りに胸飾りも主張しすぎず、お洒落だった。
 何もかもが自分とは違う。

「お初にお目にかかります。スサンナ・ソーメルスです」

 所作も美しく、一礼カーテシーも完璧だった。彼女の纏っている雰囲気が全く違う。しかし二人きりになった瞬間、スサンナ様の雰囲気がガラリと変わった。

「貴女が有能な薬師のフェリーネ……さんでしたっけ?」
「はい」
「公爵様が夫人を溺愛しているという噂は王都まで届いていたから、どんな人かと楽しみにしていたのに……」
「……」

 溜息交じりに私をジロリと睨んだ。今日は使用人たちが気合いを入れて夫人らしく着飾って貰ったのに、言葉遣いや夫人としての振る舞いを指摘されてしまう。

「まったく。公爵夫人である人が、侯爵令嬢である私に『さん付け』を許すなんて、本当にありえませんわ。そもそも挨拶は爵位が上の者からという常識もご存じないのですか?」
「そう言われれば……」
「はあ、本当にここまで無知だなんて聞いていませんわ」

 その日からスサンナ様の地獄のような礼儀作法が始まった。伯爵夫人とは全く違う。嫌味なんて当たり前、辛辣で心臓を抉られるような罵倒の数々。
 それも社交界では当たり前だとか。私が昔、訪れたパーティー会場では終始にこやかで、スサンナ様のような罵倒なんてなかったわ。商談やサロンでも遠回しにチクチクいうぐらいだけれど、こんなあからさまなものではない。

 ベネディック様は他の領地の貴族の方々との仕事や交渉が増えて、領地に戻ってくることが少なくなった。週に一度、顔を合わせることができれば良いほうだ。
 領地復興のためにも、頑張っているベネディック様を応援したい。でも私の滞在時間がないことを伝えておかなきゃ。
 それとも契約通り二年経ったら別れるから、どうでもいいのかしら?

 今までも奇病だった患者を治して、その後のしばらく住んでいたら「早く出て行け」と遠回しに言われたことがあった。その時も契約で数年住む場所を貸して貰うと、約束を取り付けていたのに邪魔者扱いされたのだ。
 そうじゃない人たちもいたけれど、もしベネディック様が同じように思っていたら……辛いな。

 最初に「二年後に消える」って言ったのは私なのに、いつの間にか──望みすぎた罰だったのかも。
 今世で出会えて、契約結婚で形だけだったけど、夫婦として……過ごせたのだから、これ以上は望んではいけない……わよね。
 それにこの世界から奇病が消えたら、私の《役割》も終わる。

 4.

 スサンナ様との礼儀作法の時間は、いつも胃が胃がキリキリして辛い。
 公爵夫人になりたかったわけじゃない。ベネディック様を助けたかったし、形だけでも良いから家族になりたかった。でもそれだけじゃダメなのだと痛感する。

「私良いことを考えましたの。フェリーネ様を愛人にして、私を公爵夫人に迎える。こうすればフェリーネ様は、夫人の仕事をしなくてすみますでしょう? ベネディック様に打診したところ、快諾して下さいましたわ」
「ベネディック様が?」
「ええ」

 スサンナ様は不気味な笑みを向け、素晴らしい提案だと話す。
 何も聞いていない。それともちょうど二年の区切りになるから、私が居なくなった後、妻に迎えるつもりだった?

「……っ」

 二年契約について、ベネディック様から更新も解消の話をすることはなかった。つまりは、そういうことなのだろう。
 奇病を治した薬師は不要だと。遠回しのアピールだったのだ。
 お互いの目的が合致したからこその契約婚だった。今更「もっと一緒に居たい」なんて言い出せる筈もない。強引に契約を通したのは私なのだから。

 でも寝室を一つにしてからは、少しだけ期待をしてしまった。それこそ貴族は世間体が大事だって言うのに……。
 でも私が本気にならないように、スサンナ様を配置してきたとしたら?
 夢を見て、ずっと続けば良いと望んでしまったのは、私だけ……だった?

「本来、貴女のような者がベネディック様とは釣り合う訳がないもの。でも愛人なら大目に見てもらえるのよ。有り難く思わないと」

 私が公爵夫人である限り、ずっと言われるのだろう。別にそれはいい。でもベネディック様が、何も話さずに勝手に決めてしまったことがショックだった。

「そうですか。王侯貴族ではよくあること……なのですね」
「ええ、そうよ」
「では本日から礼儀作法の講習は終わりですね。今までありがとうございました」
「え、あ……」

 私はここに居ることを望まれていないのなら、礼儀作法よりもやることがある。それこそ余計な時間は掛けられない。薬草の管理と、調合方法を執事長に相談して……。あの種のことも……。

「フェリーネ様……ベネディック様に」
「はい。今後の話も含めて話をさせていただきますわ」
「──っ、そう。ではごきげんよう」

 スサンナ様は何か言いたげだったけれど、そのまま帰って頂いた。

「お別れの挨拶の前に、ベネディック様から話ができれば良いのだけど……」

 私の体は夜になると、腕が半透明になりつつある。昼間は意識して、なんとかしているけれど……徐々に魔法都市に体が引っ張られつつある。この地に留まっていられるのも、期限まで……。
 悲しんでいる場合じゃないわ。薬の扱いなどをベネディック様、公爵家で管理して貰わないと。

 ***

 ベネディック様と顔を合わせたのは、それから一週間後だった。
 痩せて疲れた──というよりも今まで一番肌つやが良く生き生きして、朗らかな笑顔を向けてくる。奇病が完治してからより美しくなったベネディック様に、少しだけ見惚れてしまった。
 私が一緒に居たよりも、充実した日々を過ごしていたのがよく分かる。それぐらいわかるぐらいは、一緒にいたもの。わかってしまうことがなんだか悲しい。
 会えないのが寂しかったと思うのは……きっと私だけなのでしょうね。
 今の私、上手く笑えているかしら?

「お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま。フェリーネ」

 二人だけの食事は穏やかで会話も弾んだ。これももうすぐ終わると思うと、泣きそうで上手く笑えていなかったと思う。 
 寝室で明かりを付けたままだと体が半透明になるのに気づかれてしまうので、照明を少し落として貰った。
 ベッドに座り、旦那様に思い切って尋ねる。

「……ベネディック様。スサンナ様が言う婚姻関係についての常識や、……あい」
「……?」
「……あ……ええっと、スサンナ様の言う礼儀作法愛人を持つは、貴族社会なら当たり前なのでしょうか?(これで伝わったかしら?)」
「ん? ああ。……君の知人で、礼儀作法カーテーシに関してなら、彼女が適任だと思うよ。君と年も近いだろう」
「(知人? ……ベネディック様が紹介したのに? でも適任ってことなら……)ベネディック様……」
「そんなことよりも、明日もやるべきことがたくさんある。早く寝てしまおう」

 話を切り上げて、ベネディック様は私を抱きしめる。彼の腕の中はいつも温かくて安心できたのに、今日はそう思えなかった。
 ベネディック様にとって礼儀作法なんて「そんなこと」なのね。

「愛しているよ、フェリーネ」
「私もです。……でも、あい……んー、貴族社会のあり方は……私には合いそうにありません」
「面倒なら国王陛下と謁見する時だけで、君が社交界に出る必要はない。私の傍に居てくれれば、それだけで十分だ」
「──っ」

 この先ずっと、ベネディック様の隣に立つのは私ではなく貴族の身分のある人であるべきと、この方もそう考えている?
 私の言っている意味は理解できているのに、食い違っているような違和感を覚える。でも……もし認識の通り彼の口から「愛人として傍にいてほしい」と言われたら、きっと耐えられない。
 その可能性がゼロじゃない以上、怖くて聞き出せない……。

「明日は久し振りにゆっくりしよう。ああ、王都でアルフに会って来たが、大分逞しくなっていたよ」
「まあ、アルフ様は元気なのですね」
「君にも会いたがっていたよ」

 アルフ様は時々手紙を送ってくれたけど、自分の近況よりも王都で有名な菓子の感想や、それを私に送ってくれていた。そんなアルフ様も、今回のことは聞いているのかしら?

 本当は愛人のことを聞きたかったけれど、抱きしめられた腕の温もりが温かくてこの時間が終わってほしくない。
 そうだわ、明日はゆっくりするのだから、その時に話そう。あの場面を目撃するまでは、そう思っていた。

 ***

 いつもなら朝までぐっすり眠れるのだけれど、雨の音で目が覚めた。

「……ん」

 窓を叩く雨音と、気温がぐっと下がったせいでかなり寒い。時折、カシャン、と何か割れるような音が聞こえた。

「ベネディック様?」

 隣で眠っていたベネディック様の姿もない。
 こんな時間にどこに?
 もしかして毛布を探して?
 このままでは風邪を引いてしまうと思い、毛布を取りに寝室を出た。ここで公爵夫人ならベルを鳴らして使用人を呼ぶのだろうけれど、足が動いてしまった。それに最近入った侍女は私にあまりいい感情を抱いていないのよね。

「────、────!」

 なにやら屋敷内が騒がしい。急病人?
 足早に向かうと、そこには金色の長い髪を振り乱したスサンナ様が、白のナイトドレス姿でベネディック様と言い合いをしていた。
 ベネディック様は背中を向いているので表情はわからないけれど、スサンナ様は明らかに取り乱して泣いている。

「──、わかった」

 ベネディック様の声を聞いた瞬間、サーと血の気が引く。私に気づいたスサンナ様は、口元を歪めて笑ったのが見えた。
 心のどこかで、そうじゃないと思いたかったけれど、侯爵令嬢の彼女が公爵家の屋敷にいること自体おかしいし、乱れた髪と薄手のナイトドレスを見たら泊まっていたことは明白。

 気づけば寝室に戻って座り込んでいた。
 あれが夢だったら、よかったのに……。
 公爵夫人である私に意見を仰がずに、彼女を泊めているのだとしたら、ベネディック様が許したのだろう。
 私を好きだと言ってくださっていたけれど、公爵夫人としては不適切だったってことよね。睦言では「傍にいて」とか「残って欲しい」とは言っていたけれど、やっぱり真に受けなくて良かった。以前マーリンやヘルガが忠告してくれていたおかげだわ。

 それに「貴族は一夫多妻の文化がある」って侍女たちも、力説して本を貸してくれたのだった。スサンナ様が来てから屋敷の雰囲気も変わったわ。
 今頃気づくなんて……。それほど私は浮かれていたのね。馬鹿みたい。

「好いていても、価値観が違うと幸福にはならないのね……」

 ここに残っても、心が蝕まれていくだけ。
 大丈夫、元々二年という約束だったもの。
 ベネディック様は大魔導師エルベルト様の転生者、ずっと恩返しをしたかった人。
 それが恋に変わっていったのは、私を睨まなくなってからだったかしら?
 眉を吊り上げて不機嫌な顔をしても、ベネディック様はなんだかんだ優しかった。些細な気遣いや言葉が嬉しかったし、愛しているとも言ってくださった。
 観察力が鋭くて、警戒心が強いけれど、一度懐に入ると温かくて優しい人だとわかる。面倒見もいいの。

 いつだったか青薔薇の花束を贈ってくださったことがあったけれど、すごく嬉しかった。夢が叶う、奇跡、神の祝福、不可能を成し遂げるとか。でも魔法都市での花言葉は「忘れない愛」だったから。
 この公爵領ではたくさんの贈り物をもらった。私が恩返しをするはずだったのに、たくさんの物を得たから……充分だわ。

 翌日、アルフ様に近況報告も兼ねて、手紙を書いた。十分すぎる報酬を得たのだから、明るく別れよう。少しだけ前向きに思えていたのだけれど事態は唐突に、そして一変する。

 5.

「お義姉様!!」
「え、ええ!? アルフ様!?」

 手紙を出して僅か三日でアルフ様は公爵家に飛んで帰ってきたのだ。薬部屋で調合していた私はアルフ様の唐突な帰還に目を丸くしてしまう。

「王都にいたはずじゃ?」
「馬を使って急いで駆けつけました!」

 馬車じゃないと聞いて更に驚いた。アルフ様が奇病を克服してから、リハビリを頑張っていたのは知っていたけど、予想以上に逞しくなって……。
 今年十二歳になるアルフ様は、背が伸びたようで、私よりも少し高い。声も少し低くなっていた。男の子ってあっという間に大人になっちゃうのね。

「兄様がお義姉様を愛人にして、あの性悪な侯爵令嬢を妻にすると言ったのですか!?」
「性悪って……たしかに嫌味な言葉をいう方でしたが、貴族社会では普通だと言っていましたわ。それに……」
「そんなことまで言われたのですか!? 高々侯爵令嬢の分際で!」

 激昂するアルフ様の様子を見るに、スサンナ様は特殊だったのかもしれない。けれど私の教師役を選んだのは、ベネディック様だったわ。だからそれが貴族社会のあり方だと思っていた。本当に私は長く生きているのに、私って無知だったのね。

「やっぱり私には公爵夫人には相応しくなかったのね。酷いことを言われても、それが貴族の世界ではどうなのか知らなかったし、判断できなかったのだもの」
「そんなの、お義姉様のせいじゃないです。兄様も領地復興のためと、社交界に出るのにお義姉様を連れて行けば……」
「でもそれはしょうがないわ。私は期間限定の妻だもの」

 思わず本音が漏れてしまい、それを聞いてアルフ様の目が大きく見開いた。

「それは……どういうことですか? お二人の結婚は急でしたが……もしかして、兄様は奇病を治すために仕方なく、お義姉様と結婚を?」
「うっ……、当時は私が押しかけたようなものだから、ベネディック様は悪くないわ。もとからそういう契約だったもの。ベネディック様は私が居なくなった後に、貴族のご令嬢を迎える。でもお情けで愛人を提案されたけれど、私には無理だわ」

 だから、とアルフ様に必要になるかもしれないと、薬の調合レシピの束を渡す。ベネディック様とこの後会えるか分からないし、話ができるかも不明だから。

「とっても楽しい二年だったわ。ベネディック様にいつかの恩を返すために、この地に来てよかった。それが本当の夫婦のように扱って、短い間だったけれど、愛して貰えて充分幸せだったわ」
「お義姉様は……それで良いのですか?」
「…………どちらにしても、私は魔法都市に戻らないといけないの。強制送還ってやつね」

 そういって袖を捲くって腕を見せた。もう透明になりかけている。

「なっ。お義姉様も、なにかの奇病に!?」
「違うわ。私は魔法都市を長く離れられない体質……みたいなものね。だからどちらにしても──」

 私の言葉にアルフ様は消えかけている腕を掴んで、抱き寄せた。昔は私が抱きしめていたのに、あっという間に立場が逆になってしまったわ。心音が早くて、本当に大きくなったのだと実感する。

「ダメです。魔法都市に戻っても、またすぐに戻って来るのですよね!? お義姉様がいなくなるなんて嫌です」
「……ありがとう。アルフ様が私の話を聞いて治療を受けたからこそ、ベネディック様を含めた領民の奇病を癒すことができたの。それに今回のことで実感したわ。私は根っからの薬師で、公爵夫人は難しいって」
「じゃあ、僕が魔法都市に一緒に行くのはいいですか!?」
「え!?」

 とんでない発言に耳を疑ってしまった。今までそんな風に言ってくれる人はいなかったから、本当に驚いた。

「──っ」
「僕はお義姉様がいたから、歩けるようになった。誰もが諦めて、見捨てて無価値だった僕を、お姉義様だけが諦めないでと、救ってくれた。僕だけじゃない、兄様も、領民も流行病の時に助けて貰った。それが契約上の仕事だったとしても、僕にとって紛れもなくお義姉様は大事な家族で、恩人なんだ。……だから、居なくならないでほしい」
「……ありがとう。でも、ごめんなさい。魔法都市は常に移動しているし、権限がなければ入れないの。……私のことを本当の家族のように迎えてくれてありがとう」

 アルフ様は私から離れず、駄々をこねる子供のようにギュッと抱きしめたままだ。流石にずっとこのままとはいかないので、アルフ様に声を掛けようとしたのだが──。

「お前たち、何をしている!?」
「「!?」」
「……っ、アルフ、お前がフェリーネを泣かせたのか?」

 ベネディック様の鋭い声と激昂したその姿に、私たちは固まってしまった。彼はつかつかと大股で近づき、私とアルフ様を乱暴に引き剥がそうとしたが私の片腕が勢いに耐えきれず、光の粒子となって拡散した。

「フェリーネ!?」
「お義姉様!?」
「ああ、痛くはないの。……ただ時間切れみたい」

 思った以上に、私の心が疲弊していたのだろう。地上で一定数以上のストレスが蓄積した際、私の精神安定を優先して強制送還術式が組み込まれている。もちろん魔導師でもない私がどうこうできるものじゃない。

 お別れをするなら、今しかない。
 ふう、と一呼吸を置いてベネディック様を見た。先ほどまで激昂していたのが嘘のように、顔が青い。でも彼は、私が居なくても大丈夫。
 だい……じょうぶ。

 未練ばかりで本当に女々しい。それでもこうなってしまった以上、これで良いのだろう。勝手に押しかけて、妻になって勝手に居なくなる。
 結局私は、貴方に恩を返せたのかしら?
 恩を仇で返す形にだけはしないように終わらせないと……。ぐっと唇を噛みしめて、口元を綻ばせる。
 今、私はうまく笑えているかしら?

「──っ、ベネディック様。二年契約でしたが奇病も完治しましたし、契約は履行したということで……当初の予定通り消えることにしますわ」
「なっ、フェリーネ。どうして……そんなっ」

 ベネディック様は酷く動揺していたけれど、いきなり体が崩れたら誰だって驚くわ。そう思ったのだけれど、すぐにベネディック様の表情が変わった。最初に出会った時よりも鋭い視線が私を射抜く。

「許さない。フェリーネがいなくなることなど、私は許可していない! 契約不履行だ! ずっと一緒に居ると、本当の夫婦になったつもりだったのは……私だけだったのか!?」
「──っ」
「兄様、お義姉様は──」
「お前は黙っていなさい」

 胸が痛くて、悲しかった。
 下唇をギュッと噛みしめながら、言葉を返す。私だって本当の夫婦になれたと思っていたわ。でも──。

「私の『普通』と、ベネディック様の『普通』は違うのでしょう。私には貴族の常識なんてありませんし、何をしても付け焼き刃で、覚悟だって……見通しが甘かったのです」
「侯爵令嬢から話は聞いている。フェリーネが社交界に出たくないのなら、それでもいい。だから──私の傍から居なくならないでくれ。……頼む」

 手を差し伸べるベネディック様の顔は真剣だった。悲しいほどに、やっぱり私とベネディック様の価値観は合わないらしい。

「ごめんなさい、ベネディック様。心の底から求められていると分かっていても……それだけは譲れそうにありません」
「フェリーネ!」
「スサンナ様とお幸せに」

 最後にお話ができて良かった。そう思っていたのに、ベネディック様はこれでもかと目を大きく見開き、信じられないといった顔をする。

「なぜ、私が侯爵令嬢と幸せに? 今彼女は関係ないだろう?」
「え……? でも深夜に二人で」
「なっ!? あれは違う。使用人たちが勝手に──」
「兄様はお義姉様を愛人に格下げして、侯爵令嬢を正妻にすると聞きましたが、本気ですか!? 僕は反対です!」
「なんだそれは! 私の妻はフェリーネだけだ。なぜ愛人に?」

 ベネディック様は困惑しているが、私はそれ以上にハテナマークが浮かび上がる。スサンナ様から話は伝わってない?
 体が崩れかけて、もう最後の言葉を言うつもりだったのに、最後の最後で食い違いに気づく。

「スサンナ様からベネディック様が「そう言った」と。貴族社会のよくあることだと……ベネディック様にも、それとなくは聞いたのですが……」

 さすがに「愛人」と直接的な言葉を言うのは躊躇われたので、濁してしまった。その時はスサンナ様から話を聞いていると思っていたのもあったから、その前提で話を進めてしまったわ。それにあの夜、二人で会っているのを見てしまった。

「まず私の妻はフェリーネだけだ。……それに今回のレッスンは、君が侯爵令嬢のことを気に入ったから『教育係を推薦したい』と言い出したのだろう?」
「え? ベネディック様の紹介だと、ある日突然家に訪れたのですが……」
「なんだって!?」
「やられたね、兄様。あの令嬢は学院内で男を取っ替え引っ替えしていて、卒業間近に婚約破棄されて、手当たり次第に声をかけていたんだ。兄様は奇病後、領地復興で社交界に出ていたけれど、噂とか知らなかっただろうし……。国王陛下が遊行に来られるからと、使用人を増員した結果、見慣れない顔が何人か紛れ込んでいたよ。侯爵がうちを乗っ取るつもりなんじゃないかな?」
「なんてことだ……。私が王都にいる間、執事長と侍女長に任せていたはずだが? 二人は?」
「え? ベネディック様の手伝いをするためと言って、ずいぶん前に王都に立たれたと聞きましたけれど?」
「くそっ……そちらも小細工を! フェリーネ、すまない」
「ベネディック様……」

 と言うことは、お互いにスサンナ様の言葉を真に受けて……?
 ここまでくると、アルフ様の読み通り侯爵家当主が絡んでいる可能性が高いと思う。書類偽造って犯罪じゃ? 

「だいたい兄様は、最初お義姉様に素っ気なかっただろう。ちゃんと結婚式にやり直したほうがいいって、執事長からも言われていたと思うけど?」
「だが……実際に提案してみたら、あんまり嬉しくなさそうで……嫌われるのが怖くてだな……」
「その割には寝室一緒にしたりしていたじゃないか! 恋愛が絡むと、こんなにポンコツで、拗らせて、ヘタレだとは思わなかった」
「ぐっ……返す言葉もない」

 どちらが兄だか分からない会話を繰り広げていた。しゅんとなっているベネディック様は珍しい。

「わ、私も悪かったのです……。もともと二年契約でしたし、押しかけて無理に夫婦になったのですから」
「最初がそうだったとしても、妻は君以外に考えられない。フェリーネ、私は君を愛している。どうかこの地に止まって私の隣に、妻としていてほしい……頼むっ!」
「──っ」

 ベネディック様は、今にも崩れそうな私の頬に手を当てて懇願する。ベネディック様の熱は心地よくて、涙が溢れた。

「私も……もし叶うのなら、一緒に……でも……この転移魔法は私では止められないのです」
「なっ……だとしても、すぐに戻って来るのだろうか。いや私が魔法都市に迎えに行く!」

 アルフ様と同じことを言うので少しだけ笑ってしまった。やっぱり兄弟だわ。なんだかほっこりしてしまう。ベネディック様なら迎えに来てくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いてしまう。
 ああ、戻りたくない。
 ここに、居たい。そう思っても体の形が崩れ、数分も持たないだろう。
 それでも──。

「帰りたくない。……ベネディック様と、アルフ様と……ここを離れたくない」
「フェリーネ」
「ベネディック様」

 諦めてかけた時、発動していた魔法陣がピタリと止まり、体が引っ張られる感覚がかき消えた。

「え? これは……」
『まったく、巨大な魔力を感知して来てみれば……。相変わらずフェリーネは、魔力制御と使い方ができていないんだから』

 光の粒子になりかけていた私の体を元に戻し、強制送還用の魔法陣を解除。緻密な魔力コントロールをサラッとしたのは、霊体姿の現国王クリストフェル・オールストレームであり、かつての同僚セリオだった。

「クリストフェル国王陛下!?」
「……!?」
「セリオ、貴方霊体で来るなんて……!」

 ベネディック様の言葉に、セリオは「おっと」と照れながらも四十代前後のダンディな男性から、髪が長く白い衣を纏った青年に姿を変えた。前世セリオの姿だわ。

『いやー、今世でもやってみたら、できちゃうって、やっぱり僕ってどの時代でも天才だったんだな』
「(そういう所、昔と変わってないのね)セリオは出会った時から凄かったわ」
「国王陛下、我が太陽であり──」
『ああ、非公式だから長ったらしい前口上は不要だよ』
「ハッ」

 ベネディック様とアルフ様は、素早く片膝を突いて深々と頭を下げた。
 セリオは説明を求める私の視線に気づいたのか、咳払いをして誤魔化す。

『バルテルス公。僕には前世の記憶があってフェリーネとは縁がある。彼女は奇病や病を放っておけないというか、根っからの薬師でね。今回地上に降りる際に、色々と協力をしたんだ』
「契約結婚の話も陛下が?」
『あー、まあ、あれはこの子が酷い目に遭わないためにも、それなりの身分が必要だったから用意した。それに彼女個人もそれを望んでいたし』
「せ、セリオ!(それは言わない約束だったのに!)」
「…………」
『二人の行く末がどうなるのか、どう話をつけたのか。二年契約前に様子を見ようと思って、非公式で遊びに──様子見する予定だったのだけれど』
「(今、遊びにって言いかけたわ)」
「(今、遊びにって言ったな)」
『計画の途中で王妃にバレてしまってね。そのだな、大々的になってしまったのだ。はははっ、すまない』
「(そして途中途中で今の口調に戻ったりするのね)強制送還されるところだったから、そのことに関しては本当に助かったわ」

 セリオの思いつきから大事になったけれど、それはそれとして、今ここに彼が来てくれて良かった。

『本当に君は昔から魔力だけは誰よりも高いのに、操作と使い方はからっきしだったからね。まあ、でもそれでよかったのだろうけれど』
「え?」
「とりあえず半年時間を上げるから、今後どうしたいのか公爵と話をして決めると良い。どちらを選んでも、僕がなんとかしよう』
「どちらもって……」
『魔法都市に戻らずにすむ良い方法があるってこと。だからフェリーネはそれを理由に結論を出さないことだ。バルテルス公も、侯爵家のほうは僕が対処しておこう(それがエルベルトとの古い約束でもあったからね。もっとも今世で、前世の記憶を引き継いではいないようだけれど、そのほうが幸せだろう。彼女にとっても、彼にとっても)』
「陛下、過分なお心使い痛み入ります。私が未熟なばかりに、妻であるフェリーネや陛下に迷惑をかけて申し訳ありません」

 セリオは嬉しそうに笑った。

『いいさ。フェリーネ、前世では言えなかったが、君は幸せになっていいんだからね』
「──っ」

 それは私の中に突き刺さった棘を抜き取る言葉だった。もしかしたら前世でも、何度も同じ言葉をかけられていたのかもしれない。でも私は、受け取ろうとしなかった。

 明けない夜を望みながら、夜明けを待ち焦がれていた──矛盾をない交ぜにした気持ちのまま、ずっと停滞を選んでいたから。それを変えてくれたのは、エルベルト様の魂を持った──けれど別人のベネディック様だった。
 薬師としての《役割》が終わる。その最後に出会えて良かった。

 ***

 セリオは一方的に、言いたいことを言って去って行った。嵐のような人だわ。アルフ様は国王が来てからは、ずっと黙ったままだった……。

「アルフ様?」
「あ、ごめん。僕がリハビリしている時に、さっきの青年と少し話をしたんだけど……国王陛下だったからビックリして……」
「ああ、お前が以前話していた青年か」
「そう」
「それで固まっていたのね……(仲良くお話していたら、国王様だったって、それは、うん……そうね……)」

 ちょっとだけアルフ様に同情したのだった。
 それからベネディック様と今後の話し合いとなり、空気を読んだアルフ様は「まずは夫婦で話したほうが良いと思う」と言って退席してくれた。

 ベネディック様と向き合ってお茶をするのは、いつぶりかしら。ちょっとウキウキしていたのだけれど、どうしてこうなったのかしら?
 向き合って──ではなく、私はベネディック様に横抱きで膝の上に座っている。
 なにこれ?
 しかも腰回りに抱きついていて、離す気ゼロだわ。

「ベネディック様? ……距離的に近くないですか?」
「フェリーネがここにいると、実感したい」
「そ、それなら隣に座ればよいのでは?」
「私の傍は嫌なのだろうか」
「(途端にめんどくさい人になった!?)……そんなこと一言も言っていませんわ」

 ベネディック様はいつになく目に見えて落ち込んでいた。こんなに落ち込むなんて初めて見るかも?

「さっきフェリーネを永遠に失うと思ったら、怖くて堪らなかった。……思えば私は慢心していたのだ。気持ちを十分に伝えていると、だからこの先もずっと傍にいるのが当たり前で、好いていてくれると……」
「ベネディック様」
「でもどこかで契約の話をしたら、君はあっさりと『約束通り魔法都市に戻る』と言いそうで……怖くて聞けなかった。だから卑怯かもしれないがなし崩し的に、君をこの地に止めようと……した。結婚式やパーティーの根回しをして、外堀を埋めようと……」
「だから王都に?」
「当たり前だろう。そもそも……君に酷いことを言った手前、契約は契約だとバッサリ切り捨てられても文句は言えない。自業自得だ……でも……それでも……私は君に、ここに残ってほしいと、望んでしまっている。これが私の本音だ」

 ベネディック様は気持ちを整理しつつ言葉にしているが、声だけじゃなくて手も少し震えている。この方でも怖いことがあるのだと思うと、少しだけ安心してしまう。私だけの一方通行じゃないのが嬉しい。

「私も……契約のことを言い出すのが怖かったです。私から契約内容を決めて押しかけて、それでもまだ居着くなんて、ごうつくばりだって思われたくなくて……。私もベネディック様に嫌われたくなかった。臆病で、逃げてばかりで事実を聞こうとする勇気もなくて……。だから遠回しな言葉ばかり選んで……、関係が崩れるのも嫌だってダメダメでしたわ」
「フェリーネはダメじゃない」

 即答するのが嬉しくて、涙がこぼれ落ちた。

「私、もう会えないかもしれないって思っていても、傍で一番じゃないと嫌だって……私、自分で思っていた以上に我儘だったみたいです」
「好きなら傍に居たいと思うのは当然のことだし、私もそうであって欲しい」
「……ベネディック様」

 ベネディック様に抱きつくと、あっという間に腕の中に閉じ込められてしまう。ギュッとされるのはすごく好き。ベネディック様からは、いつもベルガモットの爽やかな香りがする。落ち着く……。

「だいすき」
「もう一度」
「大好きです、ベネディック様」
「ああ、私も君が、フェリーネが、大好きだ」

 それから、ちょこっとだけ泣いてお互いの話をした。私は勇気を出して、自分のことを語ってみた。
 私が不老不死になった経緯と、なぜ魔法都市に戻らなければならないのか。
 長いようで短いお話。

 でも最後までエルベルト様がベネディック様の前世だとは、お伝えしなかった。勘の鋭いベネディック様は気付いたかもしれないけれど、私は口を噤む。
 キッカケはエルベルト様の言葉だったけれど、ベネディック様を好きになったのは、傍にいて自然と惹かれたから。不器用で、でも優しい。ベネディック様だから好きになったのだ。

 それにエルベルト様が前世だったと確定させてしまったら、いけない気がする。
 それと《役割》が終わった後、永遠の眠りにつくつもりだったのも内緒にしないと。
 私がベネディック様にする最初で最後の秘密事。

 6.ベネディック公爵の視点

 奇病《世界樹ノ忿懣》が発現した時、目の前が真っ暗になった。母の病死、父の事故死、親戚のみなが軒並み死んでいく恐怖。末の弟すら、自分よりも症状が早い。
 みな死に絶えていく中、伝承や伝説に聞く空中移動要塞、魔法都市が目の前を通過した時は頭が可笑しくなったかと思った。稀に空人が降りてきては、治癒あるいは薬を処方して気まぐれに癒すとあったのだが、本当にそんなことが起こるとは思ってもいなかった。おとぎ話の産物だと思っていたのだから。

 現れた女性を見た時、衝撃と共に言いようのない感情が湧き上がった。淡い若草色の長い髪、金色の瞳、白い肌に、白い服の──綺麗な人だ。よくわからない様々な感情を煮込んだような、形容し難い感情が噴き出す。
 怒り?
 拒絶?
 苛立ち?
 違う。けれど彼女を前にすると感情が制御できず、荒々しい言葉に視線が鋭くなってしまう。奇病を治す手立てがあると口にする言葉に、嘘がないのが分かっているのに、溢れ出す感情が渦巻いて、自分でも驚くほど酷い言葉を返した。

 それでも彼女は困ったように微笑むだけで、奇病で心も体も疲弊しているのだと受け取った。自分の奇病を気持ち悪いとも言わず、真摯に接する。
 自分にできるのは客人対応を徹底させて、嫌がらせやぞんざいに扱うことを禁止した。

「旦那様が素っ気ないから、下の者も下に見ようとするのですぞ。反省してください」
「ぐっ……」

 自分が蒔いた種の大きさに猛省する。最初に盛大にやらかした後で、彼女にどう接して良いのかますます分からず、彼女の言葉通り塗り薬はこまめに行い、薬も飲んだ。

 毎回、アルフに薬を塗っているのを見て「自分も素直に受け入れていたら、フェリーネから触れてくれるのに」と弟に嫉妬して、自分の器の小ささに愕然とした。
 本当に愚かだ。
 彼女に声を掛けたくても、きつい言葉になってしまう。違う、そうじゃない。

「ベネディック様、お顔の塗り薬は足りていますか? 人によっては個人差があるので薬の調合もしますので……」
「問題ない」

 そっけない言葉で会話終了。けれどそれで彼女と話すのが終わるのは嫌だ。気づけば彼女の袖をちょっと掴んでいた。

「──っ!?」
「ベネディック様? もしかしてどこか辛いのですか? それとも肌が少し痒いとか? 最近流行病で体調を崩す方もいるのです」

 薬師モードになった彼女は、ぐいぐい来る。そこがちょっと愛らしい。
 背伸びして私の額に手が触れた瞬間、衝動的に抱きしめたくなった。自分でもわけがわからない感情に困惑する。グッと堪えたのを不調と捉えたのか、彼女は「顔色も悪いですから今日は休んでください」と手を引いて自室へと促される。
 お人好し過ぎないか? 天使か?

 彼女が自分の寝室にいる。甲斐甲斐しく世話を焼き、心配そうになる彼女を、フェリーネを見て、ずっと自分の中に燻っていた感情の正体を知る。
 何のことはない、出会ったあの日から、私は彼女に一目惚れをしていたのだ。
 ただ自分でも今まで感じたことのない、魂の底から湧き上がる感情が複雑すぎて、自覚するのに時間がかかった。

 そして自覚した途端、どす黒い独占欲が腹の底から湧き上がる。自分ではない誰かを重ねるような眼差しや、薬師としての顔を保ったまま話しかける姿を見るたびに苛立ってしまう。本当はもっと話がしたいのに、言葉がうまく出ない。
 愛と呼ぶには重く歪すぎる。だが自覚してしまったら、もう誤魔化すことも抑えることもできなかった。

 流行病の非常事態だったからこそ、フェリーネとの関係を再構築する機会を得た。使用人や弟の協力を得て、彼女が自由に動けるように、そして……少しだけ関わる機会を得られるようになり、ようやく彼女に謝罪ができた。

 今更手遅れかもしれない。あれだけ酷いことを言ったのだ。嫌われても──そう思っていたのに、蓋を開ければフェリーネは仲良くできることを純粋に喜んでいて、その笑顔に心臓を撃ち抜かれた。
 可愛すぎる、今までその機会をことごとく潰してきた過去の自分がいたら、殴り飛ばして「今すぐに自分と変われ」と叫んでいただろう。
 フェリーネとの時間は心地よく、もっと早くこの関係が築ければと後悔しながらも、彼女を大切に、そして愛おしいと、不器用ながらも伝えて順調だった──と思う。

 歯車が狂ったのは、国王陛下の一言だった。
 それまで青薔薇は特産品とし重宝されていたが、ここに来て爆発的に発注や、青薔薇をテーマにした美容関係の商品化、モチーフやデザインなども映えるということで領地への観光客も倍に膨れ上がった。

 何もかもフェリーネが来てから上手く行っていて、そんな彼女の紹介だからと侯爵令嬢の言葉を鵜呑みにした結果、フェリーネを一生失うかもしれないと知った時は、ゾッとした。
 回避できたと心から安堵すると同時に、今度は絶対に手放さないし、しっかりと言動で示していこうと心に誓った。

 それにしても国王陛下とフェリーネが顔見知りなことに嫉妬するほど、自分が狭量だったとは思わなかった。
 彼女は自分の過去を語る。
 気の遠くなるような、長いような短くも感じる半生を──。

 ***

 フェリーネは《神々の楽園》から落とされた心臓のない出来損ないで、冬空の下で死を待つばかりだったらしい。そこで恩師である大魔導師エルベルトを含む七人の魔導師によって、仮初の心臓を得て命を長らえた。
 しかしそれによって、神々から新たな《役割》を押し付けられる。世界の維持、その歯車の一つとして、彼女は《奇病》と病を癒す叡智と方法を得て、不老不死となった。

「元々、この世界の《奇病》とは神々の与えた恩恵がうまく作用しておらず、悪変して呪いや奇病と転じていたのです。そしてそれを長く伝え続ける者が、皆死んでしまったとか。神々はこの世界に降りるための器がないので、対処法を伝えるのが出来なかったそうです」
「フェリーネが神々から落とされたというのは?」
「本来、私がこの世界で死亡した際、神の声が選ばれた者に届く……装置であり、箱舟のような扱いだったのだとか。それをエルベルト様たちが変えたことで、私は生き続ける代わりに《役割》を得たのです」

「《役割》を得た」と言っているが、実際のところ神々の計画が失敗した穴埋めで、それを都合よくフェリーネに押し付けた。

「私の存在が悪用されないように、七人の魔導師は移動要塞魔法都市を作り上げて、世界を巡りました。その途中で都市を離れる者も……。当時は分かりませんでしたが、あれは寿命だったのでしょう。『また会おう』とみなそう言って去って……次に現れた時は、別の姿をしていたのですからビックリです」

 そうやって七人の魔導師であり薬師となった彼らは転生を繰り返し、フェリーネの元を訪れたと。国王陛下もその一人だというのだから、話が壮大すぎる。

 いや……話からして私も、おそらくその七人の一人だったのだろう。でもフェリーネは、それが誰かは語らなかったし、私も聞かなかった。奇病が発現したから、フェリーネが来てくれた、その事実だけで充分だ。

「そうか。……でもその《役割》を終える算段がついたなら、今後も私の人生に関わってくれないだろうか。生涯、君を大切にするし、たくさん愛する。……もし魔法都市に向かわなければならないのなら、私もついて行く」

 そう告げたら彼女は顔を真っ赤にして固まっていた。これは脈があるだろうか。「ひゃう」とか「はわわ」と呟く声も可愛らしい。

「ベネディック様……っ、い、良いのですか? ずっと黙っていて……私人間とは違う存在で……ええっと……長い時間生きているので、年齢的にも……その……」
「フェリーネはフェリーネだ。それだけで充分だが?」
「はぅ……」

 耳まで真っ赤になって、可愛すぎる。こっちが今どれだけ理性を総動員しているのか、知らないんだろうな。クソッ、可愛すぎる。この流れならキスぐらいは許されるだろうか……。
 ジッと見つめていたら、どう解釈したのかフェリーネは自分から胸板に抱きついた。無自覚に理性を削ってきた!?

「フェリーネ……」

 顔を上げたフェリーネは照れつつも、唇に触れる。どこまでも私の予想の斜め上を行って、嬉しさで泣きそうだ。
 人はこんなにも胸が熱くなると、涙が出るのだな。もう何度もしているキスが、今日はより特別に感じられた。

 7.セリオの視点

 《賢者の石》の上位互換、それが《神之雫》であり、七人の魔導師僕たちがそれを作り上げた時、神の御技に近づいたと単純に喜んだ。
 性格も考え方も、生まれも育ちもまちまちで王族だった者もいれば、孤児だった者も、犯罪者であり、神と崇められた者までいた。まとまりのない価値観も常識も異なる中で、探究心と好奇心──魔法の研究だけが僕たちを繋いでいた。純粋に世界を構築した神々の頂きを目指した変わり者たち。
 それが変わったのは、死にかけの少女フェリーネとの出会いだった。

 最初彼女は白銀の長い髪、陶器のような体、小さく蹲る少女の体は常に発光していて、明らかに人ではなかった。そして彼女に心臓がなく、死にかけていた。
 僕たちの作り上げた《神之雫》を与えて延命処置を行う。それは偽善とか救いたいとかではなく、純粋な興味だった。欠落した神モドキを神に戻せないかという知的好奇心、衝動にも近かっただろう。どれだけ罪深いことか、僕たちは知らなかった。

 その結果、七人の魔導師僕たちは一人の少女の人生を大きく変え、彼女は神と同格の存在に底上げしてしまった。
 僕たちの好奇心と傲慢さによって、少女は不老不死になり、世界の歯車となった。そして僕たちは神々の計画を妨害したとして、呪いを受ける。少女を見守り導く《役割》を押し付けられ、しかも死しても転生して繰り返されるおまけ付きだ。
 悲観はしなかった。

 僕たちは退屈が嫌いだ。厄介ごとも嫌いだが、研究しがいのあることが大好きだった。神々の呪いなんて、祝福と表裏一体だ。使い方次第では面白いことができそうだと、僕は思った。だから、あの日、エルベルトの提案にも賛成した。

「自業自得だけれどさ、これを絶対にフェリーネには言うなよ」
「了」
「決まってんだろうが」
「だよねぇ」
「うんうん」
「うーん。呪いを引き継ぐのは、私だけで良いのだけれど?」

 黒い痣が体を蝕んでいても、七人の魔導師僕たちはあっけらかんとしていた。自らの呪いについて研究する者が殆どで、自分たちの言動になんら後悔などない。大魔導師エルベルトも同じだった。

「じゃあ、呪いがヤバそうな者から魔法都市を出て行く方向で。フェリーネには絶対に『サヨナラ』は言わないこと『オヤツは一人金貨一枚まで』あと、荷物は最小限に」
「「「遠足かよ!?」」」
「ウケる」
「まあ、良いけど。──にしても、大魔導師エルベルト様にしては、ずいぶんと消極的な方法だねぇ。どんでん返しとかすると思っていたけれど?」

 僕は軽口を叩き、エルベルトは困った顔で微笑んだ。「いつだって不可能を可能にしてきた男が何を迷っているのか」と、少しだけ茶化して聞いてみた。そして返ってきた答えは──。

「荒技を使えば神々に仕返しはできるけれど、誰も幸せにならないだろうし……。あの子に悲しい思いをさせたくない。それにこの呪いの解析ができれば、将来的にフェリーネの《役割》から解放できる。そんな訳だから、転生するみんなは前の記憶を引き継げるようにしておいた。全員の解呪とフェリーネの《役割》が終わるまでよろしく」
「はああああ!?」

 心の底から笑った。本当にイカれている。
 どこまでも自分の希望を押し通すために、無茶を通す。しかも禁術をいくつも使うことにまるで躊躇いもない。世界の理を婉曲した解釈で術式を組み込んで無理矢理押し切る。思えばこの男は緻密とか複雑とかではなく、そもそも着想がぶっ飛んでいるのだ。だからこの男と居ると飽きない。
 でも今までは何にも執着がなかったから、研究にもどこか冷めた感じだった。でもフェリーネという存在が彼を大きく変えた。

「サラッと何言い出してんだ、この男!?」
「人権無視のトンデモ野郎が、ここに居るぞ!?」
「マジ最悪」
「酷」「呆れ」
「あはははっ、相変わらずうちらの長はぶっ飛んでるなぁ。でもそれが一番面白そうだ。僕はその話に乗るよ。楽しそうな旅になりそうだなぁ」

 それはフェリーネが知らない約束事。
 七人の魔導師僕たちは転生を繰り返して、フェリーネに会うため魔法都市へと赴く。その呪いと役割を何十、何百、何千年と繰り返して、フェリーネができるだけ孤独にならないよう奇病を癒やした後は、次の魔導師仲間訪れる転生するまで眠らせた。

 七人の魔導師僕たちは魔法都市という檻であり、城を彼女に与えた。
 自らの好奇心で生み出してしまった結果に対して、最後まで責任を持つために。いや、家族となった娘を見届けるために。

 ***

「やっと、その願いが叶う」

 そう嘯きながら僕は魔法都市を一人で訪れていた。緑豊かな森といくつもの施設。その中心部はフェリーネも知らない。
 魔法都市が常に移動しているのは、《神之雫》から漏れ出る魔力を発散させるためであり、フェリーネを世界から守るためでもあった。
 あの子は国を滅ぼす兵器にも、エネルギー源にもなる。だから世界から隠すためエルベルトは、ここを作った。

 魔法都市の中心部には、いくつもの魔法術式が展開し続けている。そのエネルギーの元となっているのは、クリスタルの中で眠るフェリーネ本体だ。
 地上にいるフェリーネは分身魔法で作り出している。これはフェリーネも知らない。だから制限時間活動時間が終了すれば、強制送還魔法が展開──ではなく、分身魔法が解かれるのだ。

 彼女が《役割》を放棄すれば、神々は怒り狂うだろうし、《役割》が終わったら、壊れることを望むだろう。それを避けるための準備をしてきた。仲間と少しずつ、フェリーネがこの魔法都市を離れている隙に術式を書き換え、試行錯誤を繰り返して──。

「僕の代で見届けることができるなんてね」
『いやそうとも限らないサ』
『肯定』

 声だけが僕に届く。どうやら僕以外にも転生時期が被った仲間が居たようだ。

『俺の時は理論が中途半端だったが、完成したのか?』
「ああ。フェリーネ本体に定着した《神之雫》を回収したのち、彼女には疑似心臓を埋め込む。人間と同じだけの寿命をね。そして回収した《神之雫》は、僕たちの作り上げた魔導人形の動力炉にして、今までの神々の祝福諸共、この魔法都市ごと干渉不可の別次元に飛ばす。本当は盛大に爆発させたかったけどね」
『長かったな。神々の祝福をこの世界から全て刈り取るなんて、フェリーネも知らないんだろ』
「まあね。神々の祝福は、人を腐らせるだけで諍いの元となる。それにより人類種が成長を促すのが目的だったとしても、威力が半端なさすぎて世界を何度滅ぼすつもりなのか、って僕は思うけどね」
『そうだな』
『ところで記録に三つほど奇病を治した街や国が滅んでいるっぽいけど、誰だ? というか何した!?』
『フェリーネに恩を仇で返していた連中だったから、たくさん苦しんで貰ったよ。【あれぇえ? ここに有能な薬師が居れば助かったのにねぇええ】って感じで』
『『『『『よくやった』』』』』
「あのヘルガを怒らせたのか」
『そういえばセリオ。お前、もしかして今国王やっていたりする? 実は──』

 その話を聞いて僕は笑った。他の連中も今世は、面白い転生をしているじゃないか。会うのが楽しみだ。
 僕たちが揃ったらフェリーネは笑うかな。それとも──ああ、きっと彼女は嬉し泣きをするだろう。

 どこまでも愚かで、純粋で──。
 僕たちは君を永劫という地獄に付き合わせているというのに、本当におめでたい。でもそんな風な君だから、僕たちは君の幸福を切に願う。

 8.大魔導師エルベルト視点

 何度目になるか分からない転生の末、ある予感があった。再び眠りにつくフェリーネを見届けてから、彼女の本体が眠るクリスタルに触れた。

 フェリーネ、君と出会ってから七人の魔導師は本当の意味で支え合う仲間に、家族になったのだと思う。君のために途方もない時間を費やしてでも付き合うというのだから、本当に気の良い連中だよ。
 私は君が好きだ。愛おしくて、大切で、守りたいと思った。
 そもそも最初から神々の狙いは私だ。神々を凌駕する叡智を得た私を滅ぼす存在がフェリーネだったのだろう。
 フェリーネの《役割》を終わらせる術式と解呪を研究してようやくたどり着いた。私の魂に蓄積された叡智全てでそれらは相殺される。この事実だけは私が持って行く。
 セリオの計画のおかげで、この事実に気づく者はいないだろう。

「フェリーネ、さようならだ。でも、なんでだろうね。全てを忘れたとしても、君とはまたどこかで出会うだろうな」

 次に君と出会ったら色々拗らせて、面倒なことになりそうだけれど、でもその私もきっと君を好きになる予感がする。

 9.

 懐かしい夢を見た。
 白い服装を着こなした七人の魔導師全員が揃っている夢。「誰が一番綺麗な花吹雪を作れるか」ってセリオあたりが言い出す。
 みんな自分の魔法に自信を持っていたから、様々な花吹雪で目を楽しませる。宝石のような煌めきや、花火のような刹那のもの、誰も彼もが「おめでとう」と祝福していることに気付いた。

「フェリーネ」

 懐かしい声に振り返ると──。

 ***

「フェリーネ」
「んん? んー、あと……五時間」
「今日は国王陛下が遊行する日だぞ」
「ふぁああ! 起きます」

 慌てて起き上がるとベネディック様は着替えが終わっていて、くすりと笑った。「おはよう」と、ベネディック様は頬にキスをする。
 私もキスを返すのだけれど、頬にしようとしても、いつも唇にずらされてしまう。朝から唇にキスは……!
 啄むキスで終われば良いのだけれど、ベネディック様はスイッチが入るのか何度も唇に触れて朝から甘々な空気になる。最初の辛辣で硬派なイメージは欠片もなくて、今は愛妻家として有名らしい。

 あの後、スサンナ様は厳格な修道院行きが決定し、侯爵家は爵位を取り上げられ、庶民に。この辺りは国王陛下セリオが手を回したのだろう。ベネディック様も何かしてそうだけれど、教えてくれない。
 屋敷内の使用人たちも様変わりして、居心地の悪さはなくなった。

 そしてセリオのおかげで、私はただのフェリーネになった。魔力も微力程度で、体が半透明になることもない。ただの人で、寿命も同じだという。もっとも肉体の成長と老化はしないかもしれないとか。それでもよかった。ベネディック様と同じ時を歩んで、終わりを迎えられることが嬉しい。

 結局、私はエルベルト様を含めた七人の魔導師に恩を返せたのかしら?
 そう思っていると、カーテンが揺れて薔薇の香りが鼻孔を擽った。ふと七人の魔導師が悪戯したように、青い薔薇の花びらがほんの僅かな時間だけ白銀と金に変わって、空に舞う。
 夢の続きみたいだと口元が緩んだ。
 そうね、きっと彼らは悠久の時間であっても「楽しかった」と言ってくれる。そういう人たちだった。私が役割を終えたことを喜んでいる……って、傲慢にも思っても良いよね?

 それは前兆。
 この日、国王陛下の遊行に乗じて訪れた王侯貴族、商人、観光客が集まるのだが、奇しくも同時期に転生した七人の魔導師が一同に集う。
 それによって一悶着あるのは、また別のお話。


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