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最終章
番外編 バレンタインは危険です
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バレンタイン時期は忙しい。
仕事の発注もバレンタイン仕様が多いのだが、今年は伴侶である紫苑を含め、お世話になった方々に飴細工とチョコを贈ろうと画策している。
一人だと上手くスケジュールが組めないので、右近と左近さんに頼んでみたら二つ返事で手伝ってくれることになった。本当に有難い。
「飴細工と手作りチョコを作ろうと思うのだけれど、人外の方々は飴細工だけのほうが嬉しい?」
「いや、絶対チョコを作るべきだな」
「ですね。小晴様からのチョコであればプレミアムです。絶対にお館様にプレゼントしてください」
二人とも凄まじい圧で念を押してくる。
人外は甘い物が好きなのかもしれないが、天龍の天ちゃん様はチョコミントなどの甘すぎないのが良いだろうし、鬼神の星香はお酒入りがいいだろうし、三人目の守護者たま姫はアーモンドやヘーゼルナッツ入りのプラリネ系が好きだろう。
紫苑のお兄さんである紅は口に入れたらシュワシュワか、パチパチと弾ける感じのがいいだろう。
右近はちょっと甘めミルク系が好きだろうし、左近さんは甘さ控えめかつガナッシュが良いだろう。お世話になっている人たちの好みは大体把握している。
が、一番の大本命である紫苑のチョコレートが悩むところだ。
生チョコやトリュフとかがきっと好きだと思う。
(──というか、何を作っても美味しいと言って喜ぶ未来しか見えない)
それはそれで嬉しいのだが、紫苑は食に対して頓着しない。私の作ったものに対しては何でも「美味しい」という反応なのだ。右近と左近さんに聞いたら、紫苑は食事を極端にとっていなかったらしい。
今は私と一緒に毎日食事をとっている。今までエネルギーをどのように得ていたのか尋ねたら「霊脈から供給されている」という。
(うん、神様ってそんなものなのかも? 紅が規格外なのかも?)
そんなことを思いながらバレンタインに向けて着々と準備を進めるのだった。
**紫苑の視点**
一月の後半から二月に入って小晴は毎日忙しそうだった。そしていつも砂糖菓子の甘い匂いとは違って、カカオのような独特な匂いを漂わせる。
なんだか酩酊しそうな酷く扇情的な香りだ。
普段から小晴が可愛くて愛おしくてしょうがないのだが、あの香りを漂わせていると胸が熱くなって小晴に触れたくなる。とにかく良い匂いがするのだ。
「小晴から良い匂いがする」
「チョコレートの匂いかもしれません。紫苑はチョコレートの匂いが好きなのですか?」
「わからないけれど、なんだかすごくドキドキする」
「ドキドキ? ……試作品ですが食べてみますか?」
「小晴が作ったのかい?」
「はい!」
小晴が作ったチョコレート。それだけでチョコレートが好きになった。
香りも好きだ。
一欠片、黒い宝石のように艶のある小粒を手にすると差し出す。
「はい、どうぞ」
「ん」
人外のモノに食べ物を与えるのは、最大級の愛情だ。小晴に以前に話したのだが、彼女はことの重要さを正確に理解はしていないようだったので、「私以外は禁止」と言うようにしている。
小晴も「あんな恥ずかしい真似、紫苑以外にできませんよ!」と顔を真っ赤にしていた。しかしその点に関しては疑ってしまう。なぜなら、初対面で私に出会ったとき、小晴は迷わずに私に求愛する行為、つまりは飴を口の中に入れたのだから。
そのことを小晴に尋ねたら「何となく? 無意識だったかもです」と言うのだ。
私としては今後の店の接客に不安を覚えたのは言うまでもない。そんなとりとめのないことを考えつつ、口の中に広がる濃厚なカカオの味わいに堪能する。
「美味しい。とても甘くて、一瞬で溶けてしまった」
「ふふ、今のはトリュフです。紫苑は生チョコも好きかと思うのですが、食べてみますか?」
「…………」
なんだろう。小晴の声が山彦のように反響して聞こえる。
小晴がいつも以上に可愛らしくて、ギュッと抱きしめない。いや抱きしめないと安心できない。
「紫苑? ……にゃ!?」
華奢な小晴を抱きしめてその温もりを感じてようやく落ち着いた。包帯が少し外れてしまったが、しょうが無い。こんなにも小晴が傍にいないのが耐えられないのだから。
小晴の心音を聞いて、少し落ち着く。
「小晴が誰かに攫われると行けないから、暫くは私と一緒に居ないとだめだ」
「さら……え?」
「小晴の飴細工は幸福感と酩酊しそうな極上の味わいになるのがわかったけれど、チョコレートの場合は……」
「人外の方だと別の効果があるのですか!?」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………ほれ薬みたいな感じになる?」
「ほ、ええええええ!?」
驚く小晴の顔も可愛い。
彼女の肩にキスと落とすと何故か甘噛みしたい気持ちが疼く。これは本格的に不味い。たぶん。
でも伴侶ならいいのかもしれない? 考えがふわふわして上手くまとまらない。
「正確には『好きな相手に対して正直な気持ちになる』という感じだろうか? 小晴がいつもより可愛い。たくさん触れたい」
「チョコレートって、人外相手だとこんな風になってしまうの!?」
「(個体によって異なるかもしれないが、中毒性があったら、小晴を求めるあまり、小晴を誘拐しかねない!)……おそらく」
そう言ってチョコレートを世に出すことは封じたが、それで納得しなかったのは兄上や守護者たちだった。
珍しく右近と左近も反対してきた。殺し合いに近い会議の末、親しい者のみ、チョコレートを渡すことを許可してしまった。
その結果は、地獄だったが。
***
「小晴、ふふふ、愛い奴め」
「紅、それは私ではなく壺ですよ」
「あはは~、なんだかぁ~すっごく眠くなってき──ぐう」
「天ちゃん様!? 眠ったまま浮遊したらダメです! 外にでしまう!」
「かかかっ、全くもって情けないのう。かかかかっかかかかか!」
(星香は笑い上戸なのね。でも一番マシかも?)
私に三人目の守護者となる九尾こと『たま姫』様は、小狐の姿でいつも私を癒してくれる。ギュッと抱きつくと尻尾をパタパタさせてとても可愛いのだ。
(ただ……紫苑が笑顔ゼロの絶対零度の眼差しになるからあんまり抱っこはできないのよね……。女の子なのに、どうして?)
「キュウウ!」
「──って、たま姫様! 狐に姿でチョコレート食べちゃったんですか!? ぺっしてください」
「キュウ……」
嫌だと顔を横に振るではないか。なんとも可愛い。ちなみに先ほどから紫苑は私のことを話そうとせず、後ろから抱きかかえられている。
「お館様があんなにも生き生きしておられるなんて……」
(左近さんがまさかの泣き上戸だったなんて)
「嬢ちゃん、大丈夫そうか……って、すごい絵面だな」
「あ、右近。……まさかチョコレート一つでこんなになるなんて……来年はもっと考えたほうがいいかな」
「あーんー、後でアンケートを取ってみるさ。しっかし、事前に俺と左近で市販のチョコレートを食べさせたけど、みんな普通だったぞ」
「私──というか稀人だとこうなるのかも?」
「いや、どう考えても嬢ちゃんだからだろう」
何故だか知らないが、バレンタインのチョコは身内だけに贈ることが決定したのだ。そしてその後、他の菓子でも変化があるかどうか──という名目の食事会が発生することになるのを、この時の私は知らない。
それとホワイトデーのお返しが、国宝級の物を送られて大変なことになるのも、また別のお話。
仕事の発注もバレンタイン仕様が多いのだが、今年は伴侶である紫苑を含め、お世話になった方々に飴細工とチョコを贈ろうと画策している。
一人だと上手くスケジュールが組めないので、右近と左近さんに頼んでみたら二つ返事で手伝ってくれることになった。本当に有難い。
「飴細工と手作りチョコを作ろうと思うのだけれど、人外の方々は飴細工だけのほうが嬉しい?」
「いや、絶対チョコを作るべきだな」
「ですね。小晴様からのチョコであればプレミアムです。絶対にお館様にプレゼントしてください」
二人とも凄まじい圧で念を押してくる。
人外は甘い物が好きなのかもしれないが、天龍の天ちゃん様はチョコミントなどの甘すぎないのが良いだろうし、鬼神の星香はお酒入りがいいだろうし、三人目の守護者たま姫はアーモンドやヘーゼルナッツ入りのプラリネ系が好きだろう。
紫苑のお兄さんである紅は口に入れたらシュワシュワか、パチパチと弾ける感じのがいいだろう。
右近はちょっと甘めミルク系が好きだろうし、左近さんは甘さ控えめかつガナッシュが良いだろう。お世話になっている人たちの好みは大体把握している。
が、一番の大本命である紫苑のチョコレートが悩むところだ。
生チョコやトリュフとかがきっと好きだと思う。
(──というか、何を作っても美味しいと言って喜ぶ未来しか見えない)
それはそれで嬉しいのだが、紫苑は食に対して頓着しない。私の作ったものに対しては何でも「美味しい」という反応なのだ。右近と左近さんに聞いたら、紫苑は食事を極端にとっていなかったらしい。
今は私と一緒に毎日食事をとっている。今までエネルギーをどのように得ていたのか尋ねたら「霊脈から供給されている」という。
(うん、神様ってそんなものなのかも? 紅が規格外なのかも?)
そんなことを思いながらバレンタインに向けて着々と準備を進めるのだった。
**紫苑の視点**
一月の後半から二月に入って小晴は毎日忙しそうだった。そしていつも砂糖菓子の甘い匂いとは違って、カカオのような独特な匂いを漂わせる。
なんだか酩酊しそうな酷く扇情的な香りだ。
普段から小晴が可愛くて愛おしくてしょうがないのだが、あの香りを漂わせていると胸が熱くなって小晴に触れたくなる。とにかく良い匂いがするのだ。
「小晴から良い匂いがする」
「チョコレートの匂いかもしれません。紫苑はチョコレートの匂いが好きなのですか?」
「わからないけれど、なんだかすごくドキドキする」
「ドキドキ? ……試作品ですが食べてみますか?」
「小晴が作ったのかい?」
「はい!」
小晴が作ったチョコレート。それだけでチョコレートが好きになった。
香りも好きだ。
一欠片、黒い宝石のように艶のある小粒を手にすると差し出す。
「はい、どうぞ」
「ん」
人外のモノに食べ物を与えるのは、最大級の愛情だ。小晴に以前に話したのだが、彼女はことの重要さを正確に理解はしていないようだったので、「私以外は禁止」と言うようにしている。
小晴も「あんな恥ずかしい真似、紫苑以外にできませんよ!」と顔を真っ赤にしていた。しかしその点に関しては疑ってしまう。なぜなら、初対面で私に出会ったとき、小晴は迷わずに私に求愛する行為、つまりは飴を口の中に入れたのだから。
そのことを小晴に尋ねたら「何となく? 無意識だったかもです」と言うのだ。
私としては今後の店の接客に不安を覚えたのは言うまでもない。そんなとりとめのないことを考えつつ、口の中に広がる濃厚なカカオの味わいに堪能する。
「美味しい。とても甘くて、一瞬で溶けてしまった」
「ふふ、今のはトリュフです。紫苑は生チョコも好きかと思うのですが、食べてみますか?」
「…………」
なんだろう。小晴の声が山彦のように反響して聞こえる。
小晴がいつも以上に可愛らしくて、ギュッと抱きしめない。いや抱きしめないと安心できない。
「紫苑? ……にゃ!?」
華奢な小晴を抱きしめてその温もりを感じてようやく落ち着いた。包帯が少し外れてしまったが、しょうが無い。こんなにも小晴が傍にいないのが耐えられないのだから。
小晴の心音を聞いて、少し落ち着く。
「小晴が誰かに攫われると行けないから、暫くは私と一緒に居ないとだめだ」
「さら……え?」
「小晴の飴細工は幸福感と酩酊しそうな極上の味わいになるのがわかったけれど、チョコレートの場合は……」
「人外の方だと別の効果があるのですか!?」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………ほれ薬みたいな感じになる?」
「ほ、ええええええ!?」
驚く小晴の顔も可愛い。
彼女の肩にキスと落とすと何故か甘噛みしたい気持ちが疼く。これは本格的に不味い。たぶん。
でも伴侶ならいいのかもしれない? 考えがふわふわして上手くまとまらない。
「正確には『好きな相手に対して正直な気持ちになる』という感じだろうか? 小晴がいつもより可愛い。たくさん触れたい」
「チョコレートって、人外相手だとこんな風になってしまうの!?」
「(個体によって異なるかもしれないが、中毒性があったら、小晴を求めるあまり、小晴を誘拐しかねない!)……おそらく」
そう言ってチョコレートを世に出すことは封じたが、それで納得しなかったのは兄上や守護者たちだった。
珍しく右近と左近も反対してきた。殺し合いに近い会議の末、親しい者のみ、チョコレートを渡すことを許可してしまった。
その結果は、地獄だったが。
***
「小晴、ふふふ、愛い奴め」
「紅、それは私ではなく壺ですよ」
「あはは~、なんだかぁ~すっごく眠くなってき──ぐう」
「天ちゃん様!? 眠ったまま浮遊したらダメです! 外にでしまう!」
「かかかっ、全くもって情けないのう。かかかかっかかかかか!」
(星香は笑い上戸なのね。でも一番マシかも?)
私に三人目の守護者となる九尾こと『たま姫』様は、小狐の姿でいつも私を癒してくれる。ギュッと抱きつくと尻尾をパタパタさせてとても可愛いのだ。
(ただ……紫苑が笑顔ゼロの絶対零度の眼差しになるからあんまり抱っこはできないのよね……。女の子なのに、どうして?)
「キュウウ!」
「──って、たま姫様! 狐に姿でチョコレート食べちゃったんですか!? ぺっしてください」
「キュウ……」
嫌だと顔を横に振るではないか。なんとも可愛い。ちなみに先ほどから紫苑は私のことを話そうとせず、後ろから抱きかかえられている。
「お館様があんなにも生き生きしておられるなんて……」
(左近さんがまさかの泣き上戸だったなんて)
「嬢ちゃん、大丈夫そうか……って、すごい絵面だな」
「あ、右近。……まさかチョコレート一つでこんなになるなんて……来年はもっと考えたほうがいいかな」
「あーんー、後でアンケートを取ってみるさ。しっかし、事前に俺と左近で市販のチョコレートを食べさせたけど、みんな普通だったぞ」
「私──というか稀人だとこうなるのかも?」
「いや、どう考えても嬢ちゃんだからだろう」
何故だか知らないが、バレンタインのチョコは身内だけに贈ることが決定したのだ。そしてその後、他の菓子でも変化があるかどうか──という名目の食事会が発生することになるのを、この時の私は知らない。
それとホワイトデーのお返しが、国宝級の物を送られて大変なことになるのも、また別のお話。
応援ありがとうございます!
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