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最終章

番外編 クリスマスデート・後半

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 午前中があっという間に過ぎて、ランチタイムだ。
 ホテルの和洋食ビュッフェで、二人で食べたい物を選ぶ。客の制限をかけているので、のんびりと料理を選んで食べることができる。

 右近や左近さんに協力の下、選んで貰ったものだ。紫苑にも最初相談したのだが「紫苑が喜ぶなら」と話が進まなかったので、今回は二人に頼ったのだった。

(いつか紫苑も食事に対してもっと好き嫌いがでると嬉しいかも。でもそれは今すぐじゃなくてゆっくり一緒に見つけていけば良い)
「小晴はローストビーフが好きなのか?」
「ええ。特に十二月はクリスマスですし」
「季節的なものだから、食べるということもあるのか」
「紫苑は食に対してあまりこだわりとかありませんよね」

 紫苑は私と同じ料理が気になるようで、皿に取り分ける。

「食事しなくても生きていけるので、そもそも興味も無かった。けれど小晴の飴を食べてからは、小晴と一緒だと何を食べても美味しく感じる」
「そのうちこの料理が好きかもってなりますよ」
「好き嫌いがあっても小晴は嫌わないだろうか」
「なりませんよ。私だって食べられない物はありますから」
「なに?」
「トマトです。生のトマトだけはどーーーしても食べられません。あとワサビも正直苦手です」
「そうなのか」

 不思議そうにする紫苑に、「私の作る飴で一番好きなのはありますか?」と尋ねてみた。以前も尋ねているが、返ってくる答えは同じだ。

「小晴の作る飴はどれも美味しい。すごく好き」
「ふふっ、ありがとうございます。でもいつか、この飴が一番好きだって思えるように精進しますね!」
「ああ」

 紫苑は嬉しそうに笑った。穏やかで、幸せそうに。
 それを見るだけで胸がポカポカと温かくなる。

(紫苑は私がいないと駄目だというけれど、それは私も同じ。ううん、私は紫苑が居るから今の私になれた)


 ***


 午後のプランは予想通り、幽世でのデートだった。
 何となく予感はしていたが、幽世のクリスマスは賑やかかつ昼間から花火が打ち上がっているほど豪華なものだ。しかしこの花火は魔を払うための特別製らしく、それだけ幽世は危険であることが窺える。
 また烏天狗たちが空を駆け回っていて、空のリアル鬼ごっこが開催されていた。

(うん、いつきてもデンジャラス!)

 この光景に慣れるときはくるのだろうか。そう思わずには居られなかった。
 最初に案内されたのは、八咫烏のいる宝石店だった。店に入った瞬間、時雨さんに抱きつかれそうになり、紫苑に抱き上げられたけれど。

「もう~~~! 再会のハグぐらいさせてほしいのだけれど!!」
「断る」
(紫苑の顔がこんなに近くに……!)
「小晴ちゃんも無事で良かったわ~」
「え」

 私が誘拐されたことや呪いのことを知る人は少ないはず。なぜ時雨さんが知っているのだろう。

「ん? あ、もしかして左近から聞いてない? 今回の呪い関係の情報を提供したのは私なのよ~」
「えええ!?」
「報酬は左近から渡しているので、小晴に何かを強請ったら許さない」
「えええ~ひどい!」

 時雨さんはシクシクと鳴き真似をしていたが、バレバレだった。それでも私を助けようと情報を提供してくれたことは有難い。何かお礼をしたほうがいいのではないかと紫苑に視線を向ける。

「紫苑。助けて貰ったのなら」
「対価は充分に払っている。それ以上をするのなら……」
(怒るのかな?)
「私と小晴の連名にすべきだ」
「れん……めい」

 紫苑はちょっと恥ずかしそうに視線を逸らす。

「夫婦なのだから、当然だろう」
「紫苑!」

 ちょっと前だったら絶対に駄目だと言っていたのに、とても寛容になったことが嬉しくて紫苑にだきつく。紫苑は「小晴が可愛いことをする」とすぐさま上機嫌に早変わりだ。

「わぁあ~。あのご当主様が……。愛の力ってすごいのね」
「そういうわけで小晴と連名なら許可する。小晴も私と一緒に選んで贈るのだからな」
「はい。紫苑ありがとうございます」

 その後、紫苑と時雨さんは商品の確認をしてすぐさま宝石店の用事は終わった。もしかしたら時雨さんに私が無事だということを教えるために、敢えて寄り道をしたのかもしれない。
 ほんの少し他の誰かを気遣うことが自然とできているので、見ていて嬉しい。

 それから幽世の町並みを歩き、幽世でしか手に入らない菓子店を巡った。こちらの世界では不思議な食材なども多く、目を楽しませた。
 茶葉や、砂糖の種類も豊富で、細かな説明なども書かれている。

「すごいです! たくさんの見たことのない食材に、菓子がいっぱい。『吉兆な夢が見られるバクの蜂蜜ミルク』とか『気になる人に勇気を出す林檎飴』、ああ『夜光の金平糖』もキラキラして宝石みたい!」
「飴の原料になる砂糖もここはたくさんある。今後は人外相手にも飴を作るのなら、検討してみると良い」
「あ、はい。紫苑、ありがとう」
「小晴が喜んでくれるのなら、甘いご褒美が貰えるのならいくらでも」

 そういって紫苑は屈んで左頬を差し出した。
 期待した眼差しに苦笑しつつも、左頬にキスをする。それから背伸びをして唇にも。

「――っ!」
「大好きです、紫苑」
「私も、小晴が大好きだ。そして不意打ちする小晴は可愛い」

 目が眩みそうな笑顔に、周囲に居た女性陣がばったばったと倒れていったのは、しょうがないと思う。私と紫苑は店の亭主に謝りながらもいくつか商品を購入して店を出た。
 幽世には様々な店があり、行く先々で目を奪われた。

 魚屋では、障子の中で泳ぐ魚たちから食材を取って調理するというパフォーマンスを見せており、逃げ出す本屋の本なども見かけた。加護や付与の施されたお守りなども多くある。
 香水関係の店もあったが紫苑は「小晴がこれ以上魅力的にあったら危ない」と言うので今回は見送ることに。人間に大きな影響を及ぼす店もあるらしいので、気をつけなければならないのだろう。

(見るもの全てが新鮮で、キラキラしている幻想的な所だわ)

 それから私は紫苑に案内されて、夕食は屋形船での食事となった。
 しかも貸し切りという贅沢。夕食は和食メインで新鮮な刺身の盛り合わせや天ぷらが並んだ。

(ふふっ、クリスマスの要素ゼロなところがなんだか紫苑っぽいわ)

 それでも私のために色々準備をしてくれたことが嬉しくて、愛おしい。

「それで小晴。プレゼント交換とはいつのタイミングでするもなのだ?」
「あ。それじゃあ、食べる前に渡しましょう」

 本当は食後にと考えていたものの、紫苑の期待の眼差しに白旗をあげた。喜んで貰えれば良いのだけれど、と思いつつ、鞄の中から贈物を取り出す。

「一つは紫苑のために作った飴細工です。お酒を使った物から、黒糖、抹茶、ラムネ、ソーダ、イチゴ、メロン、ハッカ、檸檬、葡萄」
「芸術品のように美しいな。様々な花の形がどれも綺麗だ」
「紫苑の屋敷は花が多いでしょう。だから。……っと、それと飴細工だと食べて無くなってしまうから、魔除けの耳飾りです」
「こちらも良い物だな。どちらも大事にしよう」
「…………飴は食べないと駄目ですよ」
「観賞用に……」
「飴は食べ物です」
「うむ……。だが小晴の特別な飴だ。食べるのなら……小晴が食べさせてくれるのなら食べる」
「分かりました」
「約束だぞ」
(――って、このパターンは!)

 紫苑は満足気そうに微笑むと、私に小箱を差し出した。

「一つは結婚指輪だ」
「結婚指輪!」
「小晴と夫婦になった証として、私から贈らせてほしい」
「紫苑……」

 結婚指輪のほかにチェーンもセットでついており、これは私が飴細工の仕事中で指輪を外すことも考えての配慮だろう。その細やかな気遣いが嬉しい。
 婚約指輪は婚姻後すぐに贈られたが結婚してしまっているので、時々眺めるだけだった。それを見て紫苑は結婚指輪を用意してくれたのかもしれない。

「婚約指輪と少し似た感じがすごくいいです! 紫苑ありがとうございます」
「うん。これなら私とお揃いが一つ増えるし、男除けにもなると右近が言っていた」
「私に男除けは必要でしょうか?」
「絶対に必要だ。小晴がこんなに可愛いのだから、ちゃんと目に見える形でもあったほうがいい」

 力説されてしまったが、その言葉をそのまま紫苑に返したい。紫苑と私では顔の造形、美しさの度合いが違いすぎるのだから。

「紫苑のほうがモテそうなのに?」
「私がモテたことなどない」
(それは絶対に無いと思う……)

 ふとそこである事に気付く。

「そういえば一つは結婚指輪と言っていたけれど、他にもあるのですか?」
「ああ。天野我原の一角の土地を買ったので、これからは好きなだけ薬草が手に入る」
「…………とち」
「そうだ。本当は小晴の行きたいと言っていた土地にそれぞれ別荘を買おうとしたのだが、左近に止められてな」
「(グッジョブです左近さん!)旅行ならホテルに泊まれば良いのですよ!」
「そういうものか。では選ばなくて正解だったな」
「はい。旅行も一泊目と二日目は別のホテルを楽しむという方法もあるのですから!」

 この時私は紫苑との旅行の計画を立てる時は、初めは右近と左近さんを同席してもらおうと心に決めた。下手すれば旅行の飛行機やら電車などを買い占めてしまう気がしたからだ。
 後日、紫苑が寝台特急を買おうとしていたことが発覚して全力で止めることになったのだが、それはまた別の話だ。

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