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最終章
最終話 紫苑は今日も甘いご褒美をご所望です
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入浴を終えて身ぎれいになった後、私は紫苑の長い髪を乾かして――包帯の巻き方を習っていた。
髪の塊は何度か洗ったことで流れ落としたが、体の火傷の痕や痣は残ったまま。薬湯を染みこませた包帯の巻き方を紅のところの侍女たちに教わる。
「小晴が甲斐甲斐しく動いていて可愛い」と紫苑は終始ご機嫌だったので、よかった。
(一度でそんなに元に戻らないと思っていたけれど、紫苑が気落ちしたり自分の姿をみて悲しんだりしなくてよかった)
「小晴は手当も上手いのだな」
「手先は器用なほうですから」
侍女たちはそっと部屋を後にして、私と紫苑だけの二人きりになる。
先ほどの庵は私たちが入浴の間に綺麗にしたようで、障子や花瓶なども取り替えられていた。包帯の取り替えはベッドの上でしていたので、このまま横になったらぐっすり眠れそうだ。
「――って、呪いの解除!」
「ああ。こちらも済ませてしまおう。……小晴、私の伴侶になってくれるか?」
『小晴が好きだから婚約者になったのち、伴侶になってほしい』
『婚約者は確定なのですか!?』
『小晴と一緒にいたい……。伴侶になって』
ふと婚約者になった頃の紫苑を思い出す。あの時は紫苑の言葉を信じ切れずにいた。
でも今はあの時よりも、心臓はバクバクして、嬉しくて泣きそうだ。
「はい。私を紫苑の伴侶にしてください」
「小晴……。ああ、誰が何を言おうと小晴は私の伴侶、番だ」
「はい」
どちらともなく身を寄せて、唇が触れ合う。
それから婚約の印となっていた左首筋に紫苑がキスをする。今度は私も紫苑の左首筋にキスを返すことで証を強く結びつけるという。
(なるほど、だから包帯を巻くときにこの部分は唇が触れるだけの隙間を空けていたのね……)
「これで三日間、つかず離れずにいて月夜の晩に団子と神酒を口にしたら婚姻は完了だ」
「……はい?」
「それと同時に、小晴の中にあった呪いも完全に消え去るだろう」
「…………ええっと、もしかしてこの屋敷で三日間過ごすのですか?」
「ああ。ここは幽世の中でもとくに清浄な場所だから、呪いが消えるまでは動かないほうが良いだろう」
「……つかず離れず、とは?」
「婚姻の結びを固めるまでの期間だ」
「月夜の晩に団子と神酒を口にするのは?」
「夫婦になって月夜の光を浴びながら共に過ごし、祝福を貰う。神々の結婚は大体こんな感じだ」
「……聞いていません」
誤魔化すように紫苑は私の頬にキスを落とす。包帯を巻いていても紫苑はやはり美しい。髪の色は白銀から赤銅色を薄めた灰色で色合いもまだらだ。痣や火傷の痕も残っているけれど、紫苑は紫苑だ。
身を預けて密着すると聞こえてくるのは、彼の心地よい心音だった。
「こんなに早く叶うとは思ってなかったので……。でも嬉しい」
「三日間、お店のほうが心配です」
ようやくホームページやら諸々手伝ってくれたのに、またスケジュールをまき直しするのは申し訳ない。そう愚痴を吐いたのだが、紫苑は私の体を優しく抱きしめる。
「それならこの屋敷で飴細工を作れば良い。場所も清浄なのところなので、よいものができるだろう」
「そんなことをしてしまっても良いのですか!?」
「ああ。兄上もそれを狙っているのだろう。先ほど兄上の眷族に確認をとったが材料も道具も揃っているそうだ」
「まあ」
鬼の宴で飴細工をしていた私を見ていたのだ。その時に材料などは把握していたのだろう。それにしても千年とは随分と気の遠くなることを考えたものだ。
そのことを紫苑に話したら、「ああ、だから」と何処か納得した顔をしていた。
「昔、兄上が飴玉を一つだけ私にくれたことがあった。あの味は確かに美味しくて、だからなぜか心に残っていた。あれは小晴の作った物だったのだろう」
「なんだか壮大な話です」
「でも兄上が『小晴を花嫁にする』と強行しなくて本当によかった」
(充分、強行だったような?)
「小晴」
「はい」
「これからはもっと、私に甘えてくれるかい?」
「今も充分甘えていると思いますけど?」
「もっとだ。そしたら」
「そしたら?」
「私ももっと小晴に甘いご褒美を貰えるだろう?」
色香たっぷりの笑顔にドキリとしてしまう。
包帯を巻いて儚げな雰囲気と圧倒的な色香に、私の心臓はかつて無いほどバクンバクンいっている。
「あ、飴細工のことなら」
「飴もだけれど、小晴も私がたくさん食べてしまっていいよね?」
「傷が治ってきたら……その」
「ああ、それは早く直さなければな」
(し、心臓が保たない……!)
それから色んな話をしている間に、私たちは一緒のベッドで眠ってしまった。思えば添い寝は最初の頃からしていたけれど、あの時とは違ってお互いに離れがたい気持ちのまま瞼を閉じる。
改めて祝言を挙げようとか。
結婚旅行は何処に行こうとか。
クリスマスデートのやり直しに、初詣。
話したいことや、やりたいことはまだまだたくさんある。
お互いに、手を繋いで歩いて行けることが嬉しくてたまらない。
そして紫苑は、私の白蛇神様は、今日も今日とて甘いご褒美を所望するのだ。
髪の塊は何度か洗ったことで流れ落としたが、体の火傷の痕や痣は残ったまま。薬湯を染みこませた包帯の巻き方を紅のところの侍女たちに教わる。
「小晴が甲斐甲斐しく動いていて可愛い」と紫苑は終始ご機嫌だったので、よかった。
(一度でそんなに元に戻らないと思っていたけれど、紫苑が気落ちしたり自分の姿をみて悲しんだりしなくてよかった)
「小晴は手当も上手いのだな」
「手先は器用なほうですから」
侍女たちはそっと部屋を後にして、私と紫苑だけの二人きりになる。
先ほどの庵は私たちが入浴の間に綺麗にしたようで、障子や花瓶なども取り替えられていた。包帯の取り替えはベッドの上でしていたので、このまま横になったらぐっすり眠れそうだ。
「――って、呪いの解除!」
「ああ。こちらも済ませてしまおう。……小晴、私の伴侶になってくれるか?」
『小晴が好きだから婚約者になったのち、伴侶になってほしい』
『婚約者は確定なのですか!?』
『小晴と一緒にいたい……。伴侶になって』
ふと婚約者になった頃の紫苑を思い出す。あの時は紫苑の言葉を信じ切れずにいた。
でも今はあの時よりも、心臓はバクバクして、嬉しくて泣きそうだ。
「はい。私を紫苑の伴侶にしてください」
「小晴……。ああ、誰が何を言おうと小晴は私の伴侶、番だ」
「はい」
どちらともなく身を寄せて、唇が触れ合う。
それから婚約の印となっていた左首筋に紫苑がキスをする。今度は私も紫苑の左首筋にキスを返すことで証を強く結びつけるという。
(なるほど、だから包帯を巻くときにこの部分は唇が触れるだけの隙間を空けていたのね……)
「これで三日間、つかず離れずにいて月夜の晩に団子と神酒を口にしたら婚姻は完了だ」
「……はい?」
「それと同時に、小晴の中にあった呪いも完全に消え去るだろう」
「…………ええっと、もしかしてこの屋敷で三日間過ごすのですか?」
「ああ。ここは幽世の中でもとくに清浄な場所だから、呪いが消えるまでは動かないほうが良いだろう」
「……つかず離れず、とは?」
「婚姻の結びを固めるまでの期間だ」
「月夜の晩に団子と神酒を口にするのは?」
「夫婦になって月夜の光を浴びながら共に過ごし、祝福を貰う。神々の結婚は大体こんな感じだ」
「……聞いていません」
誤魔化すように紫苑は私の頬にキスを落とす。包帯を巻いていても紫苑はやはり美しい。髪の色は白銀から赤銅色を薄めた灰色で色合いもまだらだ。痣や火傷の痕も残っているけれど、紫苑は紫苑だ。
身を預けて密着すると聞こえてくるのは、彼の心地よい心音だった。
「こんなに早く叶うとは思ってなかったので……。でも嬉しい」
「三日間、お店のほうが心配です」
ようやくホームページやら諸々手伝ってくれたのに、またスケジュールをまき直しするのは申し訳ない。そう愚痴を吐いたのだが、紫苑は私の体を優しく抱きしめる。
「それならこの屋敷で飴細工を作れば良い。場所も清浄なのところなので、よいものができるだろう」
「そんなことをしてしまっても良いのですか!?」
「ああ。兄上もそれを狙っているのだろう。先ほど兄上の眷族に確認をとったが材料も道具も揃っているそうだ」
「まあ」
鬼の宴で飴細工をしていた私を見ていたのだ。その時に材料などは把握していたのだろう。それにしても千年とは随分と気の遠くなることを考えたものだ。
そのことを紫苑に話したら、「ああ、だから」と何処か納得した顔をしていた。
「昔、兄上が飴玉を一つだけ私にくれたことがあった。あの味は確かに美味しくて、だからなぜか心に残っていた。あれは小晴の作った物だったのだろう」
「なんだか壮大な話です」
「でも兄上が『小晴を花嫁にする』と強行しなくて本当によかった」
(充分、強行だったような?)
「小晴」
「はい」
「これからはもっと、私に甘えてくれるかい?」
「今も充分甘えていると思いますけど?」
「もっとだ。そしたら」
「そしたら?」
「私ももっと小晴に甘いご褒美を貰えるだろう?」
色香たっぷりの笑顔にドキリとしてしまう。
包帯を巻いて儚げな雰囲気と圧倒的な色香に、私の心臓はかつて無いほどバクンバクンいっている。
「あ、飴細工のことなら」
「飴もだけれど、小晴も私がたくさん食べてしまっていいよね?」
「傷が治ってきたら……その」
「ああ、それは早く直さなければな」
(し、心臓が保たない……!)
それから色んな話をしている間に、私たちは一緒のベッドで眠ってしまった。思えば添い寝は最初の頃からしていたけれど、あの時とは違ってお互いに離れがたい気持ちのまま瞼を閉じる。
改めて祝言を挙げようとか。
結婚旅行は何処に行こうとか。
クリスマスデートのやり直しに、初詣。
話したいことや、やりたいことはまだまだたくさんある。
お互いに、手を繋いで歩いて行けることが嬉しくてたまらない。
そして紫苑は、私の白蛇神様は、今日も今日とて甘いご褒美を所望するのだ。
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