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最終章
第53話 呪いを解く前に
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「まったく、せっかちな愚弟だ。小晴に与えたのは婚約者の証でもなければ、婚姻の印でもない。最上級の祝福だ」
「しゅく……ふく? 兄上が?」
「そうだよ。小晴は先ほども言ったように気に入っている。それこそ千年前から。夫婦にならないからといって憤慨するほど余は偏狭でもない。義兄となるのだから、そのぐらいの恩恵を与えても良いと思っただけだ」
「紅……」
「それと義兄になるのだから、ラムネ味の飴細工をたくさん送っても良いのだぞ。もちろん、代金はしっかり払う」
「紅…………」
紫苑とは違ったマイペースかつ自分勝手なところは似ている気がした。
「兄上はラムネ味が好きなのだな」
「そうとも。愚弟は?」
「私は小晴のものなら――」
「小晴よ、お前も難儀な男を選んだな」
(その難儀な方は貴方の弟なのですが……)
そう思わずにはいられなかったが、紫苑のそういう所も好きだし、好きなものがないならこれから一緒に見つけていけば良い。そう思えるようになったのは紫苑がいたからだ。
「ああ、それと。余の庵を三日ほど貸してやろう。特別な薬湯もあるので二人で楽しむが良い」
(薬湯……。それって、紫苑の体のことを考えて?)
「兄上……。小晴が兄上を選んでいたら、使う気だったのでは?」
「これだから愚弟は。余がなぜ薬湯につからねばならない? 小晴も体を温めるのに湯にはつかるように」
「は、はい!」
神様の用意した薬湯というのだ、きっとすごい効能なのだろう。
「(それに紫苑の火傷や痣、こびりついた血を洗い流すにも薬湯の存在はありがたいわ)……紫苑。さっそく薬湯に入ってみましょう! 髪や背中は私も手伝うわ」
「え」
「は」
なぜか紫苑と紅は途端に顔を赤らめた。何か変なことを言っただろうか。
小首を傾げつつ、私たちは紅の眷族たちに案内されて薬湯のある露天風呂と向かった。
***
脱衣所は別々だが、露天風呂は繋がっているらしい。混浴ということで私は作法に従い、髪を結って露天風呂のある外に出た。湯気が濃く視界がぼんやりとしているが、竹林の囲まれた露天風呂はなかなかに豪華だった。
(高級ホテルの露天風呂って感じだわ! 灯籠や足場の石畳もさることながら、流し場のシャワー付きで、シャンプーやボディーソープも完璧!)
「……小晴も服着てる」
紫苑は少しだけがっかりしていた。私の貧相な体を見て「こんなのが妻だ」って思ったのだろうか。
「うん。甚平っぽい入浴着を貰ったのだけれど、可愛いデザインですよね」
「小晴は何を着ても可愛い。ただ水着的なのを着てくると思っていた……」
「(あ、私の水着姿が見たかった……とか?)水着は海やプールの時に着用するものですから」
「では今度行こう」
「はい。それでは先に髪を洗っていきますね!」
「ああ」
ちょっともじもじしつつも、風呂椅子にちょこんと座った。シャワーで髪を濡らしていくのだが、このお湯も薬湯から引っ張ってきているという。
「熱くないですか?」
「大丈夫。灼熱だって耐えられる体だから」
「耐えられても、痛かったり、熱かったら私に言ってください。我慢するのは駄目です」
「私が我慢すると小晴は……泣いてしまうから、だろうか」
「そうですね。悲しいですし、私が痛いと感じてしまうので」
「小晴が痛いと、苦しそうだと、私も…………上手く呼吸ができない。死にたくなる」
「呼吸は頑張ってしてください、あと死ぬのも駄目です!」
薬湯で髪を濡らしただけで、髪を固めていた血や垢のようなものが流れ落ちていく。泡立てシャンプーで更に汚れをとっていく。髪の量が多いので洗うのが大変だが、紫苑とお喋りしながらだとあっという間だ。
「良い匂いがする」
「色んなハーブが入っているみたいです。一番強い香りはラベンダーですね」
「ラベンダー?」
「(もしかして海外の花はあまり知らないのかしら?)紫苑の瞳と同じ綺麗な紫色の花ですよ」
「そうか。いつか小晴とその花を見てみたいな」
「じゃあ来年の六月から七月に見頃なので、行きましょう! 北海之道が有名ですが、陸奥の岩代も有名なところがあるんです」
「そうか。……は約束だ」
「はい!」
それからしっかりとコンディショナーを髪に馴染ませてから、何回かに分けて洗い流す。
(髪の色や髪質はまだまだだけれど、櫛を梳かせるぐらいには改善しそう!)
「む……」
髪を洗い終わって体を洗おうとした途端、紫苑の表情が曇った。さきほどまでご機嫌だったのに今は眉間に皺を寄せて、湯気の向こう側へと視線を向けた。
「二人きりの混浴だと思っていたのに……」
「余が入らないとは言っていない」
(く、紅!?)
「今回の薬湯にはセンキュウを基調に四つ以上の塩を入れていることで温浴効果を高めている。人魚の涙、宵闇青紫の菖蒲、星屑の砂、その他様々な薬草を調合したことで肩こり冷え性リウマチ、しっしんあせも、腰痛頭痛はもちろん、邪気を祓い呪いの促進を抑える……」
(誰!?)
じゃぶじゃぶと、薬湯に浸かりながらブツブツと解説をしているのは、田んぼとかで見かける案山子である。人間らしい形に「へのへのもへじ」の顔、笠に着物を着込んだ一本足の――妖怪(?)がいたのだ。
ふと目(?)があったので、会釈をする。
「伴侶の傷を癒すのなら、薬湯のレシピをあげよう。包帯に染みこませて巻くと治りも早い」
「本当ですか、ありがとうございます!」
「そなたは……一つ目神」
(え!? 神様だったの!)
思わず二度見してしまった。そして神様だったことに驚愕する。どこからどうみても普通の案山子にしか見えない。
「今回は我が氏子の中に関わった者がいたので、迷惑をかけた詫びをしにきた」
「え、あ……いえ。私の呪いも解けるようですし、薬湯のレシピを頂きましたし!」
「小晴がそれでいいのなら、一族もろとも皆殺しはしない」
「絶対にやめて!」
「わかった」
(そういえば私を呪っていた人の処遇のことをすっかり忘れていた……。襲ってきた張本人は自業自得だけれど、同じ血筋ってだけで殺されるのは駄目だわ)
その辺のことも紫苑と話をしておこうと、頭の片隅に留めておく。
神様や妖怪の境界はなんなのだろう。神様だからこといって後光がさすような威圧的でも、高貴さがにじみ出るような方ばかりではないようだ。
むしろ……。
「かかかっ、いい湯だ」
「お風呂上がりにハッカ飴食べよう~」
「そこはコーヒー牛乳ではないのか? いやフルーツ牛乳もいいが」
(なぜ天ちゃん様と、星香まで……。狐さんも湯に浸かって可愛い)
「小晴……。体も洗ってくれるのだろう?」
私が余所見をしていたのが嫌だったのか、紫苑は少し不貞腐れながら私の袖をちょっと摘まむ。そんな所作も可愛らしい。
「ふふっ、もちろんです。背中を洗うのはお任せください!」
「背中だけ?」
「背中は一人だと洗いにくいですからね」
「…………そうか」
それから紫苑の背中を磨き上げて薬湯につからせた。私は入る必要はないのだが、紫苑は一緒にはいると頑として聞かなかったので、折れることになった。美肌効果にも良いらしく、疲れていた体が癒される。
終始紫苑が私を抱きかかえていなければ完璧だったが。
(混浴だとちょっと緊張しちゃうから、次の入浴は個室でのんびり入ろう!)
ほっこりと心も体も身ぎれいにして、私たちは最後の儀式に挑むのだった。
「しゅく……ふく? 兄上が?」
「そうだよ。小晴は先ほども言ったように気に入っている。それこそ千年前から。夫婦にならないからといって憤慨するほど余は偏狭でもない。義兄となるのだから、そのぐらいの恩恵を与えても良いと思っただけだ」
「紅……」
「それと義兄になるのだから、ラムネ味の飴細工をたくさん送っても良いのだぞ。もちろん、代金はしっかり払う」
「紅…………」
紫苑とは違ったマイペースかつ自分勝手なところは似ている気がした。
「兄上はラムネ味が好きなのだな」
「そうとも。愚弟は?」
「私は小晴のものなら――」
「小晴よ、お前も難儀な男を選んだな」
(その難儀な方は貴方の弟なのですが……)
そう思わずにはいられなかったが、紫苑のそういう所も好きだし、好きなものがないならこれから一緒に見つけていけば良い。そう思えるようになったのは紫苑がいたからだ。
「ああ、それと。余の庵を三日ほど貸してやろう。特別な薬湯もあるので二人で楽しむが良い」
(薬湯……。それって、紫苑の体のことを考えて?)
「兄上……。小晴が兄上を選んでいたら、使う気だったのでは?」
「これだから愚弟は。余がなぜ薬湯につからねばならない? 小晴も体を温めるのに湯にはつかるように」
「は、はい!」
神様の用意した薬湯というのだ、きっとすごい効能なのだろう。
「(それに紫苑の火傷や痣、こびりついた血を洗い流すにも薬湯の存在はありがたいわ)……紫苑。さっそく薬湯に入ってみましょう! 髪や背中は私も手伝うわ」
「え」
「は」
なぜか紫苑と紅は途端に顔を赤らめた。何か変なことを言っただろうか。
小首を傾げつつ、私たちは紅の眷族たちに案内されて薬湯のある露天風呂と向かった。
***
脱衣所は別々だが、露天風呂は繋がっているらしい。混浴ということで私は作法に従い、髪を結って露天風呂のある外に出た。湯気が濃く視界がぼんやりとしているが、竹林の囲まれた露天風呂はなかなかに豪華だった。
(高級ホテルの露天風呂って感じだわ! 灯籠や足場の石畳もさることながら、流し場のシャワー付きで、シャンプーやボディーソープも完璧!)
「……小晴も服着てる」
紫苑は少しだけがっかりしていた。私の貧相な体を見て「こんなのが妻だ」って思ったのだろうか。
「うん。甚平っぽい入浴着を貰ったのだけれど、可愛いデザインですよね」
「小晴は何を着ても可愛い。ただ水着的なのを着てくると思っていた……」
「(あ、私の水着姿が見たかった……とか?)水着は海やプールの時に着用するものですから」
「では今度行こう」
「はい。それでは先に髪を洗っていきますね!」
「ああ」
ちょっともじもじしつつも、風呂椅子にちょこんと座った。シャワーで髪を濡らしていくのだが、このお湯も薬湯から引っ張ってきているという。
「熱くないですか?」
「大丈夫。灼熱だって耐えられる体だから」
「耐えられても、痛かったり、熱かったら私に言ってください。我慢するのは駄目です」
「私が我慢すると小晴は……泣いてしまうから、だろうか」
「そうですね。悲しいですし、私が痛いと感じてしまうので」
「小晴が痛いと、苦しそうだと、私も…………上手く呼吸ができない。死にたくなる」
「呼吸は頑張ってしてください、あと死ぬのも駄目です!」
薬湯で髪を濡らしただけで、髪を固めていた血や垢のようなものが流れ落ちていく。泡立てシャンプーで更に汚れをとっていく。髪の量が多いので洗うのが大変だが、紫苑とお喋りしながらだとあっという間だ。
「良い匂いがする」
「色んなハーブが入っているみたいです。一番強い香りはラベンダーですね」
「ラベンダー?」
「(もしかして海外の花はあまり知らないのかしら?)紫苑の瞳と同じ綺麗な紫色の花ですよ」
「そうか。いつか小晴とその花を見てみたいな」
「じゃあ来年の六月から七月に見頃なので、行きましょう! 北海之道が有名ですが、陸奥の岩代も有名なところがあるんです」
「そうか。……は約束だ」
「はい!」
それからしっかりとコンディショナーを髪に馴染ませてから、何回かに分けて洗い流す。
(髪の色や髪質はまだまだだけれど、櫛を梳かせるぐらいには改善しそう!)
「む……」
髪を洗い終わって体を洗おうとした途端、紫苑の表情が曇った。さきほどまでご機嫌だったのに今は眉間に皺を寄せて、湯気の向こう側へと視線を向けた。
「二人きりの混浴だと思っていたのに……」
「余が入らないとは言っていない」
(く、紅!?)
「今回の薬湯にはセンキュウを基調に四つ以上の塩を入れていることで温浴効果を高めている。人魚の涙、宵闇青紫の菖蒲、星屑の砂、その他様々な薬草を調合したことで肩こり冷え性リウマチ、しっしんあせも、腰痛頭痛はもちろん、邪気を祓い呪いの促進を抑える……」
(誰!?)
じゃぶじゃぶと、薬湯に浸かりながらブツブツと解説をしているのは、田んぼとかで見かける案山子である。人間らしい形に「へのへのもへじ」の顔、笠に着物を着込んだ一本足の――妖怪(?)がいたのだ。
ふと目(?)があったので、会釈をする。
「伴侶の傷を癒すのなら、薬湯のレシピをあげよう。包帯に染みこませて巻くと治りも早い」
「本当ですか、ありがとうございます!」
「そなたは……一つ目神」
(え!? 神様だったの!)
思わず二度見してしまった。そして神様だったことに驚愕する。どこからどうみても普通の案山子にしか見えない。
「今回は我が氏子の中に関わった者がいたので、迷惑をかけた詫びをしにきた」
「え、あ……いえ。私の呪いも解けるようですし、薬湯のレシピを頂きましたし!」
「小晴がそれでいいのなら、一族もろとも皆殺しはしない」
「絶対にやめて!」
「わかった」
(そういえば私を呪っていた人の処遇のことをすっかり忘れていた……。襲ってきた張本人は自業自得だけれど、同じ血筋ってだけで殺されるのは駄目だわ)
その辺のことも紫苑と話をしておこうと、頭の片隅に留めておく。
神様や妖怪の境界はなんなのだろう。神様だからこといって後光がさすような威圧的でも、高貴さがにじみ出るような方ばかりではないようだ。
むしろ……。
「かかかっ、いい湯だ」
「お風呂上がりにハッカ飴食べよう~」
「そこはコーヒー牛乳ではないのか? いやフルーツ牛乳もいいが」
(なぜ天ちゃん様と、星香まで……。狐さんも湯に浸かって可愛い)
「小晴……。体も洗ってくれるのだろう?」
私が余所見をしていたのが嫌だったのか、紫苑は少し不貞腐れながら私の袖をちょっと摘まむ。そんな所作も可愛らしい。
「ふふっ、もちろんです。背中を洗うのはお任せください!」
「背中だけ?」
「背中は一人だと洗いにくいですからね」
「…………そうか」
それから紫苑の背中を磨き上げて薬湯につからせた。私は入る必要はないのだが、紫苑は一緒にはいると頑として聞かなかったので、折れることになった。美肌効果にも良いらしく、疲れていた体が癒される。
終始紫苑が私を抱きかかえていなければ完璧だったが。
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