【完結】白蛇神様は甘いご褒美をご所望です

あさぎかな@電子書籍二作目発売中

文字の大きさ
上 下
53 / 57
最終章

第53話 呪いを解く前に

しおりを挟む
「まったく、せっかちな愚弟だ。小晴に与えたのは婚約者の証でもなければ、婚姻の印でもない。最上級の祝福だ」
「しゅく……ふく? 兄上が?」
「そうだよ。小晴は先ほども言ったように気に入っている。それこそ千年前から。夫婦にならないからといって憤慨するほど余は偏狭でもない。義兄となるのだから、そのぐらいの恩恵を与えても良いと思っただけだ」
「紅……」
「それと義兄になるのだから、ラムネ味の飴細工をたくさん送っても良いのだぞ。もちろん、代金はしっかり払う」
「紅…………」

 紫苑とは違ったマイペースかつ自分勝手なところは似ている気がした。

「兄上はラムネ味が好きなのだな」
「そうとも。愚弟は?」
「私は小晴のものなら――」
「小晴よ、お前も難儀な男を選んだな」
(その難儀な方は貴方の弟なのですが……)

 そう思わずにはいられなかったが、紫苑のそういう所も好きだし、好きなものがないならこれから一緒に見つけていけば良い。そう思えるようになったのは紫苑がいたからだ。


「ああ、それと。余の庵を三日ほど貸してやろう。特別な薬湯もあるので二人で楽しむが良い」
(薬湯……。それって、紫苑の体のことを考えて?)
「兄上……。小晴が兄上を選んでいたら、使う気だったのでは?」
「これだから愚弟は。余がなぜ薬湯につからねばならない? 小晴も体を温めるのに湯にはつかるように」
「は、はい!」

 神様の用意した薬湯というのだ、きっとすごい効能なのだろう。

「(それに紫苑の火傷や痣、こびりついた血を洗い流すにも薬湯の存在はありがたいわ)……紫苑。さっそく薬湯に入ってみましょう! 髪や背中は私も手伝うわ」
「え」
「は」


 なぜか紫苑と紅は途端に顔を赤らめた。何か変なことを言っただろうか。
 小首を傾げつつ、私たちは紅の眷族侍女たちに案内されて薬湯のある露天風呂と向かった。


 ***


 脱衣所は別々だが、露天風呂は繋がっているらしい。混浴ということで私は作法に従い、髪を結って露天風呂のある外に出た。湯気が濃く視界がぼんやりとしているが、竹林の囲まれた露天風呂はなかなかに豪華だった。

(高級ホテルの露天風呂って感じだわ! 灯籠や足場の石畳もさることながら、流し場のシャワー付きで、シャンプーやボディーソープも完璧!)
「……小晴も服着てる」

 紫苑は少しだけがっかりしていた。私の貧相な体を見て「こんなのが妻だ」って思ったのだろうか。

「うん。甚平っぽい入浴着を貰ったのだけれど、可愛いデザインですよね」
「小晴は何を着ても可愛い。ただ水着的なのを着てくると思っていた……」
「(あ、私の水着姿が見たかった……とか?)水着は海やプールの時に着用するものですから」
「では今度行こう」
「はい。それでは先に髪を洗っていきますね!」
「ああ」

 ちょっともじもじしつつも、風呂椅子にちょこんと座った。シャワーで髪を濡らしていくのだが、このお湯も薬湯から引っ張ってきているという。

「熱くないですか?」
「大丈夫。灼熱だって耐えられる体だから」
「耐えられても、痛かったり、熱かったら私に言ってください。我慢するのは駄目です」
「私が我慢すると小晴は……泣いてしまうから、だろうか」
「そうですね。悲しいですし、私が痛いと感じてしまうので」
「小晴が痛いと、苦しそうだと、私も…………上手く呼吸ができない。死にたくなる」
「呼吸は頑張ってしてください、あと死ぬのも駄目です!」

 薬湯で髪を濡らしただけで、髪を固めていた血や垢のようなものが流れ落ちていく。泡立てシャンプーで更に汚れをとっていく。髪の量が多いので洗うのが大変だが、紫苑とお喋りしながらだとあっという間だ。

「良い匂いがする」
「色んなハーブが入っているみたいです。一番強い香りはラベンダーですね」
「ラベンダー?」
「(もしかして海外の花はあまり知らないのかしら?)紫苑の瞳と同じ綺麗な紫色の花ですよ」
「そうか。いつか小晴とその花を見てみたいな」
「じゃあ来年の六月から七月に見頃なので、行きましょう! 北海之道が有名ですが、陸奥の岩代も有名なところがあるんです」
「そうか。……は約束だ」
「はい!」

 それからしっかりとコンディショナーを髪に馴染ませてから、何回かに分けて洗い流す。

(髪の色や髪質はまだまだだけれど、櫛を梳かせるぐらいには改善しそう!)
「む……」

 髪を洗い終わって体を洗おうとした途端、紫苑の表情が曇った。さきほどまでご機嫌だったのに今は眉間に皺を寄せて、湯気の向こう側へと視線を向けた。

「二人きりの混浴だと思っていたのに……」
「余が入らないとは言っていない」
(く、紅!?)
「今回の薬湯にはセンキュウを基調に四つ以上の塩を入れていることで温浴効果を高めている。人魚の涙、宵闇青紫の菖蒲、星屑の砂、その他様々な薬草を調合したことで肩こり冷え性リウマチ、しっしんあせも、腰痛頭痛はもちろん、邪気を祓い呪いの促進を抑える……」
(誰!?)

 じゃぶじゃぶと、薬湯に浸かりながらブツブツと解説をしているのは、田んぼとかで見かける案山子である。人間らしい形に「へのへのもへじ」の顔、笠に着物を着込んだ一本足の――妖怪(?)がいたのだ。
 ふと目(?)があったので、会釈をする。

「伴侶の傷を癒すのなら、薬湯のレシピをあげよう。包帯に染みこませて巻くと治りも早い」
「本当ですか、ありがとうございます!」
「そなたは……一つ目神」
(え!? 神様だったの!)

 思わず二度見してしまった。そして神様だったことに驚愕する。どこからどうみても普通の案山子にしか見えない。

「今回は我が氏子の中に関わった者がいたので、迷惑をかけた詫びをしにきた」
「え、あ……いえ。私の呪いも解けるようですし、薬湯のレシピを頂きましたし!」
「小晴がそれでいいのなら、一族もろとも皆殺しはしない」
「絶対にやめて!」
「わかった」
(そういえば私を呪っていた人の処遇のことをすっかり忘れていた……。襲ってきた張本人は自業自得だけれど、同じ血筋ってだけで殺されるのは駄目だわ)

 その辺のことも紫苑と話をしておこうと、頭の片隅に留めておく。
 神様や妖怪の境界はなんなのだろう。神様だからこといって後光がさすような威圧的でも、高貴さがにじみ出るような方ばかりではないようだ。
 むしろ……。

「かかかっ、いい湯だ」
「お風呂上がりにハッカ飴食べよう~」
「そこはコーヒー牛乳ではないのか? いやフルーツ牛乳もいいが」
(なぜ天ちゃん様と、星香まで……。狐さんも湯に浸かって可愛い)
「小晴……。体も洗ってくれるのだろう?」

 私が余所見をしていたのが嫌だったのか、紫苑は少し不貞腐れながら私の袖をちょっと摘まむ。そんな所作も可愛らしい。

「ふふっ、もちろんです。背中を洗うのはお任せください!」
「背中だけ?」
「背中は一人だと洗いにくいですからね」
「…………そうか」

 それから紫苑の背中を磨き上げて薬湯につからせた。私は入る必要はないのだが、紫苑は一緒にはいると頑として聞かなかったので、折れることになった。美肌効果にも良いらしく、疲れていた体が癒される。
 終始紫苑が私を抱きかかえていなければ完璧だったが。

(混浴だとちょっと緊張しちゃうから、次の入浴は個室でのんびり入ろう!)
 
 ほっこりと心も体も身ぎれいにして、私たちは最後の儀式に挑むのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!

葉方萌生
キャラ文芸
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。お読みくださった皆様、本当にありがとうございます!! 京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。 うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。 夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。 「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」 四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。 京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!

処理中です...