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最終章
第50話 守護者二人目
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「ごめんなさい。私には番となる人が居るから、その申し出は受け入れることはできません」
私の返事に星香は豪快に笑った。
「かははははっ、これは手酷く振られてしまったな。だが気分は悪くない。ますます気に入った」
「あ、ありがとうございます」
頭をぽんぽん撫でられる感じは、何だか兄的なお節介さが感じられた。
「しかたがないので、守護者として傍で守ることを誓おう。して、名は?」
「私は──」
そう告げようとした瞬間、凄まじいつむじ風が巻き起こり、私の体を誰かが抱き寄せた。
ふわりと藤の花とお香の香りが入り交じる。
乱れる白銀の髪、真っ白な着物姿は──。
「紫苑……?」
「余の花嫁を帰してもらおう」
(よ? ──って、風がすごくて目が開けていられな)
私を抱きかかえた紫苑は、つむじ風と共に宴の場から脱出した。
あまりの突風に目を瞑ってしまい、気付いた頃には見知らぬ日本庭園に佇んでいた。
(移動がすごかったから、まだ体が揺れている感じがするぅ……)
「あまり負荷が掛からないようにしたのだが、やはり人間の身では辛かったようだな」
「はぃ……。でも助けに来てくれてありがとうございます。しお」
そう思って顔を上げて彼の顔を見た瞬間、途中まで出かかった言葉が途切れた。
「え……?」
私の目の前にいたのは紫苑そっくりの──別人だった。
酸漿色の瞳、首元に絡みついた二匹の蛇、紫苑と瓜二つの、名前は──。
「紅?」
「ああ、本当に千年ぶりだ! ようやくここまで来た!」
紅は私を両手で抱きかかえて、子供のように無邪気に笑った。
それはほしくてしょうがなかった玩具を手に入れた時のような喜びようだった。
「千年前、君と出会ってずっと探していたんだ。服装も千年前とはまるで違う。そして愚弟と婚約をした印を持った女性。遙か遠い未来から君が来たのはすぐにわかった。愚弟にそんな相手が現れたことも嬉しかったけれど、でもあのラムネ味の飴を食べたら……駄目だった」
(え、千年前? 千年前ってどういうこと!? そして愚弟って紫苑のこと!?)
私の混乱ぶりを余所に紅は私をお姫様抱っこしたまま、日本庭園を歩いて奥の庵へと向かう。
竹林が美しく光を反射して輝く。不思議と幽世のどこかだと感じた。
「あの味が忘れられなくて、余は幽世と現世で地位を得ることを考えて白銀財閥を作り上げた」
(え?)
「情報を仕入れるのはやはり独自のネットワークはもちろん、莫大な財産が必要だと思ったからな。小晴を最初に見つけてファンクラブを作ったのも、静観していたのも全てはこの日のため」
「ファンクラブを作ったって……紅が!?」
「そうだとも。余にあれだけ魅せておきながら、煙の如く消えてしまった。探さないわけがないだろう」
(飴が食べたくて探したって……、その辺はどこか紫苑と似ているかも?)
ほんの少し微笑ましく思っていたのだが、庵に着いた途端、客間ではなく寝室に向かう。
私のことを配慮してだろうか。そう思ったのだが、なんだか嫌な予感がした。
「ええっと、紅。私、元の世界に戻ってきたのなら紫苑に会いたいの! きっと心配しているから」
おずおずと提案してみたが、紅は口元を緩めて微笑むだけだ。その笑みが少しだけ怖い。
怒っているのに、まったくそう感じさせる。
「大丈夫だ。すでに愚弟には連絡を入れているし、許可も取ってある」
「あ、そうなのですね」
「ああ」
その言葉にほんのちょっぴり安心するが、でも何だか妙だ。
紫苑がそれを聞いて素直に待っているだろうか。何だかんだ言って待ちきれずに来てしまう気がする。
「小晴の呪いを完全に消し去るまで、ここに居れば大丈夫だ」
「なる……ほど? それはどのくらいかかるのでしょうか? お店のこともありますし、紫苑に」
「なに、そう時間は掛からない。小晴が余の妻となった後でゆるりと会うがいい」
「つま?」
紅の言葉が頭に入ってこない。それでも必死で言葉を拾い上げて思考を巡らせる。
(この状況を紅が作り出した……?私の店が潰れかけそうだった時や、ヨクナイモノに襲われそうな時も静観して、私が攫われることも、毒と呪いを受けたことも全部、過去の紅と出会い──そして未来に戻る時の役割を自分で作り出すため)
「余の番になれと言っている」
「い、嫌です!」
「即答とは……。愚弟との婚約もなし崩しだったのであろう? なら余になったところで」
「最初はそうでしたけれど、でも今は違います!」
そう、最初はなし崩し的で、強引だった。
でも一緒に過ごした時間が変えた。
「星香に言ったように、紅にだって何度でも言います。私が好きなのは紫苑です。妻になるのなら、紫苑じゃないと嫌です」
「紫苑が、元は余の片割れだったとしても?」
「!?」
「強大な力だったからこそ、余は片割れとしていくつか切り分けた。余の中でもっとも血塗られた穢れと厄災、戦しか知らない者、それが紫苑だ」
「!」
紅の言葉で紫苑が自分のことを大事にしないのか。
傷を受けた痛みや苦しみを知らないまま、戦い続けた。
「(ああ、それを聞いても尚、私は……)紫苑に会いたい。紫苑をギュッとして安心させたい」
「……なるほど。これを聞いても変わらないというのか。……では、一つ試してみよう」
「試す……?」
「そう。庵に白蛇たちを集めた余の眷族だ。その中に紫苑を姿を変えて紛れ込ませた」
「え!?」
庵の中を見渡すと、部屋の隙間からにゅるっと白蛇たちが姿を見せる。
どれもが酸漿色の瞳をして、興味深そうに私に近づく。
「お前たちの愛とやらが、本物なら分かるだろう」
挑発とも取れる言葉に、私は紅と向き合う。どんな無理難題でも、紫苑とこの先一緒にいるためならどうにかしなければと闘志が湧く。
「でもでもだって」を繰り返していたあの頃の自分を変えてくれたのは、紫苑だ。
だから私は今こそ紫苑への思いを全て言葉にする。
「紫苑は私に甘くて、私が飴細工を作っている姿を見ているのが好きでした。口を開けば『可愛い』を口にして、朗らかに笑う。でも私はずっと思っていたのです──紫苑のほうが数倍、ううん数十倍可愛い人だって!!」
「ん?」
白蛇たちは私の言葉の「!?」と面食らった顔をしていた。ちょっと可愛い。
紅は一体何が始まったのだとの依然だったので、このまま言葉を続ける。
「最初の贈り物はカグヤ姫の出てくるような国宝級のもので、けっこうぞんざいにテーブルに置かれていた時は心臓が止まると思いました! でも私のために人には不可能と言われた無理難題を軽々と集めた紫苑のスケールの大きさや、裏表のない言葉に何度も救われました。毎日、毎日愛を囁かれて、一番傍にいてほしい時にいてくれて、何度も支えてくれた紫苑が私は大好きです! そして紫苑のほうがすっごく可愛い! 照れるところや、恥じらうポイントはまだ理解しきれていませんが、私が嫁ぐのは紫苑の所だけです!! 大事なことなのでもう一度、紫苑が大好きです。すっごく愛しているんです!」
そう全力で愛を語ったのだが、大半の白蛇はポカーンとして固まっているか、ドン引きしている。そんな中で一番端っこにいた白蛇が、へにゃりと崩れ落ちたのを見逃さなかった。
「紫苑はこの子ですね!」
「小晴……それは狡い。私をここで、愛しているなんて……」
「まさか触れもせずに言葉だけで見分けるとは……というか愚弟が可愛い? ん? え?」
私の返事に星香は豪快に笑った。
「かははははっ、これは手酷く振られてしまったな。だが気分は悪くない。ますます気に入った」
「あ、ありがとうございます」
頭をぽんぽん撫でられる感じは、何だか兄的なお節介さが感じられた。
「しかたがないので、守護者として傍で守ることを誓おう。して、名は?」
「私は──」
そう告げようとした瞬間、凄まじいつむじ風が巻き起こり、私の体を誰かが抱き寄せた。
ふわりと藤の花とお香の香りが入り交じる。
乱れる白銀の髪、真っ白な着物姿は──。
「紫苑……?」
「余の花嫁を帰してもらおう」
(よ? ──って、風がすごくて目が開けていられな)
私を抱きかかえた紫苑は、つむじ風と共に宴の場から脱出した。
あまりの突風に目を瞑ってしまい、気付いた頃には見知らぬ日本庭園に佇んでいた。
(移動がすごかったから、まだ体が揺れている感じがするぅ……)
「あまり負荷が掛からないようにしたのだが、やはり人間の身では辛かったようだな」
「はぃ……。でも助けに来てくれてありがとうございます。しお」
そう思って顔を上げて彼の顔を見た瞬間、途中まで出かかった言葉が途切れた。
「え……?」
私の目の前にいたのは紫苑そっくりの──別人だった。
酸漿色の瞳、首元に絡みついた二匹の蛇、紫苑と瓜二つの、名前は──。
「紅?」
「ああ、本当に千年ぶりだ! ようやくここまで来た!」
紅は私を両手で抱きかかえて、子供のように無邪気に笑った。
それはほしくてしょうがなかった玩具を手に入れた時のような喜びようだった。
「千年前、君と出会ってずっと探していたんだ。服装も千年前とはまるで違う。そして愚弟と婚約をした印を持った女性。遙か遠い未来から君が来たのはすぐにわかった。愚弟にそんな相手が現れたことも嬉しかったけれど、でもあのラムネ味の飴を食べたら……駄目だった」
(え、千年前? 千年前ってどういうこと!? そして愚弟って紫苑のこと!?)
私の混乱ぶりを余所に紅は私をお姫様抱っこしたまま、日本庭園を歩いて奥の庵へと向かう。
竹林が美しく光を反射して輝く。不思議と幽世のどこかだと感じた。
「あの味が忘れられなくて、余は幽世と現世で地位を得ることを考えて白銀財閥を作り上げた」
(え?)
「情報を仕入れるのはやはり独自のネットワークはもちろん、莫大な財産が必要だと思ったからな。小晴を最初に見つけてファンクラブを作ったのも、静観していたのも全てはこの日のため」
「ファンクラブを作ったって……紅が!?」
「そうだとも。余にあれだけ魅せておきながら、煙の如く消えてしまった。探さないわけがないだろう」
(飴が食べたくて探したって……、その辺はどこか紫苑と似ているかも?)
ほんの少し微笑ましく思っていたのだが、庵に着いた途端、客間ではなく寝室に向かう。
私のことを配慮してだろうか。そう思ったのだが、なんだか嫌な予感がした。
「ええっと、紅。私、元の世界に戻ってきたのなら紫苑に会いたいの! きっと心配しているから」
おずおずと提案してみたが、紅は口元を緩めて微笑むだけだ。その笑みが少しだけ怖い。
怒っているのに、まったくそう感じさせる。
「大丈夫だ。すでに愚弟には連絡を入れているし、許可も取ってある」
「あ、そうなのですね」
「ああ」
その言葉にほんのちょっぴり安心するが、でも何だか妙だ。
紫苑がそれを聞いて素直に待っているだろうか。何だかんだ言って待ちきれずに来てしまう気がする。
「小晴の呪いを完全に消し去るまで、ここに居れば大丈夫だ」
「なる……ほど? それはどのくらいかかるのでしょうか? お店のこともありますし、紫苑に」
「なに、そう時間は掛からない。小晴が余の妻となった後でゆるりと会うがいい」
「つま?」
紅の言葉が頭に入ってこない。それでも必死で言葉を拾い上げて思考を巡らせる。
(この状況を紅が作り出した……?私の店が潰れかけそうだった時や、ヨクナイモノに襲われそうな時も静観して、私が攫われることも、毒と呪いを受けたことも全部、過去の紅と出会い──そして未来に戻る時の役割を自分で作り出すため)
「余の番になれと言っている」
「い、嫌です!」
「即答とは……。愚弟との婚約もなし崩しだったのであろう? なら余になったところで」
「最初はそうでしたけれど、でも今は違います!」
そう、最初はなし崩し的で、強引だった。
でも一緒に過ごした時間が変えた。
「星香に言ったように、紅にだって何度でも言います。私が好きなのは紫苑です。妻になるのなら、紫苑じゃないと嫌です」
「紫苑が、元は余の片割れだったとしても?」
「!?」
「強大な力だったからこそ、余は片割れとしていくつか切り分けた。余の中でもっとも血塗られた穢れと厄災、戦しか知らない者、それが紫苑だ」
「!」
紅の言葉で紫苑が自分のことを大事にしないのか。
傷を受けた痛みや苦しみを知らないまま、戦い続けた。
「(ああ、それを聞いても尚、私は……)紫苑に会いたい。紫苑をギュッとして安心させたい」
「……なるほど。これを聞いても変わらないというのか。……では、一つ試してみよう」
「試す……?」
「そう。庵に白蛇たちを集めた余の眷族だ。その中に紫苑を姿を変えて紛れ込ませた」
「え!?」
庵の中を見渡すと、部屋の隙間からにゅるっと白蛇たちが姿を見せる。
どれもが酸漿色の瞳をして、興味深そうに私に近づく。
「お前たちの愛とやらが、本物なら分かるだろう」
挑発とも取れる言葉に、私は紅と向き合う。どんな無理難題でも、紫苑とこの先一緒にいるためならどうにかしなければと闘志が湧く。
「でもでもだって」を繰り返していたあの頃の自分を変えてくれたのは、紫苑だ。
だから私は今こそ紫苑への思いを全て言葉にする。
「紫苑は私に甘くて、私が飴細工を作っている姿を見ているのが好きでした。口を開けば『可愛い』を口にして、朗らかに笑う。でも私はずっと思っていたのです──紫苑のほうが数倍、ううん数十倍可愛い人だって!!」
「ん?」
白蛇たちは私の言葉の「!?」と面食らった顔をしていた。ちょっと可愛い。
紅は一体何が始まったのだとの依然だったので、このまま言葉を続ける。
「最初の贈り物はカグヤ姫の出てくるような国宝級のもので、けっこうぞんざいにテーブルに置かれていた時は心臓が止まると思いました! でも私のために人には不可能と言われた無理難題を軽々と集めた紫苑のスケールの大きさや、裏表のない言葉に何度も救われました。毎日、毎日愛を囁かれて、一番傍にいてほしい時にいてくれて、何度も支えてくれた紫苑が私は大好きです! そして紫苑のほうがすっごく可愛い! 照れるところや、恥じらうポイントはまだ理解しきれていませんが、私が嫁ぐのは紫苑の所だけです!! 大事なことなのでもう一度、紫苑が大好きです。すっごく愛しているんです!」
そう全力で愛を語ったのだが、大半の白蛇はポカーンとして固まっているか、ドン引きしている。そんな中で一番端っこにいた白蛇が、へにゃりと崩れ落ちたのを見逃さなかった。
「紫苑はこの子ですね!」
「小晴……それは狡い。私をここで、愛しているなんて……」
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