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最終章

第48話 鬼の宴1

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 廊下は長々と続いていて、両壁だと思っていたらいつの間にか障子に変わっていた。先ほどのヨクナイモノの大行列などは消えて、賑やかな居酒屋に入り込んだような感覚だった。
 それも老舗旅館めいた宴会場が続き、飲めや歌えの大賑わい。そこに負の感情や悪意はなかった。

(不思議な場所だわ。……お酒の香りも芳醇でいいものだってわかるし、太鼓や笛、三味線なんかも陽気でお祭りって感じ)

 真昼のように明るく、賑やかな雰囲気に流されて奥へと進んだ。その奥には広い宴会場になっていて、いっそう賑やかだった。楽しい雰囲気に釣られて足を踏み入れる。

「(わあ………)あ」

 そこで宴会していたのが人外だということに気づき、背筋が凍りついた。
 人の姿をしているが屈強な体つきに、頭から突き出す二本の角はどう見ても間違いなく鬼だ。虎のパンツとかではなく皆質の良い着物や甲冑姿だが、間違いなく人外である。

(人の姿に近かったのと、陽気な雰囲気だったから油断した……!)

 着物を少し着崩した鬼たちが酒盛りをして賑わっていたのだが、私に気付いた瞬間、ピタッと音楽が止んだ。向けられる奇異の目。ざわつく場内。

「人間だ」
「人間だな」
「しかも上等な呪い持ちだ」
(しかもあっさりと人間だとバレた!)

 振り返ると出口が消えており、鬼たちに囲まれてしまう。背丈が2メートル越えの巨漢がなんと多いことか。
 見逃してくれる雰囲気ではなさそうだ。

(紫苑っ……!)

 祈った瞬間、私の目の前に大人一人分ぐらいの金棒が降ってきた。

「!?」

 轟ッ!
 凄まじい音を立てて、床にめり込んだ。その衝撃で私は僅かに体が浮いた。
 
(直撃したら死んでたかも)
「呪い持ちの人間よ、よくぞ来た! ここは呪い持ちだけが入れる特別な宴だ!」
「…………え」

 ずかずかと私の前に歩いてきたのは緋色の甲冑姿の好青年だ。真っ黒でつやのある長い髪を一つ結っており、長身だが鬼たちの中では細身な気がしなくもない。

(2メートル越えの巨漢と比べたら、まだ180センチ前後の人のほうが話しやすい……かも?)
「某は鬼神の一柱、香星カセイだ。娘よ、お前の内に秘めた呪いを某が引き取ってもいいが、代わりに芸で我らを満足させよ」
「芸? 楽しませる……?」
「何でも良い。歌に舞が多いな。昔瘤の呪いを持った爺が見事な踊りを踊ったものだ」
(おとぎ話の『瘤とりじいさん』のパターン!)

 何となく、この場は条件が揃った人間しか入れないこと。そしてその申し出を受け入れない場合、『瘤とりじいさん』の話の流れて的に考えて、芸が面白くなければ『呪いの追加』あるいは『何らかのペナルティー』を受ける気がした。

(でも私、歌と踊りなんて全く才能がないし……。怖いっ)

 怖くて足がすくんでしまった刹那、私を抱きしめる温もりにドキリとした。

『小晴』

 私の名を呼ぶ優しい声。姿は見えないけれど、微かに感じた白檀の香り。

(紫苑!?)

 周囲を見渡しても紫苑の姿はもちろん、気配も途切れてしまった。消えてしまった温もりが恋しくてたまらない。

(紫苑……。そうだ、紫苑の元に帰るんだ。私に歌や踊りのセンスなんてない。唯一誇れるのは飴職人としての──っ!)

 ふと出店や露店での経験を思い出す。一か八か、それでももう手は震えていないし、覚悟は決まった。

「あの、とびきり美味しい菓子を作ります。その過程を含めて楽しんで頂けると思います!」
「ほお。甘味か。おい、誰かこの娘に勝手元かってもとに案内してやれ」
「あいよ!」
(飴の材料とかあると良いのだけれど……)


 ***

 
 勝手元、台所はとても広くて老舗旅館を彷彿とさせるほど巨大かつ、板前さんたちが料理を作り上げて女中さんらしき人たちが料理を運んでいく。
 忙しないし、板前さんや女中さんの顔には和紙が貼っているので表情は見えない。彼らも人ではないのだろう。

「おや、ここに人間が立ち入るとは珍しい」
「え」

 ふと声が掛かって声のほうを見ると、調味料と思われる場所に白銀の髪に、酸漿色の瞳の青年が佇んでいた。しかも、二匹の白蛇が首元に巻き付いている。

(紫苑……?)

 長い髪は三つ編みでいくつも結ってあってオシャレだ。上質な白い着物姿で、天上まである薬棚の引き出しを開いているところだった。
 紫苑にそっくりで、思わず魅入ってしまった。

(ううん、雰囲気が違う。それに瞳だって……)
「ん? 妙な繋がりを持つ娘だ。まあいい、この宴の館はそう言う場所だからな。詮索はしないでおこう」
(よかった!)

 紫苑の知り合いかどうか聞きたかったが、この人の言うとおりよくわからない場所で詮索するのは、やめておこう。それよりも──と、飴細工に必要な料理器具や材料を探すことにした。
 ふと日本酒の芳醇な香りに釣られて視線を向ける。
 蓮の紋様が描かれた酒瓶が気になってしょうがない。

(このお酒がなんだか気になる……)
「ふうん。月光蓮か。吟醸酒の中でもそれを選ぶとは、ますます面白い」
(?)

 興味深げに私に声を掛けてきたが、軽く会釈をして作業に取り掛かる。

(飴細工の味は……四季に見立てた感じにしよう。華やかだし。春は桜味、夏はラムネ、秋は日本酒を使った大人の味にして、冬は黒糖……)

 この台所にはありとあらゆる食材があるのに、不思議と私がほしいものだけが視界に入る。ラムネは最悪クエン酸を使って使おうと思っていたのだが、すでに加工されて液状になっていた。

 飴細工に必要な上質の砂糖、水、水あめ、様々な色の食紅もある。
 手際よく飴を作っていく。見栄えがいい大型装飾菓子ピエスモンテを一つ作り、場を華やかにするためだ。
 次に即興で飴細工を作るのを見せる、の二段構えで挑む。

(結婚式の余興でよく大型装飾菓子ピエスモンテをおじいちゃんが作っていたっけ)

 祖父の作った飴細工の宝船は、美しくて色鮮やかでもあった。
 あの領域に少しでも近づけるように。そう集中して作ることに夢中になっていたので、周囲の視線や酸漿色の双眸が熱心に見つめていたことに気づきもしなかった。
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