【完結】白蛇神様は甘いご褒美をご所望です

あさぎかな@電子書籍二作目発売中

文字の大きさ
上 下
48 / 57
最終章

第48話 鬼の宴1

しおりを挟む
 廊下は長々と続いていて、両壁だと思っていたらいつの間にか障子に変わっていた。先ほどのヨクナイモノの大行列などは消えて、賑やかな居酒屋に入り込んだような感覚だった。
 それも老舗旅館めいた宴会場が続き、飲めや歌えの大賑わい。そこに負の感情や悪意はなかった。

(不思議な場所だわ。……お酒の香りも芳醇でいいものだってわかるし、太鼓や笛、三味線なんかも陽気でお祭りって感じ)

 真昼のように明るく、賑やかな雰囲気に流されて奥へと進んだ。その奥には広い宴会場になっていて、いっそう賑やかだった。楽しい雰囲気に釣られて足を踏み入れる。

「(わあ………)あ」

 そこで宴会していたのが人外だということに気づき、背筋が凍りついた。
 人の姿をしているが屈強な体つきに、頭から突き出す二本の角はどう見ても間違いなく鬼だ。虎のパンツとかではなく皆質の良い着物や甲冑姿だが、間違いなく人外である。

(人の姿に近かったのと、陽気な雰囲気だったから油断した……!)

 着物を少し着崩した鬼たちが酒盛りをして賑わっていたのだが、私に気付いた瞬間、ピタッと音楽が止んだ。向けられる奇異の目。ざわつく場内。

「人間だ」
「人間だな」
「しかも上等な呪い持ちだ」
(しかもあっさりと人間だとバレた!)

 振り返ると出口が消えており、鬼たちに囲まれてしまう。背丈が2メートル越えの巨漢がなんと多いことか。
 見逃してくれる雰囲気ではなさそうだ。

(紫苑っ……!)

 祈った瞬間、私の目の前に大人一人分ぐらいの金棒が降ってきた。

「!?」

 轟ッ!
 凄まじい音を立てて、床にめり込んだ。その衝撃で私は僅かに体が浮いた。
 
(直撃したら死んでたかも)
「呪い持ちの人間よ、よくぞ来た! ここは呪い持ちだけが入れる特別な宴だ!」
「…………え」

 ずかずかと私の前に歩いてきたのは緋色の甲冑姿の好青年だ。真っ黒でつやのある長い髪を一つ結っており、長身だが鬼たちの中では細身な気がしなくもない。

(2メートル越えの巨漢と比べたら、まだ180センチ前後の人のほうが話しやすい……かも?)
「某は鬼神の一柱、香星カセイだ。娘よ、お前の内に秘めた呪いを某が引き取ってもいいが、代わりに芸で我らを満足させよ」
「芸? 楽しませる……?」
「何でも良い。歌に舞が多いな。昔瘤の呪いを持った爺が見事な踊りを踊ったものだ」
(おとぎ話の『瘤とりじいさん』のパターン!)

 何となく、この場は条件が揃った人間しか入れないこと。そしてその申し出を受け入れない場合、『瘤とりじいさん』の話の流れて的に考えて、芸が面白くなければ『呪いの追加』あるいは『何らかのペナルティー』を受ける気がした。

(でも私、歌と踊りなんて全く才能がないし……。怖いっ)

 怖くて足がすくんでしまった刹那、私を抱きしめる温もりにドキリとした。

『小晴』

 私の名を呼ぶ優しい声。姿は見えないけれど、微かに感じた白檀の香り。

(紫苑!?)

 周囲を見渡しても紫苑の姿はもちろん、気配も途切れてしまった。消えてしまった温もりが恋しくてたまらない。

(紫苑……。そうだ、紫苑の元に帰るんだ。私に歌や踊りのセンスなんてない。唯一誇れるのは飴職人としての──っ!)

 ふと出店や露店での経験を思い出す。一か八か、それでももう手は震えていないし、覚悟は決まった。

「あの、とびきり美味しい菓子を作ります。その過程を含めて楽しんで頂けると思います!」
「ほお。甘味か。おい、誰かこの娘に勝手元かってもとに案内してやれ」
「あいよ!」
(飴の材料とかあると良いのだけれど……)


 ***

 
 勝手元、台所はとても広くて老舗旅館を彷彿とさせるほど巨大かつ、板前さんたちが料理を作り上げて女中さんらしき人たちが料理を運んでいく。
 忙しないし、板前さんや女中さんの顔には和紙が貼っているので表情は見えない。彼らも人ではないのだろう。

「おや、ここに人間が立ち入るとは珍しい」
「え」

 ふと声が掛かって声のほうを見ると、調味料と思われる場所に白銀の髪に、酸漿色の瞳の青年が佇んでいた。しかも、二匹の白蛇が首元に巻き付いている。

(紫苑……?)

 長い髪は三つ編みでいくつも結ってあってオシャレだ。上質な白い着物姿で、天上まである薬棚の引き出しを開いているところだった。
 紫苑にそっくりで、思わず魅入ってしまった。

(ううん、雰囲気が違う。それに瞳だって……)
「ん? 妙な繋がりを持つ娘だ。まあいい、この宴の館はそう言う場所だからな。詮索はしないでおこう」
(よかった!)

 紫苑の知り合いかどうか聞きたかったが、この人の言うとおりよくわからない場所で詮索するのは、やめておこう。それよりも──と、飴細工に必要な料理器具や材料を探すことにした。
 ふと日本酒の芳醇な香りに釣られて視線を向ける。
 蓮の紋様が描かれた酒瓶が気になってしょうがない。

(このお酒がなんだか気になる……)
「ふうん。月光蓮か。吟醸酒の中でもそれを選ぶとは、ますます面白い」
(?)

 興味深げに私に声を掛けてきたが、軽く会釈をして作業に取り掛かる。

(飴細工の味は……四季に見立てた感じにしよう。華やかだし。春は桜味、夏はラムネ、秋は日本酒を使った大人の味にして、冬は黒糖……)

 この台所にはありとあらゆる食材があるのに、不思議と私がほしいものだけが視界に入る。ラムネは最悪クエン酸を使って使おうと思っていたのだが、すでに加工されて液状になっていた。

 飴細工に必要な上質の砂糖、水、水あめ、様々な色の食紅もある。
 手際よく飴を作っていく。見栄えがいい大型装飾菓子ピエスモンテを一つ作り、場を華やかにするためだ。
 次に即興で飴細工を作るのを見せる、の二段構えで挑む。

(結婚式の余興でよく大型装飾菓子ピエスモンテをおじいちゃんが作っていたっけ)

 祖父の作った飴細工の宝船は、美しくて色鮮やかでもあった。
 あの領域に少しでも近づけるように。そう集中して作ることに夢中になっていたので、周囲の視線や酸漿色の双眸が熱心に見つめていたことに気づきもしなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!

葉方萌生
キャラ文芸
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。お読みくださった皆様、本当にありがとうございます!! 京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。 うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。 夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。 「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」 四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。 京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!

処理中です...