47 / 57
最終章
第47話 白蛇神・紫苑の視点4
しおりを挟む
間に合ったと、その時は思っていた。
小晴を抱きしめて取り戻せたと、安堵したもののすぐに異変に気付く。
(呪いに毒。しかもこれは……!)
小晴を抱きかかえて屋敷に戻ったが、一向に目を覚まさない。顔色も悪く、指先が黒紫色に滲み始めた。体温も低く凍えているよう。治癒をかけても毒や呪いの浸食のほうが早い。
「(一族いいや、もっとだな。数多の術式が複雑に絡み合っている)小晴っ……」
「…………っ」
「お館様、専門家がこちらに向かっております。小晴様を休ませるためにもこちらへ」
「その前に。……いい加減、小晴の影から出てきたらどうだ」
少し威圧を込めて小晴の影に問いかけた。もし出てこないのなら──消してしまおうか。
ほんの僅かな沈黙ののち、三つの影が姿を現した。
銀と灰色の斑な髪を持つ天龍。
元人間から鬼神になった赤銅色の鎧武者。
最後に陰陽師姿の九尾。
「(小晴の影から出てきたと言うことは、少なくとも浅からぬ縁がある者。天龍は小晴の飴を重宝して定期的に購入していた古株。他の鬼神と九尾も店の常連ではあるが小晴個人としての縁があるとは報告に入っていない)……一応聞くが、小晴を助ける気はあるということで良いのだな」
「もちろんだよぉ~。じゃなきゃ、今も小晴の魂を僕の領域に避難させてないしぃ~」
「然り。呪いであれば某の出番故、場を整えておった」
「俺だって呪いなら手をかけるけれど、今回は鬼神殿が適任だからな。俺は俺で呪いと毒をかけた一族を逆探知記して、全員殺す準備はできているけれど、殺してもいいか?」
あくまでも「自分たちは有能だ」と告げ、やることはやっていると言っているのだろう。そんなのは見れば分かる。
だが一番腹立たしいのは、彼らは小晴を無傷で助けるつもりは最初から無かった点だ。
(現在、守護者枠を競っている最中。本来であれば、高得点を目指して小晴を無傷で連れ帰ることが定石だ。しかし彼らは腐っても人外。人間が抱く慈悲や慈善など存在しない。自分の益にならないことをする人種でもない。小晴を気に入っているのは確かだ。だからこそどんな手を使ってでも守護者枠に入るため、敢えて小晴を危機に陥れ付けいる隙を生み出した)
人外は妖怪だろうと神だろうと、自分勝手だ。いや自分の感情に実直というのが正しいのかもしれない。
助けられると自惚れているから、多少傷ついてでも良しとする。それを覆すだけのことができるからこその態度だった。
(……違うな。たとえ失敗して死んだとしても、悲しみ落ち込みはするが、人間は儚いものだと結論を出して終わりだ。似た者がまたすぐに生まれて退屈を紛らわす。そう……考えていた。私も……以前は人間のことをその程度にしか考えていなかったし、興味もなかった)
小晴が誰かの代わりになることなどない。小晴は私の大切な、唯一無二の存在。だからこそ、自分の目的のために小晴を助けずにタイミングを見計らっていたこの三人が心底、嫌いだ。
「守護者の三席が埋まったか。小晴が望むのなら、お前たちが守護者になるのは構わない──が、次はない」
そう一度だけ今は目を瞑る。それが小晴を生かすためなのなら、湧き上がる憤怒の怒りも収めてみせる。
その場に白銀の冷気を三人にぶつける程度で済ませた。
「小晴を傷つけるやり方をしたらどんな理由があろうと、八つ裂きにする。……左近、いくぞ」
「承知しました」
***
縁側を歩き、急いで奥の部屋に向かう。あの場なら清浄な空気が満ちている。
すぐ後ろには滝があり、竹林に囲まれた部屋。
小晴と出会ってから戻ったことがなかった眠りの間。いつか小晴を連れてこようと思っていたのに、こんな形で叶ってしまった。
小晴を布団に寝かせて手をギュッと握りしめる。
小晴の影が揺らぎ、先ほどの三人が片膝を突いて姿を見せた。
覚悟あるいい目だ。
「一つ訂正しておくよ、紫。小晴の守護者枠に入るためにワザを静観していた訳じゃないよぉ~。他の二人は知らないけれど。これでも僕は彼女の飴を気に入っているんだ! 周囲の悪意を弱めたり、魂の介入を防いでいたんだからねぇ~。まあ、人間は感情の起伏が激しいから、君に会えない日々が精神を磨耗させていたようだけれど……」
(私が……原因か。けれど私のことを思って寂しくなってくれていたことが、嬉しく思ってしまう)
皮肉にも、この状況で小晴に好かれていることがわかった。いや実感した。
「呪いを身に宿し食らうのが我ら鬼神だが、小晴とは不思議と縁がある。その縁が何処から来たものか、某は知りたい。それを知るまで、勝手に死なれると困るのだ」
「俺は邪魔なんかしてない。どこぞの神の霊力が強すぎて、下手に動かなかっただけだ。安心しなよ。次なんてない。この先、俺は小晴を守り続ける。守護者になったんだからな」
「…………ならいい」
身勝手だが今は目を瞑ることにして、呪いのと毒を解呪することに専念する。
真っ先に致命傷になりかねない毒を天龍が受け持ち、呪いを鬼神が食う──が、ここで異変が起こった。
「小晴!?」
小晴の姿が半透明になった瞬間、消えたのだ。次に鬼神の姿も半透明になる。
「え!? 僕が繋げた帰り道がずれたんだけれど!」
「カカカッ! ああ、なるほど。千年前の小娘は小晴であったか。であれば此度の縁は因果によるものか」
鬼神は高笑いをしたまま消えたが、小晴との婚約の証は消えていないことを確認する。その繋がりのおかげで、少しばかり冷静になれた。
(過去の辻道を小晴が通ったのか。であれば小晴の肉体も千年前に──)
千年前に飛ぶことを躊躇いはしなかった。小晴の元へ急ぎ掛ける。
小晴を抱きしめて取り戻せたと、安堵したもののすぐに異変に気付く。
(呪いに毒。しかもこれは……!)
小晴を抱きかかえて屋敷に戻ったが、一向に目を覚まさない。顔色も悪く、指先が黒紫色に滲み始めた。体温も低く凍えているよう。治癒をかけても毒や呪いの浸食のほうが早い。
「(一族いいや、もっとだな。数多の術式が複雑に絡み合っている)小晴っ……」
「…………っ」
「お館様、専門家がこちらに向かっております。小晴様を休ませるためにもこちらへ」
「その前に。……いい加減、小晴の影から出てきたらどうだ」
少し威圧を込めて小晴の影に問いかけた。もし出てこないのなら──消してしまおうか。
ほんの僅かな沈黙ののち、三つの影が姿を現した。
銀と灰色の斑な髪を持つ天龍。
元人間から鬼神になった赤銅色の鎧武者。
最後に陰陽師姿の九尾。
「(小晴の影から出てきたと言うことは、少なくとも浅からぬ縁がある者。天龍は小晴の飴を重宝して定期的に購入していた古株。他の鬼神と九尾も店の常連ではあるが小晴個人としての縁があるとは報告に入っていない)……一応聞くが、小晴を助ける気はあるということで良いのだな」
「もちろんだよぉ~。じゃなきゃ、今も小晴の魂を僕の領域に避難させてないしぃ~」
「然り。呪いであれば某の出番故、場を整えておった」
「俺だって呪いなら手をかけるけれど、今回は鬼神殿が適任だからな。俺は俺で呪いと毒をかけた一族を逆探知記して、全員殺す準備はできているけれど、殺してもいいか?」
あくまでも「自分たちは有能だ」と告げ、やることはやっていると言っているのだろう。そんなのは見れば分かる。
だが一番腹立たしいのは、彼らは小晴を無傷で助けるつもりは最初から無かった点だ。
(現在、守護者枠を競っている最中。本来であれば、高得点を目指して小晴を無傷で連れ帰ることが定石だ。しかし彼らは腐っても人外。人間が抱く慈悲や慈善など存在しない。自分の益にならないことをする人種でもない。小晴を気に入っているのは確かだ。だからこそどんな手を使ってでも守護者枠に入るため、敢えて小晴を危機に陥れ付けいる隙を生み出した)
人外は妖怪だろうと神だろうと、自分勝手だ。いや自分の感情に実直というのが正しいのかもしれない。
助けられると自惚れているから、多少傷ついてでも良しとする。それを覆すだけのことができるからこその態度だった。
(……違うな。たとえ失敗して死んだとしても、悲しみ落ち込みはするが、人間は儚いものだと結論を出して終わりだ。似た者がまたすぐに生まれて退屈を紛らわす。そう……考えていた。私も……以前は人間のことをその程度にしか考えていなかったし、興味もなかった)
小晴が誰かの代わりになることなどない。小晴は私の大切な、唯一無二の存在。だからこそ、自分の目的のために小晴を助けずにタイミングを見計らっていたこの三人が心底、嫌いだ。
「守護者の三席が埋まったか。小晴が望むのなら、お前たちが守護者になるのは構わない──が、次はない」
そう一度だけ今は目を瞑る。それが小晴を生かすためなのなら、湧き上がる憤怒の怒りも収めてみせる。
その場に白銀の冷気を三人にぶつける程度で済ませた。
「小晴を傷つけるやり方をしたらどんな理由があろうと、八つ裂きにする。……左近、いくぞ」
「承知しました」
***
縁側を歩き、急いで奥の部屋に向かう。あの場なら清浄な空気が満ちている。
すぐ後ろには滝があり、竹林に囲まれた部屋。
小晴と出会ってから戻ったことがなかった眠りの間。いつか小晴を連れてこようと思っていたのに、こんな形で叶ってしまった。
小晴を布団に寝かせて手をギュッと握りしめる。
小晴の影が揺らぎ、先ほどの三人が片膝を突いて姿を見せた。
覚悟あるいい目だ。
「一つ訂正しておくよ、紫。小晴の守護者枠に入るためにワザを静観していた訳じゃないよぉ~。他の二人は知らないけれど。これでも僕は彼女の飴を気に入っているんだ! 周囲の悪意を弱めたり、魂の介入を防いでいたんだからねぇ~。まあ、人間は感情の起伏が激しいから、君に会えない日々が精神を磨耗させていたようだけれど……」
(私が……原因か。けれど私のことを思って寂しくなってくれていたことが、嬉しく思ってしまう)
皮肉にも、この状況で小晴に好かれていることがわかった。いや実感した。
「呪いを身に宿し食らうのが我ら鬼神だが、小晴とは不思議と縁がある。その縁が何処から来たものか、某は知りたい。それを知るまで、勝手に死なれると困るのだ」
「俺は邪魔なんかしてない。どこぞの神の霊力が強すぎて、下手に動かなかっただけだ。安心しなよ。次なんてない。この先、俺は小晴を守り続ける。守護者になったんだからな」
「…………ならいい」
身勝手だが今は目を瞑ることにして、呪いのと毒を解呪することに専念する。
真っ先に致命傷になりかねない毒を天龍が受け持ち、呪いを鬼神が食う──が、ここで異変が起こった。
「小晴!?」
小晴の姿が半透明になった瞬間、消えたのだ。次に鬼神の姿も半透明になる。
「え!? 僕が繋げた帰り道がずれたんだけれど!」
「カカカッ! ああ、なるほど。千年前の小娘は小晴であったか。であれば此度の縁は因果によるものか」
鬼神は高笑いをしたまま消えたが、小晴との婚約の証は消えていないことを確認する。その繋がりのおかげで、少しばかり冷静になれた。
(過去の辻道を小晴が通ったのか。であれば小晴の肉体も千年前に──)
千年前に飛ぶことを躊躇いはしなかった。小晴の元へ急ぎ掛ける。
11
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
大正石華恋蕾物語
響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る
旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章
――私は待つ、いつか訪れるその時を。
時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。
珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。
それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。
『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。
心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。
求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。
命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。
そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。
■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る
旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章
――あたしは、平穏を愛している
大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。
其の名も「血花事件」。
体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。
警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。
そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。
目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。
けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。
運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。
それを契機に、歌那の日常は変わり始める。
美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。
※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!
葉方萌生
キャラ文芸
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。お読みくださった皆様、本当にありがとうございます!!
京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。
うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。
夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。
「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」
四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。
京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる