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最終章
第46話 守護者一人目
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紫苑が傍にいる。
それだけで怖いのも、苦しいのも消えていくのに、体の中にゾッとする何かが心を蝕んでいく。
アレはヨクナイモノだと分かっているのに、どうすればいいのかまるでわからない。
ふと気づいた時には、薄暗い部屋の中で倒れていた。ふらつきながらも体を起こした。
(これは……最初に幽世に来た感覚と似ている?)
武家屋敷と似た造りだが、なんとなく嫌な匂いがする。
畳のある和室。襖はしっかり閉まっていて、開かない。障子の向こう側はまだ明るい。
障子を開こうと手を伸ばした途端、声が聞こえてきた。
『どこに行った?』
『あの小娘を喰らってガワだけ手に入れれば、彼の方だってきっと私を──』
『両腕さえ残れば、飴作りはできるわよね。私は足をもらうの』
『魂が食べたい……食べたらきっと、人間になれる……』
「──っ!?」
障子の向こうには、花魁のような華美な着物を着こなす人影が見えた。とても華やかで美しいシルエットなのに、怖いと感じてしまった。
『あはははっはっは』
『ぎゃははは』
『ひゃははははは』
美しい女性の姿が徐々に崩れて、醜悪な獣や虫のような姿に変わっていく。
(──っ、前に襲ってきたヨクナイモノモノよりもさらに禍々しい)
あの時のように、夢を通して私の魂が、この場所に呼び寄せられてしまったのだろうか。
(あるいは魂だけ囚われてしまった──?)
そう考えた瞬間、ゾッっとしてしまった。ここが安全とは限らない。けれどこの外のほうが危険な気がする。
「紫苑……」
「ごめんねぇ。迎えに来たのが紫じゃなくて」
「!?」
振り返ると掛け軸に描かれた真っ白な龍が悠々と掛け軸の中を泳いだのち、具現化する。
(綺麗な鱗……)
それと当時に銀と灰色の混じり合った長い髪に、灰色の着物の上に、女性ものの着物を羽織った青年が佇んでいた。
前髪が長すぎて、瞳の色はわからなかった。
(この人からは、嫌な気はしない……)
「僕は天龍。君の受けた毒をなんとかするため、君の魂を僕の箱庭に呼び寄せたんだよぉ~」
なかなかに緊迫感のある場面なはずなのだが、青年のほんわかした雰囲気と、語尾で力が抜けてしまう。
今見たら障子の向こうでは、私を探す声と百鬼夜行のように、ヨクナイモノが徘徊していて緊張感が走る。
(見つかったらどうしよう……)
「大丈夫だよぉ~。アレらはこの中に入るには、こちらから招き入れないとダメなんだぁ~。それに僕がなんとかするから安心じでぇ……ゲフッ」
「きゃあ!!」
かはっ、と吐血するので、心臓が飛び出しそうになった。
「血!? 大丈夫ですか!?」
「ん~。平気だよぉ~。君の受けた毒はすっごく強かったからねぇ~。でも美味しい毒だったからいいかなぁ~」
「(どうしよう。ツッコミどころが多すぎる)……って私の毒を代わりに?」
私に身代わりに──と思っていたら、どうやら違うらしい。
「僕は大好きな人が受けた毒を食べるのが好きなんだ。趣味っていうのかなぁ~」
「なんて危険な……趣味……」
そう思ったが、彼は血を乱暴に拭って笑った。少年のように陽気で、傍にいると
春の日差しを彷彿とする。
「僕、昔から好きな子が毒を飲まされたり酷い目に遭うから、僕が食べてあげたんだぁ~」
「(どうしよう。何一つ共感できそうにない)そ、そうなのですね……」
「その時、僕に『ありがとう』って気持ちまで伝わってきて、すっごく美味しかったぁ~。だから僕は、僕は気に入った子の毒を食べるんだよぉ~」
けふっ、と毒を食べ切ったのか「この毒もなかなか」とうっとりしている。それから口直しにハッカ飴を取り出した。その袋には見覚えがある──というか私の店のものだ。
「そのハッカ飴は!」
「君の作った飴だよぉ~。僕はこのハッカ飴がお気に入りでねぇ~。無くなる前にいつも頼んでいるんだぁ」
「定期的にハッカ飴を大量生産する……もしかして『天ちゃん』様!?」
「そう~、僕だよ~。今回守護者枠が三席あるって聞いたから参加してみたんだぁ。前任者の木霊も心配してたし」
私の前の守護者。会ったことがないけれどいつか挨拶に行こうと、心のメモに書き記す。
常連さんに会えて嬉しくて、つい口元がニヤけてしまう。
「いつもお買いありがとうございます! 天ちゃん様は、古参中の古参ですからお会いできて嬉しいです!」
「うん。君のファンクラブ会員で三番目だからねぇ~」
「……すみません、ファンクラブがあるなんて初耳なのですが」
「非公式だった気がするぅ~」
(それ本人に言っちゃダメなやつ!)
非公式ファンクラブについては後で考えるとして、まずは紫苑の元に戻るのが先だ。
このまま籠城すべきなのか、あるいは行動を起こすべきか天ちゃん様に聞こうとした矢先、私と天ちゃん様の影が重なり、繋がる。
それは不思議な感覚で、先ほどまで感じられなかった天ちゃん様の気配がハッキリと捉えることができた。
「これは?」
「守護者として契約ができたってこと。この契約は縁の結びつきが強くなるからねぇ~。これでちょっと安全になった」
(感覚的に全く実感がないけれど、そういうものなの?)
「契約の報酬は、君の飴を定価で買わせてもらう権利! あと月一で飴細工菓子を希望!」
「ハッカ飴を買う権利……?」
「そーだよ。みんな自分の飴が食べたいから買う順番が回ってくるまで我慢しなきゃダメなんだぁ~。だから僕は三日に一個の割合で食べていたけど、これからは毎日だってハッカ飴が食べられるように取り計らってくれるなら充分な対価だよぅ~」
終始ほわほわした天ちゃん様のおかげで、恐怖も、不安も掻き消えてしまった。
カタン、と襖の戸が勝手に開いた。廊下は蝋燭の灯りで真昼のように明るい。
「道が繋がったみたいだねぇ。毒は僕が担当していて、残りもなんとか目処が付いたようだよ~」
(目処がついた?)
あまりピンとこなかったが、天ちゃん様は「紫が待っているから、早く行ってあげて」
「(紫……? 紫苑のことだよね?)……うん。天ちゃん様、ここまで来てくれて、助けてくれて、私の守護者になってくれてありがとう!」
「うん。僕も君の守護者になれて嬉しいよぉ~。それじゃあ小晴、またあとでね」
「え、天ちゃん様は──」
私が廊下に出た瞬間、パタンと襖が自動的に閉じた。
(一人で行けってこと……よね? それっぽいこと言っていたし……でもそれなら先に言ってほしかったかも)
助けに来てくれただけでもありがたかったが、廊下の奥を見たら、ちょっぴり不満──というか不安になったのだった。
(だ、大丈夫……だよね?)
それだけで怖いのも、苦しいのも消えていくのに、体の中にゾッとする何かが心を蝕んでいく。
アレはヨクナイモノだと分かっているのに、どうすればいいのかまるでわからない。
ふと気づいた時には、薄暗い部屋の中で倒れていた。ふらつきながらも体を起こした。
(これは……最初に幽世に来た感覚と似ている?)
武家屋敷と似た造りだが、なんとなく嫌な匂いがする。
畳のある和室。襖はしっかり閉まっていて、開かない。障子の向こう側はまだ明るい。
障子を開こうと手を伸ばした途端、声が聞こえてきた。
『どこに行った?』
『あの小娘を喰らってガワだけ手に入れれば、彼の方だってきっと私を──』
『両腕さえ残れば、飴作りはできるわよね。私は足をもらうの』
『魂が食べたい……食べたらきっと、人間になれる……』
「──っ!?」
障子の向こうには、花魁のような華美な着物を着こなす人影が見えた。とても華やかで美しいシルエットなのに、怖いと感じてしまった。
『あはははっはっは』
『ぎゃははは』
『ひゃははははは』
美しい女性の姿が徐々に崩れて、醜悪な獣や虫のような姿に変わっていく。
(──っ、前に襲ってきたヨクナイモノモノよりもさらに禍々しい)
あの時のように、夢を通して私の魂が、この場所に呼び寄せられてしまったのだろうか。
(あるいは魂だけ囚われてしまった──?)
そう考えた瞬間、ゾッっとしてしまった。ここが安全とは限らない。けれどこの外のほうが危険な気がする。
「紫苑……」
「ごめんねぇ。迎えに来たのが紫じゃなくて」
「!?」
振り返ると掛け軸に描かれた真っ白な龍が悠々と掛け軸の中を泳いだのち、具現化する。
(綺麗な鱗……)
それと当時に銀と灰色の混じり合った長い髪に、灰色の着物の上に、女性ものの着物を羽織った青年が佇んでいた。
前髪が長すぎて、瞳の色はわからなかった。
(この人からは、嫌な気はしない……)
「僕は天龍。君の受けた毒をなんとかするため、君の魂を僕の箱庭に呼び寄せたんだよぉ~」
なかなかに緊迫感のある場面なはずなのだが、青年のほんわかした雰囲気と、語尾で力が抜けてしまう。
今見たら障子の向こうでは、私を探す声と百鬼夜行のように、ヨクナイモノが徘徊していて緊張感が走る。
(見つかったらどうしよう……)
「大丈夫だよぉ~。アレらはこの中に入るには、こちらから招き入れないとダメなんだぁ~。それに僕がなんとかするから安心じでぇ……ゲフッ」
「きゃあ!!」
かはっ、と吐血するので、心臓が飛び出しそうになった。
「血!? 大丈夫ですか!?」
「ん~。平気だよぉ~。君の受けた毒はすっごく強かったからねぇ~。でも美味しい毒だったからいいかなぁ~」
「(どうしよう。ツッコミどころが多すぎる)……って私の毒を代わりに?」
私に身代わりに──と思っていたら、どうやら違うらしい。
「僕は大好きな人が受けた毒を食べるのが好きなんだ。趣味っていうのかなぁ~」
「なんて危険な……趣味……」
そう思ったが、彼は血を乱暴に拭って笑った。少年のように陽気で、傍にいると
春の日差しを彷彿とする。
「僕、昔から好きな子が毒を飲まされたり酷い目に遭うから、僕が食べてあげたんだぁ~」
「(どうしよう。何一つ共感できそうにない)そ、そうなのですね……」
「その時、僕に『ありがとう』って気持ちまで伝わってきて、すっごく美味しかったぁ~。だから僕は、僕は気に入った子の毒を食べるんだよぉ~」
けふっ、と毒を食べ切ったのか「この毒もなかなか」とうっとりしている。それから口直しにハッカ飴を取り出した。その袋には見覚えがある──というか私の店のものだ。
「そのハッカ飴は!」
「君の作った飴だよぉ~。僕はこのハッカ飴がお気に入りでねぇ~。無くなる前にいつも頼んでいるんだぁ」
「定期的にハッカ飴を大量生産する……もしかして『天ちゃん』様!?」
「そう~、僕だよ~。今回守護者枠が三席あるって聞いたから参加してみたんだぁ。前任者の木霊も心配してたし」
私の前の守護者。会ったことがないけれどいつか挨拶に行こうと、心のメモに書き記す。
常連さんに会えて嬉しくて、つい口元がニヤけてしまう。
「いつもお買いありがとうございます! 天ちゃん様は、古参中の古参ですからお会いできて嬉しいです!」
「うん。君のファンクラブ会員で三番目だからねぇ~」
「……すみません、ファンクラブがあるなんて初耳なのですが」
「非公式だった気がするぅ~」
(それ本人に言っちゃダメなやつ!)
非公式ファンクラブについては後で考えるとして、まずは紫苑の元に戻るのが先だ。
このまま籠城すべきなのか、あるいは行動を起こすべきか天ちゃん様に聞こうとした矢先、私と天ちゃん様の影が重なり、繋がる。
それは不思議な感覚で、先ほどまで感じられなかった天ちゃん様の気配がハッキリと捉えることができた。
「これは?」
「守護者として契約ができたってこと。この契約は縁の結びつきが強くなるからねぇ~。これでちょっと安全になった」
(感覚的に全く実感がないけれど、そういうものなの?)
「契約の報酬は、君の飴を定価で買わせてもらう権利! あと月一で飴細工菓子を希望!」
「ハッカ飴を買う権利……?」
「そーだよ。みんな自分の飴が食べたいから買う順番が回ってくるまで我慢しなきゃダメなんだぁ~。だから僕は三日に一個の割合で食べていたけど、これからは毎日だってハッカ飴が食べられるように取り計らってくれるなら充分な対価だよぅ~」
終始ほわほわした天ちゃん様のおかげで、恐怖も、不安も掻き消えてしまった。
カタン、と襖の戸が勝手に開いた。廊下は蝋燭の灯りで真昼のように明るい。
「道が繋がったみたいだねぇ。毒は僕が担当していて、残りもなんとか目処が付いたようだよ~」
(目処がついた?)
あまりピンとこなかったが、天ちゃん様は「紫が待っているから、早く行ってあげて」
「(紫……? 紫苑のことだよね?)……うん。天ちゃん様、ここまで来てくれて、助けてくれて、私の守護者になってくれてありがとう!」
「うん。僕も君の守護者になれて嬉しいよぉ~。それじゃあ小晴、またあとでね」
「え、天ちゃん様は──」
私が廊下に出た瞬間、パタンと襖が自動的に閉じた。
(一人で行けってこと……よね? それっぽいこと言っていたし……でもそれなら先に言ってほしかったかも)
助けに来てくれただけでもありがたかったが、廊下の奥を見たら、ちょっぴり不満──というか不安になったのだった。
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