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第4章
第43話 白蛇神・紫苑の視点3
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「オラ! 死ねや!」
背中に衝撃が走り、複数の槍が自分の体を貫き、血が噴き出すも痛みなどは感じられなかった。
ただ体の熱が下がっていく感覚が伝わってくる。
不快で、不愉快だ。
ふと泣きそうな顔をする小晴の姿が脳裏を過った。
(小晴は痛くないのに、どうして私のことでそんな顔をするのだろう。……私は死ぬことがないのに。心配するほど弱くもない。……やはりわからないことは分からないままにするのはよくない。胸にモヤモヤするし、……小晴に会いたい)
「トドメだ!」
「死ね! 白蛇神!」
「稀人は俺のものだ!」
(ああ、まだ残党が残っていたのか。あるいは新手か……)
白銀の刀を生み出した直後、上空から蜘蛛の糸によって足場は固定され、手にしていた刀ごと糸が絡め捕る。
背後からは烏天狗と鎧武者たちが刃を振り下ろした。面倒だ、と思いながらも力の一部を解放する。
「去ね」
数百、数千の蛇が一瞬で剣と化し、周囲にある者全てを貫き肉塊にする。
悲鳴すら押し潰す。
剣となった蛇が白き光と共に消え去ったその場には、私ただ独りだけ。のぞき見をしていた者たちも、今頃同じ目に遭っているだろう。
目撃はいない。
鮮血が竹林を真っ赤に染め上げる。
「誰が小晴を渡すものか」
小晴は漸く見つけた唯一無二の存在。
紫苑の世界を変えた愛しい者。
自身の領域を守護あるいは平定するのとは異なり、小晴の守り方に四苦八苦しながらする日々も悪くない。
分からないこと、理解し得ないこと、小晴との温度差に悩ましいこともあることが尊くて、胸の奥がじわじわと温かくなる。
(小晴……)
***
ふと気付けば、竹林の独特な香りから藤の花が充満した馴染みのある場所に戻ってきた。本能的に、あるいは魂が強く望んだからだろうか。
血が白銀の砂利を黒紫色に染まる。
小晴の笑い声を聞いて、気持ちが明るくなったが、声をかけようとして言葉に詰まった。
(今の姿を見せて、小晴は何を思うだろうか)
『化物』と言って、顔を引き攣らせて拒絶してきた者たちを何人も見てきた。それを自分の好いた人間にされたらと想像して、胸が軋んだ。
(怖がらせたくない。悲しい顔をさせたくない。泣かせたくない。やはり一度着替えて……)
そう思って移動したはずだが、裏庭へ移動してしまった。
思った以上に自分が動揺していたことに気付く。
(怖い──か。私にもそのような感情があるのだな)
複雑だけれど、噛みしめる感情は悲しみだけではない。それが幸いに思えた。
しかし──。
「紫苑!」
「──っ!」
この姿を見せたくないと思った人物が駆け寄ってくる。肩で息をしていてサンダル姿で、中庭からここまで走ってきたのだろう。
それが何だか嬉しくて、同時に怖い。
「小晴……」
喉がカラカラで、上手く声がでない。
どうすべきなのか上手く考えがまとまらずに困惑していると、小晴は少しだけ速度を落としながら立ち止まる。
小晴の顔が見たいのに、どうしても視線を合わせたくなくて俯いてしまう。
(この姿を見たら、小晴は私をどう思うのだろう。拒絶されたら──)
「紫苑、こんな怪我をして……痛くはないのですか!? 今すぐに手当を! ほら、早く左近さんたちの所に戻りましょう!」
ガシッと私の手を掴むと、中庭に戻ろうと歩き出した。
彼女は怒っていた。けれどそこには紫苑を慮る優しさが入り交じっている。
「小晴……私は平気だ。痛くは──」
「私は痛いです! すごく苦しくて、悲しくて、辛い。紫苑が大切だから、傷ついたら胸がギュッとなります」
「小晴がどうして痛くなるのか……私にはわからない。私はこのぐらいのことなんでもないのに……」
不思議な感覚だ。自分では痛みはないのに、小晴は痛いと言うのだから。
よくわからない。
ただそれでも小晴が泣きそうな顔をして、笑顔でないことが胸を抉った。
ふと自分の両手が真っ赤に染まっていることを思い出す。
小晴の温かい手、綺麗な指先を──自分の血に濡れた手が穢してしまった気がして、反射的に彼女の手を振り払った。
「紫苑……? ………っ」
驚き。
次に傷ついたような顔。
最後に顔を歪め──小晴は崩れ落ちる。
「──っ、……かはっ」
「小晴!?」
一瞬のことだった。
手を反射的に離した瞬間、彼女の脇腹に大蜘蛛の爪の一部が突き突き刺さるのが見えた。小晴の加護が僅かに弱った刹那を狙ったのだ。
ひゅっ、と息を呑む。
彼女の左腕と頬に蜘蛛の巣に似た赤黒い紋様が浮かび上がる。
呪いだとすぐにわかった。
「小晴!」
崩れ落ちる小晴を支えようと手を伸ばすが、遅かった。
不可視の糸に引っ張られる形で小晴が視界から消えたのだ。
あまりにも一瞬で、もしかしたら彼女を傷つけてしまうかもしれないと躊躇ったせいで出遅れた。
「っ……し……お……ん」
眼前から小晴が消えた。
たったその事実を理解するまでに数十秒ほどかかっただろうか。
世界が静寂になった。
世界の色が黒と赤に染まり、駆けつけた右近や左近の声が遠くで聞こえる。
(ああ。奪われるのも、失うのも嫌だ。……それに比べれば怯えようが、畏れられようが些末なことだ……)
甘さを排除した神が静かに怒り高ぶった瞬間だった。
背中に衝撃が走り、複数の槍が自分の体を貫き、血が噴き出すも痛みなどは感じられなかった。
ただ体の熱が下がっていく感覚が伝わってくる。
不快で、不愉快だ。
ふと泣きそうな顔をする小晴の姿が脳裏を過った。
(小晴は痛くないのに、どうして私のことでそんな顔をするのだろう。……私は死ぬことがないのに。心配するほど弱くもない。……やはりわからないことは分からないままにするのはよくない。胸にモヤモヤするし、……小晴に会いたい)
「トドメだ!」
「死ね! 白蛇神!」
「稀人は俺のものだ!」
(ああ、まだ残党が残っていたのか。あるいは新手か……)
白銀の刀を生み出した直後、上空から蜘蛛の糸によって足場は固定され、手にしていた刀ごと糸が絡め捕る。
背後からは烏天狗と鎧武者たちが刃を振り下ろした。面倒だ、と思いながらも力の一部を解放する。
「去ね」
数百、数千の蛇が一瞬で剣と化し、周囲にある者全てを貫き肉塊にする。
悲鳴すら押し潰す。
剣となった蛇が白き光と共に消え去ったその場には、私ただ独りだけ。のぞき見をしていた者たちも、今頃同じ目に遭っているだろう。
目撃はいない。
鮮血が竹林を真っ赤に染め上げる。
「誰が小晴を渡すものか」
小晴は漸く見つけた唯一無二の存在。
紫苑の世界を変えた愛しい者。
自身の領域を守護あるいは平定するのとは異なり、小晴の守り方に四苦八苦しながらする日々も悪くない。
分からないこと、理解し得ないこと、小晴との温度差に悩ましいこともあることが尊くて、胸の奥がじわじわと温かくなる。
(小晴……)
***
ふと気付けば、竹林の独特な香りから藤の花が充満した馴染みのある場所に戻ってきた。本能的に、あるいは魂が強く望んだからだろうか。
血が白銀の砂利を黒紫色に染まる。
小晴の笑い声を聞いて、気持ちが明るくなったが、声をかけようとして言葉に詰まった。
(今の姿を見せて、小晴は何を思うだろうか)
『化物』と言って、顔を引き攣らせて拒絶してきた者たちを何人も見てきた。それを自分の好いた人間にされたらと想像して、胸が軋んだ。
(怖がらせたくない。悲しい顔をさせたくない。泣かせたくない。やはり一度着替えて……)
そう思って移動したはずだが、裏庭へ移動してしまった。
思った以上に自分が動揺していたことに気付く。
(怖い──か。私にもそのような感情があるのだな)
複雑だけれど、噛みしめる感情は悲しみだけではない。それが幸いに思えた。
しかし──。
「紫苑!」
「──っ!」
この姿を見せたくないと思った人物が駆け寄ってくる。肩で息をしていてサンダル姿で、中庭からここまで走ってきたのだろう。
それが何だか嬉しくて、同時に怖い。
「小晴……」
喉がカラカラで、上手く声がでない。
どうすべきなのか上手く考えがまとまらずに困惑していると、小晴は少しだけ速度を落としながら立ち止まる。
小晴の顔が見たいのに、どうしても視線を合わせたくなくて俯いてしまう。
(この姿を見たら、小晴は私をどう思うのだろう。拒絶されたら──)
「紫苑、こんな怪我をして……痛くはないのですか!? 今すぐに手当を! ほら、早く左近さんたちの所に戻りましょう!」
ガシッと私の手を掴むと、中庭に戻ろうと歩き出した。
彼女は怒っていた。けれどそこには紫苑を慮る優しさが入り交じっている。
「小晴……私は平気だ。痛くは──」
「私は痛いです! すごく苦しくて、悲しくて、辛い。紫苑が大切だから、傷ついたら胸がギュッとなります」
「小晴がどうして痛くなるのか……私にはわからない。私はこのぐらいのことなんでもないのに……」
不思議な感覚だ。自分では痛みはないのに、小晴は痛いと言うのだから。
よくわからない。
ただそれでも小晴が泣きそうな顔をして、笑顔でないことが胸を抉った。
ふと自分の両手が真っ赤に染まっていることを思い出す。
小晴の温かい手、綺麗な指先を──自分の血に濡れた手が穢してしまった気がして、反射的に彼女の手を振り払った。
「紫苑……? ………っ」
驚き。
次に傷ついたような顔。
最後に顔を歪め──小晴は崩れ落ちる。
「──っ、……かはっ」
「小晴!?」
一瞬のことだった。
手を反射的に離した瞬間、彼女の脇腹に大蜘蛛の爪の一部が突き突き刺さるのが見えた。小晴の加護が僅かに弱った刹那を狙ったのだ。
ひゅっ、と息を呑む。
彼女の左腕と頬に蜘蛛の巣に似た赤黒い紋様が浮かび上がる。
呪いだとすぐにわかった。
「小晴!」
崩れ落ちる小晴を支えようと手を伸ばすが、遅かった。
不可視の糸に引っ張られる形で小晴が視界から消えたのだ。
あまりにも一瞬で、もしかしたら彼女を傷つけてしまうかもしれないと躊躇ったせいで出遅れた。
「っ……し……お……ん」
眼前から小晴が消えた。
たったその事実を理解するまでに数十秒ほどかかっただろうか。
世界が静寂になった。
世界の色が黒と赤に染まり、駆けつけた右近や左近の声が遠くで聞こえる。
(ああ。奪われるのも、失うのも嫌だ。……それに比べれば怯えようが、畏れられようが些末なことだ……)
甘さを排除した神が静かに怒り高ぶった瞬間だった。
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