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第4章
第42話 白蛇神・紫苑の視点2
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(私のことなのに、どうして小晴は苦しそうな、悲しそうな顔をするのだろう?)
私を心配する小晴は見ていて可愛い。表情豊かだけれど、甘えるのが苦手な小晴が私に寄り添い、身を預けることが愛おしくてたまらなかった。
でも悲しそうな辛そうな顔をされると、胸が軋むように痛くて、見ていたくない。
小晴には笑っていて欲しいのに、上手く言葉が出てこない。
小晴の憂いを晴らすため、「見せないようにすれば良い」と口にした時に、何かが音を立てて崩れた。小晴は今にも泣きそうな顔をして、言葉を飲み込んでしまった。
その瞬間、小晴の心が閉じた音がした。
諦めにも似た──距離ができた感覚。
その一瞬の隙を突いて、小晴の心に忍び寄った妖怪がいた。
目目連。
障子に無数の目が浮かび上がった姿をしている《一つ神》の零落した一つの形だ。それと山地乳を始祖に持つ人間の術式だろう。
山地乳は眠っている間に人間の寝息を吸いとり、命を奪うものだ。今回は障子の向こう側から悪意をばら撒く形で、直接攻撃ではないやり方をしている。
(夢の形跡を追いかけて出ていて見れば、随分と私を殺したい連中が多いようだ)
鬱蒼と生い茂る竹林で、血と腐臭の匂いが鼻につく。
幽世の夜は白銀に煌めき、巨大な月が闇夜を照らす。そこに居るのは血塗れの自分と、愚かな妖怪たちの屍だった。
その中に小晴に術式を使った連中の死体もあったが、これで終わりではない。完全に術式が消えていないのだ。
(狡猾にも複数の場所から術式を展開させ、全て潰さなければ解除できないという面倒なやり方か……)
ふわりと伽羅の香りが鼻孔をくすぐる。
旋毛風が吹き荒れた場所に、九尾が姿を現す。金色の髪に陰陽師に似た服装で、昔からなにかと煩い奴だった。
蜂蜜色の瞳に、白い肌、外見は二十代の男の姿をしている。
「白蛇神が探しているのは、此奴らか?」
そういって無数の首を地面に投げ捨てる。どれも長い髪の女の首で、人間──いや半妖あるいは末端だったのだろう。
それを見て小晴にかけられていた術式の解除を確認した。
「小晴はさ、俺の恩人で、友人で、大切な人なんだよ。復讐を終えたら真っ先に会いに行って、求婚するため準備をしていたのに、よくも掻っ攫っていってくれたな」
「そうじゃ。妾の大事な、大事な妻になるのに、傷物にされるのは許せないわ」
九尾の影が援護射撃するように言葉を重ねる。
小晴に過度な加護と祝福を与えた一人、九尾を見つめ返した。
「お前たちの事情など知らない。小晴はとても可愛くて、見た瞬間に囲わなければ奪われると思うのは当然だろう?」
「あああーーー、これだからgoing my way野郎は嫌いなんだ! そして、小晴が可愛いのは当たり前だ、殺すぞ」
「よく言った! 小晴は小さい頃から最高に可愛いのよ!」
この九尾は小晴を囲ってから、何かにつけて武家屋敷を訪れては、小晴との面談を希望していた。どちらにしても守護者が不在、婚姻も済ませていない間は会わせるつもりはない。
時々、箱庭に閉じ込めてしまいたくなるけれど、小晴が嫌がることはしたくないし、悲しませたくは無かった。
「まあ、いいや。まずは守護者として小晴に恩を返す。それから白蛇神から奪えばいい。どうせ誰かを愛したこと何て無いんだろう。白蛇神だろうと、あの子を傷つけるのなら容赦しない」
「小晴と付き合いが長いのは妾も含めて、他にも沢山居るのだから」
一方的に宣戦布告すると、九尾は消えていた。
静寂さが戻る。
ふと自分の手に視線を戻した。
血塗れのその指先に残っているのは敵を殺した感触ではなく、小さくて温かなぬくもりだった。
(小晴……)
吐息が漏れた。
この時期は邪気に当てられた妖怪たちが幽世の秩序を乱さんと暴れ回る。眠っている時は場を乱す者を片っ端から霊圧で潰していったが、今回の標的は自分だけではなく、婚約者の小晴にも向けられていた。
早期解決するために守護者候補の選定を急ぎ、隙を見せて襲撃を迎え撃った。全ては小晴を守るため、いや小晴を逃さないためというのが正しい。
自分が思っていた以上に、小晴への執着が激しいと自覚したのは最近だった。
漸く得た思い人を手放す選択肢はない。
(今日こそは、小晴が眠る前に会えるだろうか。……いや、会って抱きしめたい)
よく考えれば、小晴といつから会っていないだろう。
このところ周囲の殺意が煩くて、無心に殺意を駆逐していったが、まだそんなに時間は経っていないはずだ。
(一人だと時間の感覚が狂う。小晴に最後にあったのはいつだ? いやそもそも今日は何日だ?)
そう冷静になった瞬間、ゾッとする。
(『人間は短い時間であっという間に心境の変化や気持ちが変わる』と本に書かれていた。姿を見せていないことで小晴が私に飽きたら? もう私のことを忘れてしまっていたら? い、今すぐに戻らなければ――)
油断。
あるいは攻撃だと認識していなかったのかもしれない。
鈍い音がした。
私を心配する小晴は見ていて可愛い。表情豊かだけれど、甘えるのが苦手な小晴が私に寄り添い、身を預けることが愛おしくてたまらなかった。
でも悲しそうな辛そうな顔をされると、胸が軋むように痛くて、見ていたくない。
小晴には笑っていて欲しいのに、上手く言葉が出てこない。
小晴の憂いを晴らすため、「見せないようにすれば良い」と口にした時に、何かが音を立てて崩れた。小晴は今にも泣きそうな顔をして、言葉を飲み込んでしまった。
その瞬間、小晴の心が閉じた音がした。
諦めにも似た──距離ができた感覚。
その一瞬の隙を突いて、小晴の心に忍び寄った妖怪がいた。
目目連。
障子に無数の目が浮かび上がった姿をしている《一つ神》の零落した一つの形だ。それと山地乳を始祖に持つ人間の術式だろう。
山地乳は眠っている間に人間の寝息を吸いとり、命を奪うものだ。今回は障子の向こう側から悪意をばら撒く形で、直接攻撃ではないやり方をしている。
(夢の形跡を追いかけて出ていて見れば、随分と私を殺したい連中が多いようだ)
鬱蒼と生い茂る竹林で、血と腐臭の匂いが鼻につく。
幽世の夜は白銀に煌めき、巨大な月が闇夜を照らす。そこに居るのは血塗れの自分と、愚かな妖怪たちの屍だった。
その中に小晴に術式を使った連中の死体もあったが、これで終わりではない。完全に術式が消えていないのだ。
(狡猾にも複数の場所から術式を展開させ、全て潰さなければ解除できないという面倒なやり方か……)
ふわりと伽羅の香りが鼻孔をくすぐる。
旋毛風が吹き荒れた場所に、九尾が姿を現す。金色の髪に陰陽師に似た服装で、昔からなにかと煩い奴だった。
蜂蜜色の瞳に、白い肌、外見は二十代の男の姿をしている。
「白蛇神が探しているのは、此奴らか?」
そういって無数の首を地面に投げ捨てる。どれも長い髪の女の首で、人間──いや半妖あるいは末端だったのだろう。
それを見て小晴にかけられていた術式の解除を確認した。
「小晴はさ、俺の恩人で、友人で、大切な人なんだよ。復讐を終えたら真っ先に会いに行って、求婚するため準備をしていたのに、よくも掻っ攫っていってくれたな」
「そうじゃ。妾の大事な、大事な妻になるのに、傷物にされるのは許せないわ」
九尾の影が援護射撃するように言葉を重ねる。
小晴に過度な加護と祝福を与えた一人、九尾を見つめ返した。
「お前たちの事情など知らない。小晴はとても可愛くて、見た瞬間に囲わなければ奪われると思うのは当然だろう?」
「あああーーー、これだからgoing my way野郎は嫌いなんだ! そして、小晴が可愛いのは当たり前だ、殺すぞ」
「よく言った! 小晴は小さい頃から最高に可愛いのよ!」
この九尾は小晴を囲ってから、何かにつけて武家屋敷を訪れては、小晴との面談を希望していた。どちらにしても守護者が不在、婚姻も済ませていない間は会わせるつもりはない。
時々、箱庭に閉じ込めてしまいたくなるけれど、小晴が嫌がることはしたくないし、悲しませたくは無かった。
「まあ、いいや。まずは守護者として小晴に恩を返す。それから白蛇神から奪えばいい。どうせ誰かを愛したこと何て無いんだろう。白蛇神だろうと、あの子を傷つけるのなら容赦しない」
「小晴と付き合いが長いのは妾も含めて、他にも沢山居るのだから」
一方的に宣戦布告すると、九尾は消えていた。
静寂さが戻る。
ふと自分の手に視線を戻した。
血塗れのその指先に残っているのは敵を殺した感触ではなく、小さくて温かなぬくもりだった。
(小晴……)
吐息が漏れた。
この時期は邪気に当てられた妖怪たちが幽世の秩序を乱さんと暴れ回る。眠っている時は場を乱す者を片っ端から霊圧で潰していったが、今回の標的は自分だけではなく、婚約者の小晴にも向けられていた。
早期解決するために守護者候補の選定を急ぎ、隙を見せて襲撃を迎え撃った。全ては小晴を守るため、いや小晴を逃さないためというのが正しい。
自分が思っていた以上に、小晴への執着が激しいと自覚したのは最近だった。
漸く得た思い人を手放す選択肢はない。
(今日こそは、小晴が眠る前に会えるだろうか。……いや、会って抱きしめたい)
よく考えれば、小晴といつから会っていないだろう。
このところ周囲の殺意が煩くて、無心に殺意を駆逐していったが、まだそんなに時間は経っていないはずだ。
(一人だと時間の感覚が狂う。小晴に最後にあったのはいつだ? いやそもそも今日は何日だ?)
そう冷静になった瞬間、ゾッとする。
(『人間は短い時間であっという間に心境の変化や気持ちが変わる』と本に書かれていた。姿を見せていないことで小晴が私に飽きたら? もう私のことを忘れてしまっていたら? い、今すぐに戻らなければ――)
油断。
あるいは攻撃だと認識していなかったのかもしれない。
鈍い音がした。
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