【完結】白蛇神様は甘いご褒美をご所望です

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第4章

第39話 伝わらない思い

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 十二月半ばになるとクリスマスパーティーなどでレンタルキッチンの需要が多いらしく、今日は少し手狭な十畳ほどの部屋で飴細工と金太郎飴を作っていく。
 今日も紫苑は私の飴作りを見ながら、うっとりとしていた。

(うーん、本人を前にサプライズを用意するのって結構大変だわ)

 仕事用とは異なり、大人向けの飴細工リキュールボンボンを作っている。いずれは日本酒でも試すところだが、今日はその練習だったりするのだ。
 中に日本酒や黒蜜、リキュールの蜜を閉じ込めた一口サイズのキャンディ。

 左近さんたちの調査曰く人外は無類の酒好きだという。
 飴と酒で何か作れないか──という発想からのチャレンジだった。元々そういう商品はあるので、試行錯誤しつつ色々試している。

「今日は工程が異なるのだな」
「はい。125度になったら鍋の底を氷水のいれたボールにつけて、余熱で温度を高くしないようにするためです。それからりキュートを入れたボールに先ほど加熱した糖液を流して、また鍋に入れを数回繰り返して混ぜ合わせるのです」
「ふむ。今日は見るだけではなく、飴を触れてみたいのだが」
「参加してみますか?」
「いいのかい?」

 パアッと目を輝かせる紫苑に私は頷いた。

「はい。ではこの後、金太郎飴を作るときに触ってみましょう!」
「ああ」

 飴作りに興味を持ったことが嬉しくて、力一杯頷いた。
 けれどここで紫苑が人の形をしているけれど、人とは異なる存在だということを、すっかりと忘れていた。

 その事件というかアクシデントは、金太郎飴を作っている最中で起こった。
 水飴を加熱して130度ほどの液体を取り出したあと、冷却板の上で80度まで冷やすのだが、その際は勿論素手ではなく特別な手袋を使用する。
 紫苑に予備の手袋を渡そうとした矢先、彼は素手で触ったのだ。まだ100度以上ある飴の液状を!

「紫苑!」
「ん、どうした?」

 慌てて手を掴むと、すぐさま洗い場に引っ張って蛇口をひねって指先を冷やす。それから火傷になってないか痛みがあるかを確認する。

「紫苑、痛みは!? 平気!?」
「ないが……?」

 紫苑はきょとんとした顔で、私が焦っていることに驚いてもいた。指先を見ると火傷の痕などなにもなかった。
 ここで彼が
「怪我してない。……よかった」と、力が抜けて座り込んだ。

「ああ、人間はこの程度で怪我をする弱き者だったな」
「そうですが、それだけではなく危ないことはダメです! 心配しました……」

 声を上げて指摘するが紫苑は、何故私が声を張り上げたのか理解しておらず眉を潜めた。

「問題ない。数十の剣で貫かれても死ななかったからね」
「それでも……危険を回避しないやり方は、危険です」
「危険、か。……
「――っ」

 過信あるいは、自虐なのだろうか。
 その言葉が胸に突き刺さる。人外と人とでは認識のズレがあるのは、何となく分かっていた。紫苑は優しかったし、気遣ってくれていたけれど、紫苑自身に関しては無頓着というか気にしていない。
 そのことが辛くて苦しかった。

 何度か口を開けては閉じて言葉を紡ごうと思考を巡らせて、心配している気持ちを紫苑に伝えようと声に出す。

「私は……紫苑のその考え方が心配です」
「何故? 私はそう簡単には死なな――」
「それでも、紫苑が傷つくのを私は見たくないのです」
「小晴?」

 思った以上に声を荒げてしまい、ハッと紫苑の顔を見上げる。
 おろおろと困った顔をしているが、私が何に対して怒っているのか、辛そうにしているのか分かっていなかった。

「小晴は心配しなくても私は大丈夫なのだぞ。毒も、痛みも感じないし、すぐに傷も癒える。人間のようにか弱くない。これで安心できるだろうか?」

 人間なら火傷を負うほどの熱も、紫苑にとってはぬるま湯に触れたようなものなのだろう。けれど私が心配していることはどうにも紫苑に伝わらない。

「……私が危険を避けずに怪我した時も、今のような反応をするのでしょうか?」
「小晴が火傷したら……? 駄目だ、絶対に。小晴が傷つくなんて耐えられない」

 そういってボロボロと泣き出すほど優しいのに、どうしてこの神様は自分と置き換えて考えてくれないのだろう。私は手袋を外して紫苑の涙を拭った。

「紫苑は強いからいいと?」
「うん。……私を心配する必要は無いだろう?」
「そんなことないですよ。だ、大好きな人が傷つくのは……見たくないです」
「じゃあ、見せないようにする」
「――っ」
(どうして危なくないように気をつけるとならないの?)

 紫苑は当たり前のことだと告げる。突き話すように聞こえた。
 紫苑が心配するのは私が人間だからでよくて、紫苑は頑丈だから心配する必要はないのだと。もし傷ついても私には隠すと堂々と言ったのだ。
 それが酷く胸を抉った。

 いや、そもそも人外の高位の存在に対して、人間ごときが心配することがおこがましいのかもしれない。
 紫苑にとっての婚約者と、私にとっての婚約者の認識が根本的にずれているのかもしれない。モヤモヤした気持ちを呑み込んで、仕事に気持ちを切り替える。

「……っ、……そうですか」
「小晴?」
「飴の温度が冷えてしまうので、……私は作業を進めてしまいますね!」

 できるだけ笑顔で、明るくその場を乗り切る。
「あ、ああ……」と紫苑は困惑しながらも頷いてくれた。

 最初から違う種族なのだから、認識の差を埋めるように話し合いをしていこうと決めたのだ。根本が違っていても、今日の夜にでも時間を取って話をしよう。
 そう思っていた矢先、紫苑は立て続けの会合などで会うことができず、すれ違う日々が増えた。


 ***


(紫苑との時間が取れない!)

 武家屋敷の庭を歩きながら溜息が漏れた。夜の庭は藤の花などがライトアップされていて、夜はまた違った顔を見せる。
 夜空では花火に似たお祭り騒ぎが連日連夜続いていた。烏天狗が空を縦横無尽に駆け回り、竜たちが忙しく空を飛び回る。

(紫苑……)

 紫苑と気まずいまま一週間があっという間に過ぎてしまい、幽世でのデートなどは夢のまた夢だったりする。
 飴細工作りに興味を失ったのか、あの日以来、紫苑と一緒に仕事場に行くことはなかった。

 食事も時間帯が別なのか顔を合わせることも少ない。モヤモヤは増していったが、仕事が多忙だったため気を紛らわすことはできた。
 それでも少し寂しい気持ちがひょっこり出てしまうので、藤の花を見ながらぼんやりと過ごしていた。
 さわさわとそよ風が藤の花を揺らして幻想的だ。
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