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第3章
第38話 八咫烏・時雨の視点
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都内の有名ホテルのパーティー会場。
絢爛豪華なパーティー会場では様々な人物が訪れるが、中でも人外の大物が姿を見せることがままある。今日のパーティーもそういった者が何人も紛れていた。
自分の欲望に忠実な妖怪や、それらの祖となる混ざり者も散見しているが、けっして珍しくはない。
華やかな空気と品のいい貴婦人たちの談笑。
しかし実際は自分の欲望を満たすため虎視眈々と機会を窺っているというのが正しい。人を食する妖怪も多く、現世での職業も気質ではない者から薬師やら医療関係者、金融など様々だ。
そんな中、時雨は羽根をしまいながら、パリッとした真っ赤なスリーピーススーツを着こなして会場に入る。
相変わらず香水臭いのは、血の匂いを誤魔化すためだろう。
(来る前に何人か喰った奴がいるのね~、はあ、仕事とはいえ面倒だわ)
「これは、これは時雨様」
「あら、管狐の玄様じゃない~。相変わらず情報屋として活躍しているって聞いているわよ~(もみ消しとか行方不明とか、あくどい商売もしているみたいだけれど)」
「いやいや~。お得意様がいてこそ成り立っている商売ですからね~」
お世辞を言いながら愛想良く笑う男は、五十代のどこにでもいそうな男だ。和服がよく似合っている。柔和な笑みを浮かべているものの、目が細く鋭いのを眼鏡で意図的に誤魔化していた。
もっとも、この御仁は血の匂いを隠そうともしていなかった。
「あら~、時雨様。こちらに姿を見せるなんて珍しいわね」
「黒百合様~、相変わらずお美しい。また新作の宝石が入りましたらカタログをお届けしますね(あああああああ~~、女郎蜘蛛までいるなんて誤算だわ。帰りたい、うん、今ものすごく帰りたい。九時から見たいドラマがあるのに)」
「ふふふっ。それは楽しみだわ」
眼前の白い肌に真っ黒に、銀の刺繍を施したクラシカルドレスを着こなす美女だ。長い髪も艶めかしく、口元のグロスはかなり扇情的と言えるだろう。
現世で妖怪たちが人間に擬態するときは、殆ど見破れないだが目がいい人間は影で気付く。影は本来の形を象るものため異形の姿になるからだ。
「クリスマスも近いから、彼に買って貰おうかしら」
「ええ是非とも(ああ、血なまぐさい。常連だけれど本当に血の匂いに酔いそうだわ)」
「そう言えば聞きました? 白蛇神様が婚約したらしいですよ」
そう言って現れたのは、荼枳尼を祖に持つ一族の一人だ。白狐に跨る女天形となった荼枳尼天とは異なり、残虐的な部分を受け継いだ人間を食料とする側の人外だ。
「聞きましたとも(まあ、この界隈ならとっくに広がっている話題ね)」
「しかも稀人だなんて……。あの娘は私たちも狙っていたというのに」
「そうですね~。彼女の飴細工は素晴らしいですもの(狙っていたのが獲物としてじゃないことを祈るわ。だってあの子の加護って白蛇神様以外にも寵愛を頂いているし……。まあ、それが分かっているから、ご当主様も外堀から埋めていったんでしょうね)」
「ええ、魂の色合いも良くて、飴細工は極上の味になるのでしょう。さぞ本体は美味しいのでしょうね」
「両手があればいいのだから、半分は……ねえ」
(はい、アウト! 喰らう気満々じゃない!)
稀人は貴重な存在だ。人間を食料と考える連中はもちろん、妖怪や神々ですらその魂の色の美しさに魅入られる。
それ故に狙われやすいため気に入った稀人に、神々や人を害さない妖怪たち、精霊、妖精から加護や祝福を与えることが多い。それでも運悪く、邪悪な妖怪によって捕縛されてしまう場合もままある。
(まあ、小晴ちゃんならご当主様がいるから大丈夫ね~。今後もお得意様として、じゃんじゃん飴を売ってほしいのだけれど、人外専門サイトを作ったのがちょーっと厄介。こっちで闇オークションがし辛いし。交渉するためにも小晴ちゃんに有益な情報を用意しないと)
「そう言えば、婚約したことで、今あの稀人は守護者がいないそうよ」
「あらあら、それは好都合じゃない」
「そうね」
ああ、前回は木霊が増殖しまくって小晴ちゃんを守っていたっけ。攻撃は皆無なのだが、守ることに関してはかなり上位の守護者だった。
もっとも神クラスの伴侶となるのなら、盾と剣は頑強でなければならない。神々の伴侶と言うだけで稀人よりも貴重な存在なのだ。
(そんな神の伴侶が編み出す飴細工ってどんな味なのかしら?)
「あ、そうだ。夢の中なら色々と引っ張れるんじゃない?」
「面白そう。私の分家筋に夢から介入する子がいるから、声をかけてみようかしら」
「それなら私も一枚かませてほしいわ。守護者候補に身内が居るから手引きをさせれば……」
どんどん話が大きくなっているのを聞き耳を立てて笑顔をキープする。
(あーあ、ご当主様の婚約者っていうのを頭から忘れているようね。まあ、ここ数百年以上殆ど眠っていたお方だけれど、あの方がご兄弟の中で最も容赦がないのだと知らないのかしら?)
人外界隈は無法地帯なようで統治者があり、それによって小競り合いなどの抗争やら派閥争いなどもままある。だが箔可香という土地が争いにまみれていないイコール穏やかで温厚な者たちの土地だと勘違いしている節があった。
実際は異なる。
白蛇神の臣下である者たちの連携もさることながら、障りが起こる前にある程度、あの方が散らしてしまうからでもあった。何も起こらないから穏やかなのではなく、起こる前に対処してしまうから平穏なのだ。
(平和ボケしているなんて思っていたら、大間違いなのよね。まあ、でもこの手の情報は左近にいくらで売れるかしら?)
そんなことを考えつつ、時雨は顔見知りの龍と鬼人を見つけて声を掛けた。
絢爛豪華なパーティー会場では様々な人物が訪れるが、中でも人外の大物が姿を見せることがままある。今日のパーティーもそういった者が何人も紛れていた。
自分の欲望に忠実な妖怪や、それらの祖となる混ざり者も散見しているが、けっして珍しくはない。
華やかな空気と品のいい貴婦人たちの談笑。
しかし実際は自分の欲望を満たすため虎視眈々と機会を窺っているというのが正しい。人を食する妖怪も多く、現世での職業も気質ではない者から薬師やら医療関係者、金融など様々だ。
そんな中、時雨は羽根をしまいながら、パリッとした真っ赤なスリーピーススーツを着こなして会場に入る。
相変わらず香水臭いのは、血の匂いを誤魔化すためだろう。
(来る前に何人か喰った奴がいるのね~、はあ、仕事とはいえ面倒だわ)
「これは、これは時雨様」
「あら、管狐の玄様じゃない~。相変わらず情報屋として活躍しているって聞いているわよ~(もみ消しとか行方不明とか、あくどい商売もしているみたいだけれど)」
「いやいや~。お得意様がいてこそ成り立っている商売ですからね~」
お世辞を言いながら愛想良く笑う男は、五十代のどこにでもいそうな男だ。和服がよく似合っている。柔和な笑みを浮かべているものの、目が細く鋭いのを眼鏡で意図的に誤魔化していた。
もっとも、この御仁は血の匂いを隠そうともしていなかった。
「あら~、時雨様。こちらに姿を見せるなんて珍しいわね」
「黒百合様~、相変わらずお美しい。また新作の宝石が入りましたらカタログをお届けしますね(あああああああ~~、女郎蜘蛛までいるなんて誤算だわ。帰りたい、うん、今ものすごく帰りたい。九時から見たいドラマがあるのに)」
「ふふふっ。それは楽しみだわ」
眼前の白い肌に真っ黒に、銀の刺繍を施したクラシカルドレスを着こなす美女だ。長い髪も艶めかしく、口元のグロスはかなり扇情的と言えるだろう。
現世で妖怪たちが人間に擬態するときは、殆ど見破れないだが目がいい人間は影で気付く。影は本来の形を象るものため異形の姿になるからだ。
「クリスマスも近いから、彼に買って貰おうかしら」
「ええ是非とも(ああ、血なまぐさい。常連だけれど本当に血の匂いに酔いそうだわ)」
「そう言えば聞きました? 白蛇神様が婚約したらしいですよ」
そう言って現れたのは、荼枳尼を祖に持つ一族の一人だ。白狐に跨る女天形となった荼枳尼天とは異なり、残虐的な部分を受け継いだ人間を食料とする側の人外だ。
「聞きましたとも(まあ、この界隈ならとっくに広がっている話題ね)」
「しかも稀人だなんて……。あの娘は私たちも狙っていたというのに」
「そうですね~。彼女の飴細工は素晴らしいですもの(狙っていたのが獲物としてじゃないことを祈るわ。だってあの子の加護って白蛇神様以外にも寵愛を頂いているし……。まあ、それが分かっているから、ご当主様も外堀から埋めていったんでしょうね)」
「ええ、魂の色合いも良くて、飴細工は極上の味になるのでしょう。さぞ本体は美味しいのでしょうね」
「両手があればいいのだから、半分は……ねえ」
(はい、アウト! 喰らう気満々じゃない!)
稀人は貴重な存在だ。人間を食料と考える連中はもちろん、妖怪や神々ですらその魂の色の美しさに魅入られる。
それ故に狙われやすいため気に入った稀人に、神々や人を害さない妖怪たち、精霊、妖精から加護や祝福を与えることが多い。それでも運悪く、邪悪な妖怪によって捕縛されてしまう場合もままある。
(まあ、小晴ちゃんならご当主様がいるから大丈夫ね~。今後もお得意様として、じゃんじゃん飴を売ってほしいのだけれど、人外専門サイトを作ったのがちょーっと厄介。こっちで闇オークションがし辛いし。交渉するためにも小晴ちゃんに有益な情報を用意しないと)
「そう言えば、婚約したことで、今あの稀人は守護者がいないそうよ」
「あらあら、それは好都合じゃない」
「そうね」
ああ、前回は木霊が増殖しまくって小晴ちゃんを守っていたっけ。攻撃は皆無なのだが、守ることに関してはかなり上位の守護者だった。
もっとも神クラスの伴侶となるのなら、盾と剣は頑強でなければならない。神々の伴侶と言うだけで稀人よりも貴重な存在なのだ。
(そんな神の伴侶が編み出す飴細工ってどんな味なのかしら?)
「あ、そうだ。夢の中なら色々と引っ張れるんじゃない?」
「面白そう。私の分家筋に夢から介入する子がいるから、声をかけてみようかしら」
「それなら私も一枚かませてほしいわ。守護者候補に身内が居るから手引きをさせれば……」
どんどん話が大きくなっているのを聞き耳を立てて笑顔をキープする。
(あーあ、ご当主様の婚約者っていうのを頭から忘れているようね。まあ、ここ数百年以上殆ど眠っていたお方だけれど、あの方がご兄弟の中で最も容赦がないのだと知らないのかしら?)
人外界隈は無法地帯なようで統治者があり、それによって小競り合いなどの抗争やら派閥争いなどもままある。だが箔可香という土地が争いにまみれていないイコール穏やかで温厚な者たちの土地だと勘違いしている節があった。
実際は異なる。
白蛇神の臣下である者たちの連携もさることながら、障りが起こる前にある程度、あの方が散らしてしまうからでもあった。何も起こらないから穏やかなのではなく、起こる前に対処してしまうから平穏なのだ。
(平和ボケしているなんて思っていたら、大間違いなのよね。まあ、でもこの手の情報は左近にいくらで売れるかしら?)
そんなことを考えつつ、時雨は顔見知りの龍と鬼人を見つけて声を掛けた。
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