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第3章
第37話 血気盛んなお祭りです
しおりを挟む「守護の件は話していたけれど、もしかして小春の思っていた感じと違った?」
「……………………はい」
じっと見つめる眼差しに耐えられず、素直に頷いた。
「その……私のことを案じて下さってありがとうございます。……できれば、今後からは心の準備もあるので事前に教えてくれると嬉しいです」
「ん? 昨日寝台で話したのだけれど、聞こえていなかったかい?」
「え」
「ふむ。では寝ぼけていたのだな。返事をしていたので、聞いていたと思っていた」
「…………今度からは寝る前だと嬉しいです」
「そうする。……それにしても、小春が想定したのはどういう感じだったかな?」
面接──と口にしかけて、いやもっと穏やかな感じだったと思い出す。
「あれです。お見合いみたいな和やかな……」
「小晴にはこの先、お見合いはないから諦めようか」
一瞬にして部屋の温度が氷点下まで一気に下がったような感覚に陥る。
「小晴?」
「は……はい。私には紫苑がいますもんね!」
「小晴!」
一瞬にして機嫌が良くなった。私を膝の上に乗せてぎゅうぎゅうに抱き締めるのは想定外だったけれど、紫苑の機嫌が良くなったので良しとしよう。
この時、御簾の向こうから私を見ていた視線に気づく余裕なんてなかった。けれどあとあと考えたら紫苑が過剰に反応していた理由は、彼──九尾がいたからかもしれない。
「紫苑、そろそろ受付が終わると思うので離してくださいね」
「…………小晴」
「では……こ、恋人繋ぎをすると寂しくないと思います」
「恋人繋ぎ……なんだか特別な感じがする」
隣に座りながらの恋人繋ぎはなんとも恥ずかしいが、膝上に抱っこされたよりはだいぶマシな気がする。個人的に。
ほんわかした雰囲気だったのだが、左近さんはここで声のトーンを大きく変えてきた。何というか実況っぽい。
「受付時間を終了とさせて頂きます! 皆様、ご参加ありがとうございますー! それでは、審査内容は事前にお伝えしたとおり、除月恒例、《厄狩り》数争いです!」
(き、競うんだ……)
バーン、と言う効果音と共に、障子側にスクリーン映像が映し出される。
画面には《厄狩り》のカウント方法が分かり易い構図で書かれていた。
(なんだろう。途端に年末年始の特番にあるようなスポーツ・エンターテイメントっぽいノリになったような? スクリーンのポップアップのせいかな?)
「祭りじゃ、祭りじゃ!!」
「血が滾る!」
(あ、スポーツなんて生やさしいものなじゃない……合戦。戦ごとだわ)
法螺貝を鳴らす音が聞こえてきたが、幻聴だと思いたい。
厄とは影のような黒いものが憑依、あるいは具現化し、幽世を荒らす厄介なものらしい。現世にも少なからず影響を与えるので、この十二月は《厄狩り》と言って高位の者たちが場を整えるべく猛者たちが集うのだとか。
それに合わせて稀人や強い加護を付ける際には、『守護枠を賭けた争奪戦(?)』が催し物として行われる。
(話の内容はわかったし、有難い。……でも)
守護される側は、何というか置いてきぼり感が半端ない。
白熱した雰囲気にただただ傍観するのみだ。
「特に厄を刈り取れる者たちは、武名を轟かせること強者との戦いを望む。小晴の場合は狙われやすいから、それなりに腕に自信がある者でなければならない。それ故、守られる側と狩りたい側で利害は一致すると言うわけだ」
「ボディーガードのようなものですね。……ちなみに、稀人はこの選定方法なのです?」
「まあそうだな。私は初めて見るが、こういった趣向のほうが実力と守り手の相性も見えるのでいいらしい。それに戦好きはこういった勝負ごとを好む」
「守護者と名称だけれど結構物騒なのですね。粗暴でないのならいいのですが……」
紫苑から説明を受けて、狂戦士みたいな見境のないのは遠慮したい。
可能なら必殺仕事人のような自分の感知していない間にサクッと倒してしまうほうが、精神上ありがたくも思う。
「今まで守護者を見たことがないのですが、新しい方もそうなのでしょうか?」
「いや。現世でも、幽世でも見えるだろう。私と婚約することで認識しやすくなったと思う。けれどそれは、現世、幽世の両方で飴細工職人を続けるためにも必要なことだろうから、慣れておいたほうがいい」
紫苑の気遣いに胸が温かくなる。幽世とか神様とか、人外の世界にどっぷりと関わるようになって怖い思いもしたけれど、紫苑が傍にいると思ったら何も怖くない。
怖くないように手を打ってくれている。今回のこともそうだ。私が安全に幽世や現世で生きられるように、手を貸してくれて――。
「(本当に狡い。どんどん紫苑に惹かれていく)今後、人外の人たちとの商談で役に立つ……と言うことなのですね」
「ああ。それと目には特別な加護を付けておくから、《障り》と接触しても守ってくれるだろう」
見る、と言う行為はそれだけで《障り》に触れることになる場合があるという。
先天的、あるいは後天的に人外を認識する稀人もいるが、私の場合は紫苑の婚約者という立場だからこそ得た能力らしい。
「私の花嫁になれば加護のほうも、もっと力は強まるけれど」
「――っ」
クスリと紫苑は色っぽい笑みを浮かべる。本当に無邪気な笑みとは別人のよう。
きっと私の知らない紫苑の顔がまだまだ沢山あるのだろう。
「無理強いはしないけれど、逃さないから」
(紫苑って時々『逃がさない』的なことを口にすることが多いのはどうしてだろう。私のしたいことを全力で応援してくれるし、婚約の件はけっこうごり押しだったけれど、今思えば私を守るためでもあったわけだし……)
どんどん人外界隈との外堀が埋められていくのは、最初は抵抗があったが今はそれほどでもない。転機と言う言葉があるように、今の状況こそ人生の岐路ではないかと思う。
ずっと傍にあった未知なる世界。
視点を変えれば、すぐそこに人外はいたのだと気付く。
彼らとの今後の関わり方を考えることはあったが《稀人》である以上、人外との関わりを完全に立つことは無理だろう。
それこそ死という形でも逃げ切れるか不明なのが幽世の世界だ。死ぬつもりは毛頭無いけれど。
それらを加味して現状は恵まれている。
人間は打算的で狡猾であるのだ。外堀を埋められているものの私の意志をねじ曲げる訳でも、強制されることもない。ちゃんと意見を尊重しているのだ。
そんなことを思いつつ、どんな方が守護者になるのか。仲良くできればいいな、と密かに願ったのだった。
この時、御簾の向こう側を凝視していた者が何名かいたらしいが、そのことに私はまったく気付いていなかった。
縁がどこでどう繋がるのか分からないものだと、随分後になって思うのだ。そして噂の意味も――。
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