【完結】白蛇神様は甘いご褒美をご所望です

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第3章

第35話 独りじゃないから

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 私の飴作りに同行する紫苑は、窓の外を見ていた私に声をかけた。黒塗りの高級車に乗りながらかなりの広さがあるのに、彼はぴったりとくっ付いている。

 白紫色の長い髪がさらりと一房肩から流れ落ちた。たったそれだけの仕草なのに絵になるほど美しい。数秒ほど見蕩れたのち、慎重に言葉を選ぶ。

(綺麗だな……)
「小晴?」
「あ、ええっと、紫苑が綺麗だなって見惚れて──じゃなくて、幽世ではクリスマスはどのような扱いなのでしょう? 日本人のお祭り好き感覚で楽しんだりするのでしょうか?」
「そのあたりは個人差がある。行事によって参加不参加もあるけれど、私はあまり興味なかったかな」
「お館様は、数百年単位でしか目を覚ましませんでしたし、基本眠っておりましたから」
(スケールがすごい! ……ハッ、紫苑が前触れもなく目覚めなかったらどうしよう)

 人間の寿命では、次の目覚めまで生きている自信が全くない。

「今は小晴はいるから、そんな勿体ない過ごし方はしないよ」
「よかった……」
「小晴が可愛い。私と離れたくないって思ってくれた?」
「はぃ――っ!?」

 安心したことで、紫苑がにっこにっこで頬にキスをしてくるので慌てて話題を戻す。

「ええっと、じゃあ幽世ではクリスマスとか浮かれている場合じゃないんですね」
「どうだろう。烏天狗たちは大捕物があるから忙しいだろうし、腕に自信がある者たちは動くだろうが、それ以外はそれぞれかな」
(なんだろう。一気に殺伐した世界観が見えてしまった……)

 ちょっと心が折れかけているが、何とか自分を鼓舞して言葉を紡ぐ。

「あのですね! クリスマスは『豊作と魔除け、永遠、来年の幸福祈願』という意味があるらしいのですが、その……婚約者として親睦を深めるためにも一緒に過ごして、美味しいものを食べて、プレゼント交換などしませんか?」

 勢いに任せて夢見たクリスマスイベントを提案してみたが、紫苑はキョトンとした顔で私の顔を見返す。

「プレゼント交換?」
「はい。クリスマスでは親しい人にプレゼントを贈り合うという習慣があるので、紫苑がそういったイベントごとが嫌いじゃないなら……やってみたいのですが」

「ひゅっ」と、息を呑む声と共に、青紫色の綺麗な瞳が煌めいた。

「小晴と一緒に?」
「はい!」
「しよう。……そうか、独りじゃないとこんな風にいろんなことができるのだな」

 目を細めて嬉しそうにはしゃぐ紫苑に「はい」と力強く答える。プレゼント交換は当日までお互いに内緒にして交換し合うことで話をまとめたが、上限は一万以内ということで落ち着いた。
 前回の結納として伝説級の贈り物を貰ったので、上限金額を先に話しておいて良かった。

(金額とか決めておかないと、国宝レベルのものを貰う羽目になるものね。フフッ、私は学習する女よ)
「ふむ、一千万か」
「いっ!? ち、違います! 一万円。福澤諭吉さんです!」
「……一万では何も買えないと思うが?」
「ぐっ……」

 ここにきて金銭感覚のズレに衝撃とショックを受けることになるとは思わなかったが、味覚はそこまでズレていないはずだ。

「私の飴細工は、一万円がセットで十個は買えます」
「馬鹿な。あれだけの飴ならば一粒、一千万でも十分価値はある」
「……私の飴への価値基準が可笑しいです」
「お館様、前にもお伝えしたとおり人外界隈の場合においての価値と、現世での価値は異なる場合がございます。というか全く違います。人間の寿命を考えて得られる財産は我らと比べて天と地ほどの差があるとお考え下さい」
(そ、そうよね。長寿だと金銭感覚もおかしくなる……はず?)
「そう言えば報告書にもあったな」
「はい。ですので、小晴様との金銭感覚のズレを修正するために幽世での買い物やらデートを増やしてもいいかもしれません」
(私が金銭感覚を合わせるのね!?)

 まさか私の感覚がおかしい扱いをされるとは思わず戦慄してしまった。確かに今後、人外界隈で飴細工の進出を果たすのなら間違ってはいないのだが、何だか釈然としない。

「小晴とのデートが楽しみだ。また小晴との予定が増えた」
(うぐっ……)

 目を輝かせる紫苑の笑顔を見たら何も言えなくなってしまった。何だか誘導された気がしなくもないが、デートは楽しみなのは事実だ。

「紫苑は、何か欲しいものとかありま――」
「小晴の飴」
「それ以外は?」
「小晴」
(詰んだ!)

 私のライフポイントがガリガリ削られているが、紫苑はデートの回数が増えるのが嬉しいのか、口元が綻んでいる。

「小晴は何か欲しいものはあるのかい?」
「仕事用手帳でしょうか。火事で燃えてしまったので」
「仕事以外で」
「…………飴ポンプ」
「仕事用だな」
「シルパットもありますし、飴細工の本……すみません、全部仕事用ですね」

 くすりと、笑う声に紫苑は男性らしい艶のある笑みを浮かべた。
 その姿にドキリとする。

「焦って考えなくてもデートを重ねれば目にとまるものもあるだろう。ゆっくりでいい、そうだろう。小晴」
「はい。楽しいことは逃げませんしね!」
「……小晴のことは今さら逃がしてやることはできないけれど」

 最後に不穏当な言葉がぽつりと呟かれたのは、耳に入ったけれど怖くて深く聞くことができないので聞き流すことにした。
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