35 / 57
第3章
第35話 独りじゃないから
しおりを挟む
私の飴作りに同行する紫苑は、窓の外を見ていた私に声をかけた。黒塗りの高級車に乗りながらかなりの広さがあるのに、彼はぴったりとくっ付いている。
白紫色の長い髪がさらりと一房肩から流れ落ちた。たったそれだけの仕草なのに絵になるほど美しい。数秒ほど見蕩れたのち、慎重に言葉を選ぶ。
(綺麗だな……)
「小晴?」
「あ、ええっと、紫苑が綺麗だなって見惚れて──じゃなくて、幽世ではクリスマスはどのような扱いなのでしょう? 日本人のお祭り好き感覚で楽しんだりするのでしょうか?」
「そのあたりは個人差がある。行事によって参加不参加もあるけれど、私はあまり興味なかったかな」
「お館様は、数百年単位でしか目を覚ましませんでしたし、基本眠っておりましたから」
(スケールがすごい! ……ハッ、紫苑が前触れもなく目覚めなかったらどうしよう)
人間の寿命では、次の目覚めまで生きている自信が全くない。
「今は小晴はいるから、そんな勿体ない過ごし方はしないよ」
「よかった……」
「小晴が可愛い。私と離れたくないって思ってくれた?」
「はぃ――っ!?」
安心したことで、紫苑がにっこにっこで頬にキスをしてくるので慌てて話題を戻す。
「ええっと、じゃあ幽世ではクリスマスとか浮かれている場合じゃないんですね」
「どうだろう。烏天狗たちは大捕物があるから忙しいだろうし、腕に自信がある者たちは動くだろうが、それ以外はそれぞれかな」
(なんだろう。一気に殺伐した世界観が見えてしまった……)
ちょっと心が折れかけているが、何とか自分を鼓舞して言葉を紡ぐ。
「あのですね! クリスマスは『豊作と魔除け、永遠、来年の幸福祈願』という意味があるらしいのですが、その……婚約者として親睦を深めるためにも一緒に過ごして、美味しいものを食べて、プレゼント交換などしませんか?」
勢いに任せて夢見たクリスマスイベントを提案してみたが、紫苑はキョトンとした顔で私の顔を見返す。
「プレゼント交換?」
「はい。クリスマスでは親しい人にプレゼントを贈り合うという習慣があるので、紫苑がそういったイベントごとが嫌いじゃないなら……やってみたいのですが」
「ひゅっ」と、息を呑む声と共に、青紫色の綺麗な瞳が煌めいた。
「小晴と一緒に?」
「はい!」
「しよう。……そうか、独りじゃないとこんな風にいろんなことができるのだな」
目を細めて嬉しそうにはしゃぐ紫苑に「はい」と力強く答える。プレゼント交換は当日までお互いに内緒にして交換し合うことで話をまとめたが、上限は一万以内ということで落ち着いた。
前回の結納として伝説級の贈り物を貰ったので、上限金額を先に話しておいて良かった。
(金額とか決めておかないと、国宝レベルのものを貰う羽目になるものね。フフッ、私は学習する女よ)
「ふむ、一千万か」
「いっ!? ち、違います! 一万円。福澤諭吉さんです!」
「……一万では何も買えないと思うが?」
「ぐっ……」
ここにきて金銭感覚のズレに衝撃とショックを受けることになるとは思わなかったが、味覚はそこまでズレていないはずだ。
「私の飴細工は、一万円がセットで十個は買えます」
「馬鹿な。あれだけの飴ならば一粒、一千万でも十分価値はある」
「……私の飴への価値基準が可笑しいです」
「お館様、前にもお伝えしたとおり人外界隈の場合においての価値と、現世での価値は異なる場合がございます。というか全く違います。人間の寿命を考えて得られる財産は我らと比べて天と地ほどの差があるとお考え下さい」
(そ、そうよね。長寿だと金銭感覚もおかしくなる……はず?)
「そう言えば報告書にもあったな」
「はい。ですので、小晴様との金銭感覚のズレを修正するために幽世での買い物やらデートを増やしてもいいかもしれません」
(私が金銭感覚を合わせるのね!?)
まさか私の感覚がおかしい扱いをされるとは思わず戦慄してしまった。確かに今後、人外界隈で飴細工の進出を果たすのなら間違ってはいないのだが、何だか釈然としない。
「小晴とのデートが楽しみだ。また小晴との予定が増えた」
(うぐっ……)
目を輝かせる紫苑の笑顔を見たら何も言えなくなってしまった。何だか誘導された気がしなくもないが、デートは楽しみなのは事実だ。
「紫苑は、何か欲しいものとかありま――」
「小晴の飴」
「それ以外は?」
「小晴」
(詰んだ!)
私のライフポイントがガリガリ削られているが、紫苑はデートの回数が増えるのが嬉しいのか、口元が綻んでいる。
「小晴は何か欲しいものはあるのかい?」
「仕事用手帳でしょうか。火事で燃えてしまったので」
「仕事以外で」
「…………飴ポンプ」
「仕事用だな」
「シルパットもありますし、飴細工の本……すみません、全部仕事用ですね」
くすりと、笑う声に紫苑は男性らしい艶のある笑みを浮かべた。
その姿にドキリとする。
「焦って考えなくてもデートを重ねれば目にとまるものもあるだろう。ゆっくりでいい、そうだろう。小晴」
「はい。楽しいことは逃げませんしね!」
「……小晴のことは今さら逃がしてやることはできないけれど」
最後に不穏当な言葉がぽつりと呟かれたのは、耳に入ったけれど怖くて深く聞くことができないので聞き流すことにした。
白紫色の長い髪がさらりと一房肩から流れ落ちた。たったそれだけの仕草なのに絵になるほど美しい。数秒ほど見蕩れたのち、慎重に言葉を選ぶ。
(綺麗だな……)
「小晴?」
「あ、ええっと、紫苑が綺麗だなって見惚れて──じゃなくて、幽世ではクリスマスはどのような扱いなのでしょう? 日本人のお祭り好き感覚で楽しんだりするのでしょうか?」
「そのあたりは個人差がある。行事によって参加不参加もあるけれど、私はあまり興味なかったかな」
「お館様は、数百年単位でしか目を覚ましませんでしたし、基本眠っておりましたから」
(スケールがすごい! ……ハッ、紫苑が前触れもなく目覚めなかったらどうしよう)
人間の寿命では、次の目覚めまで生きている自信が全くない。
「今は小晴はいるから、そんな勿体ない過ごし方はしないよ」
「よかった……」
「小晴が可愛い。私と離れたくないって思ってくれた?」
「はぃ――っ!?」
安心したことで、紫苑がにっこにっこで頬にキスをしてくるので慌てて話題を戻す。
「ええっと、じゃあ幽世ではクリスマスとか浮かれている場合じゃないんですね」
「どうだろう。烏天狗たちは大捕物があるから忙しいだろうし、腕に自信がある者たちは動くだろうが、それ以外はそれぞれかな」
(なんだろう。一気に殺伐した世界観が見えてしまった……)
ちょっと心が折れかけているが、何とか自分を鼓舞して言葉を紡ぐ。
「あのですね! クリスマスは『豊作と魔除け、永遠、来年の幸福祈願』という意味があるらしいのですが、その……婚約者として親睦を深めるためにも一緒に過ごして、美味しいものを食べて、プレゼント交換などしませんか?」
勢いに任せて夢見たクリスマスイベントを提案してみたが、紫苑はキョトンとした顔で私の顔を見返す。
「プレゼント交換?」
「はい。クリスマスでは親しい人にプレゼントを贈り合うという習慣があるので、紫苑がそういったイベントごとが嫌いじゃないなら……やってみたいのですが」
「ひゅっ」と、息を呑む声と共に、青紫色の綺麗な瞳が煌めいた。
「小晴と一緒に?」
「はい!」
「しよう。……そうか、独りじゃないとこんな風にいろんなことができるのだな」
目を細めて嬉しそうにはしゃぐ紫苑に「はい」と力強く答える。プレゼント交換は当日までお互いに内緒にして交換し合うことで話をまとめたが、上限は一万以内ということで落ち着いた。
前回の結納として伝説級の贈り物を貰ったので、上限金額を先に話しておいて良かった。
(金額とか決めておかないと、国宝レベルのものを貰う羽目になるものね。フフッ、私は学習する女よ)
「ふむ、一千万か」
「いっ!? ち、違います! 一万円。福澤諭吉さんです!」
「……一万では何も買えないと思うが?」
「ぐっ……」
ここにきて金銭感覚のズレに衝撃とショックを受けることになるとは思わなかったが、味覚はそこまでズレていないはずだ。
「私の飴細工は、一万円がセットで十個は買えます」
「馬鹿な。あれだけの飴ならば一粒、一千万でも十分価値はある」
「……私の飴への価値基準が可笑しいです」
「お館様、前にもお伝えしたとおり人外界隈の場合においての価値と、現世での価値は異なる場合がございます。というか全く違います。人間の寿命を考えて得られる財産は我らと比べて天と地ほどの差があるとお考え下さい」
(そ、そうよね。長寿だと金銭感覚もおかしくなる……はず?)
「そう言えば報告書にもあったな」
「はい。ですので、小晴様との金銭感覚のズレを修正するために幽世での買い物やらデートを増やしてもいいかもしれません」
(私が金銭感覚を合わせるのね!?)
まさか私の感覚がおかしい扱いをされるとは思わず戦慄してしまった。確かに今後、人外界隈で飴細工の進出を果たすのなら間違ってはいないのだが、何だか釈然としない。
「小晴とのデートが楽しみだ。また小晴との予定が増えた」
(うぐっ……)
目を輝かせる紫苑の笑顔を見たら何も言えなくなってしまった。何だか誘導された気がしなくもないが、デートは楽しみなのは事実だ。
「紫苑は、何か欲しいものとかありま――」
「小晴の飴」
「それ以外は?」
「小晴」
(詰んだ!)
私のライフポイントがガリガリ削られているが、紫苑はデートの回数が増えるのが嬉しいのか、口元が綻んでいる。
「小晴は何か欲しいものはあるのかい?」
「仕事用手帳でしょうか。火事で燃えてしまったので」
「仕事以外で」
「…………飴ポンプ」
「仕事用だな」
「シルパットもありますし、飴細工の本……すみません、全部仕事用ですね」
くすりと、笑う声に紫苑は男性らしい艶のある笑みを浮かべた。
その姿にドキリとする。
「焦って考えなくてもデートを重ねれば目にとまるものもあるだろう。ゆっくりでいい、そうだろう。小晴」
「はい。楽しいことは逃げませんしね!」
「……小晴のことは今さら逃がしてやることはできないけれど」
最後に不穏当な言葉がぽつりと呟かれたのは、耳に入ったけれど怖くて深く聞くことができないので聞き流すことにした。
12
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
大正石華恋蕾物語
響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る
旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章
――私は待つ、いつか訪れるその時を。
時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。
珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。
それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。
『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。
心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。
求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。
命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。
そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。
■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る
旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章
――あたしは、平穏を愛している
大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。
其の名も「血花事件」。
体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。
警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。
そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。
目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。
けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。
運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。
それを契機に、歌那の日常は変わり始める。
美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。
※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!
葉方萌生
キャラ文芸
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。お読みくださった皆様、本当にありがとうございます!!
京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。
うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。
夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。
「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」
四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。
京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる