【完結】白蛇神様は甘いご褒美をご所望です

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第3章

第29話 隣にいてくれるだけで

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 浅緋が傷ついた顔をするのは、何なのだろう。
 今まで傷つけられ、罵声やめちゃくちゃなことをして引っかき回していたのは浅緋なのに、被害者ぶる姿が腹立たしくなった。
 浅緋と対面して改めて、彼への思いは一ミリも残っていないこと、そして過去だと自分の中で決着がついたことは良かったのだろう。

「あまり我を通さないことだ。今度はこちらがお前を社会的に潰しに掛かることだってできるのだが」
「え」
「小晴は望んでいないだろうけれど、この手の人間は誓約書を書いても尚、逆恨みをする可能性もある。小晴がこれ以上傷つく可能性があるなら――灰燼にしても構わないと私は思うのだけれど」

 脅し――ではない。
 声を抑えていたが、冷徹で容赦の無い言葉に浅緋は怯んだのが見えた。

「クソッ、書けばいいんだろう! 書けば!」
(あっ)

 その言葉に無数の蛇は煙のように霧散して消えた。
 ヤケクソのような感じで浅緋は誓約書にサインをしたのち、逃げるように去って行った。

 何処までも自分の思い通り行かないと癇癪を起こして、無理矢理自分の目的を達成しようとする。その恐怖で押さえつけるやり方が私に効果的で無いと、浅緋はもっと早く気付くべきだったのだ。

「小晴を傷つけただけで万死に当たる」
「し、紫苑!?」
「だがアレの幸運はここで尽きた。後は落ちるだけだろう」
「紫苑が何かしなくても……ってこと?」
「うん。人には運と呼ばれる流れが常にある、幸運な時期と不幸に見舞われる時期。しかし人によってその差は異なる。あの人間は幸運な時期に傲慢不遜な態度を改めず増長した。数年は才能と運で好調かもしれないが、どのどちらかが欠けた瞬間、急降下だろう」

 紫苑はその先の未来を見通したように語る。
 淡々とした物言いに温度はない。だからこそ余計にゾクリとしてしまった。

「わ、私は周りに感謝して、調子に乗らないように慎ましく生きていきます」
「ん? 小晴は私にもっと甘えて、頼って欲しいのだけれど」
「え」
「だって小晴は私の婚約者で、お嫁さんになるのだから」
「――っ」

 紫苑は気品溢れた雰囲気から一変して、私をぎゅうぎゅうに抱きしめる。神々しさはまったくない。むしろ戯れてくる大型犬のよう。そのギャップに眩暈がした。

「小晴、可愛い」
「ううっ……」

 嵐が過ぎ去ったかのように静かになったことで、疲労がどっと押し寄せた。紫苑は私を腕の中に閉じ込めて「お疲れ様でした」と微笑む。
 一瞬で疲れが吹き飛ぶ笑顔に、傍に入れてくれたことや援護射撃してくれたことを感謝する。

「紫苑が手を打ってくれていて心強かったです。ありがとうございます」
「小晴の役に立ったのなら嬉しいかな。胸がポカポカする」

 左近さんは温かなお茶をテーブルに置くと、資料や書類を片付け始めた。手伝おうにも紫苑に抱きしめられているので何もできなかったが。

「おそらく貴宝院グループは、あの土地そのものが危険だと判断しつつも、手に入れたかったのでしょう。裏も取れていますし、土地の相続問題で対応していた弁護士にも、こちらから連絡を入れておきましょう」
「左近さん、何から何までありがとうございます」
「いえ。……ちなみに土地の権利書やら貴重品などは、引っ越しの際に見つかりませんでしたが、どちらに?」
「貸金庫です。万が一盗難にあったら危ないだろう、と……当時の弁護士さんに言われました」
「懸命な判断だったと思います。……お館様」
「ああ、任せる」

 短いやりとりだったが、それだけで意思疎通ができたようで左近さんが退室した。

「いろいろ調べてくれていたのですね」
「小晴の守りたいものは、私も守りたい。それだけだよ」
「そんな風に言って下さる人は今までいなかったから。……あの土地を狙って今後も厄介な人たちが現れますかね?」

 この先、ずっとあの土地を狙って接点を持とうと近づくことや、画策する輩と相対しなければならないのだろうか。そう考えると今からげんなりしてしまう。
 大事な思い出の場所。
 けれど危険で厄介すぎるのなら――。

「いいや。今までなら不安定な場所だと危険視され、妖怪たちあるいは悪意ある誰かが利用しようとしていただろうが、私が出てきたことでその心配はなくなった」
「……と言うと?」
「リフォームが終わり次第、私があの家に住むからだ。同棲すれば、あの場は神域となるので良くない場は相殺されるだろう」
「ああ、同棲。……ど、ど、同棲!?」

 思わず声を荒げてしまった。

「おや? リフォームの時に話をしていなかったか?」
「……言っていたような?」
「右近と左近を従業員として入れてしまえば小晴は、飴作りに集中できるだろう」
「それは……そうですが」
「私は毎日でも小晴の飴細工を食べたいし、小晴の仕事している姿を見ていたい」
「――っ、それだと紫苑に甘えてばかりになるんじゃ?」
「先ほども言ったけれど、私は小晴には沢山甘えてほしい。それは……迷惑なのだろうか」
「うぐっ……」
「では、小晴が甘えてくれたら私も小晴に我が儘を言おう」
「我が儘とは? どんなことです?」
「私のために飴細工を作って、食べさせてほしい――とか?」
「紫苑……」

 紫苑にはいつも驚かされてばかりだが、それと同時に私のことを大事にしてくれる。それがとても心地よくて、嬉しくて、泣きそうになった。
 誰も望んでくれなかったことを彼は当然だと言って賛同してくれた。

「ありがとうございます。私、紫苑のそういうところが……とても好ましいです」

 微笑んだ後で、紫苑は「小晴が可愛い」と連呼して暫くは離してもらえなかった。一方的に貰ってばかりの気持ちを返そうと、彼の背中に手を回したのは頑張ったほうだと思う。
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