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第3章

第28話 幕引き

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「おや、忘れてものでしょうか?」
「あ、ええっと」
「左近、どこなら問題ない?」
「……ああ、込み入ったお話をするのなら奧のカフェスペースをお使い下さい」

 私たちがレンタルキッチンに戻って来たことで左近さんは驚いていたが、後ろにいる浅緋を見て何か察したのか、場所の提供と、お茶の用意をすると申し出てくれた。

(左近さんが有能でよかった……)

 気の利く左近さんにお礼を言って奧のカフェスペースへ移動した。
 赤いソファと白のテーブル、窓のレースは幾何学模様でとても綺麗だ。もっともカフェスペースの内装を楽しむ余裕はない。
 私の隣に紫苑が座り、向かい合う形で座っている浅緋の雰囲気は鋭い。
 修羅場である。

「小晴は俺に惚れていたんだ。お前の出る幕はない」
「ほう。そうなのか、小晴?」

 二人の視線が私に向けられる。心臓の音は煩いが、少しだけ落ち着いた。

「昔の話です。少なくとも二年前までは兄として、そして師としても尊敬と淡い恋心があったことは認めますが、今は違います」
「だ、そうだ」

 浅緋はあからさまに顔色を変えて、私を睨んだ。

「ぐっ、たった数年で別の男に鞍替えしやがって……」
(たった?)

 紫苑が隣にいてくれてよかった。
 一人で相対していたら、きっと心が折れていたと思う。
 両手の拳を強く握りながら、今の私の気持ちを浅緋にぶつける。だが彼は斜め上の発言を繰り返すばかりだ。

「海外に出るときに言い合いにはなったが、こうやって迎えに来たんだ。それでチャラだろう。店も火事に遭って大変なのはわかる。だがあの土地の名義は俺のだ。俺はお前のためにあの店を今まで残してやったというのに、恩を仇で返すのか?」
(はあああああ!?)

 恩を仇で返したのは、どちらだ。
 祖父と両親から飴細工技術を叩き込まれ、四代目を名乗った途端、店を売り飛ばして世界に進出。しかも一方的に店の同僚を引き抜いていった。

 自分勝手な理屈と理論を押し通そうとする傍若無人ぶりは、二年前により拍車が掛かっているように感じた。
 俺様気質のある人だったが、もっと純朴でひたむきで努力家だった。

(「俺に付いてこい」的な強引な所もあったけれど、優しいところもあったはずなのに、人はこうも変わってしまうものなの?)
「小晴」

 感情的に反論しそうになった所で、紫苑が私の手の甲に触れた。
 淡く微笑む姿に、怒りが萎んで冷静になる。「ふう」と吐息をはいたのち、真っ直ぐに浅緋を見据えた。

「……確かに四代目として技術は継いだかもしれないけれど、あの家は私の実家でもあるのよ。あの土地まで相続したなんて聞いてないわ。それに貴方は二年前に店を売却させて、海外に出ると言っていたでしょう。私に任せたなんて都合のいいことを言わないで」
「――っ! そ、それは……言葉の綾というかお前の技術を磨くためというか」

 店の土地名義、及び自宅は私の名義のままだ。両親が亡くなった時、祖父の知り合いだった弁護士が訪れ、色々な手続きを代わりにしてくれた。
 その後で財産分与など親族間で揉めている時に、浅緋は「四代目を就任した」と言い出して店を仕切り始めた。
 当時は製菓専門学校に通っていて卒業まで半年というときだった。

(あの時も私が専門学校を卒業してすぐに、海外に店を出すと言いだして、揉めに揉めたんだった……)
「とにかく、あの店は――」
「あの店は小晴の名義で、彼女のものだ。お前たちは貴宝院グループの御曹司に腕を買われて、海外進出を果たしたようだけれど、その条件の一つにあの土地の売買があったらしいな」
「なっ!?」
「あの土地は小晴の所有物で、小晴もあの場所をどうあっても明け渡すつもりがなかった。だから海外進出をして店を潰す方向で画策したのだろう」
「おまっ」
(――っ、ああ……やっぱり)
「お茶をお持ちしました。それと、こちらはお館様の言っていた証拠です」
「ひっ、しょ、証拠だと!?」

 紫苑は淡々と事実を語る。
 控えていた左近さんがタブレットをテーブルの上に乗せて、証拠やら調査資料を浅緋に見せた途端、彼の顔色が真っ青になった。

「幸いなことに小晴の飴細工の技量を底上げするきっかけとなり、店の集客は遠のいたけれどネット販売で経営は回っている。もっとも今後は我が白銀財閥がスポンサーになるので、お前が考えた幼稚な計画は水の泡となる」
「白銀……財閥……だって!?」
(紫苑……火事からいろいろと調べてくれて手を打ってくれていたのね)

 藤堂さんと同じように土地を奪うため、貴宝院グループの御曹司は浅緋に都合のいい話を持ちかけたのだろう。私に後ろ盾がいないと思っていたこと、何より私が一人で店を切り盛りできるはずがないと高をくくっていたのだろう。

 二年前に浅緋との関係は終わった。
 定期的に届くメールは私を貶めるものだとずっと思っていたのだが、本質はあの土地を手放すあるいは、店を潰すための精神的攻撃だったようだ。思い返せば返すほど苛立ちが募っていく。

「これ以上、私と店に付き纏わないことを誓約書にサインをしてくれたら、この話はここで終わりにします」
「小晴!? おい、それはあんまりだろうが! !」
「――っ!」

 バン、とテーブルを叩きつける浅緋にビクリと震えてしまう。
 大声を出して威嚇する態度に、紫苑は私を抱き寄せる。それだけで守られているような、勇気が湧き上がった。

「お前ごときが、小晴と釣り合うとでも思っているのか? 笑わせる」
「紫苑……」
「このっ! ――っ!?」

 浅緋が殴りかかろうとしたが、紫苑と目が合った瞬間、体が硬直する。

「なっ、はぁ!? 体が、うご、かない!?」
(あっ!)

 目を凝らすと浅緋の身体に白い蛇がいくつも絡まり身動きを封じていた。蠢く白い蛇を見てもそれを悍ましいとは思わなかった。これらは私に害するものではないと、直感的に分かっていたからだろうか。

 改めて紫苑は人外なのだと再認識する。手伝ってくれて、守ってくれて嬉しい。
 でも決着を付けるのは自分であるべきだと考え、私は彼との関係に幕を下ろす。

「私は私のやり方で店を存続させてきた。だから、この先もあの店を私がずっと守っていく。貴方が捨ててしまったものを私は捨てない。貴方の好意は一方的で一緒に居たいとは思いません!」
「なっ」
、お引き取りを」
「……っ」
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