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第2章
第21話 一緒の時間
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「一般枠の発注も来るだろうから、無理がない感じで頼んでいるのだけれど、みんな本当はもっと小晴ちゃんの飴が食べたいと思っているし、会いたいとも思っているのよ」
「もしかして皆さん遠方に住んでいらっしゃるとか?」
「んー、まあ、そうね。それと殆どが高位の妖怪とか神様だから、おいそれと店に訪問するのは難しかったりするのよね。抗争の種になりかねないし。幽世も現世もいろいろあるのよ」
「……何だか大変そうなのは、伝わってきました」
「まあ、欲望に忠実な所は人間的側面が強いからね。神様の場合はその土地に大きな影響を与えてしまうから、自粛してもらっているのよ」
「どの界隈も色々と大変なのですね」
「ええ。均衡が取れた場所もあるけれど、荒ぶる妖怪たちすら魅了するこの飴は、私たちにとって最高級品の食べ物に等しいの」
(過大評価しすぎなんじゃ……?)
「そう言うわけだから、店の再開を楽しみにしているわ!」
「はい! ありがとうございます」
こんな形で自分の店が、人外たちに支えられているとは知らなかった。
しかも私自身のキャパを考えて購入してくれるとは、なんとも難有いやら申し訳ないやら。
「ささ、世間話はここまでにして、婚約指輪を選ぶのでしょう。どれがいいかしら?」
「あ、そうでした」
時雨さんはパッと商売人の顔になって、ソファへと促した。テーブルにはさまざまな指輪を出してくれた。
宝石の美しさや、繊細なデザインなど見て、溜息が出てしまう。
「小晴が好きなものを選んでくれて構わない」
そう言いながら紫苑は、私を抱き上げて膝の上に乗せる。あまりにも自然な動きで抵抗できなかった。
「それは嬉しいのですが、体を離してもらうことは……」
「私が寂しくなってしまう」
(ぐっ……。私が断りづらい言葉を選んでくる……)
「はいはい。恋人同士のイチャイチャは、指輪選びが終わってからにしてちょうだい」
「──っ、はぃ」
顔を真っ赤にする私に紫苑は「可愛い」と耳元で囁き、時雨さんは「初心ね」と生温かな視線を送ってきた。
羞恥心に耐えながらも、気になる指輪を見ていく。
値段とか一切書かれていないのがものすごく怖いものの、ここで遠慮したら紫苑がしょんぼりする未来が容易に想像できてしまった。
いくつか見ている内に気になったのは、蔦のように絡み合う指輪で、中央には青紫色の宝石が輝く。その色は紫苑の瞳に似ていて思わず手に取った。
「あら人魚の涙と、龍の宝玉を使ってこしらえた逸品を選ぶとは、いいセンスしているわ」
「(さらっととんでもない素材を使っている!? うん、値段を聞かなくて本当に良かった!)……紫苑はとしてはどうです?」
「小晴にふさわしいと思う。加護も悪くないだろうし」
(紫苑の選ぶ基準が、私とは違うのを改めて考えさせられる)
「あと私の瞳と同じだから、それを選んでくれて嬉しい」
「!?」
紫苑は恥ずかしげもなく告げる。最初は「可愛い」とか「好き」と恋愛関係のボキャブラリーが少なかったのに、突然こんなことを言うのだ。
くすぐったい。
紫苑の言葉は裏とか表がないから、心地よい。
自分の中に凝り固まったものが、溶かされていくような熱を持つ言葉。
この塊が溶けきったら、私の心はどう動くのだろう?
(私が好意を傾けたら、紫苑は喜んでくれる? それとも離れてしまうのかな?)
幸福の中であっても、不幸の未来を考えてしまう私はやっぱり臆病で、卑怯だと思った。
婚約指輪を指のサイズに調整を頼んだ後、小舟に乗って屋敷に戻るところだった。
通常の小舟ではなく紫苑の個人で持っているらしいので、それを出して貰ったらしい。
(小舟を個人で所有って、うん、もう色々驚かなくなってきた……)
小舟そのものも白銀色で装飾なども凝ったものだったが、一番驚いたのは船の席だ。
通常は猪牙船という舳先の尖った小舟で、装飾などはあまりない。観光用とはいえシンプルな作りなのだが、これは違う。
作り自体は同じなのだが座椅子があり、座布団も高級旅館で使うようなものをあつらえている。
(し、視線が……痛い)
紫苑は景色を眺めている私を見つめて微笑んでいた。あまりにも熱心に見つめられているので、言葉を投げかける。
「……ものすごい視線を感じます。紫苑は……その景色は見ないのですか?」
「景色を見て楽しんでいる小晴を眺めているのが楽しい」
「鑑賞方法が独特な気が……」
「そうだろうか? 好いているものを眺めたいと思うのは普通だと思うが」
「もしかして皆さん遠方に住んでいらっしゃるとか?」
「んー、まあ、そうね。それと殆どが高位の妖怪とか神様だから、おいそれと店に訪問するのは難しかったりするのよね。抗争の種になりかねないし。幽世も現世もいろいろあるのよ」
「……何だか大変そうなのは、伝わってきました」
「まあ、欲望に忠実な所は人間的側面が強いからね。神様の場合はその土地に大きな影響を与えてしまうから、自粛してもらっているのよ」
「どの界隈も色々と大変なのですね」
「ええ。均衡が取れた場所もあるけれど、荒ぶる妖怪たちすら魅了するこの飴は、私たちにとって最高級品の食べ物に等しいの」
(過大評価しすぎなんじゃ……?)
「そう言うわけだから、店の再開を楽しみにしているわ!」
「はい! ありがとうございます」
こんな形で自分の店が、人外たちに支えられているとは知らなかった。
しかも私自身のキャパを考えて購入してくれるとは、なんとも難有いやら申し訳ないやら。
「ささ、世間話はここまでにして、婚約指輪を選ぶのでしょう。どれがいいかしら?」
「あ、そうでした」
時雨さんはパッと商売人の顔になって、ソファへと促した。テーブルにはさまざまな指輪を出してくれた。
宝石の美しさや、繊細なデザインなど見て、溜息が出てしまう。
「小晴が好きなものを選んでくれて構わない」
そう言いながら紫苑は、私を抱き上げて膝の上に乗せる。あまりにも自然な動きで抵抗できなかった。
「それは嬉しいのですが、体を離してもらうことは……」
「私が寂しくなってしまう」
(ぐっ……。私が断りづらい言葉を選んでくる……)
「はいはい。恋人同士のイチャイチャは、指輪選びが終わってからにしてちょうだい」
「──っ、はぃ」
顔を真っ赤にする私に紫苑は「可愛い」と耳元で囁き、時雨さんは「初心ね」と生温かな視線を送ってきた。
羞恥心に耐えながらも、気になる指輪を見ていく。
値段とか一切書かれていないのがものすごく怖いものの、ここで遠慮したら紫苑がしょんぼりする未来が容易に想像できてしまった。
いくつか見ている内に気になったのは、蔦のように絡み合う指輪で、中央には青紫色の宝石が輝く。その色は紫苑の瞳に似ていて思わず手に取った。
「あら人魚の涙と、龍の宝玉を使ってこしらえた逸品を選ぶとは、いいセンスしているわ」
「(さらっととんでもない素材を使っている!? うん、値段を聞かなくて本当に良かった!)……紫苑はとしてはどうです?」
「小晴にふさわしいと思う。加護も悪くないだろうし」
(紫苑の選ぶ基準が、私とは違うのを改めて考えさせられる)
「あと私の瞳と同じだから、それを選んでくれて嬉しい」
「!?」
紫苑は恥ずかしげもなく告げる。最初は「可愛い」とか「好き」と恋愛関係のボキャブラリーが少なかったのに、突然こんなことを言うのだ。
くすぐったい。
紫苑の言葉は裏とか表がないから、心地よい。
自分の中に凝り固まったものが、溶かされていくような熱を持つ言葉。
この塊が溶けきったら、私の心はどう動くのだろう?
(私が好意を傾けたら、紫苑は喜んでくれる? それとも離れてしまうのかな?)
幸福の中であっても、不幸の未来を考えてしまう私はやっぱり臆病で、卑怯だと思った。
婚約指輪を指のサイズに調整を頼んだ後、小舟に乗って屋敷に戻るところだった。
通常の小舟ではなく紫苑の個人で持っているらしいので、それを出して貰ったらしい。
(小舟を個人で所有って、うん、もう色々驚かなくなってきた……)
小舟そのものも白銀色で装飾なども凝ったものだったが、一番驚いたのは船の席だ。
通常は猪牙船という舳先の尖った小舟で、装飾などはあまりない。観光用とはいえシンプルな作りなのだが、これは違う。
作り自体は同じなのだが座椅子があり、座布団も高級旅館で使うようなものをあつらえている。
(し、視線が……痛い)
紫苑は景色を眺めている私を見つめて微笑んでいた。あまりにも熱心に見つめられているので、言葉を投げかける。
「……ものすごい視線を感じます。紫苑は……その景色は見ないのですか?」
「景色を見て楽しんでいる小晴を眺めているのが楽しい」
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