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第2章

第20話 八咫烏の宝石店

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 現世のジュエリーショップと外装は変わらないのに、店内に入った瞬間、英国風の超高級者向けの壁紙やらアンティークっぽい雰囲気に驚いた。

「いらっしゃいませ」
(あ!)


 目鼻立ちが整った美男美女の──背中から羽根を生やした妖精が出迎える。黒で統一されたスーツがまたよく似合っていた。

「予約した者だ。加護付きの婚約指輪を贈りたい」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 虹色に煌めく蝶々のような羽根に目を奪われつつも、奥の客室へと着いていく。
 妖精を目視して、少しテンションが上がってしまった。

「紫苑、妖精って幽世にもいるのですね」
「ああ、西から流れて定着する者たちも少なくないからね。この国の食事や霊脈が気に入っているらしい。……ああ、でもここの店のオーナーは妖精じゃない」
「そうなのですか」

 奥の客室に入ると、焦げ茶色のカウチとアンティークの調度品がある部屋に、真っ赤な髪の眉目秀麗の美女、いや黒の燕尾服を着こなした男性だ。
 両肩から濡れ羽色の美しい烏の翼を生やしていた。

「あらー、ご当主様。そしてお嬢ちゃん、いらっしゃい」
「婚約者の小晴だ」
「ふ~ん。お嬢ちゃんが、ご当主様とくっ付くとは予想外だったわね」
「(お嬢ちゃん……って私のこと?)ええっと」
「小晴、彼は八咫烏やたがらす時雨しぐれ。この店のオーナーを務めている」
「相変わらず人の話をガン無視する神様ね! ……まあ、通常運転だからいいけれど」
「(いいんだ)あの……柳沢小晴と言います」
「小晴ちゃんは、話がわかる良い子ね~。それにいつも美味しい飴をありがとう」
「え」

 女口調だが親しげに話す時雨さんは、私の店で売っている金太郎飴を見せた。
 それは箱詰め用ネット販売しているものだ。

「あ。それは先月に購入があった春風駘蕩しゅんぷうたいとうの金太郎飴……。じゃあ、いつも購入して下さる『ノワール』様?」
「正解。いつも美味しく頂いているわ。特に今回は桜模様がとても綺麗で、食べるのが惜しいくらいなのよ」
「本当ですか、よかった! 薄紅色を出すのに試行錯誤して仕上げたので嬉しいです」
「うんうん。本物はやっぱり可愛いわね~」
「……」

 お得意様と遭遇にはしゃいでいると、紫苑は私を後ろから抱きしめて、腕の中に閉じ込める。
 急なスキンシップは心臓に悪い。離してもらおうと振り返ろうとするが、身じろぎできない。

「し、紫苑?」
「小晴の楽しそうな顔は好きだが、だがむずむずする」
「ふふ。あのご当主様に嫉妬させるなんて、流石だわ。ああ、婚約はおめでたいことだけれど、ねえ、小晴ちゃん。お店が元に戻り次第、通常運転する予定かしら?」
「あ、はい。火事前に承った発注分は受領して、それ以降は一時的に購入をストップしています」
「そう。ああ、もし作業場が必要なときは、声をかけてくれれば──」
「私が何とかするので問題ない」
「紫苑?」
「あー、はいはい」
「……」

 紫苑は顎を私の肩に乗せながら、ぎゅうっと腕の力が入る。何を警戒しているのだろう。背中から感じる熱が心地よい。

 時雨さんは悪戯が失敗した子供のように、ちょっとだけ残念がっていた。
 けれどすぐに明るく微笑む。

「ふふっ、やっぱり隙は作れないか」
「もしかして私に恩を作ろうとしたのですか?」
「ん~、どちらかと言うと、貴女と縁を結びたいと思ったのよ。小晴ちゃんのファンだから、仲良くしたいって思っているモノは結構多いわ」

 意外だった。
 常連さんたちは、みな飴を評価してくれていたので、私自身に感心が向けられていたとは思っていなかった。
 
「そうだったのですね。気にかけていただいて嬉しいです」
「ふふっ、ああ、でもさっきも言ったけれど、ネット販売だけでも早めに復活した方がいいわよ」
「え?」
「私以外にも、小晴ちゃんのファンは沢山いるのよ。でも小晴ちゃんのところは一人で切り盛りしているから、あまり無茶な発注はできないし、体調を崩しても困るだろうってなって毎月ネット会議が開かれているのよ」
「は、初耳です」
「ええ。非公式だもの」

 そう言って時雨さんは微笑んだ。
 知らないところで飴が好評なことに嬉しくて、口元が綻んでしまう。
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