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第2章
第16話 贈り物は国宝級
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高級ホテルなみの部屋をあてがわれて、そわそわして数日。
少し慣れたと思っていたのだが、その認識は甘かったことを知る。
お風呂から上がって部屋に戻ったら、目が眩むような国宝が座卓テーブルに雑に置かれていたのだ。
「!??」
「小春」
紫苑は目を輝かせて微笑んだ。眩しいほど美しい。これから私の心臓は保つのだろうか。
「小晴、こっちにおいで」
私の手をそっと掴み、座卓テーブルの上座に座らせようとする。背もたれのある座椅子は黒塗りの良いものだ。間違いなく高い。少し大きめなのはまだ良いとしても、なぜ座椅子が一つしかないのだろうか。
「小晴は可愛らしいな」
「その前に、どうして私は紫苑さ──紫苑の膝に座っているのでしょう。距離感が可笑しいのですが……」
「小晴と離れたくない」
(駄々っ子みたい!)
大事なヌイグルミを手放すものかと、意固地になっているようで、何だか可笑しかった。
外見は文句なしのイケメンで色香もある人なのに、言動は六歳児に近い。語彙力も同じくらいに乏しいと思う。
「今は小晴と離れたくない」
「どうして?」
「気付いたら居なくなりそうな儚さがある。……私が触れて砕けて消えないのも、死なないのも小晴だけだから、離れたくない」
「(さらっと怖いことを……)どうして私は大丈夫なのでしょう?」
「小晴が私に飴をくれたから」
「……基準はそこなのですね」
「小晴の作った物を食べたことで、縁の繋がりができたからだと思う。もっとも小晴の魂と相性が良かったのもあるかもしれない」
(愛情表現以外は普通に喋れるのに……)
この神様は、どうやらかなりの寂しがり屋のようだ。
今までに対等に話す存在がいなかったのもあるのだろう。神様の生態がちっともわかっていないので、想像でしかないが。
ひとりぼっちで、寂しがり屋なのは私もそうだと自覚する。だからだろうか。チリチリと胸が痛むのを誤魔化すように、私は抵抗をやめた。
それを紫苑は肯定的に捉えたようで私に擦り寄る。
子供っぽい、幼稚に見えるかもしれないが純粋に好意を伝えようとするところや、甘え上手なところが酷く羨ましく思う。
(いや、でも私がこんな綺麗な人にいきなり甘えるなんて無理無理無理! ハードルが高すぎる!)
そこで「人に甘える」というのは、どんな風にすればいいのか、わからないことに気付いた。頼れる人がいなくなってしまったから。
新しい縁も上手くできずに空回って、挙げ句の果てに騙されそうになるなんて笑えない。
そんな感じで落ち込んでいると、ちゅっ、と頬に温かいものが触れキスされたことに気付く。
「!?」
「ああ、少し顔色がよくなった」
私を気遣って慰めてくれたのだろうか。
後からじわじわと恥ずかしさでいっぱいになる。
「紫苑、こういう触れあいはもっと仲良くなってからにしたいのですが……」
「ではもっと傍にいれば小晴と仲良くなる……ふふっ、それは嬉しいことだ」
「(逆効果……!)……ところで、紫苑」
「なんだい?」
「このテーブルの上に置いてある物は一体……」
「ああ!」
どう考えても国宝あるいは重要文化財的な何かだという鉢やら装飾の枝、毛皮、宝珠にめずらしい光を放つ貝がぞんざいな扱いを受けている。
怖くて聞けなかったのだけれど、ずっと無視するわけにも行かず話を切り出した。
「求婚というと仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の首の玉、燕の子安貝を揃えるのが正しいと聞いたので用意してみたのだが、もしかして違うのだろうか?」
「(それはどう見ても『竹取物語』のかぐや姫が結婚の条件として出した無理難題!)ええっと……確かに歴史的にそのような条件を求めた姫君もいましたが、私は姫君でもないですし、令和の時代では婚約指輪的なものを渡したりするなど、極めてコンパクとかつ身につけるものを推奨していますね」
「そうか。……じゃあ、これは邪魔だったか」
しょんぼりと泣きそうな顔をする姿に、私は「これはこれで歴史的価値のある素晴らしいものだから、お店に飾ったらきっと運気が上がると思います!」とフォロー(?)になっているかどうか分からない言葉をまくしたてた。
接客業をしているのに、こういうときに気の利いた言葉が出てこない自分を呪った。
「小晴は喜んでくれるか?」
「はい、嬉しいです! 誰からプレゼントを貰うなんて本当に久し振りでしたので」
「では、これからは好きなだけ贈り物をしよう」
「え!?」
「小晴が喜ぶなら何でも用意するよ」
「いえ! その気持ちだけ十分というか」
「…………私が嫌いなのだろうか?」
「極端! 違います。ええっと、私には身に余るものですから……。でも贈ってくれる気持ちは嬉しいのは本心です!」
やっぱり上手く言葉がまとまらない。そんな私を見て、紫苑は目を細めて言葉を紡ぐ。
「……それなら小晴の贈ってくれた物と同じくらいのものを贈る。これなら大きすぎないし、少なすぎないだろう」
「(贈り合うという前提は確定ですか……)で、私にあげられるものなんて、そんなにないですよ?」
「小晴の作った飴細工。私を思って作ってくれたら、それだけでご褒美だと思うにだが? ……小晴が私に触れようとするのもいい」
ちゅ、と手の甲にキスを落とす紫苑の艶麗さは心臓に悪い。
「──っ!?」
この神様は寂しがり屋で甘え上手で、そして甘い物をこよなく愛す人のようだ。
私が彼のように自分の気持ちを行動で示すにはまだもう少し、時間が足りなさそうだった。
少し慣れたと思っていたのだが、その認識は甘かったことを知る。
お風呂から上がって部屋に戻ったら、目が眩むような国宝が座卓テーブルに雑に置かれていたのだ。
「!??」
「小春」
紫苑は目を輝かせて微笑んだ。眩しいほど美しい。これから私の心臓は保つのだろうか。
「小晴、こっちにおいで」
私の手をそっと掴み、座卓テーブルの上座に座らせようとする。背もたれのある座椅子は黒塗りの良いものだ。間違いなく高い。少し大きめなのはまだ良いとしても、なぜ座椅子が一つしかないのだろうか。
「小晴は可愛らしいな」
「その前に、どうして私は紫苑さ──紫苑の膝に座っているのでしょう。距離感が可笑しいのですが……」
「小晴と離れたくない」
(駄々っ子みたい!)
大事なヌイグルミを手放すものかと、意固地になっているようで、何だか可笑しかった。
外見は文句なしのイケメンで色香もある人なのに、言動は六歳児に近い。語彙力も同じくらいに乏しいと思う。
「今は小晴と離れたくない」
「どうして?」
「気付いたら居なくなりそうな儚さがある。……私が触れて砕けて消えないのも、死なないのも小晴だけだから、離れたくない」
「(さらっと怖いことを……)どうして私は大丈夫なのでしょう?」
「小晴が私に飴をくれたから」
「……基準はそこなのですね」
「小晴の作った物を食べたことで、縁の繋がりができたからだと思う。もっとも小晴の魂と相性が良かったのもあるかもしれない」
(愛情表現以外は普通に喋れるのに……)
この神様は、どうやらかなりの寂しがり屋のようだ。
今までに対等に話す存在がいなかったのもあるのだろう。神様の生態がちっともわかっていないので、想像でしかないが。
ひとりぼっちで、寂しがり屋なのは私もそうだと自覚する。だからだろうか。チリチリと胸が痛むのを誤魔化すように、私は抵抗をやめた。
それを紫苑は肯定的に捉えたようで私に擦り寄る。
子供っぽい、幼稚に見えるかもしれないが純粋に好意を伝えようとするところや、甘え上手なところが酷く羨ましく思う。
(いや、でも私がこんな綺麗な人にいきなり甘えるなんて無理無理無理! ハードルが高すぎる!)
そこで「人に甘える」というのは、どんな風にすればいいのか、わからないことに気付いた。頼れる人がいなくなってしまったから。
新しい縁も上手くできずに空回って、挙げ句の果てに騙されそうになるなんて笑えない。
そんな感じで落ち込んでいると、ちゅっ、と頬に温かいものが触れキスされたことに気付く。
「!?」
「ああ、少し顔色がよくなった」
私を気遣って慰めてくれたのだろうか。
後からじわじわと恥ずかしさでいっぱいになる。
「紫苑、こういう触れあいはもっと仲良くなってからにしたいのですが……」
「ではもっと傍にいれば小晴と仲良くなる……ふふっ、それは嬉しいことだ」
「(逆効果……!)……ところで、紫苑」
「なんだい?」
「このテーブルの上に置いてある物は一体……」
「ああ!」
どう考えても国宝あるいは重要文化財的な何かだという鉢やら装飾の枝、毛皮、宝珠にめずらしい光を放つ貝がぞんざいな扱いを受けている。
怖くて聞けなかったのだけれど、ずっと無視するわけにも行かず話を切り出した。
「求婚というと仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の首の玉、燕の子安貝を揃えるのが正しいと聞いたので用意してみたのだが、もしかして違うのだろうか?」
「(それはどう見ても『竹取物語』のかぐや姫が結婚の条件として出した無理難題!)ええっと……確かに歴史的にそのような条件を求めた姫君もいましたが、私は姫君でもないですし、令和の時代では婚約指輪的なものを渡したりするなど、極めてコンパクとかつ身につけるものを推奨していますね」
「そうか。……じゃあ、これは邪魔だったか」
しょんぼりと泣きそうな顔をする姿に、私は「これはこれで歴史的価値のある素晴らしいものだから、お店に飾ったらきっと運気が上がると思います!」とフォロー(?)になっているかどうか分からない言葉をまくしたてた。
接客業をしているのに、こういうときに気の利いた言葉が出てこない自分を呪った。
「小晴は喜んでくれるか?」
「はい、嬉しいです! 誰からプレゼントを貰うなんて本当に久し振りでしたので」
「では、これからは好きなだけ贈り物をしよう」
「え!?」
「小晴が喜ぶなら何でも用意するよ」
「いえ! その気持ちだけ十分というか」
「…………私が嫌いなのだろうか?」
「極端! 違います。ええっと、私には身に余るものですから……。でも贈ってくれる気持ちは嬉しいのは本心です!」
やっぱり上手く言葉がまとまらない。そんな私を見て、紫苑は目を細めて言葉を紡ぐ。
「……それなら小晴の贈ってくれた物と同じくらいのものを贈る。これなら大きすぎないし、少なすぎないだろう」
「(贈り合うという前提は確定ですか……)で、私にあげられるものなんて、そんなにないですよ?」
「小晴の作った飴細工。私を思って作ってくれたら、それだけでご褒美だと思うにだが? ……小晴が私に触れようとするのもいい」
ちゅ、と手の甲にキスを落とす紫苑の艶麗さは心臓に悪い。
「──っ!?」
この神様は寂しがり屋で甘え上手で、そして甘い物をこよなく愛す人のようだ。
私が彼のように自分の気持ちを行動で示すにはまだもう少し、時間が足りなさそうだった。
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