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第1章

第13話 なし崩し的に婚約者になりました

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 私は自分の首回りを見ようとしたが、鏡を見なければ確認出来なさそうだ。
 後で確認しよう。
 話を聞くにつれて、どんどん後戻りができない状況になっているのは気のせいだろうか。完全に外堀を超スピードで埋められている気がする。

「先ほどお伝えした通り、『婚約』には、いくつかの条件をクリアしなければなりません。口吸いと、添い寝をして、お館様の匂いや加護を色濃くする必要がありました」
「寝ている小晴も可愛かった」
「!?」

 忘れていたが、結構すごい状況だったのを思い出す。出会ったばかりの人に寝顔を見られて爆睡していたのだから恥ずかしい。お嫁に行けないのでは?

(よく考えたら私、拉致されているし! 緊急事態だったからあれだけれど……)
「捕捉ですが、《稀人》は複数から求婚を受けることができます。一方的に人外が気に入って加護や祝福を与えることも、ままありますからね」
「な、なるほど?」
「加護と祝福ぐらいまでなら、浮気扱いにはしない……」
「許容範囲が分かりづらいような? ちなみに知らない間に加護や祝福って受けていたりするのでしょうか?」

 私の言葉に、紫苑さんと左近さんは目を逸らした。

「…………小晴は人外たらしだからな」
「そうですね。現在の小晴様の加護と祝福数は……お聞きにならない方がいいかもしれません」
「そう言われると、気になるのですが!?」

 紫苑さんは目を泳がせて誤魔化し、左近さんはスクリーンの映像を変えてしまう。

 次の映像では、男子高校生がバレンタイン時に沢山のチョコを貰う場面のようだ。一方的にもらうことが可能というのは、確かに見て分かり易い。

「私も小晴からチョコ? なるものがほしい」
(なるほど。祝福や加護はチョコを貰うような感じなのか。ふむふむ。……というかページを重ねるごとに絵のクオリティも上がっているのだけれど、これを作ったのは左近さんなのだろうか) 
「小晴は私にくれないのかい?」
「うっ……ええっと……」

 紫苑さんの言葉を結果的にスルーしたことにより、しょんぼりと肩を落としてしまった。
 何故だろう、落ち込んでいると頭を撫でて上げたい衝動に駆られるのは。
 たぶん庇護欲あるいは、大型の犬に対して撫でたいという気持ちに近いのかもしれない。

 好奇心に負けてさらさらの白紫色の髪を撫でたら、思いのほかご機嫌になった。
 良いのですか神様。ちょろすぎませんか。

「そのチョコというのを渡すのは二月なのですよ?」
「まだ先なのだな。……では、また飴細工を作ってくれるか?」
「それは……はい」

 紫苑さんは「約束だぞ」と嬉しそうに笑みを深めた。胸の奥がじんわりと温かくて勘違いしてしまいそうになる。

 まるで口の中で蕩ける飴のように、紫苑さんはあっという間に私の心を溶かしてしまう。

「……最後に『婚姻』は一番強い結びつきになり、つがい、あるいは伴侶として結んだ人外と同等の祝福を受けます。もはや人外に近しい存在ですね。人間じゃなくなります」
(さらっと人間辞める発言!?)
「まあ、形は人間を保ちますが、寿命が違います。一応伴侶を得ても、一方的に加護や祝福は受けられます。ただ」
「ただ?」
「伴侶となった人外があまりいい顔しません。むしろふて腐れますし、周囲に八つ当たりもします。婚姻を結ぶ場合、基本的に人外は純愛かつ愛が重く、独占欲が凄まじいのです。ああ、伴侶に対してデレデレに甘いのは共通しております」
「(愛が……重い?)それってヤンデレとかDVとか?」
「DVやモラハラなんてありません。ひたすら伴侶を溺愛し、大事にします。経済力もありますし、容姿もいい、浮気は一切しない&させない。今ならお買い得ですよ!」
(プレゼンから突然ネットショッピングに!?)

 チラリと紫苑さんを見たら、期待に目を輝かせている。
 熱を孕んだ視線を向けないでほしいのですが。

「前向きに考えたいとは思っています。……というか選択肢、ないんですよね?」
「はい」
「そうだね」
「断言した!?」
「私は小晴を手放せないから、しょうがない」
(言い訳になっていない!)
「事実ですので。こちらとしても無理矢理ではなく、双方が納得して頂いて締結した方がいいと思い、小晴様が納得できるよう微力ながら、このような場を設けさせて頂きました」

 左近さんは深々と頭を下げた。
 紫苑さんは私の頬に手を添えて、微笑んだ。

(これはもう『そういうものだから諦めろ』的な境地に立たせようとしている……のよね。たぶん)
「私から話すべきなのだろうが、こういったことは全て初めてで、不手際や事後報告と言った形になったのはすまないと思っている」
「紫苑さん」
「小晴」

 そうだ。
 この人達は人と変わらない姿をしているけれど、神様で、人外の世界という人間の常識とはかけ離れた所にいる。本来なら一方的に連れ去って自分たちのいいように話をして、嘘をついて、騙して、丸め込むことだってできた。

 けれどそうしなかったのは、少なくとも対等あるいは、今後の関係を大事にしたいと思っているからだろう。それが言葉の端々から伝わってきた。

 私のことを好いてくれている。
 そこに嘘などはないと、頬から伝わってくる熱が教えてくれた。
 未だに「なんで私なんか」と思う部分があるが、自分の中にあったモヤモヤや腑に落ちない気持ちと折り合いを付けることができた。

「ええっと、一応聞いておきたいのですが、『婚約』の解除なんかは……」
「……世界を滅ぼすような気持ちにさせないでほしい。それとも小晴は私が嫌いなのだろうか……」
「ナンデモナイデス。婚約者トシテヨロシク、オ願シマス」
「小晴!」

 ぱぁあ、と笑顔で微笑む。
 この方が怒っている姿は昨日の夜少し垣間見えたけれど、たぶん容赦ない。
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