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第1章

第12話 婚約の印

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 飴細工が食べたい。好き。
 それなら何となく理解できる。
 嬉しそうに飴を食べていたし、職人芸を好む神様がいるかもしれない。

 芸能の神様とかであれば、才のある者を好むなどありえそうだ。
 私の中で人外の『好き』、『伴侶』はイコール『恩寵を与えたい』ということなのでは、と逃げ道を用意しておく。

 紫苑さんの好意が『愛や恋』と異なる場合、自分で少しでもダメージを減らしたいからだ。

「飴細工のことを褒めて貰えるのは、嬉しいです。それに……好いて貰えているのも、嬉しい……です」
「では婚約については了承ということで──」
「それはちょっと待って下さい!」
「チッ」
「左近さん、今舌打ちしましたよね!?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ?」

 婚約を受け入れる話に持っていこうとして、慌てて待ったを掛けた。危ない。
 思い返せば紫苑さんと出会った頃からつがいとか、結婚などの言葉を端々に入れている。これはまた別の意味があるのだろうか。その辺りのすり合わせは大事だ。

(人間社会では夫婦などの意味合いしかないけれど、人外は違う。伝承とかにある異類婚姻譚を参考にすると、大抵はハッピーエンドにならない。というかこの場合、人身御供的な、生贄の意味が強いのだけれど……)
「小晴?」
「ええっと……婚約って、結びつきを強めるだけってことで、その恋愛的な要素とかよりも、ビジネスライクな感じの契約みたいなものなのでしょうか?」

 さすがに「婚姻ってもしかして生贄ってことですか?」って聞けなかった。いや聞いて「そうですよ」なんて言われたらダッシュで逃げるしかない。逃げられるかは不明だけれど。

「契約には沢山の形と結びがある。私が小晴に望むのは最上級のもの。一つだけの、私の隣という特別席だ」
(特別感があるというのはわかったけれど、それだけ。というかそれだけしか分からなくて困惑する。それに最初に会った時も食べたいって言っていたし……)
「お館様、少し段階をすっ飛ばしては小晴様も驚いてしまいます。脱線しましたが仮婚約を結んだ経緯は、先ほど話したとおり緊急系があり、また条件が揃っていたこと、お館様が強く望まれたからなどです。もちろん、小晴様の希望もありますが、次にこちらの資料をごらんください」

 左近さんはスクリーン映像を切り替えた。画面には『猿でもわかる《稀人まれびと》スカウトについて』と書かれているのが見える。
 女性のアイコンに対して、様々な神様や仏様、精霊などの名前が書かれていた。

「!??」
「いいですか。小晴様のような人外に好かれやすい体質の方を、我々の業界では《稀人》と呼びます」
(業界!? 職種扱いなの!?)
「そして《稀人》の体質、土地によってスカウト方法がいくつかあります」
(スカウト!?)
極端なポピュラー方法としては気に入ったという理由で誘拐、監禁ですね。いわゆる《神隠し》にあたります」
(最初から犯罪行為! 一方的すぎる! いや人外だから、そういうものなのかもしれないけれど!)
「しかし昨今では《神隠し》で押し通すのも難しいので、接触から婚姻関係やら結びつき、約束事などで、繋がりを作ることから始めるものが殆どになりました。ソフトモードかつ、成功率が高いので業界では、こちらの方法を使っています」
「はあ……(急に正攻法……。営業みたいなものかしら)」
「契約にも様々なものがあります。一つ目は馴染みのある『アイドルがスカウトを受けて事務所に入る』パターンです」
「いや、馴染みとかはないですよ!? 普通スカウトとかのイベントなんて起きませんし……」

 衝撃と共にテロップが、可愛い女の子アイドルのアイコンと事務所の構図に早変わりをした。

 婚姻関係はどこにいったのだろう。そもそも人生においてスカウトなんて、ごく少数だと声を大にして言いたい。

事務所人外協会は自分の所属のアイドル稀人を守りますし、そのアイドルの活動宣伝にも尽力します。それによって『自分の加護をした子可愛い~』とか『あそこの加護持ちはすごな~』と、こちらの業界で知れ渡ります。こちらはビジネスライフな契約ですね」
(何だろう。途中からアイドル活動の話としてしか頭に入ってこない……)
「こうしたことで事務所が大きければ大きいほど、他の事務所やアンチが手を出さないようにアイドル稀人を守ることができます」
「あ、そういう……。あの、でも事務所という扱いなら、移籍とかできそうですよね……」
「良いことにお気づきになりましたね。今のアイドルと事務所の関係は、我々の業界ではソフトな契約にあたります。私たち人外と《稀人》との間で約束事を決めて契約した──というものです。二代目の辰之進様はこの部類に入ります」
「!?」

 唐突に私の祖父の名前が出て少しビックリしたが、アイドルは別にしても商談、あるいは取引などで契約をしていた、というのは何とか呑み込めた。

「祖父とアイドルが全く結びつかないけれど、何となくはわかりました。一方的な人外からの加護や祝福とは違う、契約が含まれているのでしょう」

 左近さんは首肯して言葉を続けた。

「ええ。加護や祝福以上の強い結びつきが『契約』であり、その最上級なものが『婚約』と『婚姻』になります。『婚約』の場合は、人外の種族によって異なりますが加護が強く出ますし、契約が成立すると印が浮かび上がります」
「え!?」
「小晴は左首筋にある。……口吸いをしたときに契約自体は結ばれていた」
「ええ!?」
「小晴自身と他の《稀人》と人外にしか見えない」
(いえ、そう言う問題ではないのですが! 色々順序が……)
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