10 / 57
第1章
第10話 仮婚約者とは?
しおりを挟む
スッパリとお断りした途端、紫苑さんは断られると思っていなかったのか、この世の終わりのような絶望的な顔のまま、部屋の隅で拗ねてしまった。
しょんぼりしている背中に哀愁が漂っている。髪も気のせいかしおしおしているではないか。
「拒絶されるなんて……初めて……嬉し……いや、悲しい」
(神様でも拗ねるんですね! 新発見です。……そして髪の毛は私の腕に絡みついて離れない!)
「胸が痛い……」
「お館様……。なんとお労しい……」
そう言いながら二人とも私に視線を向けた。チラチラ視線を送っては「このままにするつもり?」と訴えてくる。
人外である彼らの風習や習慣というものがあるということなのだろうか。伝承などで聞きかじったことはないが、それはあくまで人間側の知識だ。
「ええっと、すみません。私はそちらの事情に疎いので、状況が飲み込めていません。しかもいきなり婚約なんて……」
「昨晩の小晴様は人外から見て『無防備なご馳走』という状況でして、できるだけ早急にお館様のような高位の庇護下、あるいは強力な加護が必要でした。そのため簡易的に、お館様の婚約者として仮の証を結んでいる状態なのです」
「(仮の証?)……って私、そんな物騒な状態だったのですか!?」
自分が狙われていたのだと言われて昨日の記憶が蘇り、紫苑さんの袖を掴んだ。彼は嬉しそうに頬を染めて、私を膝の上に乗せてしまう。
しかも横抱きのお姫様抱っこではなく、子供抱きである。
何だかお姫様抱っこよりも恥ずかしい気がするのは気のせいだろうか。
「そう。だから私がずっと傍にいて、強い加護を与えるためにも婚約した。あとは小晴が承諾すれば婚約は完了する。……できれば伴侶までしたかったけれど……人間は何事も順序を重んじるのだろう?」
「(その順序がすでに色々すっ飛ばしているのですが……とはいえない。でも)……それで寝ている時も傍にいて守ってくれていたのですね。でも、婚約はやり過ぎといいますか、気持ちが追いつかないというか」
「……小晴を誰にも渡したくない」
「──っ」
頬に唇が触れるのが擽ったい。何より左近さんが見ていると思うと、羞恥心で死にそうだ。
「と、まあ、お館様の強い意向と、緊急性もあり婚約を結んだのです」
「言い直しましたけど、わ、私の意志は!?」
「既にそなたから求愛を受けている」
「いつ!? そんなことしましたか!?」
大事なヌイグルミを抱きしめるような仕草にドギマギしてしまうし、紫苑さんから白檀の香りが香ってくる。
もがいても力の差があるので全くもって解放されない。
「飴を私に食べさせてくれた」と口元を綻ばせる。
まるで好きな人に告白されたかのように目元が少し赤く染まる。
「……え? それだけ?」
「充分な理由だ……それに……」
「すみません、全然納得できません! そんなの私でなくとも──」
「私が補足いたします。人外において物を食べさせる行為は、求愛行動の一つとなります。特にお館様のような高位の存在に、そのようなことができる者は殆どいません。普通は目を合わせることもできずに固まってしまいますからね」
左近さんはサラッととんでもないことを言ってのけたが、どうにも信じられない。
「いやいや。ええっと、そんなことないでしょう。私以外でも……」
「失礼ながら、お館様の姿を認識すること自体、常人ましては人間にはできません。それこそ小晴様のような稀人でなければ、難しいことなのです」
「せ、接客をしていただけなのですが……」
紫苑さんに訴えてみたが、「私を凝視している」と嬉しそうに頬を染めている。しかも照れているらしく、髪の毛が蛇のようにヘニャリと動いて私の腕や足に巻き付いてきた。
動物が甘えてくる感じに似ている。ちょっと可愛いので髪を撫でたら「小晴は大胆なんだね」と嬉しそうだ。私は一体何をしてしまったのだろう。
聞くべきか、聞かなかったことにすべきか。
「私を見つけて、話して、触れることができるだけでそなたは特別なのだ」
「そんなの、聞いていないです! 騙し討ちじゃないですか!」
「とにもかくにも婚約する条件が揃っていたのです。それに有害な人外から小晴様をお守りするためにも、お館様の傍で、できるだけ密着する必要があるのです。小晴様も昨晩のようなヨクナイモノに襲われたくもないでしょう」
左近の言葉は正論だった。もしあの時、紫苑さんが助けてくれなかったら私は炎に焼かれて──。
思い出すだけでゾッとしてしまう。
「うっ……昨日の。そうです、あれは何だったのですか? お店と家はどうなりましたか!?」
「その辺りの話も食事をしながら説明させて頂ければと思います。ささ、食事が冷めてしまいますので」
(ううっ……。何だか丸め込まれたような……)
「小晴様の祖父に当たる辰之進様は、お館様の収める仁者に飴細工を年に二度奉納する形で小晴様の加護を結んでいたのですよ」
「祖父が……。じゃあ残してくれた和紙の束も……」
「こちらも鑑定したところ、護符の一種でした。元々あの一族は稀人が生まれやすかったですし、それに対処するための術も弁えていましたが……それが不慮の事故できちんと伝承されなかったのでしょう」
(護符……、確かにあの時、炎は和紙を嫌がっていたし……効果はあった)
「二代目まではしっかりと奉納されていましたが、三代目からは途切れたと記録にありました。二代目から三代目に奉納ことは引き継がれていなかったのかもしれません。三代目は頭の固い職人気質だったようで、神社への上納も一方的に減らしていたようですし、奥方も上納には費用が掛かると難色していたとか。だからこそあの店や小晴様の周囲の加護も薄まっていったのでしょうね」
「祖父は病気で急死しました。……それから両親も事故死だったので、突発的だったのなら、そうかもしれません」
しょんぼりしている背中に哀愁が漂っている。髪も気のせいかしおしおしているではないか。
「拒絶されるなんて……初めて……嬉し……いや、悲しい」
(神様でも拗ねるんですね! 新発見です。……そして髪の毛は私の腕に絡みついて離れない!)
「胸が痛い……」
「お館様……。なんとお労しい……」
そう言いながら二人とも私に視線を向けた。チラチラ視線を送っては「このままにするつもり?」と訴えてくる。
人外である彼らの風習や習慣というものがあるということなのだろうか。伝承などで聞きかじったことはないが、それはあくまで人間側の知識だ。
「ええっと、すみません。私はそちらの事情に疎いので、状況が飲み込めていません。しかもいきなり婚約なんて……」
「昨晩の小晴様は人外から見て『無防備なご馳走』という状況でして、できるだけ早急にお館様のような高位の庇護下、あるいは強力な加護が必要でした。そのため簡易的に、お館様の婚約者として仮の証を結んでいる状態なのです」
「(仮の証?)……って私、そんな物騒な状態だったのですか!?」
自分が狙われていたのだと言われて昨日の記憶が蘇り、紫苑さんの袖を掴んだ。彼は嬉しそうに頬を染めて、私を膝の上に乗せてしまう。
しかも横抱きのお姫様抱っこではなく、子供抱きである。
何だかお姫様抱っこよりも恥ずかしい気がするのは気のせいだろうか。
「そう。だから私がずっと傍にいて、強い加護を与えるためにも婚約した。あとは小晴が承諾すれば婚約は完了する。……できれば伴侶までしたかったけれど……人間は何事も順序を重んじるのだろう?」
「(その順序がすでに色々すっ飛ばしているのですが……とはいえない。でも)……それで寝ている時も傍にいて守ってくれていたのですね。でも、婚約はやり過ぎといいますか、気持ちが追いつかないというか」
「……小晴を誰にも渡したくない」
「──っ」
頬に唇が触れるのが擽ったい。何より左近さんが見ていると思うと、羞恥心で死にそうだ。
「と、まあ、お館様の強い意向と、緊急性もあり婚約を結んだのです」
「言い直しましたけど、わ、私の意志は!?」
「既にそなたから求愛を受けている」
「いつ!? そんなことしましたか!?」
大事なヌイグルミを抱きしめるような仕草にドギマギしてしまうし、紫苑さんから白檀の香りが香ってくる。
もがいても力の差があるので全くもって解放されない。
「飴を私に食べさせてくれた」と口元を綻ばせる。
まるで好きな人に告白されたかのように目元が少し赤く染まる。
「……え? それだけ?」
「充分な理由だ……それに……」
「すみません、全然納得できません! そんなの私でなくとも──」
「私が補足いたします。人外において物を食べさせる行為は、求愛行動の一つとなります。特にお館様のような高位の存在に、そのようなことができる者は殆どいません。普通は目を合わせることもできずに固まってしまいますからね」
左近さんはサラッととんでもないことを言ってのけたが、どうにも信じられない。
「いやいや。ええっと、そんなことないでしょう。私以外でも……」
「失礼ながら、お館様の姿を認識すること自体、常人ましては人間にはできません。それこそ小晴様のような稀人でなければ、難しいことなのです」
「せ、接客をしていただけなのですが……」
紫苑さんに訴えてみたが、「私を凝視している」と嬉しそうに頬を染めている。しかも照れているらしく、髪の毛が蛇のようにヘニャリと動いて私の腕や足に巻き付いてきた。
動物が甘えてくる感じに似ている。ちょっと可愛いので髪を撫でたら「小晴は大胆なんだね」と嬉しそうだ。私は一体何をしてしまったのだろう。
聞くべきか、聞かなかったことにすべきか。
「私を見つけて、話して、触れることができるだけでそなたは特別なのだ」
「そんなの、聞いていないです! 騙し討ちじゃないですか!」
「とにもかくにも婚約する条件が揃っていたのです。それに有害な人外から小晴様をお守りするためにも、お館様の傍で、できるだけ密着する必要があるのです。小晴様も昨晩のようなヨクナイモノに襲われたくもないでしょう」
左近の言葉は正論だった。もしあの時、紫苑さんが助けてくれなかったら私は炎に焼かれて──。
思い出すだけでゾッとしてしまう。
「うっ……昨日の。そうです、あれは何だったのですか? お店と家はどうなりましたか!?」
「その辺りの話も食事をしながら説明させて頂ければと思います。ささ、食事が冷めてしまいますので」
(ううっ……。何だか丸め込まれたような……)
「小晴様の祖父に当たる辰之進様は、お館様の収める仁者に飴細工を年に二度奉納する形で小晴様の加護を結んでいたのですよ」
「祖父が……。じゃあ残してくれた和紙の束も……」
「こちらも鑑定したところ、護符の一種でした。元々あの一族は稀人が生まれやすかったですし、それに対処するための術も弁えていましたが……それが不慮の事故できちんと伝承されなかったのでしょう」
(護符……、確かにあの時、炎は和紙を嫌がっていたし……効果はあった)
「二代目まではしっかりと奉納されていましたが、三代目からは途切れたと記録にありました。二代目から三代目に奉納ことは引き継がれていなかったのかもしれません。三代目は頭の固い職人気質だったようで、神社への上納も一方的に減らしていたようですし、奥方も上納には費用が掛かると難色していたとか。だからこそあの店や小晴様の周囲の加護も薄まっていったのでしょうね」
「祖父は病気で急死しました。……それから両親も事故死だったので、突発的だったのなら、そうかもしれません」
9
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
大正石華恋蕾物語
響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る
旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章
――私は待つ、いつか訪れるその時を。
時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。
珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。
それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。
『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。
心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。
求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。
命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。
そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。
■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る
旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章
――あたしは、平穏を愛している
大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。
其の名も「血花事件」。
体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。
警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。
そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。
目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。
けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。
運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。
それを契機に、歌那の日常は変わり始める。
美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。
※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる