【完結】白蛇神様は甘いご褒美をご所望です

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第1章

第10話 仮婚約者とは?

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 スッパリとお断りした途端、紫苑さんは断られると思っていなかったのか、この世の終わりのような絶望的な顔のまま、部屋の隅で拗ねてしまった。

 しょんぼりしている背中に哀愁が漂っている。髪も気のせいかしおしおしているではないか。

「拒絶されるなんて……初めて……嬉し……いや、悲しい」
(神様でも拗ねるんですね! 新発見です。……そして髪の毛は私の腕に絡みついて離れない!)
「胸が痛い……」
「お館様……。なんとお労しい……」

 そう言いながら二人とも私に視線を向けた。チラチラ視線を送っては「このままにするつもり?」と訴えてくる。

 人外である彼らの風習や習慣というものがあるということなのだろうか。伝承などで聞きかじったことはないが、それはあくまで人間側の知識だ。

「ええっと、すみません。私はそちらの事情に疎いので、状況が飲み込めていません。しかもいきなり婚約なんて……」
「昨晩の小晴様は人外から見て『無防備なご馳走』という状況でして、できるだけ早急にお館様のような高位の庇護下、あるいは強力な加護が必要でした。そのため簡易的に、お館様の婚約者として仮の証を結んでいる状態なのです」
「(仮の証?)……って私、そんな物騒な状態だったのですか!?」

 自分が狙われていたのだと言われて昨日の記憶が蘇り、紫苑さんの袖を掴んだ。彼は嬉しそうに頬を染めて、私を膝の上に乗せてしまう。

 しかも横抱きのお姫様抱っこではなく、子供抱きである。
 何だかお姫様抱っこよりも恥ずかしい気がするのは気のせいだろうか。

「そう。だから私がずっと傍にいて、強い加護を与えるためにも婚約した。あとは小晴が承諾すれば婚約は完了する。……できれば伴侶までしたかったけれど……人間は何事も順序を重んじるのだろう?」
「(その順序がすでに色々すっ飛ばしているのですが……とはいえない。でも)……それで寝ている時も傍にいて守ってくれていたのですね。でも、婚約はやり過ぎといいますか、気持ちが追いつかないというか」
「……小晴を誰にも渡したくない」
「──っ」

 頬に唇が触れるのが擽ったい。何より左近さんが見ていると思うと、羞恥心で死にそうだ。

「と、まあ、お館様の強い意向と、緊急性もあり婚約を結んだのです」
「言い直しましたけど、わ、私の意志は!?」
「既にそなたから求愛を受けている」
「いつ!? そんなことしましたか!?」

 大事なヌイグルミを抱きしめるような仕草にドギマギしてしまうし、紫苑さんから白檀の香りが香ってくる。
 もがいても力の差があるので全くもって解放されない。
「飴を私に食べさせてくれた」と口元を綻ばせる。
 まるで好きな人に告白されたかのように目元が少し赤く染まる。

「……え? それだけ?」
「充分な理由だ……それに……」
「すみません、全然納得できません! そんなの私でなくとも──」
「私が補足いたします。人外において物を食べさせる行為は、求愛行動の一つとなります。特にお館様のような高位の存在に、そのようなことができる者は殆どいません。普通は目を合わせることもできずに固まってしまいますからね」

 左近さんはサラッととんでもないことを言ってのけたが、どうにも信じられない。

「いやいや。ええっと、そんなことないでしょう。私以外でも……」
「失礼ながら、お館様の姿を認識すること自体、常人ましては人間にはできません。それこそ小晴様のような稀人まれびとでなければ、難しいことなのです」
「せ、接客をしていただけなのですが……」

 紫苑さんに訴えてみたが、「私を凝視している」と嬉しそうに頬を染めている。しかも照れているらしく、髪の毛が蛇のようにヘニャリと動いて私の腕や足に巻き付いてきた。

 動物が甘えてくる感じに似ている。ちょっと可愛いので髪を撫でたら「小晴は大胆なんだね」と嬉しそうだ。私は一体何をしてしまったのだろう。
 聞くべきか、聞かなかったことにすべきか。

「私を見つけて、話して、触れることができるだけでそなたは特別なのだ」
「そんなの、聞いていないです! 騙し討ちじゃないですか!」
「とにもかくにも婚約する条件が揃っていたのです。それに有害な人外から小晴様をお守りするためにも、お館様の傍で、できるだけ密着する必要があるのです。小晴様も昨晩のようなヨクナイモノに襲われたくもないでしょう」

 左近の言葉は正論だった。もしあの時、紫苑さんが助けてくれなかったら私は炎に焼かれて──。
 思い出すだけでゾッとしてしまう。

「うっ……昨日の。そうです、あれは何だったのですか? お店と家はどうなりましたか!?」
「その辺りの話も食事をしながら説明させて頂ければと思います。ささ、食事が冷めてしまいますので」
(ううっ……。何だか丸め込まれたような……) 
「小晴様の祖父に当たる辰之進様は、お館様の収める仁者に飴細工を年に二度奉納する形で小晴様の加護を結んでいたのですよ」
「祖父が……。じゃあ残してくれた和紙の束も……」
「こちらも鑑定したところ、護符の一種でした。元々あの一族は稀人が生まれやすかったですし、それに対処するための術も弁えていましたが……それが不慮の事故できちんと伝承されなかったのでしょう」
(護符……、確かにあの時、炎は和紙を嫌がっていたし……効果はあった)
「二代目まではしっかりと奉納されていましたが、三代目からは途切れたと記録にありました。二代目から三代目に奉納ことは引き継がれていなかったのかもしれません。三代目は頭の固い職人気質だったようで、神社への上納も一方的に減らしていたようですし、奥方も上納には費用が掛かると難色していたとか。だからこそあの店や小晴様の周囲の加護も薄まっていったのでしょうね」
「祖父は病気で急死しました。……それから両親も事故死だったので、突発的だったのなら、そうかもしれません」

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