【完結】白蛇神様は甘いご褒美をご所望です

あさぎかな@電子書籍二作目発売中

文字の大きさ
上 下
8 / 57
第1章

第8話 私を助けるのは

しおりを挟む
 物理法則を無視した燃え方に、背筋が凍り付いた。
 ゾッとする炎の色に全身鳥肌がたった。
 ふいに祖父の言葉が過る。

『小晴、お前は摩訶不思議なものを引き寄せる希有な生まれだそうだ。だから、この家から出てはいけないし、この町に居れば安全だろう。この町には──様がいるのだから』

 昔、似たようなことがあった気がする。
 その時、どうやって助かったのか覚えていないけれど、あれが普通の炎とは違うのだけは分かった。

 部屋のドアを燃やして部屋に広がろうとするが、炎の勢いが急に弱まったように見えた。それは生物が、天敵を見つけて反応しているようにも見える。

(何かを警戒している?)

 入り口付近に何かあったのか見渡すと、机の上に祖父の書いた和紙の束が目に入った。
 慌てて机の上にある紙束の一枚を炎に向かって投げた。普通の紙ならただ燃えて消えるだけだが、幾何学模様が書かれた紙は、淡い光りを放って黒々とした炎の一部を消し去った。

 普通ならあり得ない。しかし祖父の書いた紙が有効だというのは事実だ。

(やっぱり、普通の炎じゃない!)

 このまま炎を牽制しつつ、窓を開けて逃げる。

(二階の傍には桜の木があるから、それをつたって降りれば……)

 紙束を何枚か炎に向かって投げつつ、窓を開けて勢いよく身を乗り出した──が、桜の枝を去年の春に伐採して短くなっていたことを失念していた。
 距離が足りず、浮遊感のあとで体は落下する。

(落ちるっ!)

 痛みに備えて両手で頭を抱えて目を瞑った。
 ──が、痛みはなかった。

「小晴」
「!?」

 固い地面にぶつかる前に、私を優しく抱きしめたのは紫苑さんだった。長い髪を靡かせ、白い法衣に身を包んだ彼は口元を綻ばせる。

「ああ、小晴。間に合ったようだ……!」
「──っ、しお」

 私をぎゅうぎゅうに抱きしめて頬ずりする紫苑さんの美しさに、卒倒しそうだった。

「どうしてここに?」とか。
「浮遊しているのか?」とか。
「あれが何なのか?」とか。
 そんな不安や疑問が吹き飛ぶほどの圧倒的な安心感。白檀の香りに、抱きしめられている温もりが、心地よい。

(紫苑さんっ)

 思わず彼の裾をギュッと掴んでしまう。「はぁ」と身近な溜息が頬にかかる。「呆れられた!?」と慌てて顔を上げようとしたら、ぎゅっと紫苑さんは強く抱きしめて頬ずりしてくる。

「小晴が腕の中にいて……それだけでもどうにかなりそうなのに、裾を掴んでくるなんて可愛すぎる」
(怒った訳ではなく、喜んでいた!?)
「小晴、怖かったらもっと身を預けて」
「紫苑さん──って、それよりもほ、炎が!」

 窓から怒り狂った青黒い炎が飛び出してくる。
 炎の燃える音が広がり、轟々と赤い炎も混じって、普通の炎もまた家を焼いているようだった。
 轟ッ!

(ああ……)

 私の思い出のある家が奪われていくようで悲しくて、でも何もできないのが悔しくて、気付けば紫苑さんに抱きついて泣いていた

「小晴、泣かないで。大丈夫。すぐにアレは私が壊すから」
「本当……ぐすっ、ですか?」
「小晴の泣き顔も可愛い」
「…………」

 どこかズレた発言をする紫苑さんだったが、私の涙を優しく拭ってくれた。

 この緊張感ある空気が何というか台無しというか、危機が危機でない雰囲気に変わった。
 絶体絶命から縁遠い空気。
 轟々襲いかかってくる炎に、紫苑さんの視線が鋭くなる。

「――――――!!」
(なっ、声!? 悲鳴!?)
「邪魔だな」

 紫苑さんが片手を翳した瞬間、青黒い炎が一瞬で吹き飛び、家に広がっていた炎も突風によって吹き飛んだ。
 それと同時に屋根が宙を舞い、庭に転げ落ちる。
 何とも強引で圧倒的な力に、私は一つの結論を導き出す。

(これは夢だ。うん、きっと……そうに違いない)
「小晴、無事だね」
「は、はい」
「よかった。これからは私がいるから怖いことなんて何も無いよ」
(怖いことなんて……ない? 寂しくも?)

 視界が翳り、ふと顔を上げると唇が触れ合う。
 とても甘くて身震いしてしまうほど心が震えた。

(え? ……あれ?)

 安堵で体の力が抜けて、紫苑さんの温もりに身を任せた。
 夢なのだから怖い夢よりも幸せな夢であってほしい。そう願うのは罰当たりではないはずだ。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

処理中です...